2535話
「ふぅ、何だかんだと時間が掛かったな」
そう呟きながら、レイは片手を振ってマジックシールドを消滅させる。
結局、この戦いでは一度もレイが敵の攻撃を食らうことはなかった。
一番危なかったのは、最初に仲間に命中してもいいからと水の矢を放たれた時だろう。
その時はレイも反射的に動いたので、その魔法も回避したが。
オークナーガにしてみれば、レイの意表を突いたという一点であの攻撃がレイに向かって攻撃を命中させられる唯一の好機だった筈だ。
……とはいえ、もしレイに水の矢を命中させることが出来たとしても、それは光の盾を消滅させるといったような結果しか導き出せなかっただろうが。
また、その後の戦いでも偶然レイに攻撃を命中させることが出来ていても、レイの着ているドラゴンローブの防御力を考えれば、意味はなかっただろうが。
ともあれ、戦いは終わった。
現在レイとセトの前には多数のオークナーガの死体がある。
「これもモンスター辞典には書かれなかった種族だな。いやまぁ、魔の森に入ってから遭遇したモンスターは、全部書かれてなかったような気がするけど。そうなると、この魔の森の固有種といったところか」
そう思うレイだったが、それでも疑問は残る。
現在この魔の森は、ダスカーからの命令で近付くのも禁止されている。
それでもレイのように許可があれば魔の森に入ることは出来るし、ダスカーが命令を出す前には普通に魔の森に入ることが出来た筈だった。
魔の森に棲息するモンスター……特にレイを隠れ家まで運んだ黒蛇の存在を思えば、魔の森に入った多くの者が外に出ることが出来ず死んだのは間違いないだろう。
それでも全滅ということはまずないだろうし、そのような者達が倒したモンスターの死体を持って帰ったり、それが無理でも情報を伝えることは出来てもおかしくはない。
であれば、その情報がギルドに伝わって、そこからモンスター辞典に載ってもおかしくはない筈だった。
勿論、レイの持つモンスター図鑑が最新版でないという可能性もあったが、それでもかなり昔から魔の森があったと考えると、やはり疑問が残る。
(意図的に魔の森のモンスターの情報を漏らさないようにしていた? まぁ、そう言われれば納得出来るところはあるけど)
珍しいモンスターの素材というのは、当然ながら高額で売れる。
ギルドに売っても高額で売れるし、商人や貴族といった相手に伝手があり、交渉が得意であればギルドに売るよりも高額で売ることが出来るだろう。
それを知れば、金が欲しい者……もしくは自分の実力を知らしめたい者や、名誉を欲した者の多くが魔の森に向かってもおかしくはない。
そして当然ながら、そのような者達の大半は魔の森から戻ってくることは出来ないだろう。
ギルムはミレアーナ王国の中でも唯一辺境にある街で、冒険者は重要な存在だ。
そうである以上、魔の森のモンスターの情報を下手に公開するような真似は出来なくてもおかしくはなかった。
(それでも、ギルドには魔の森のモンスターの情報があってもおかしくは……もしかして、ギルドで聞けばその辺の情報は教えて貰えたりしたのか?)
普通なら無理でも、レイの場合はギルドの昇格試験で魔の森に挑むのだ。
そうである以上、ギルドに魔の森の情報を聞けば、多少なりとも教えて貰えたのでは?
