2511話
「それなりに満足出来た買い物だったな。値段も相応だったし」
マジックアイテムを売ってる店から出ながら、レイは呟く。
結局、ポーションの在庫は木箱五箱分もあり、レイはその全てを買い取った。
言葉にしたように、値段も相応のものだった。
いや、それどころか大量に纏め買いをしたこともあり、多少ではあるが割引すらして貰った。
(とはいえ、もしかしたら最初からの値段を多めに言って、割引したように見せただけなのかもしれないけど)
日本にいた時であれば、スーパーやコンビニでは商品に値段がきちんと表記されており、割引も何もなかった。
とはいえ、レイが住んでいたのは田舎である以上、個人でやっている店も多く、そういう時は普通に割り引きとかあったのだが。
レイもまた、小さい頃からの顔見知りということで、母親にお使いを頼まれたりすれば割引して貰ったり、おまけを貰ったりといったことがそれなりにあった。
「で、どうするの? 他の店にも行く?」
セトと子供達が遊んでいる光景を眺めながら、ヴィヘラはレイに尋ねる。
店員から、この街に他にも幾つかあるマジックアイテムを売っている店の場所を聞いていた。
そちらの店も回れば、レイは他にもポーションを購入出来るだろう。
そうである以上、レイにそれを拒むつもりは全くなかった。
「そうだな、出来れば全部の店を回りたいところだ」
「そうね。そうした方がいいと思うわ。向かうのが魔の森なんだし」
羨ましそうに……本当に心の底から羨ましそうにレイと言葉を交わすヴィヘラ。
ヴィヘラにしてみれば、間違いなく強敵が棲息している魔の森というのは非常に興味深い場所なのだ。
それこそ、レイだけではなく自分も行きたいと、そう思う程に。
そんな場所だけに、そこそこの品質であろうともポーションは多ければ多い方がいい。
それにレイのミスティリングに収納しておけば、ポーションが時間経過で使えなくなるといったこともないのだから。
金に困っていないレイだけに、ギルムのようにポーション不足を考えなくてもいいのなら、買えるだけ買った方がいいのは間違いなかった。
(あ、でもギルムからこの街にポーションの仕入れに来たりするかも? まぁ、その時は早い者勝ちだったということで諦めて貰うか)
商売というのは、早い者勝ちであるのは事実だ。
もっとも、セトに乗って移動出来るという時点でレイは反則に近いのだが。
「おーい、悪いけど別の店に行くことになった。ダーヴィンズの店って知ってる奴いるか?」
セトと遊んでいた子供達に、そう尋ねる。
一応店員からその店のある場所は大体聞いてはいる。
だが、それはあくまでも大体だし、何よりレイがこの街に来たのは今日が初めてだ。
そうである以上、店のある場所を人から聞いただけでは見つけるのは難しい。
大通りに面している店にあるのなら、それなりに分かりやすいのだろうが。
しかしこの店のように裏路地ではないものの、表通りからは分からないような場所にあったりすれば、そう簡単に見つけるような真似は出来ない。
「あ、知ってるよ!」
幸いにして、セトと遊んでいた子供達のうちの一人がレイが次に行こうとしていたダーヴィンズの店を知っていると言ってきた。
であれば、レイとしても行動するのは早い。
子供に案内してくれるように頼み、干した果実を渡す。
勿論、その子供一人だけに渡せば他の子供達が羨ましがるのは分かっていたので、全員にだが。
ただし、案内してくれる子供には少しだけ多めに渡す。
「甘い!」
干した果実を食べて、嬉しそうに叫ぶ子供達
基本的に甘味は高いので、子供達が食べられるといったことは滅多にない。
これで近くに森や林があれば、果実の類を食べる機会もあるかもしれないが、残念ながらこの街の周辺にあるのは草原と街道だけで森や林はない。
(ああ、でも草原とかにも小さな果実とかならあってもおかしくはないのか? 問題なのは、わざわざ街の外に出てそれを採ってくるような奴がいるかどうかだけど)
もしいても、子供達の口に入るのは難しいだろう。
そういう意味で、レイが渡した干した果実は子供達にとってはご馳走だったのだろう。
「こっちだよ、兄ちゃん、姉ちゃん! こっちこっち!」
