2529話
脳裏に響いた、多連斬のレベルアップというアナウンスメッセージ。
最初に感じたのは、疑問だった。
基本的に魔獣術というのは、魔石を持っていたモンスターと関係のあるスキルを習得する。
例えば、蜥蜴の魔石でセトがレベルアップした毒の爪は、蜥蜴の牙か爪が毒を持っていた可能性が高い。
(牙だったら、毒の爪のレベルアップじゃなくて毒の牙……いや、この場合は毒のクチバシか? そんなスキルを習得した筈だし)
そんな風に、スキルはモンスターに関係するスキルを習得するのだ。
だが、デスサイズは蜥蜴の魔石で多連斬を習得した。
多連斬というのは、デスサイズが習得しているスキルの中でもかなり単純な効果を持つが……それでいて、特殊な効果を持つ。
説明としては矛盾しているのだが、実際にそのように表現するのが相応しいスキルなのは間違いない。
多連斬というのは、簡単に言えば普通にデスサイズで攻撃すると、その一撃と同時にレベル分の数だけ追加の斬撃が放たれる。
多連斬のレベルが一なら、振るった斬撃の他に一度の斬撃が。
レベルが二なら、振るった斬撃の他に二度の斬撃がといったように。
効果そのものは斬撃の数が増えるだけなのだが、その斬撃の威力がレイの放った一撃と同じ威力の攻撃となると、話が変わってくる。
ゼパイル一門によって生み出されたレイの身体能力と、デスサイズという重量百kg程もあり、レイの魔力によって斬れ味が増している一撃が、多連斬のレベルの回数同時に放たれるのだ。
効果は単純だが、その威力は極めて強力と言ってもいいだろう。
「まぁ、多連斬を習得したということは……多分、この蜥蜴は同じような攻撃が出来たんだろうな。毒の爪もそうだが、全くその機会がなかったけど」
茂みから集団で飛び出して来たのはよかったが、そのタイミングでセトに王の威圧を使われたことにより、大半が動けなくなってしまい、転んで地面に倒れ込んだ。
何とか王の威圧に抵抗した蜥蜴もいたが、見て分かる程に動きが鈍くなっていて、レイとセトによってそのような個体は優先的に倒された。
それこそ、蜥蜴達は攻撃らしい攻撃を一度することなく、そのまま全滅してしまったのだ。
そういう意味では、蜥蜴達は全く自分の本領を発揮出来なかったと言ってもいいだろう。
だからこそ、多連斬と似たような攻撃を持っていても、それを使う暇もなく死んでしまった。
「多連斬は強力なスキルだし、俺にとってはラッキーだったけどな。……取りあえず試してみるか」
呟き、レイは近くに生えている木に向かってデスサイズを振るう。
「多連斬」
意図的に木を切断しないように、木の幹に軽く斬り傷を刻む為の一撃。
そんな一撃は狙い通りに放たれ、次の瞬間には木の幹に五本の傷を付けた。
レイがデスサイズで付けた傷が一本と、多連斬レベル四の効果によって刻まれた四本の傷。
「うん、予想通りだったな。……さて、俺のスキルの確認は終わったけど、セトはどうする?」
蜥蜴の魔石によって、セトもまた毒の爪というスキルがレベルアップしている。
レベルが六になった毒の爪は、間違いなく凶悪な攻撃力は持っているだろう。
しかし、毒だけに使い勝手が悪いのも事実だ。
レベルの分だけ毒が強力になっているのは、レイにも理解出来る。
しかし、それを実際に見てみたいかと言われれば、その答えは否で……
「グルゥ」
セトもまた、レイの様子から毒の爪は使わない方がいいと判断したのか、レイの言葉に同意するように鳴き声を上げる。
「よし、じゃあとにかく前に進むか。……ここは魔の森で、何があってもおかしくはないしな。ゼパイル一門の隠れ家に、早いところ移動しておきたい」
そんなレイの言葉に同意するように、セトは喉を鳴らす。
そして一人と一匹は蜥蜴の死体を全てミスティリングに収納したことを確認してから、再び魔の森を進み始める。
「さて、次はどんなモンスターが襲ってくる? どうせまたいきなり襲ってくるんだろうが……って、噂をすれば何とやらか」
言葉の途中でセトが周囲を警戒しているのを見て、レイもまた何があっても即座に対応出来るよう、デスサイズと黄昏の槍を構える。
すると、数秒もしないうちにブーンという、何かが震動している音が聞こえてきた。
「この音……何だ? 微妙に嫌な予感が……って、うおっ!」
