2526話
魔の森の中をレイとセトは進む。
とはいえ、まだ森に入ってから数分。
後ろを向けば、そこにはすぐ魔の森の外を見ることが出来る。
「とはいえ、それでもトレントの森とは違うな。……以前魔の森から脱出した時には分からなかったけど」
レイが魔の森から脱出しようとした時、レイはまだエルジィンに来たばかりだった。
また、日本で生きていた身体から今の身体に意識が宿ってからそう時間が経っていないということもあってか、まだ冒険者としては素質はあれど、実戦慣れはしていなかった。
言わば、高度な訓練を受けたものの実戦そのものは全く経験したことがなかったといったところか。
それだけに、魔の森という場所そのものにそこまで何かを感じるようなことはなかった。
レイにしてみれば、この魔の森という場所しか知らなかったのだから、当然の話だろう。
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトもまた同意するように喉を鳴らす。
セトもまた、レイと同じように最初はこの魔の森についての意味を理解していなかった。
一応日本では山の中に入ることも多かったレイとは違い、セトは正真正銘魔獣術によってゼパイル一門の建物の中で生まれたのだ。
生まれてからの経験という意味では、レイよりも遙かに少ない。
それでもセトはレイの魔力によって生み出された存在である以上、擬似的にレイの人生について理解している点も多いし、何よりグリフォンという種族としてこの世に生を受けた以上、本能的なものもある。
そんな訳で、前回は魔の森を無事に抜けたレイとセトだったが……魔の森を出てから色々な経験をした身としては、魔の森はやはり魔の森と言われるだけのことはあるという認識だった。
魔の森は、空気そのものが外の世界とは違うようにすら感じられる。
「っと! セト!」
「グルルルゥ!」
少し離れた場所に生えている木の枝の上から、不意に何かが飛んできたのを見てレイは半ば反射的にデスサイズを振るう。
魔の森の中に入る以上。当然だが最初からデスサイズと黄昏の槍はミスティリングから出している。
素早く振るわれたデスサイズにより、周囲に甲高い金属音が響く。
そしてレイが攻撃を防いでいる間に、セトは攻撃をしてきた木に向かって突っ込んでいく。
「グルルルルゥ!」
先程習得したばかりのパワーアタックを使い、木に体当たりするセト。
だが、その木は最初にセトがパワーアタックを試した時にへし折った木よりも、更に太い。
パワーアタックの一撃でも、大きく揺れることはあっても折れることはなかった。
だが、レイに向かって攻撃してきた相手にしてみれば、まさか自分が足場にしている木に体当たりをするような者がいるとは、思ってもいなかったのだろう。
レイに向かって放たれた攻撃は一瞬止み……
「グルルルルゥ!」
そうして攻撃が止んだ一瞬の隙を狙い、セトは数歩の助走で木を登っていく。
グリフォンは鷲の上半身と獅子の下半身を持つ。
半分だけが獅子……猫科の動物である以上、当然だがセトも木登りは決して苦手な訳ではなかった。
非常にスムーズに木を登っていくセトに対し、木の枝の上にいたモンスターも危機感を覚えたのか、揺れている枝の上で体勢を整えると、自分に向かって来たセトに攻撃を行う。
レイに攻撃をした時と同じく、放たれる何か。
だが、セトはそんな相手の攻撃を読んでいたのか、攻撃がされた瞬間には登っていた木の幹を蹴って一気に枝との間合いを詰め、前足の一撃を放つ。
「グルゥ!」
「キキィ! ……ギィィィィィィッ!」
そのままではセトの一撃を受けてしまうと考えたのか、そのモンスターは木の枝を蹴ってセトの攻撃から回避しようとする。
だが……その隙こそが、レイにとっては狙っていた一瞬だった。
木の枝に茂っていた葉で、モンスターの正確な位置が分からなかったので攻撃しなかったが、向こうがセトの攻撃から逃げる為に木の枝から跳躍したとなれば、その姿を確認出来る。
勿論、魔の森のモンスターだけに高い俊敏性を持っていて、別の木の枝に跳躍して逃げる際にも、姿を見せるのは一瞬だろう。
しかし、レイにしてみればその一瞬があれば十分に敵を狙うといったことは可能だった。
そうして投擲された黄昏の槍は、一瞬だけ姿を見せたモンスターの胴体を貫き、地面に落とす。
