2510話
「ここだよ!」
元気一杯の少年の声が、周囲に響く。
その少年の声に、レイは目の前の店を見る。
裏通り……とまではいかないが、大通りから逸れた場所にひっそりと建っているその店は、見るからに胡散臭いように見える。
とはいえ、屋台の店主から聞いて子供達から案内されたのがこの店である以上、目の前にあるこの店がレイの探していた店……ポーションの類を売っている店なのは間違いない。
「分かった。俺は買い物をしてくるから、お前達はセトと一緒に遊んでいてくれ」
「わーい!」
レイの言葉に、リーダー格の少年は嬉しそうな様子を見せる。
そんなリーダー格に続いて、他の者たちもまた同様に嬉しそうな様子を見せていた。
最初は子供達の中にもセトを怖がっていた者が何人かいたのだが、ここまで案内して貰う最中にセトはギルムでやっているように子供と一緒に遊んだ。
結果として、怖がっていた子供も今ではセトが怖い相手ではなく、自分達と一緒に遊んでくれる友達という認識へと変わっていた。
この辺り、子供達だからこそ臨機応変に対応出来たのだろう。
「ふふっ、セトはやっぱり凄いわね」
あっという間に子供達と友達になったセトを見て、ヴィヘラが呟く。
レイもその意見には賛成だったので、子供を背中に乗せて歩いている様子を眺め……三十秒程経過したところで、店の中に入ることにする。
「いらっしゃいませ」
へぇ、と。
店に入った瞬間に声を掛けられたレイは、店員の対応の早さに少しだけ驚く。
こういう時、店によっては店員が客に気が付かなかったり、気が付いても見るからに金を持っていそうな上客ではない限り、特に声を掛けないということも珍しくはない。
……もっとも、隠蔽の効果でドラゴンローブの凄さを誤魔化しており、見習い魔法使いといったようにしか見えないレイはともかく、ヴィヘラは向こう側が透けて見えるような薄衣を身に纏っており、踊り子や娼婦のように見える。
レイはともかく、後者なら金を持っている上客と判断されてもおかしくはないのだが。
(でも、一番の原因はやっぱり表で騒いでいたからだろうな)
今もまた、子供達がセトと遊んでいる歓声が店の中にまで聞こえてくる。
それを思えば、店員が店の前に誰かがいるのを察するというのは難しい話ではない。
そのような状況で声を掛けてきたのは、店員が善良な人物なのだろうと、そうレイは判断した。
「一応聞いておくけど、ここはマジックアイテムを売ってる店だよな?」
「ええ、勿論ですよ。色々とあります。どのような物をお探しでしょう?」
レイの外見を見ても侮るような真似をせず――ヴィヘラの美貌とその身体に目を奪われ気味ではあったが――尋ねてくる相手に、レイは更に好感を抱く。
「最大の目的はポーションだ。店にあるだけ……となると、ここの住人が困るかもしれないから、売ってもいいだけ全部くれ」
「……は?」
さすがにレイの口から出て来た言葉は予想外だったのか、店員は大きく口を開いて唖然とした様子を見せる。
とはいえ、普通ならレイのような買い物……それこそ店に行って『ここからあそこまで全部』といったような買い物をする者が珍しいのだから、その反応は当然かもしれないが。
そして驚いている店員に、レイは更に追撃に一撃……いや、一言を放つ。
「ポーション以外にも、何か特殊な……珍しいマジックアイテムがあったら買いたいと思ってるけど、何かお勧めはあるか?」
「えっとその……」
レイの言葉が終わって数十秒が経過しても、あまりの衝撃で我に返ることが出来なかった店員だったが、それでも一分程が経過するとようやく言葉を口に出来るようになる。
「お勧めのマジックアイテムはとにかく、売れるポーション全部となると結構な値段になるんですけど……」
払えますか? と暗にレイに尋ねる店員だったが、レイはミスティリングの中から取り出した白金貨を五枚、カウンターの上に置く。
「っ!?」
いきなり出て来た白金貨に店員が驚き……しかし、次の瞬間レイは光金貨を一枚カウンターの上に置いた。
「っ!?」
最早、店員は完全に驚きで声も出ない。
マジックアイテムを売っている以上、高額なものは当然かなりの値段になる。
