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レジェンド  作者: 神無月 紅
雷神の斧
251/3865

0251話

 春が近づいて来ているとはいっても夜である為にまだ冬の寒さが残る中、レイとセト、そして蒼穹の刃の4人は夜の闇に包まれながら歩を進めていた。

 もちろん向かっているのは目的のミンやロドスが捕らえられているスラムにある建物であり、レイ達以外にも現在ギルドが動かせるパーティの者達もその場所へと向かっている筈だ。周囲を囲み、いざという時に逃がさないようにする為に。


「……へぇ」


 スラムの中へと入り、周囲の様子を見て思わず呟くレイ。

 そんなレイの様子に、蒼穹の刃のリーダーでもあるビルトが視線を向ける。


「どうしたんだ?」

「いや、スラムが妙に小さいと思ってな。ギルムの街にも当然スラムがあるけど、ここよりも広いし人数も多いんだよ」


 辺境にあるギルムの街は、実力さえあればどんな者でも冒険者としてやっていける。だが、逆に言えば実力が無いのに辺境へと来た者はどうしようもないという現実もある。

 もちろん全員が全員どうしようも無くなる訳では無い。実力のあるパーティに拾われたり、あるいは自らの実力を磨き辺境で通用する実力を身につける。変わったところでは冒険者以外の職へと移るという者も過去には存在していた。

 だが、脱落した者の全てがやり直せる訳では無い。運に見放された者、実力が圧倒的に足りない者、無理をして身体を壊した者。そういう者も少なからず存在しており、そのような者達がスラムへと身を墜とすことになる。あるいは裏の世界へと身を墜とした者も同様だろう。

 ラルクス辺境伯のダスカーとしても警備隊の兵を募集したりと手は打っているのだが、それでもスラムを完全に無くすることは難しい。そのような者達の受け皿としてどうしてもスラム街は必要になってくるのだ。

 しかし今レイの視線に映っているスラム街は、ギルムの街のものに比べて随分と小さかった。もちろんギルムの街とアブエロの街では人口がかなり違うというのもある。だが、それを踏まえてもレイの目の前にあるスラム街は小さかったのだ。

 そのことをレイがビルトへと告げると、どこか自慢そうな笑顔を浮かべ、得意そうに口を開く。


「だろう? 俺が産まれた頃にはスラム街もかなり広かったらしいんだが、ティラージュさんがギルドマスターになってギルドの運営をしたり、領主代理に話をつけたりして色々と行動を起こした結果らしい」


 ビルトの口から出る言葉を聞きながら、確かにこれだけの結果を残しているのならギルドに所属している冒険者に慕われているのも理解出来ると頷くレイだった。


「もっとも、そんなギルドマスターを軟弱だって言って嫌っている人達もいるんだけどね。さ、それよりも早く行きましょう。他の冒険者の人達もそろそろ動き出している筈よ。突入役の私達が最後に到着なんてことになったら、恥よ、恥。そもそも本当なら私達は突入しなくても良かったのに、ビルトが強引に付いていくとか言い出すから……」


 弓術士のカーラが、口の中でブツブツと自分達のリーダーに対しての苦情を呟く。


「けど俺達はレイに対して大きい借りがあるだろ? ソード・ビーのおかげで一時的にしろ金欠から脱出出来たんだし」

「ええ、そうね。でも金欠だったのはビルトとベグリフの2人だけだったけど。私とビルケはまだ余裕があったのに……」

「ぐっ」


 カーラの言葉に思わず言葉を詰まらせるビルト。そして、その鋭い舌鋒はまだまだ止まらなかった。


「しかもソード・ビーの件で金欠を脱出したと思ったら、また金欠になるし。……ねえ、馬鹿なの? 金があればあるだけ使っちゃうって、死ぬの? 脳みそに鏃を突っ込んでもいい? その役に立たない脳みそをゴブリン辺りの脳みそと取り替えてみたいんだけど」