そうレイが思うのは当然だったが……そうなればなったで、ただでさえ忙しかっただろうギルド職員達の仕事を余計に増やすことになったのかもしれないと思えば、ある意味これでよかったのでは? と思わないでもなかった。
「ともあれ、まずは死体を片付けた方がいいな。セト、周囲の様子を確認しててくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
セトが周囲を警戒してくれるのなら、レイは安心して死体を収納出来る。
(にしても、上半身はオークで美味いんだろうけど、下半身の蛇の部分はどうなんだろうな。モンスターだから普通の蛇よりは美味いと思うけど、上半身がオークな以上、下半身の蛇もランク以上に美味いとか? まぁ、このオークナーガが具体的にどれくらいのランクなのかは分からないけど)
レイが戦ってみた感じだと、Dの上位……もしくはかろうじてCに届くかどうかといった感じだった。
ただし、それはあくまでも個体での話で、今回のように集団で行動して連携をしながら魔法を使う……それも仲間にダメージを与えてでも、敵を仕留めようとしてるとなると、ランクBくらいはあるだろう。
(個としては弱く、魔の森で生きていくことが出来ないから集団で行動しているといったような感じかもしれないけど)
そんな風に考えながら死体を収納していき、最後の二匹となる。
そして最後の二匹となれば、レイはやるべきことがあった。
解体用のナイフを取り出し、胸の辺りを斬り裂き、心臓から魔石を取り出す。
「さて、どんなスキルを習得出来るか。……ただ、オークナーガの強さを考えると、スキルが習得出来るかどうかは微妙なところだな」
今までの経験から、ランクの低いモンスターの魔石からスキルを習得するのは、難しいという思いがあった。
勿論それは絶対ではなく、低ランクモンスターの魔石からスキルを習得出来ることもあれば、高ランクモンスターの魔石であるにも関わらずスキルが習得出来ないこともあった。
あくまでもそういう傾向があるというだけで、絶対ではない。
それでも、レイとしては少し難しいか? といった思いがあるのも事実だ。
ともあれ、試してみた方がいいかと判断し、セトを呼ぶ。
「セト! ちょっと来てくれ!」
周囲を見張っているセトは、特にモンスターに襲撃されるようなことはなかったので、安心したようにレイの側にやって来る。
今までの経験から、レイが何故自分を呼んだのかということも理解しているのだろう。
「ほら、オークナーガの魔石だ。新しいスキルを習得出来るかどうか分からないけどな。……それでもオークナーガの能力を考えると、習得出来たとしても、何となくそれがどんなスキルか予想出来るけど」
「グルゥ!」
セトもまた、オークナーガとの戦いから、スキルを習得出来るのならどのようなスキルなのかは予想出来るのか、レイの言葉に同意するように鳴き声を上げる。
そして、レイはセトに魔石を渡し……
【セトは『アイスアロー Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏にそんなアナウンスメッセージが流れる。
「……そっちにいったか」
レイが予想していたのは、水球かアイスアロー。
水球は水という属性の関係からで、アイスアローは矢という攻撃方法から。
勿論アロー系のスキルは他にもウィンドアローやアースアローといったスキルがあるのだが、それでもアイスアローを選んだのは、やはり水と氷という関係性があったからだろう。
「セト、じゃあ試してみてくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトはアイスアローを発動させる。
その数……五十本。
レベル一の時は五本で、そこからはレベルが一上がることに五本ずつ増えて、レベル四では二十本だった。
それが、レベルが五になった途端に一気に五十本。
それも生み出された氷の矢も、以前までとは違ってより鋭く、大きさも以前より大きくなっているようにレイには思えた。
「セト、取りあえず一本、その木の幹に撃ってみてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に短く返事をし、アイスアローを一本放つ。
放たれた氷の矢の速度そのものは、以前と比べても速い。
だが、本数が二十本から一気に五十本まで増えた程の驚きをレイに与えるようなことはない。
しかし……次の瞬間レイを驚かせたのは、その氷の矢が木の幹を貫いたことだった。
レイの放つ黄昏の槍の一撃のように、木の幹を貫いた後でまた別の木を貫くといったことは出来ず、一本の木の幹を貫いたところで速度は完全に失われ、地面に落ちる。
「これは、また……レベル五になればスキルが強化されるのは分かっていたが、一度に放てる数だけではなく、一本ごとの威力もまた上がっていたのか。一気に凶悪なスキルになったな」
それは、レイの正直な気持ちだ。
実際、木の幹を……それも相応の太さを持つ木の幹を貫くだけの威力を持っている氷の矢を五十本も一斉に放てるのだ。
そのスキルは、控えめに言って凶悪という表現が相応しいだろう。