実際、白金貨数枚といった値段のマジックアイテムも、この店には売られていた。
しかし、そのようなマジックアイテムは当然だがそう簡単に買い手はつかないし、何よりもレイのような相手がこうも簡単に白金貨や光金貨といった代物を置くとは、思わなかったのだろう。
これで店員にマジックアイテムを見抜く目があれば、レイやヴィヘラの装備品に気が付いたかもしれないが、残念ながらこの店員はマジックアイテムを売るといったことは行うが、その質を見抜くといったような目は持っていない。
だからこそ、レイがそこまでの上客だとは思わなかったのだろう。
とはいえ、これは不思議なことではない。
この街がギルムのような辺境にあったり、もしくは王都のような都会にあったりすれば、それなりに鑑定眼のある店員もいるのだろうが、この街は何か特筆すべき場所という訳ではなく、本当にただの街でしかない。
そのような場所にある店である以上、店員の目利きの技量は決して高くないのは間違いなかった。
「で、買える分だけのポーションを持ってきてくれないか? さっきも言ったと思うけど、あくまでもこの街の住人が困らないような量でいいからな」
先程の唖然とした様子から、もしポーションを持ってくるように言った場合、それこそこの店にある在庫の全てを持ってくるかもしれない。
そう思ったレイは、改めて全部持ってこなくてもいいと言っておく。
「は、はい。持ってきますので少々お待ち下さい」
そう言い、店の奥に向かう店員。
これで店の中にはレイとヴィヘラの二人しかいないということになるのだが、マジックアイテムを盗まれるということを警戒していない……というか、あまりの衝撃にそこまで考えていない辺り、レイとしては呆れてしまう。
(いや、村とかならともかく、ここはそれなりに大きい街だし、そういうことをするか?)
そう思いつつも、実はレイとしてはこういうのは決して珍しいことではない。
エルジィンに来る前の日本にいた時だが。
レイが住んでいた場所は田舎で、それこそ夜くらいにしか鍵を掛けたりはしない。
日中に出掛ける時も、鍵は開けたままというのが多かった。
それでいながら、いない時に誰かが家にやってきて玄関の中にお裾分けの食べ物を置いていったり……といったことは珍しくない。
あるいは、店であれば店主が何かの用事で出掛けている時に、少し店を任せるといったような。
そういう場所で育ったレイだからからこそ、都会ではゴミを捨てる為に家を出る時にも鍵を掛けるといったようなことをTVで見た時は驚いたことがある。
「少し不用心じゃない?」
ヴィヘラも店主の態度が不用心だと思ったのか、そう呟く。
「いきなりだったから、向こうも驚いたんじゃないか? それにこの街は平和だって証拠でもあるだろ?」
村のような場所ならともかく、ここはそれよりも規模の多い街だ。
そうである以上、悪人と呼ぶべき者もそれなりに多いのは間違いないないだろうが、そういう意味ではここでも特に問題はないと、そう思ってもいたのだろう。
あるいは、この店の周囲にはそういうあからさまな悪人の類はいないだけなのかもしれないが。
(とはいえ、ここはマジックアイテムを売ってる店だしな。そう考えれば、悪いことを考えてるようなのが寄ってきてもおかしくはないと思うけど)
基本的に、マジックアイテムというのは高価だ。
いや、中には一般的に使われていて、冒険者のように稼ぐ者でなくても買えるようなマジックアイテムも存在しているが。
それこそ、冒険者が使うようなものではなく、一般の者達が傷薬代わりに使う安いポーションというのも、それなりに売れている。
レイが欲しいのは、そういう一般人が使っているようなポーションの類ではないが。
「お待たせしました! まず最初の分です!」
そう言いながら、店員は店の奥から箱を持ってくる。
その箱の中には結構な数のポーションが入っており、レイを満足させるには十分な数と言ってもいい。
これが最初の分と言うからには、まだ他にも同じようなポーションが多数あるということだろう。
レイにとっては、これだけのポーションを売ってくれるのは助かる。
