2534話
結局十分程子狐はレイやセトと遊ぶと、それで満足したのか走り去った。
あるいは何らかの理由があって行動したのかもしれないが、残念ながらレイにその理由は分からなかった。
「グルルルゥ」
子狐と遊んだので満足出来たのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
自分を慕ってくれる相手と遊ぶというのは、セトにとっても珍しい。
いつもは、セトが遊んで貰っている立場である以上、セトが遊んでやるというのが気に入ったのだろう。
もっとも、そういう意味ではイエロと遊んでいる時と同じような感じなのでは? とレイには思えてしまうのだが。
(それに、ここは魔の森だしな)
ここが魔の森である以上、本当に遊びに集中するといったような真似は出来ない。
それこそ、いつ遊んでいる時に他のモンスターが襲ってくるか分からないからだ。
幸い、子狐と遊んでいる時に他のモンスターが襲ってくるといったようなことはなかったが。
「ほら、セト。また会える……とは限らないけど、それでも会える可能性はあるんだ。今はそんなことより、少しでも早くランクAモンスターを狩る必要があるんだから、そっちに集中してくれ。勿論、ランクAモンスター以外にも初めて遭遇するモンスターなら喜んで戦うけど」
「グルゥ? ……グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは本当にまたあの子狐と遊べる? といった様子で喉を鳴らすが、すぐにレイの言葉を聞いて気分を切り替えた。
そんなセトを撫でたレイは、再び魔の森を進み始める。
(何だかんだと、結構隠れ家から離れたけど……大丈夫だよな?)
魔の森は通常入ることどころか、近付くことすらも禁止されている。
そんな場所だけに、冒険者や狩人が踏み固めた道といったような場所はない。
モンスターや動物達の通る獣道は存在するが、それを目印にするのは少し難しいだろう。
何しろ、基本的にモンスターや動物は結界によって守られている隠れ家には近付かないのだから。
セトや黒蛇は例外なのは間違いなかったが。
「取りあえず……」
レイは魔の森を進みながら、目印代わりに近くに生えている木の幹にデスサイズで軽く傷を付ける。
ここに来るまでにも、幾つかの木の幹を削ってきていた。
であれば、道に迷うこともないだろうと、そう自分に言い聞かせる。
とはいえ、ここが魔の森である以上は、そんなありきたりな目印が役に立つかどうか、レイには疑問だったが。
魔の森と呼ばれる場所である以上、そこに生えている植物も当然普通でなくてもおかしくはない。
木の幹が傷付けられても、それこそすぐに治ってしまうかのように。
「これを見る限り、大丈夫だろうけど」
デスサイズで刻まれた傷は、特にどうにかなる様子はない。
それこそ、レイが見ている限りでは急速に治るといった様子はなかった。
木の幹の様子を確認してから、レイとセトは進む。
そうして三十分程が経過した頃……
「グルルルゥ」
「来たか」
セトが喉を鳴らした音を聞き、レイは握っていたデスサイズと黄昏の槍を構える。
先程の子狐が出て来た時のような、どこか戸惑ったような声ではない。
そこにあるのは、明確な警戒だった。
そして……レイも森の奥から姿を現した存在を確認する。
「何だ、これ……」
「フシュルルル」
そんな鳴き声を発しながら姿を現したのは、何とも奇妙なモンスターだった。
端的に言えば、オークの上半身を持ち、下半身は蛇という姿のモンスター。
下半身が蛇という姿から、レイはもしかしてラミアなのでは? と思う。
しかし、レイが知っているラミアは……また、レイの持っているモンスター辞典に描かれているラミアは、上半身が女で下半身が蛇といった姿をしている。
だが、レイの視線の先にいるのは下半身こそ蛇だが、上半身はオークといった、そんなモンスターだ。
「まぁ、敵なのは間違いないだろうけど……セト!」
「グルゥ!」
レイよりも感覚の鋭いセトだけに、声を掛けた時には既に反応していた。
飛んできた水の矢が、一瞬前までレイの身体があった場所を通りすぎていく。
今の一撃がレイの着ているドラゴンローブをどうにか出来たとは思えなかったが、レイとしては反射で動いたのだから今更の話だろう。
「フシュルル!」
まさか自分の一撃を回避されるとは思わなかったのか、オークナーガとも呼ぶべきモンスターは驚きの声を発し……
「って、またか!」
驚きの声を上げているオークナーガの後ろから、再び水の矢が……それも十本近く飛んでくる。
それも、レイに飛んできているだけで十本近くだ。
オークナーガにしてみれば、敵はレイだけではなくセトもいる。
いや、外見だけで判断した場合、レイよりもセトの方が強敵と認識されるだろう。
それだけに、セトの方には二十本近い水の矢が飛んでいくのをレイは視界の隅で捉えた。
だが、当然セトがそんな程度の攻撃を受ける筈もなく、その攻撃の全てを回避している。
レイもまた、デスサイズと黄昏の槍をそれぞれ振るって、自分に飛んでくる水の矢を吹き飛ばす。
「数が多すぎだろ! 何匹いるんだ!?」
最初のオークナーガが放ってきた水の矢は一本だった。
一人で一本だけ水の矢を放つことが出来るのなら、それこそ三十匹以上のオークナーガが存在することを意味している。
しかし、気配を察知する限りでは、とてもではないがそれだけの数の敵がいるとは思えない。
(つまり、一人一本じゃなくて一人で何本も水の矢を放っている奴がいるってことか?)