「これは、セトにとっても一気に主力となったな。……もっとも、見た感じだと放つといったことはセトの意思で出来るけど、氷の矢一本ずつを精細にコントロールといったような真似は出来ないんじゃないか? 放つとなったら、それ以後はもう関与出来ないといったような」
アイスアローはアロー……つまり、矢というだけあって、放った後にコントロール出来ないのは、レイにとっても納得出来ることだった。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは残念そうにしながらも頷く。
セトにしてみれば、アイスアローを自由にコントロール出来るようになりたかった、といったところだろう。
だが、実際にはそのような真似は出来なかった。
とはいえ、レイにしてみればそれでもアイアスローは十分強力なスキルなので、それでも問題はないと思うのだが。
(それに、コントロール出来ないのはあくまでも今だけだ。この先もレベルが上がっていけば……また、一気にスキルが強化される可能性は否定出来ない)
レイとしては、レベルが五でスキルが強化……いや、一段階上のスキルに変化するといったように思える。
つまり、この先もレベルを上げていった場合、また同じようにスキルが一気に強化されるといったことは、否定出来なかった。
(レベル五ってことは、多分次はレベル十か? 出来ればレベル七辺りでまた強化して欲しいところだけど)
ともあれ、強化された今のアイスアローが強力なスキルなのは、レイも納得した。
そして納得した以上、次はデスサイズの番だった。
「さて、セトのアイスアローが強化されたということは、デスサイズで強化されるのも何となく予想出来るな」
デスサイズが持つスキルで、水や氷が関係してくるスキルとなると、一つしかない。
そう思いながら、魔石を軽く放り投げてからデスサイズを一閃する。
【デスサイズは『氷雪斬 Lv.三』のスキルを習得した】
やっぱりな。
それが脳裏に響いたアナウンスメッセージを聞いたレイの感想だった。
デスサイズのスキルの中で、水系や氷系のものは氷雪斬しかない。
あるいはオークナーガに水の矢以外に何らかの攻撃手段でもあれば、別のスキルを習得するか、強化される可能性があったが。
(でも、結局戦闘の中で水の矢しか使わなかったしな。魔の森にいるモンスターにしては、少し弱すぎる気がするけど。それとも、水の矢しか使えないからこうして群れているのか?)
そう考えつつ、レイはデスサイズを手にスキルを発動する。
「氷雪斬」
発動したスキルにより、デスサイズの刃が氷が纏われた。
レベルが上がったからかだろう。刃を覆っている氷はレベル二の時よりも鋭く、大きくなっている。
「魔の森に来てから、二度目のレベルアップか。もしかしたら、このまま氷雪斬がレベル五に到達するか?」
レベル五になればスキルは強力になるのだが、氷雪斬が一体どのように強力になるのか、レイには少し想像出来ない。
とはいえ、現在はレベル三だ。
もう二匹水か氷に関係したモンスターが姿を現したら、レベル五に到達はするだろう。
この魔の森なら、普通にそういうことが起きそうな予感がする。
「グルルルゥ」
レイが氷雪斬を使ったのを見ていたセトが、おめでとうと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分もレイもオークナーガの魔石でスキルがレベルアップしたのだから、十分に満足出来る事だったのだろう。
「ありがとうな。……さて、取りあえずオークナーガは全滅させたし、次だな。そろそろランクAモンスターが出て来てもいいと思うんだが。勿論、あの黒蛇に出て来て欲しくはないけど」
レイにしてみれば、あの黒蛇と戦おうというつもりは一切ない。
自分に友好的な存在であるというのもあるし、そもそもの話、勝てるかどうかすら分からないのだから。
勿論、戦闘というのは何があるのかは分からない。
しかし、それでも黒蛇がゼパイル一門の誰かが魔獣術で生み出した存在だとすれば、それはセトの先輩といった扱いになる。
レイやセトとは比べものにならない程、多数の戦いを潜り抜けてきた相手であり、当然だがそれだけ多数の魔石によって強化されてきた筈だ。
「ともあれ、あの黒蛇とはまた違うランクAモンスターを探すとしよう」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かった! と鳴き声を上げるのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.三』『アイスアロー Lv.五』new『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.四』『氷雪斬 Lv.三』new『飛針 Lv.一』
アイスアロー:レベル一で五本、レベル二で十本、レベル三で十五本、レベル四で二十本、レベル五で五十本の氷の矢を作り出して放つ事が出来る。威力としては、命中すれば一本で岩を割れる威力。
氷雪斬:デスサイズに刃が氷で覆われ、斬撃に氷属性のダメージが付加される。また、刃が氷に覆われたことにより、本当に若干ではあるが攻撃の間合いが伸びる。