「むぐぐぐ……」

「むぅ」


 カーラの口から出て来た鋭い舌鋒……否、毒舌といってもいいだろう言葉だが、事実だけに何も言い返すことが出来無いビルトとベグリフ。


「ま、まあまあ。カーラも少しは落ち着きなよ。それにソード・ビーのおかげで僕達はレイと知り合うことが出来たんだからさ。普通、辺境でも有名になっている冒険者と知り合う機会なんてそうそうないよ?」


 さすがに兄がカーラの毒舌に晒されているのを哀れに思ったのか、ビルケがカーラに取りなすように告げる。

 そしてカーラにしても、ビルケの言っていることは間違いでは無いと理解しているのかそこは特に異論を挟まずに頷く。


「確かにそうね。でも、今回の一番手柄は私だってことを忘れないでね? 報酬に関してはきちんと権利を行使させてもらうから」

「あ、あはははは。分かってるってば。カーラったら相変わらずお金大好きなんだから」

「そりゃそうよ。お金がないと食べ物すら買えないし、何より私の夢を叶えるためには大量の資金が必要なんだから。……っと、見えてきたわ。あそこよ」


 会話をしながら歩いていた為に、いつの間にか目標の場所まで辿り着いていたのだろう。カーラが示す方向へと皆の視線が集中する。


「……グルゥ」

「ああ、当たりらしい」


 セトがカーラの示した建物に数人分の気配を察知し、喉を鳴らしてレイの方へと頭を向ける。


「うわ、凄い。グリフォンと言葉が通じるんだ。……言葉が通じれば怖がらなくて済むのかな?」


 そんなレイとセトの様子を見ていたビルケが感心したように呟き、他の3人もまた同様に頷く。

 レイとセトの関係はこれまでに幾度となく見ているから知ってはいるのだが、それでも実際にお互いに意志を通じ合っているように見えるというのは別らしい。


「さて、じゃあ……他の冒険者はっと」


 ベグリフがポール・アックスを手に周囲を見回し、周囲の様子を探る……が、すぐに首を左右に振る。


「あ、駄目だ。俺に気配を察知出来るような能力なんて無いんだし。カーラ、どうだ?」

「ベグリフ……いえ、そもそも脳みそが筋肉で出来ている貴方にそんなことを期待する方が無駄よね。全く。その頭の中に詰まっているのが筋肉じゃなくて金肉なら頭をかち割って私の財産にしてあげるのに」

「おいっ、いきなり怖いこと呟くんじゃねえよっ! それも真顔で!」

「うるさいわよ。金肉じゃないんなら黙ってなさい。折角向こうに気が付かれてないのに……え?」


 ベグリフへと冷酷に告げたカーラだったが、突然何かに気が付いたかのように視線を目標の建物へと向ける。

 本来であればそこにはベスティア帝国のスパイや人質になっている人物がいる筈だった。そう……その筈だったのだ。

 だがカーラの視線の先に見えたのは、建物の中へと突入しようと距離を縮めている数人の人影だった。

 そのシルエットは剣を装備している者や、槍を装備してる者もいる。その為、カーラは間違い無くアブエロの街の冒険者だと判断する。


「ちょっ、え? 何で!? 突入するのはレイとセトと、おまけで私達でしょう?」

「おい、どうしたんだ?」


 カーラの突然の狼狽に、ビルトが尋ねる。だがその問いに答えたのはカーラではなく、第3者の声だった。


「……悪い、跳ねっ返りを抑えきれなかった」


 そう言いながら建物の影から姿を現したのは、20代半ば程の男と30代前半の女の2人組。2人共が剣を持っており、アブエロの街の冒険者であるというのは明らかだった。いや、むしろビルトにしてみれば見覚えのある人物でもある。