痛みと衝撃に地面で暴れていたモンスターは、猿の姿をしていた。
ただし、身長一m半ば程もあり、大きさという点ではレイとそう変わらないだろう。
それどころか、猿の身体にはかなりの筋肉がついており、体重という点では間違いなくレイよりも上だ。
寧ろ、猿よりもゴリラやオラウータンと呼んだ方が相応しいのではないか。
そんな風に思いながら、レイは猿の胴体に刺さっていた黄昏の槍を手元に戻す。
腹部の中央付近を貫かれているにも関わらず、未だに猿のモンスターは生きていた。
勿論、生きているとはいえ、黄昏の槍に貫かれているのだから、瀕死の重傷と言ってもいい。
このまま様子を見ていれば、いずれレイが何をしなくても死ぬだろう。
それは分かっていたが、それでもレイはここでしっかりと殺しておくことにした。
ここは魔の森であり、多数のモンスターが……それも高ランクモンスターも大量に棲息している場所だ。
そのような場所だけに、ここで猿のモンスターが死ぬのを待っていれば、他のモンスターに猿のモンスターを奪われる可能性があった。
であれば、最低限ここでモンスターを殺しておき、素材や肉はともかく魔石は奪ってその場で使っておいた方がいいだろう。
(肉……肉か。猿の肉ってどうなんだろうな? 映画で猿の脳みそを食べてるのを見たことはあるけど。まぁ、魔の森にいるモンスターの肉だし、不味いってことはない筈だ)
そう思うも、レイが戦った感じでは決して高ランクモンスターといった様子ではなかった。
「ランクBはないな。そうなると、ランクCくらいか?」
ランクD程に弱くはないが、ランクB程に強くはない。
考えられる可能性としては、やはりランクCといったところだろう。
少なくても、昨日レイが戦った牛のモンスターと比べると明らかに格下だった。
(魔の森のモンスターだからって、必ずしも外のモンスターよりも強い訳じゃない。それは分かっていたけど、こうして見ると、やっぱり色々と思うところはあるな)
レイにしてみれば、出来たらあの牛のモンスターがまた出て来て欲しいという思いがあった。
とはいえ、セトよりも大きなモンスターである以上、魔の森の中ではそう簡単に出歩くような真似は出来ないだろう。
魔の森は木と木の隙間がかなり空いているので、セトもそれなりに楽に歩くことは出来るのだが。
そんなことを考えながら、レイは相手を殺してからナイフで猿の心臓から魔石を取り出す。
「さて、牛のモンスターの魔石はセトに使ったから、この猿のモンスターはデスサイズに使いたいと思うけど。構わないか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトはそれでいいと喉を鳴らす。
そんなセトに感謝の言葉を口にしてから、レイは早速デスサイズで猿の魔石を切断する。
【デスサイズは『飛針 Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「飛針? いやまぁ、さっきの攻撃は確かに金属だったけど……いや、なるほど、体毛を金属のように硬くして相手に発射したのか。だとすると……」
レイはデスサイズを手に、少し離れた場所にある木の幹に向かってスキルを発動する。
「飛針」
その言葉と共にデスサイズを振るうと、どこからともなく現れた五本の長針が木の幹に向かって飛んでいき、突き刺さる。
「これはなかなか使いやすいスキルだな」
威力の方は木の幹に突き刺さる程度で、セトのパワーアタックのように木をへし折るといったような真似は出来ない。
だが、遠距離にそこそこの威力の長針を投擲することが出来るというのは、使い勝手がいいのは間違いなかった。
「威力の方に若干不満はあるが、レベルが五を越えればその辺は多分解消されるだろうし。それとも長針の数が増えていくといったケースか? それならそれで別に構わないけど」
レイにしてみれば、飛針というスキルがそこそこ満足が出来るスキルだったのは間違いない。
そのことに満足し、嬉しそうにレイに向かって頭を擦りつけてくるセトの頭を撫でながら、猿のモンスターをミスティリングに収納して、先を急ぐことにする。
「この猿のモンスターは多分ランクC程度だから、ランクAモンスターはまだまだか。ランクSモンスターにいたっては、一体どこにいるのやら」
