2527話
レイが放った飛斬は、魔の森に生えている木の枝を切断するも、その一撃で敵にダメージを負わせるような真似が出来なかった。
また、黄昏の槍の一撃も、木から生えている葉や枝を粉砕しつつ真っ直ぐに突き進んでいったものの、結局は敵を仕留めるといった真似は出来ない。
とはいえ、攻撃してきた相手にレイやセトの存在を脅威と思わせたのは間違いなかったらしく、続けて攻撃をされるといったようなことはなかった。
「セト、敵がどこにいるのか分からないか?」
投擲した黄昏の槍を手元に戻しながら、レイは相棒に尋ねる。
だが、そのセトは困ったように周囲の様子を確認するだけだ。
これが普段であれば、セトは一発で相手がどこにいるのかを判明するだろうが。
「グルルゥ!」
嗅覚上昇のスキルを使ったセトだったが、強化された嗅覚でも敵の姿を確認することは出来ない。
これもまた、非常に珍しいことだった。
「グルゥ……」
申し訳なさそうにレイに謝ってくるセト。
レイはそんなセトに気にするなと視線を向け……その瞬間、再び飛んできた不可視の攻撃を察知し、回避する。
「なるほど」
今の一撃を受けたレイは、納得の表情を浮かべた。
最初の攻撃こそ驚いたが、それはあくまでも最初だけだ。
一度そういう不可視の攻撃があると判断すれば、それを察知して回避するのは簡単……といった訳ではないが、それでも絶対に不可能ではない。
勿論、そのような真似はレイだからこそ出来ることだ。
もっと弱い冒険者なら、それこそ最初の一撃によってあっさりと殺されるか……その一撃で運よく死ななくても、致命傷に近い重傷を負っていただろう。
(初見殺しだな)
とはいえ、基本的に弱肉強食の世界で生きている動物やモンスターは、大抵が一生に一度しか会わない。
そうである以上、初見殺しというのは十分に強力な武器となる。
ましてや、二度目の攻撃であっても最初程ではないにしろ、回避は簡単ではない。
「一体どんなモンスターだ? 攻撃方法が厄介だけど……って、それでも二回も攻撃されれば、見破ることくらいは出来るんだよ!」
三度放たれた、不可視の攻撃。
その一撃が放たれたと悟った瞬間、レイは飛んできた方に向かって一気に距離を詰める。
当然ながら、それは不可視の攻撃に向かって自分から突き進んでいるのだが、レイは攻撃が迫ってきた気配を感じとると、素早く斜め前に跳躍してスレイプニルの靴を発動し、空中を蹴って三角跳びの要領で不可視の攻撃を回避すると、再び攻撃をしてきた方向に向かって走り出す。
敵がどこにいるのか、レイには見つけることが出来ない。
だが、攻撃をしたきたということは、間違いなくその瞬間に攻撃をしてきた場所にはいるのだ。
であれば、敵に攻撃させてからその方向に向かえばいいというレイの咄嗟の判断からの行動。
そうして間合いを詰め……そこでようやくレイは敵の正体を理解した。
木の枝に立っていたのは、カマキリのモンスター。
ただし、当然ながらそれはただのカマキリではない。
人と同じくらいの大きさのカマキリは、とてもではないがただの、とは言えないだろう。
ましてや、身体の半分程が透明になっており……レイが見ている前でもその透明になっている範囲が広がっていっているのだから。
そんなカマキリの様子に、そう言えば以前透明で巨大なカマキリと遭遇したと思い出す。
だが、レイが以前遭遇したカマキリは、人間程度ではなく、もっと巨大なカマキリだった。
一瞬だけ頭の中でそんなことを思い浮かべながらも、レイは地面を蹴る。
そのまま再度スレイプニルの靴を発動し、空中を駆け上がりながらデスサイズを透明になりつつあったカマキリに向かって振るう。
カマキリも、自分が透明になるよりもレイの攻撃の方が速いと判断したのだろう。
咄嗟にカマキリの由来にもなった鎌状の手を前に出し……斬っ!
しかし、魔力を通したデスサイズの一撃は、魔の森のモンスターであっても防ぐことは出来ない。
あっさりと鎌は切断され、その腕からは血が噴き出す。
それを見ながらレイは地上に向かって降下していく。
「ギイイイィィイィイィィ!」
激痛か怒りか、理由は分からなかったがカマキリのモンスターは鳴き声を上げる。
その鳴き声によってか、それとも痛みによってか、透明になりつつあったカマキリはその透明だった部分が瞬く間に普通の姿へと変わる。
(虫って痛覚がないとか、何かで聞いたことがあったような?)