そしてご馳走を食べた子供達は、当然ながらレイとヴィヘラに対してかなり好意的になる。
(怪しい人に美味しい食べ物をあげるから、一緒に来てくれないかとか、そんな風に誘拐されないか微妙に心配だな)
干した果実でここまで好意的になってくれたのは嬉しいが、それだけに若干心配になる。
「いいか? 知らない人から美味しい食べ物をやるからって言われても、ついていったりするなよ?」
案内されながらも、レイはそう子供達に声を掛ける。
日本では変質者といったような相手に注意が必要だが、このエルジィンにおいては奴隷が存在している。
そして奴隷を扱っている奴隷商の中には、正規の手段――犯罪奴隷や借金奴隷――で奴隷を仕入れるのではなく、違法に奴隷を集めるといったような者もいる。
もっとも、子供の奴隷の需要というのはそう多くはない。
そういう意味では、そこまで心配する必要はあまりないのだが……それでも需要が多くないというのは皆無という訳ではない。
「えー? 勿論分かってるよ、そんなこと」
レイの言葉にそう言う少年だったが、その言葉を信じてもいいのかどうか迷ってしまう。
「大丈夫よ、レイ。この子達はそこまで間抜けじゃないもの。セトがいるから、こうして安心してるんでしょ」
「そういうものか?」
ヴィヘラの言葉に疑問を抱くレイだったが、それでもヴィヘラがいうのであればと、取りあえず納得した様子を見せる。
そうして話ながら進んでいると、やがて大通りからまた少し脇道に逸れる。
(今度も脇道なのか? 何でこの街のマジックアイテムを売ってる店は、こういう見つけにくいところにあるんだ? その方が雰囲気があるからとか、そういう理由だったりしないよな?)
当然の話だが、大通りとそこから脇道に入った場所にある店となると、売り上げは前者の方が上だ。……その分、賃貸なら家賃が、土地を買うのならその料金が高くなるのだが。
それでもマジックアイテムを売る店は、商品の代金が高額な物が多い為に、儲けも相応に大きい。
「ほら、ここ。ここがダーヴィンズの店だよ」
脇道に入って数分もしなうちに、子供が言う。
子供の見ている方には、一軒の店があった。
先程の店と同じくらいの大きさの店。
「この街って大きめな店はないのか?」
「さぁ? でも、あの店の紹介ってことは、同じくらいの大きさの店が出て来てもおかしくはないでしょ? それよりも早く行くわよ。ポーションを買う店はここだけじゃないんだから」
そう言い、レイの手を引っ張って店に向かうヴィヘラ。
セトは当然のように子供達と一緒に外で遊んで待つことになる。
レイもマジックアテイムには当然興味があるので、ヴィヘラから引っ張られても特に抵抗するような真似はせず、店の中に入る。
「おや、いらっしゃい。また、随分と綺麗な人が来たね」
五十代くらいの女が、店の中に入ってきたレイとヴィヘラを見て驚いたようにいう。
綺麗な人と表現したからには、店員の女が見ていたのはレイではなくヴィヘラなのだろうが。
折角自分を綺麗な人と表現してくれたのだからと、レイではなくヴィヘラが口を開く。
「ポーションをあるだけ買わせて貰えるかしら。勿論、あるだけとは言ってもこの街の住人がいざという時に困らないようにある程度の余裕は残して貰っても構わないけど」
「おや……本気なのかい? ポーションもそれだけの数が必要となると、かなり高額になるよ?」
本気か? というよりは、レイ達の懐具合を心配するように言ってくる相手に好意を抱き、レイはミスティリングの中から取りだした白金貨を数枚カウンターの上に置く。
それを見て、店員の女は少しだけ驚いた様子を見せ……やがて頷くと、ポーションを出すのだった。
「まぁ、こんなもんか」
結局五つ程の店を回り、それなりに結構な量のポーションを購入することに成功した。
ギルムで売っているような高品質なポーションはどこの店にも売っていなかったが、そこそこの品質のポーションは多くあったし、それ以外にもギルムで売ってる物程ではないにしろ、それなりに高品質なポーションを購入することが出来たので、レイは満足している。
「子供達には結構な時間を取らせてしまったわね」
「セトと一緒に遊んでいたから、そんなに不満そうじゃなかったけどな」