そう考え、レイはデスサイズで再度放たれた水の矢を防ぎながら、黄昏の槍を投擲する。
万全の状況ではなく、右手のデスサイズを振り回しながらの投擲だ。
当然のようにその威力は通常の投擲よりも落ちてはいるが……
「フシャアッ!」
先頭にいたオークナーガの胴体を貫くには十分なだけの威力を持っていた。
それどころか、オークナーガの身体を貫いた黄昏の槍は威力を弱めることなく、その奥にいる別のオークナーガ達の身体も複数貫き、レイの耳には悲鳴が伝わってくる。
一時的に攻撃が弱まったところで、レイは黄昏の槍を手元に戻し……次の瞬間、一気に前に出る。
当然だがレイの一撃はセトに向かって攻撃していたオークナーガ達に対してもダメージを与えており、セトに向かって放たれていた水の矢の数も減っていた。
そんな状況でレイが前に出たのだから、セトもまた攻撃の回避に専念するようなことはせず、攻撃に出る。
「グルルルルルルルゥ!」
セトが大きく鳴くと同時に、その周囲に氷の矢が二十本生み出される。
オークナーガが水の矢を放ってくるのなら、セトはアイスアローという氷の矢で反撃すると、そう判断したのだろう。
レイが敵に突っ込んでいくのなら、自分は後方から援護。
特に打ち合わせをした訳ではないが、セトはレイにとってこの状況で一番期待された行動を行う。
セトもレイと同様に敵に突っ込んでもよかったのだが、ここは魔の森の中だ。
木と木の間が結構な距離があるとはいえ、それでも体長三mを越えるセトが長柄の武器二本を持ったレイと一緒に暴れるとなると、少し狭い。
レイを思う存分戦わせたいと思って、セトは後方からの援護に回ったのだろう。
ただし、後方からの援護だとはいえ、それはセトに攻撃力がないということを意味しない。
放たれた二十本の氷の矢は、オークナーガの身体に次々と突き刺さる。
運の悪い個体は、眼球に突き刺さった氷の矢がそのまま脳を、そして頭部を破壊されて死ぬ。
氷の矢という訳ではなく、氷柱というのは場合によっては容易に人の頭を貫くだけの鋭さと重量を持つ。
ただの氷柱でそれなのだから、スキルによって……それもレベル四というアイスアローで生み出された氷の矢は、眼球に突き刺されば容易に頭部を破壊するだけの威力を持っていた。
そんな氷の矢が放たれている中を、レイは一瞬の躊躇もなく移動する。
信頼する相棒のセトなら、氷の矢を複数飛ばしてきても、自分に当てるといったことはないと、そう判断している為だ。
また、もし万が一何らかのミスで命中しても、ドラゴンローブを着ている状況であればダメージを受けるといった心配はしなくてもいい。
「多連斬!」
振るわれてたデスサイズの刃で胴体を斜めに斬り裂かれたオークナーガは、スキルの効果で追加発生した斬撃によって身体を斬り裂かれ、肉片と化す。
(ちょっと威力が高すぎたな。オーバーキルか)
多連斬で追加発生する斬撃は、レイの放った一撃と全く同じ威力だ。
つまり、レイの一撃が強力であればある程に、多連斬の威力も高まる。
そういう意味では、オークナーガに放つには過剰威力だったのは間違いない。
水の矢を飛ばしてきたのを見れば分かるように、オークナーガというのは基本的に魔法を主体とするモンスターだ。
それだけに、近接されると弱い。
そういう意味では、こうしてレイに接近された時点で致命的だったのだろう。
「パワースラッシュ!」
続いて放たれたのは、鋭い斬撃ではなく強力な一撃を放つスキル。
「グギャア!」
今までとは違う悲鳴を上げ、上半身を砕かれるオークナーガ。