そんな音が聞こえてきた瞬間、何かが突然魔の森の奥からレイに向かって飛んできた。
猿の飛針もいきなり飛んできたが、今回飛んできたのはその飛針よりも圧倒的な速度を持つ。
何しろ、レイですら咄嗟に攻撃を回避するので精一杯だったのだから。
いつもなら、このような場合はレイの放った攻撃がカウンターとして敵に突き刺さる。
しかし、今回の攻撃はそんな事をする暇は一切なかった。
それだけの圧倒的な速度だったが……それを行ったのがどのような存在なのかを確認することを、レイの視覚は可能とする。
そんな脅威的な視覚を持つレイが見たのは……トンボ。
ただし、当然のようにレイにとって見覚えのあるといったようなトンボではない。
普通のトンボとは比べものにならないくらいの大きさを持つトンボだ。
それこそ頭部がレイと同じくらい……人間と同等であったのだから、そのトンボがどれだけ巨大なのかは分かるだろう。
当然だが、そのような巨大なトンボが普通の昆虫である筈もない。
それを示すかのように、トンボの背には四対八枚の翼があり、羽根もその外側は見るからに鋭そうな……刃と呼ぶべき存在になっていた。
「速い! セト、厄介な相手だぞ!」
見て何とか回避するといった反応は出来るが、反撃を行うようなことまでは無理。
そんな速度で飛んでくるトンボだが、何よりもレイが卑怯だと思ったのは、そのような速さで飛んでいるにも関わらず、魔の森の中に生えている木々にぶつかるといったことは一切なかったことだろう。
あるいは木の枝や幹を羽根の刃で切断したり傷付けたりといったようなことをしているのかもしれないが、少なくても木にぶつかって死ぬ……とまではいかなくても、ダメージを受けるといったようなことは期待出来ないらしい。
(敵ながら、とんでもない反射神経をしてるな。野生の勘か? いや、トンボだからか。けど……そんな勘を持っていても、あれだけの速度なら回り込んでこっちに攻撃をするのはどうしても時間が掛かる。……何らかの特殊な能力を持ってれば、話は別だけど)
次は回避だけではなく反撃もしてみせる。
そんな思いを抱きつつ、レイは意識を集中してトンボが攻めてくるのを待つ。
だが……十秒、二十秒、三十秒、そして数分が経過しても再度トンボが姿を現すことはない。
「あれ? もしかして、逃げたのか?」
「グルゥ?」
自分に攻撃してきたら反撃するつもりだったセトは、レイの言葉にそうなの? と喉を鳴らす。
今まで戦ってきた魔の森のモンスターは、それこそ一度戦えば相手を必ず倒す……殺すまで、行動を止めることはなかった。
しかし、先程のトンボはそんなモンスターとは違うと、そうレイは判断する。
「多分、一撃離脱に特化したモンスターなんだろ。もの凄い速度で相手に近付いて、羽根や牙、もしくはそれ以外の攻撃方法で相手を倒すか、もしくは倒せなくても大きなダメージを与えるようなことが出来れば、それでいい。それが出来なければ、とっとと戦場から逃げ出すといったような」
普通ならそのような真似は、そう簡単に出来ることではない。
しかし、レイですら反応するのがやっとだったことを考えれば、そのような行動も可能なのだろう。
「逃げられたと考えるか、見逃して貰ったと考えるべきか。……個人的には逃げられたと思いたいところだな」
レイとしては、次にくれば対処出来ると、そう思いたいところだ。
そうである以上、今のトンボには逃げられたのだと、そう自分に言い聞かせる。
「グルゥ……? グルルルゥ!」
そんなレイを励ますように、セトが喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でながら、周囲の警戒を今まで以上に厳しくしつつ、口を開く。
「魔の森とはいえ、今まではそれなりに戦えていたから、ちょっと甘く見てしまっていたのかもしれないな。あのトンボみたいな強敵もいるとなると、やっぱり魔の森だけはある……といったところか。これからは、もう少し気をつけて進んだ方がいいかもしれない」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かった! と喉を鳴らす。
セトにしても、今のトンボはかなり予想外の攻撃だったのだろう。
魔の森に入ってから短時間で、既に何匹ものモンスターに襲撃されている。
