2525話
牛のモンスターの肉に舌鼓を打った野営の翌日、セトのおかげか、それとも運がよかったのか、ともあれ魔の森が近くにも関わらず夜中にモンスターからの襲撃がなかったことで、安眠出来たレイはザカットと共に移動し……やがて視線の先に魔の森の姿を見つける。
「言うまでもないと思うが、あれが魔の森だ」
「……だろうな」
ザカットの言葉に、レイが返事をするまで少しの間があった。
ザカットはそれを初めて魔の森を自分の目で見た緊張からきたものなのだろうと思っていたのだが、実際には違う。
レイは数年ぶりに戻ってきた、第二の自分の生まれ故郷とも言うべき場所を見て、思うところがあったのだ。
このエルジィンという世界において、ギルムはレイにとって故郷と呼ぶべき場所なのは間違いない。
だが、この魔の森はレイにとっては第二の生まれ故郷でもあるのだ。
そういう意味で、魔の森を見たレイは不思議な感情を覚えていた。
それはセトも同じなのか、レイの隣で小さく喉を鳴らして魔の森を眺めている。
いや、生まれ故郷という意味では、セトにとっては魔の森は正真正銘、唯一の生まれ故郷だろう。
日本で生活した記憶を持っているレイと比べても、よりその思いは強い。
「ともあれ、あそこで二泊三日だ。後はランクAモンスターを二匹以上な」
最後の確認をするように、ザカットはレイに告げる。
魔の森に入るのはレイだけで、ザカットはレイをここまで案内したらすぐにギルムに戻るのだから、そういう意味ではここで仕事は終わりだった。
とはいえ、そのような真似が出来るのはランクA冒険者のザカットだからこそなのだろうが。
「ああ、分かっている。俺が魔の森の中にいるのは、マジックアイテムでワーカーに把握されているのもな」
つまり、日中は魔の森の中で活動してランクAモンスターを探し、夜になったら魔の森から出て野営をするといったような真似をすれば、当然ながらワーカーにその辺を把握されてしまい、昇格試験は失格となってしまう。
当然のように、レイはそのようなことをするつもりは全くなかったが。
(というか、魔の森で泊まれる場所となれば……当然、俺が目覚めた場所だよな)
魔の森の中でもそれなりの奥地に用意された、ゼパイル一門の隠れ家。
あの建物は何らかの手段でモンスターが中に入れないようになっていた。
少なくても、この世界で目覚めたレイが見て回った限りでは、モンスターによって破壊されたと思しき場所はなかった。
具体的にどのような手段を使ってモンスターを……それこそ魔の森ということで、ランクAや場合によってはランクSですらも近づけないようにしているのかは、レイにも分からない。
恐らくは、ゼパイル一門の錬金術師エスタ・ノールのマジックアイテムか何かだとは思うのだが。
(もし持ち歩けるマジックアイテムなら、是非持って帰りたいよな。……あ、でも持ち帰ったりすれば、あの建物がモンスターに破壊されるようになったりするのか。それはちょっとな)
この魔の森は、レイにとっては宝の山だ。
今回は二泊三日しか滞在出来ないが、魔獣術の為にもっと長期間滞在するといったようなことをしたいとも思う。
そうなれば、やはり拠点となる場所は必要である以上、あの建物はあった方がいいのは間違いなかった。
「じゃあ、俺はギルムに戻るが……最後に何か聞いておきたいこととかはないか?」
「うーん、魔の森での行動は特に制限とかはないんだよな?」
「ああ。ない。……いや、待て。一応言っておくが、レイが得意な炎の竜巻とかは使うなよ。下手をすれば、魔の森のモンスターが出て来て、ギルムにやって来かねない」
レイの何をしてもいいという言葉に、ザカットは慌ててそう言う。
ベスティア帝国との戦争で、レイがどのような行動によって異名持ちとなったのか。
それを理解していたからこその言葉だろう。
本来ならランクAへの昇格試験である以上、レイの行動は制限しない方がいい。
だが、もし魔の森のモンスターが多数ギルムにやって来るようなことがあれば、最悪の事態となるだろう。
ましてや、今のギルムは増築工事の為に本来ならギルムで行動出来ないような冒険者も多数いる。