うろ覚えの知識なので、それが本当かどうかはレイには分からない。
分からないが、もし普通の虫に痛覚がないとしても、現在レイが戦っているのはモンスター化した虫だ。
そうである以上、虫としての特徴が変わっていてもおかしくはなかった。
「ともあれ、これで逃げるといった真似は出来ないな。次だ、行くぞ」
その言葉と共に、レイは再び跳躍しようとして……だが、そんなレイの行動の機先を制するかのように、カマキリは立っていた木の枝からレイに向かって飛び降り、残っている一本の鎌をレイに向かって振るう。
人間程の大きさともなれば、当然だがカマキリの重量は相当なものになる。
その上、背中――もしくは腹と表現すべきか――の羽根を羽ばたかせ、その勢いすらもレイに向かって振るう一撃の威力に追加してきた。
だが……レイは、そんな鎌の一撃をデスサイスであっさりと防ぐ。
「お前の攻撃は、見えないから厄介だった。けど……こうして見えている状況じゃな。セト!」
「グルルルゥ!」
カマキリの鎌をデスサイズで受け止め、そうしながらセトを呼んで横から攻撃させる。
また、当然レイが右手のデスサイズで攻撃を防いでいるということは、左手の黄昏の槍は空いており、カマキリの頭部に向かって突きを放つ。
デスサイズを入れれば、一度に三ヶ所の攻撃。
これはカマキリにとっても完全に予想外だったらしく、どの攻撃に対処すればいいのか一瞬迷い……その一瞬が致命的な隙となる。
結果としてセトの放った前足の一撃によって胴体に大きなダメージを受け、黄昏の槍の突きによって頭部を破壊され、そのまま地面に崩れ落ちた。
「それなりに厄介な相手だったな。まぁ、セトがいたおかげで楽に倒せたけど」
「グルルゥ?」
レイの言葉に、カマキリを攻撃してからレイの近くに戻ってきていたセトは、そう? と疑問に喉を鳴らす。
当然だろう。何だかんだと、結構苦戦したのは間違いないのだから。
セトにしてみれば、魔の森に入ってからの戦闘の中――とはいえ、まだ二戦目だが――ではかなり苦労したといった認識だった。
「透明化さえどうにかしてしまえば、厄介な相手じゃなかったな。それよりも……他の敵がこないうちに魔石は取り出しておいた方がいいか」
そう告げ、レイはナイフを使って心臓のある場所だけを斬り裂き、そこから魔石を取り出す。
「これはやっぱりセトだろ。透明の敵ってことは、光学迷彩のレベルが上がるだろうし」
レイとしては、出来ればデスサイズにこの魔石を使わせてみたい気持ちもあった。
なにしろ、透明になるのだ。
その場合は、デスサイズが透明になるのか、それともカマキリが攻撃してきたように透明の攻撃で一撃を放つことが出来るのか。
その辺りを試してみたいというのが、正直なところだった。
とはいえ、セトの持つ光学迷彩の有用性を考えれば、そんな真似は出来ない。
勿論、このカマキリの魔石を使っても光学迷彩ではなく、もっと別のスキルのレベルが上がったり、新しいスキルを習得するといった可能性も否定は出来ない。
だが……それでも今まで魔獣術でスキルを習得してきたレイの感覚で考えれば、やはりカマキリの魔石を使えば、光学迷彩のレベルが上がるだろうという、半ば確信的なものがあった。
「よし、セト。頼む」
そう言い、レイはセトに向かって魔石を差し出す。
「グルゥ……グルルルゥ……?」
本当に自分がその魔石を使ってもいいの? と、そう尋ねるセト。
だが、レイはそんなセトに対して頷きを見せる。
「いいんだ。今はお前の光学迷彩のレベルアップをする方が絶対的に優先だ。ここは魔の森なんだから、確実に有効だと思える方を使うべきだ」
そうレイが言い聞かせるように言うと、それでようやくセトも納得したのだろう。
レイの掌にある魔石をクチバシで咥え、そのまま飲み込む。
【セトは『光学迷彩 Lv.六』のスキルを習得した】
頭の中に響く、アナウンスメッセージ。
レイが予想した通り、あのカマキリの魔石を使った結果、光学迷彩のレベルが六に上がった。
「おお!」
「グルゥ!」
予想通りの結果ではあったが、それでもレイの中にある喜びは大きい。
今までにも、これのモンスターの魔石ならこのスキルを習得するだろうという予想で魔石をセトやデスサイズに使ったことは多かったのだが、その結果として全く違うスキルを習得した……といったことは、珍しくなかったためだ。