レイが昇格試験に合格する為には、魔の森においてランクAモンスターを最低でも二匹倒す必要がある。
それも今日から二泊三日の中でだ。
今の状況を考えれば、そう簡単にそのようなモンスターを見つけられるとは思えない。
……とはいえ、普通に考えればランクAモンスターというのはそこまでありふれた存在ではない。
冒険者であっても、一生に一度会えるかどうかといったような存在なのだから。
「まぁ、ここはまだ魔の森でも外側だ。中央部分や奥深くに向かわないと、そういう高ランクモンスターがいないのは理解出来るけど」
呟きながら、レイはセトと共に魔の森の奥に向かう。
高ランクモンスターを探したいというのもあるが、それよりもやはり拠点となる場所を確保しておきたかった。
(幸いなのは、ワーカーの持たせてくれたマジックアイテムも、俺が魔の森にいるというのは分かっても、具体的にどこにいるのかというのは分からないことだよな)
もし魔の森にいるレイの正確な位置を把握出来るのなら、レイが現在向かっている場所……ゼパイル一門の隠れ家にして、レイやセトが生まれた場所をも知られる可能性があった。
その心配がないというのは、レイにとっても非常に助かる。
とはいえ、その説明はあくまでもワーカーからそのように言われただけなので、もしかしたら……本当にもしかしたら、ワーカーが宝石を通してこちらの様子を見ているといった可能性も否定は出来ないのだが。
しかし、宝石は表にだしている訳ではなく、ドラゴンローブの中にある。
であれば、宝石を通して見るといった真似が出来るとしても、見ることが出来るのはドラゴンローブの中だけとなるだろうが。
ともあれ、建物のことを心配しなくてもいいというのは、レイにとっては悪い話ではない。
今の状況を考えると、寧ろ悪い話どころか最善の結果といったところか。
「グルゥ!」
魔の森の中を歩いていると、不意にセトが警戒しながら喉を鳴らす。
そんなセトの様子にレイは警戒し、周囲の様子を確認する。
魔の森はトレントの森と比べても、木と木の間はそれなりに距離がある。
ただし、トレントの森が半ば規則正しく生えているのと違い、木と木の間がかなり離れているのもあれば、中には隣接している状態で生えている木もあった。
それだけに、トレントの森に比べると敵の姿を見つけるのが難しくなっているのは事実であり、それだけにレイとしては何があってもいいように、素早く周囲を見回す。
(まだ魔の森に入ってからそんなに時間が経ってないってのに……随分と攻撃性が高いな。以前魔の森から出た時は、そこまで……いや、ウォーターベアがいたのを思えば、それなりに難易度が高かったのは事実だよな)
ギルムにおいても、ウォーターベアは相応の高額で買い取って貰えた。
つまり、それだけ希少性が高く……そして魔の森にいたということは、凶悪なモンスターだったのは間違いない。
であれば、セトが警戒している敵も凶悪な相手の可能性が高い。
そんな風に思いながら、レイはじっと相手が動き出すのを待ち……
「っと!」
見えない何かが近付いてきた。
そう察知した瞬間には、反射的に身体を動かす。
すると見えない何かはレイのいた場所を通り、レイの後ろにあった木の幹に切り傷を刻み込む。
「セト、気をつけろ!」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトも即座に反応するが、セトのような鋭い五感や第六感、更には察知する感覚があっても、実際に攻撃されるまで相手の存在に気が付かなかったのだ。
そう考えれば、間違いなく相手は強敵と呼ぶに相応しい相手なのは間違いなく……そういう意味では、やはりこの魔の森は一瞬の油断も出来る場所ではないと理解しつつ、レイは不可視の攻撃を放ってきた相手がいると思しき場所に視線を向け……
「飛斬!」
取りあえず、少しでも相手を動揺させられればいいと判断して飛斬を放ち、続けてこれで仕留めることが出来ればラッキー程度の気持ちで黄昏の槍を投擲するのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.三』『氷雪斬 Lv.一』『飛針 Lv.一』new
飛針:デスサイズを振るうことで、長針を複数生み出して発射する。レベル一では五本で、木の幹に長針が突き刺さるくらいの威力。