その状況で気を緩めるといったようなことをするつもりはなかったのだが、それでも自分達ですら気が付かないうちに多少なりとも気が緩んでいたのは、間違いのない事実だった。
「あるいは、魔の森にいるモンスターにしてみれば、それが最初から狙いだったのかもしれないな。……考えすぎか?」
魔の森に入ってきた相手が強敵だと判断したモンスター達が、自分達に犠牲が出るのを承知の上で、レイ達に向かって攻撃してきた。
一瞬そんなことを思ったが、魔の森のモンスターがそこまで連携が取れているというのは、レイにとっても少し考えにくい。
そうなると、やはり今のは偶然かと思い直す。
(さすが魔の森ってところだな。分かってはいたけど、こうも連続して襲ってくるとは思わなかった)
魔の森は一度脱出した場所である以上、若干甘く見ていたところがあった可能性も否定は出来ない。
このままの状況で事態が進んだ場合、それこそレイとセトは少し進む度に新しいモンスターに襲撃されることになりかねない。
(いやまぁ、それでも一種類のモンスターとしか戦っていないから、それなりに楽ではあるんだけどな)
今のところ、襲ってきたモンスターと戦っている時、更に別のモンスターに襲われるといったようなことはされていない。
魔の森には多数の……それこそ数え切れない程のモンスターが棲息しているのを考えれば、それは僥倖と言えるだろう。
勿論、それはレイ達がまだ魔の森の中でも外側に近い外縁部とも呼ぶべき場所にいるからこそ、なのかもしれないが。
「とはいえ、モンスターが多いというのは俺にとっても悪い話じゃないのは事実だけど。なぁ、セト?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは勿論! といったように鳴き声を上げる。
レイもセトも、魔獣術という存在を身につけているのだ。
そんなレイやセトにとって、モンスターが多いというのは歓迎すべきことだ。
とはいえ、それはあくまでもレイ達がモンスターを倒せるという、前提があってのことだが。
「そうなると、次にどんなモンスターが姿を現すかだな。……出来れば、さっきのトンボが襲ってきて欲しいんだが」
間違いなく強力なモンスターである以上、レイとしては出来ればあのモンスターの魔石も欲しかった。
それはレイだけではなく、セトも同様なのだろう。
レイの言葉に、セトはやる気に満ちた様子で喉を鳴らす。
そうして魔の森を進んでいったレイとセトは……やがて少し広がっている場所に出る。
「これは……」
見るからに、意図的に作られた広場。
このような広場を作ったということは、間違いなくそのモンスターは高い知性を持っているだろうとレイには思えた。
(もっとも、その高い知性ってのが具体的にどのくらいの知性なのかは、分からないけど)
セトを見れば分かるように、モンスターの中には非常に高い知性を持っているモンスターもいる。
勿論、セトはレイの魔獣術によって生み出された存在である以上、普通のモンスターと比べるのは間違いかもしれないが。
そう思いながら、レイは周囲の様子を確認する。
てっきり家……というのは大袈裟でも、巣の類はあってもおかしくはないと思っていたのだが、こうして見回したところでは、特にそれらしい物はない。
であれば、この場所は一体どのような場所なのか。
「まさか、自然にこんな風になった……なんてことはないよな?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは同意するように頷く。
この部分だけが何故か木が生えていないような、そんな場所だというのは、セトにとっても信じられなかったのだろう。
改めて周囲の様子を見ると、地面に生えている草は何かに押し潰されたかのような痕跡がある。
それもよく見てみれば、そのような痕跡は複数あり……
「これは……巨大な何かがここを住処にしてるとかか?」
かなり広い……それこそ、ギルムにある貴族街にある平均的な屋敷――マリーナの家は除く――が入るような敷地の中のいたる場所にそのような存在があるのに気が付く。
「これは一体な……ぐわぁっ!」
何だ。
そう言おうとしたレイは、不意に何かによって吹き飛ばされたのだった。