(こっちも威力が強すぎたな)
今の一撃で厄介だったのは、上半身が肉片となって吹き飛んだことにより、魔石を確保するのが難しくなったことだろう。
勿論吹き飛ばされた肉片を探せば見つけられるかもしれないので、絶対という訳ではないのだが。
(とにかく、今は数を減らすの優先した方がいいな。魔の森で社会的に生活しているのを考えると、このオークナーガ達も高い知性を持っているのは間違いない。自分達で勝ち目がないと知れば、逃げ出してもおかしくはないだろうし)
そう判断すると、スキルを使うのではなく普通の攻撃を行った方が、敵を殺すという意味でも問題はないだろうと判断し……だが、その前に念の為に一つだけスキルを使っておく。
「マジックシールド」
光の盾が生み出され、レイの近くに浮かぶ。
一度だけだが、どんな攻撃も防ぐ強力なスキル。
オークナーガが魔法を使ってくる以上、水の矢以外にもどんな魔法を使ってくるのは分からない。
そうである以上、いざという時の為に警戒した方がいいのは事実だった。
ここが普通の場所ならそこまで警戒はしなかったのだが、ここは魔の森だ。
警戒しすぎるという事は、まずないだろう。
まずは、オークナーガを素早く全滅させるか、もしくは撤退させるか。
レイとしては、デスサイズとセトが使う二個の魔石を確保出来ればいいので、それ以上の数を倒している今となってはどうでもいい。
(あ、でもオークナーガってことは、上半身はオークなのか。そう考えると……)
通常のオークの肉は、ランク以上に美味い肉として有名だ。
それだけに、このオークナーガという存在も蛇の部分の下半身はともかく、上半身のオークの部分は美味いのではないか。
それどころか、オークと違って魔法を使っているだけに、オークナーガのランクはオークよりも高い可能性がある。
素の状態でオークよりもランクが高いのだから、それを考えればオークナーガの肉はかなり美味い可能性があった。
(よし、逃がすのはやめて全滅だな)
レイとしては、美味い肉が手に入るのなら、それを逃すといったつもりはない。
元々逃がすのも相手を全滅させるまで戦うのが面倒といったような理由だったのだから。
「うおっ!」
「ふしゃぁっ!」
自分に向かって飛んできた水の矢を回避しながら、レイは驚きの声を出す。
オークナーガが水の矢という魔法を使うのは知っていたが、それでもこの状況で攻撃してくるとは思わなかったのだ。
何しろ、現在レイはオークナーガの集団の中にいる。
この状況で攻撃をすれば、当然だが同士討ちになる可能性があった。
実際、レイが回避した水の矢は少し離れた場所にいるオークナーガに突き刺さり、悲鳴を上げていた。
(仲間諸共!?)
こうして集団で活動していることから、社会性を持っているのモンスターなのは確実だろう。
それだけに、仲間に攻撃が命中してもいいからレイに向かって攻撃をしてくるといったような真似をするというのは、レイにとっても完全に予想外だった。
とはいえ、そのような行動を取るとは思わなかったので驚いただけで、そのような行動をしてくるのであれば、レイとしては相応の行動をすればいいだけなのだが。
水の矢が命中して悲鳴を上げたオークナーガの首をデスサイズで切断し、そのすぐ隣にいた別のオークナーガの首を黄昏の槍で貫く。
後者の一撃は、まさに致命傷と呼ぶに相応しいダメージを与え……それどころか貫かれたことにより、首の骨や肉が砕かれて首は周囲にこぼれ落ちる。
それを見ながら、レイはセトと共にオークナーガに向かって攻撃を続けるのだった。