勿論、それによって得られたスキルは決して悪いものではなく、どのようなスキルであっても魔獣術としては十分に役立つ能力だったのは間違いない。
だが……それでも予想とは違うというのは、色々と思うところがあるのは間違いなく、そういう意味ではやはり今回の一件はレイにとって非常に助かったのは事実。
セトもまた、レイの期待に応えられたことが嬉しかったのか、嬉しそうな様子を見せている。
「グルルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らしてレイに身体を擦りつけるセト。
そんなセトを撫でながら、レイは話し掛ける。
「光学迷彩はセトの切り札の一つだ。そういう意味では、魔の森に来た甲斐はあったな。……まぁ、こうして魔の森に来たんだから、もっと貪欲に魔石を求めてもいいのかもしれないが。ともあれ、光学迷彩がどのくらい強化したのか……試してみるか。レベル六だし」
光学迷彩は、レベル一では十秒、レベル二では二十秒といった具合にレベルが一上がれば十秒ずつ増えるといった様子だった。
しかし、スキルが一気に強化されるレベル五ではいきなり三百秒……五分にまで効果が伸びたのだ。
であれば、レベル六になった今はどれだけ効果時間が延びたのか。
それはレイも当然気になっていた。
そうして、早速レイはセトにレベル六の光学迷彩を使って貰い……
「四百秒か」
使ってみた結果、セトが透明になっていられたのは四百秒……約七分程だった。
(つまり、レベル五以降はレベルが一上がれば、光学迷彩の使用時間は百秒ずつ増えるのか? また、随分と極端に強化されたな)
レイにしてみれば、セトの奥の手とも呼ぶべき光学迷彩の時間が延びたというのは、悪い話ではない。
「さて、休憩もすんだし、進むか」
セトが光学迷彩を使っている間は、一応何があってもいいよう待機していた。
当然だが、そのような時間であっても何かがあった時はすぐ対応出来るように準備していたのだが、レイにしてみればそれでも十分に休めた。
ここは魔の森である以上、当然ながら多数のモンスターが棲息している。
そうである以上、何かあった時に対処する為に気を張っている必要があるが、ずっと集中しているといったような真似をすれば、集中力が続かない。
そういう意味で、セトの光学迷彩の確認に使った時間は、レイにとってもいい休憩となった。
(モンスターも襲ってこなかったしな。魔の森なんだから、もっと積極的にモンスターが襲ってくるのかと思ったけど、そんな感じでもないし。……前に魔の森を脱出した時って、こんな感じだったか?)
初めてエルジィンに降り立った時のことである以上、かなり印象強く思い出に残っている。
その時と比べても、今日はやけにモンスターの襲撃が多いように思えた。
もっとも、魔の森と呼ばれているような場所だ。
そこに棲息するようなモンスターが画一的な行動を取ると思うのが、そもそも無理な話なのだろうが。
「とはいえ、モンスターが襲ってきてくれるのなら、それはこっちにとっても好都合なんだけどな」
普通の冒険者なら、魔の森で複数のモンスターに襲撃されるとなると、割に合わないと判断するだろう。
もしモンスターを倒して魔石や素材を剥ぎ取っても、こうも頻繁に攻撃されるとなれば、魔石や素材は持ちきれない。
ましてや、それらも最初のうちはともかく、先に進めば進む程に増えていくのだから、ミスティリングのような物を持っていない限り、当然動きは鈍っていく。
あるいはポーターのような存在がいればどうにか対処出来るのかもしれないが、そうなればポーターが狙われることになるだろうし、そうなるとポーターの護衛を用意する……といったように、人数が膨らむことになる。
「やっぱり、魔の森として立ち入り禁止になるだけはあるんだよな」
納得しつつ、レイはセトと共に魔の森を進むのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.三』『アイスアロー Lv.四』『光学迷彩 Lv.六』new『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』
光学迷彩:使用者の姿を消すことが出来る能力。ただしLv.六の状態では透明になっていられるのは四百秒程であり、一度使うと再使用まで三十分程必要。また、使用者が触れている物も透明に出来るが、人も同時に透明にすると百五十秒程で効果が切れる。