そのような場所に魔の森のモンスターが襲い掛かれば、それこそ大量の死人が出てしまうだろう。
ザカットとしては、当然ながらそのような光景は見たくなかった。
「ああ、そんな真似はしないよ」
レイもまた、そんなザカットの言葉に頷く。
魔石だけを集めるという意味なら、魔の森で火災旋風を生み出すといった真似をしてもいい。
魔獣術で使える魔石は、そのモンスターを倒す時にレイやセトが少しであっても関与したものだ。
例えば、他の冒険者が倒したモンスターの魔石は魔獣術には使えないが、レイとセトが倒したモンスターの魔石は魔獣術に使えるといったように。
また、少しでも戦闘に関与していれば魔力的な波長の問題で魔石を魔獣術に使えるようになるので、例えば誰かが戦っているところで援護として石か何かを投擲するといったような真似をして、その石が敵に当たれば、それで十分条件は満たせる。
そういう意味では、ザカットが言ったように火災旋風を生み出して魔の森を焼き払い、そこに棲息しているモンスターを焼き殺す……もしくは金属片や火炎鉱石といったものを火災旋風に混ぜ込んで殺傷力を上げるといったような真似をして倒しても、そのモンスターの死体は魔獣術として使える。
ただし、問題なのはザカットが言ったように魔の森から焼き出されたモンスターが暴れてギルムにいかないかといったこと……もあるが、当然それだけではない。
そもそもの話、魔の森に存在するのは高ランクモンスターが多い。
そのような高ランクモンスターが、火災旋風によってそう簡単に死ぬかといった問題がある。
それ以外にも、焼けて炭となったモンスターからは当然だが肉や素材、討伐証明部位の剥ぎ取りが非常に難しいだろう。
魔の森の貴重なモンスターを相手にそのような真似をするのは気が進まなかったし、それ以外でもレイはこれからも魔の森に来るつもりでいる。
そうである以上、魔の森を必要以上に荒らすつもりはない。
……もっとも、魔の森のモンスターに対処出来なくなった場合には、最後の手段としてそのような真似をしないとも限らなかったが。
「分かった。レイが言うんだから、信じるよ。気をつけろよ」
そう言い、ザカットは馬に乗ってその場から走り去る。
それこそ、少しでも早く魔の森から離れたいと言ってるような、そんな速度で。
「そこまで急いで逃げなくても、いいと思うんだがな。……まぁ、いいか。じゃあ、セト。俺達も魔の森に入るぞ。まずは家に向かうとしよう。あそこを拠点にすれば、夜も安心して眠れるし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトも分かったと喉を鳴らす。
マジックテントを使って野営をするのもいいが、やはりセトにとってもレイがもっと安心して眠れるような場所があればいいと、そう思ったのだろう。
そして、一人と一匹は魔の森に入ろうとして……その前に、レイは動きを止める。
「グルルゥ?」
何故かいきなり動きを止めたレイに、セトはどうしたの? と視線を向ける。
そんなセトに対し、レイはミスティリングから牛のモンスターの魔石を取り出す。
「もうザカットがいないんだから、魔の森に入るよりも前に、この魔石を使ってもいいよな。ほら、セト」
「グルゥ!」
レイが渡した魔石を、セトはクチバシで咥えてそのまま飲み込む。
【セトは『パワーアタック Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏に流れる、アナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、一瞬疑問に思う。
パワークラッシュのスキルなら覚えているのでは? と。
だが、今のアナウンスメッセージを思い出してみれば、セトが習得したスキルはパワークラッシュではなく、パワーアタックだったのを思い直す。
それは一体どのようなスキルなのかは分からない。
ただ、今まで習得したスキルの性能から考えた場合、何となくだが想像出来た。
(つまり、一撃が強力になるようなスキルか? でも、それだとパワークラッシュと同じだよな?)