助かるのだが、このまま店にあるポーション全てを持ってくるようなことがあれば、それこそ最初に言ったようにこの街で使う分のポーションも持ってきてるのではないかと、そのように思ってしまう。
「ポーションが多いのは助かるけど、この街の分は本当に大丈夫なんだろうな? ここで俺達に全部のポーションをうってしまって、それでいざという時にポーションが足りなくて俺達のせいになるってのは、ごめんだぞ?」
後々、何らかの理由でこの街で使うポーションがなくなった時に、レイという冒険者が……深紅の異名を持つ冒険者が買い占めていったので、在庫がないといったように言われては困る。
そう思ってのことだったのだが、店員はレイの言葉に何も問題はないと笑みを浮かべて口を開く。
「大丈夫ですよ。この街にはポーションを作るのが得意な薬師がいますので」
「……言っちゃ悪いかもしれないけど、そんな薬師なら、それこそもっとポーションが必要とされる場所で働いた方がいいんじゃないの?」
そんな疑問を口にするヴィヘラだったが、店員は微妙な表情で口を開く。
「その、ですね。その薬師はポーションを作る速度は凄いんですが、効果はそこそこなんですよ。ああ、勿論それは冒険者が使うにしてはですが」
「なるほど。けど、そういうポーションであっても、それなりに欲しがる奴はいると思うけどな」
ギルムのような辺境や迷宮都市のような場所では、出来るだけ荷物を少なくする必要があるので、そこそこのポーションを大量に持ち運ぶといった真似は出来ない。
レイのようにミスティリングがあれば話は別だが、当然そのような者がその辺にゴロゴロしている筈もない。
「大丈夫ですよ。ポーションを売ってるのは、この店だけじゃないですし。見ての通り、在庫がかなりあるので、出来れば買って欲しいんですが」
「それはまぁ、この街に何の問題もなくて、それで売ってくれるのなら俺も喜んで買わせて貰うけど……本当にいいんだな?」
「ええ、勿論です。全部買っていってください」
あっさりと告げる、その態度の軽さがレイにはあまり信用出来ないのだが、それでもそこまで言うのなら、と頷く。
「分かった。なら、売れる分だけ全部売ってくれ」
「ありがとうございます!」
レイの言葉に、店員は激しく頭を下げる。
店員にしてみれば、レイはこれ以上ない上客なのだろう。
ポーションを売れる分は全部売ってしまえば、店の在庫は少なくなってしまうが、そうなったら別に仕入れればいいだけの話だ。
そうである以上、ここで売らないという選択肢は存在しなかった。
「じゃあ、これ以外にもまだありますので、ちょっと持ってきますね。もう少しお待ち下さい」
そう言い、再び奥に戻っていく。
レイはそんな店員の背を見送ると、箱に入っているポーションの中身を確認する。
瓶の中に入っているポーションは、ギルムで売られているような物に比べれば決して高品質とは言えない。
いや、寧ろ低品質と言ってもいいだろう。
だが、辺境であるが故に豊富な素材があり、それを目当てに腕利きの錬金術師や薬師達が集まってきているのを考えれば、品質の差は当然のことだった。
それにこのようなポーションでもそれなりに回復力はある為、使い道は十分にある。
「そこそこね」
レイが見ているポーションを覗き込んだヴィヘラがそう告げる。
ヴィヘラもベスティア帝国を出奔してからは冒険者として活動してきたのだ。
当然、ポーションの類を自分で購入することも珍しくはなく、その品質を見抜くだけの目は持っている。
そんなヴィヘラの目から見ても、ポーションの品質はそこそこといったところだったのだろう。
買うのを躊躇するような粗悪品でもなければ、大金をはたいてでも購入したい高品質といった訳でもない……言ってみれば、値段相応の品。
いや、まだ正確な値段を聞いてはいないので、値段相応なのかどうかというのは分からないのだが。
「この店は意外と当たりだったと思うんだが、どう思う?」
「ポーションに関してはそうかもしれないけど、他のマジックアイテムはあまりレイの興味を刺激しそうなのはないわよ?」
ヴィヘラの言葉に、レイは店の中を見回し……納得するのだった。