店の案内をするということで、結局全ての店を子供達から案内して貰ったのだ。
途中で軽く食事をする為に店に入ったりもしたが、その辺は必要経費だろう。
寧ろレイが残念だったのは、この街には名物料理の類がなかったということだろう。
そちらを楽しみにしていたセトも、それには非常に残念そうにしていた。
とはいえ、名物料理がなかったというだけでこの街で売られていた料理そのものが不味い訳ではない。
驚く程に美味い料理といったものはなかったが、それでも普通に美味い料理は多かった。
(あるいは、高級店とかにいけば名物料理とかはあったのかもしれないけど……いや、そういう店でしか売ってないような名物料理となると、あまり期待は出来ないような気がする)
名物料理というくらいだから、それこそ高級店ではなく普通の店で食べるような感じがというのが、レイの認識だった。
いわゆる、B級グルメのような。
「で、これからどうするの? もうギルムに戻る? それとも、もう少し他の街や村を探してみる?」
「ポーションは結構な量を確保したから、もうギルムに戻ってもいいんだけどな。ここで適当に動き回って変な問題に巻き込まれるようなことになったら……」
「盗賊だぁっ!」
「……レイ……」
レイが最後まで言うよりも前に、聞こえてきたその叫び声。
それはまさに、フラグという言葉が相応しいくらのタイミングだった。
「いや、俺が何かした訳じゃないだろ?」
呆れの視線で見てくるヴィヘラにそう返しつつも、レイはやっぱり自分のフラグか? と思わないでもない。
「にしても、こんな街に盗賊が襲ってくるのか? 近くに盗賊のアジトになりそうな場所もないけど」
「流れの盗賊といったところじゃない? 通りすがりにこの街を襲うことにしたとか」
そう告げるヴィヘラだったが、本人が自分の言葉をそこまで信じているようには思えない。
ここも街である以上。警備兵や冒険者といったように防衛の為の戦力はそれなりに揃っている筈だ。
これが村のような規模なら、戦力もそこまで期待出来ないのだが。
「で、どうするの? このままだと怪我人が増えることになって、ポーションが必要になるかもしれないわよ? 誰かさんが大量に買い占めたポーションが」
「一応、街の住人が困らない程度は残しておいてくれって言ったんだけどな」
「そうね、言ったわね。けど、それはあくまでも普通に暮らしている時には困らないという程度でしょ? 盗賊が襲ってきた今の状況が普通だと思う?」
「なら、俺達が倒した方がいいか」
ヴィヘラの言葉に、あっさりとそう決断するレイ。
レイにしてみれば、盗賊程度の敵であれば苦戦するようなことはない。
それどころか一種のボーナスと言ってもいいだろう。
何しろ、倒せば盗賊が持っているお宝は全て自分の物になるし、生け捕りにすることが出来れば盗賊を犯罪奴隷として売るような真似も出来る。
普段は犯罪奴隷として売るには生け捕りにして最寄りの街まで運ばなければならないので、全て殺してしまうのだが、街のすぐ近くに現れたとなれば、話は別だった。
レイの意見にはヴィヘラも賛成だったのか、即座に頷く。
「じゃあ、行きましょう。ここで街の人に被害が出たら、残念だし」
「セト、頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトもやる気満々で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、盗賊が街中に侵入した場合、先程まで自分と遊んでくれていた子供達が死んでしまうということになる。
死なないまでも怪我をするかもしれないし、捕らえられて奴隷として売られる可能性もある。
その辺の事情を考えれば、セトがここで手を出さないといった選択肢は存在しない。
セトに乗ったレイとヴィヘラは、真っ直ぐに門のある方に向かう。
そこでは多くの者が集まっていた。
外から街中に逃げ込んできた者もいれば、盗賊が襲ってきたといったようなことで少しでも情報が欲しいと思って集まった者もいる。
そのような者達が揃っている中に、セトに……グリフォンに乗ったレイ達がやって来たのだから、騒動になるのは当然だった。