結局分からない以上、それを試してみるしかない。
牛のモンスターだったのを考えると、恐らくその辺に何らかの意味があるのだろうが……
そう考えたレイは、ふと思いつく。
「セト、そのパワーアタックって……もしかして、敵に強力な体当たりでダメージを与えるスキルじゃないか?」
「グルルルゥ? ……グルゥ、 グルルルルゥ!」
レイの言葉に、自分の中の様子を確認してみせたセトは、やがてレイの言葉に頷くように喉を鳴らし……目の前に存在する魔の森に生えている木に対して、スキルを発動しながら突っ込む。
「グルルルルゥ!」
体長三mのセトは、元々体重だけでもかなりのものがある。
ましてや、その体重の多くは筋肉だ。
当然ながら、そんなセトが体当たりしただけでも強力な一撃なのは間違いないが……パワーアタックを使っての体当たりは、大人三人程が手を繋いでようやく抱えられるくらいになった太さの幹を持つ木を、あっさりとへし折るだけの破壊力があった。
木が折れる音を立てながら、地面に倒れ込んでいく。
「これは……かなり威力が高いな」
もともとセトの体格や力の強さを考えれば、その体当たりはかなり強力な攻撃方法であるのは間違いなかった。
しかし、今こうして相応の太さの幹を持つ木を折ったとなると、その様子は明らかに異常だ。
今の一撃の威力は、間違いなくセトが新しく覚えたスキル……パワーアタックの威力だった。
(レベル一でこれだけの威力ってのは、少し珍しいな。いやまぁ、パワークラッシュやパワースラッシュのことを考えれば、多分元々持っている身体能力にプラスする形で威力が上がっているとか、そんな感じなんだろうけど)
元々の力が強ければ強い程に、スキルの威力も増す。
そう考えれば、今回のスキルの意味もしっかりと理解出来る。
「レベル一でこの威力なら、レベルが上がるともっと強化されるってことだよな。……セト、身体大丈夫か?」
デスサイズの持つスキル、パワースラッシュ。
一撃の威力はかなり強力だが、強力なだけに反動も強い。
今となってはレイもしっかりとパワースラッシュを使いこなせるようになっていたが、最初にスキルを覚えた時や、スキルのレベルが上がって強化された時はかなり苦戦した覚えがある。
パワーという名前がつくスキルは、強力だが使いこなすのも難しい。
それがパワースラッシュとパワークラッシュという二つのスキルを知っているレイの感想だった。
だからこそ、セトの新しいスキルであるパワーアタックは反動が大丈夫なのかと思って聞いたのだが……
「グルゥ!」
平気! とセトは鳴き声を上げる。
一瞬強がってるのでは? と思わないでもなかったのだが、レイが見たところセトは本当に平気そうな様子だった。
それを知り、安堵するレイ。
「よし、取りあえず問題はないか。……ついでだし、これは貰っておくか」
魔の森に生えていた木だけに、何か特別な木であってもおかしくはない。
具体的にどのような特殊さなのかはレイにも分からなかったが、特に特殊なところがなければ、それこそいざという時に盾代わりでも使えばいいいかと、そう思い直してミスティリングに収納し……
「クゥ……」
木をミスティリングに収納すると、木のあった場所に一匹のリスの姿があった。
木が倒れたことで怪我をしたのか、痛そうに鳴き声を上げている。
(ただの動物か? いや、魔の森にいる以上、とてもじゃないが普通の動物だとは思えない。だとすると……こいつもモンスターとか? そもそも、『クゥ』というのはリスの鳴き声じゃないだろうし)
レイはその鳴き声から、恐らくこのリスも何らかのモンスターなのだろうと判断する。
しかし、だからといって弱いモンスターであれば、レイはともかくセトの存在を察知して逃げ出すという可能性は十分にあった。
襲ってくるのなら倒してもいいが、逃げるのであれば、わざわざ殺す必要もない。
そうレイは判断し、それでも魔の森のモンスターである可能性が高い以上、襲ってくる可能性は十分にあるので、注意深く見守る。
そして……やがてリスのモンスターは、レイとセトが自分を攻撃する相手ではないと判断したのだろう。
その小さな身体で、近くにあった木に登っていく。
先程の衝撃で怪我をしている様子だったのだが、それでも木を登っていくのは、このようなモンスターでも魔の森のモンスターだということだろう。
「よし、じゃあ行くか。まずはセトが産まれた場所に向かうか」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き、そして一人と一匹は本格的に魔の森に入っていくのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.三』『アイスアロー Lv.四』『光学迷彩 Lv.五』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』new
パワーアタック:強力な体当たりのスキル。レベル一で大人三人程が手を繋いだくらいの太さの幹を持つ木をへし折るだけの威力がある。