「イセベルグさん、ホルティさんも……」


 男の方がイセベルグ。女の方がホルティ。双竜の牙という2人組のランクCパーティであり、同時に蒼穹の刃にとっては頼れる先輩といってもいい人物達だった。


「オーガの心臓の奴等が功績目当てに暴走してな……止めようにも、ここで騒ぎを起こす訳にもいかないし」

「なっ!? だってあいつ等は……」

「……悪いが、俺にも分かるように説明してくれないか? 確かオーガの心臓というのは面倒事を起こしたパーティだと聞いたが」


 完全に話に置いていかれているレイの言葉に、イセベルグがセトへと視線を向けてから小さく頷く。


「すまない。君がギルドマスターの言っていたレイ。そしてそっちのグリフォンがセトか。オーガの心臓というのはランクEパーティだ。特徴としては1つのパーティだが10人近い冒険者で構成されている。以前この辺で冒険者が騒ぎを起こしたというのは知ってるか?」


 イセベルグの言葉に、執務室で聞いた話を思い出す。


「確かギルグモン一家とかいう集団と乱闘騒ぎになったとか何とか」

「ああ。そしてその罰として罰金を払わされたんだが……」


 そこまで聞けばレイにも何が起こったのかを理解した。


「つまり少しでも功績を挙げて、今回の件の報酬でその罰金をどうにかしようと?」

「……だろうな」

「ったく、あいつらは数ばっかり揃えてそれで強くなった積もりなんだよな。俺達にも色々と絡んできて迷惑を掛けやがって」


 ビルトの舌打ちが周囲に響くが、次の瞬間にはそれどころではなくなった。

 レイが無言のままセトの背へと飛び乗ったのだ。


「とにかくここで騒いでいてもしょうがない。奴等が下手に敵に気づかれて人質が危険な目に遭っては意味が無いからな。悪いが俺は先に突入させて貰う。……その、オーガの心臓とかいう奴等に多少の被害が出るかもしれないが、それに関しては目を瞑ってくれると助かる」


 レイの言葉に、ホルティが頷く。


「勿論よ。そもそも最初に作戦を無視して突っ込んでいったのが悪いんだから。その辺はきちんと私達が証言するから、遠慮しないで暴れてちょうだい。……彼等にはこの前の騒動だけではお仕置きが足りなかったようだしね」


 呆れたような溜息を吐きながら呟く言葉に、周囲にいた者達は揃って頷く。

 それだけオーガの心臓というパーティは悩みの種だったのだろう。


「そうか、なら先に行かせて貰う。セト」

「グルルルゥッ!」


 レイの呼びかけに短く鳴き、数歩の助走と共に翼を羽ばたかせて空へと舞い上がっていく。

 その姿を見送り、やがてその場にいた者達は小さく頷くとそれぞれ自分の役目を果たすべく行動へと移す。

 双竜の牙の2人は元々予定していた配置へと。そして本来レイと共に突入する予定だった蒼穹の刃の4人はオーガの心臓が抜けた穴を埋めるべく。

 素早く散っていくその様子を上空から眺めていたレイは、小さく頷きそのままセトと共に目標の建物の方へと向かう。

 ただし、外の様子を見張っている者に見つからないよう、一度建物の上空まで上がってからだが。


(なるほど、数は3人で間違い無いか。1人が窓の外を警戒して、残り2人がそれぞれ縛られて身動きすらも出来なくなっているミンとロドスの近くで待機。……これは、オーガの心臓とかいう奴が突入するとあの2人の命が保証出来ないな。ランクEの冒険者パーティだって話だし。そうなると、奴等が動く前にどうにかして片付けた方がいいだろう)


 内心で呟きながらオーガの心臓の様子を探ると、ようやく外側から建物の2階へと進んでいるところだった。


「よし、セト。出来るだけ速度を出しながら建物の方に突っ込んでいってくれ。そして壁にぶつかる直前に方向転換して上へと抜けるんだ。俺はその時にミン達が捕らえられている部屋に突っ込む」

「グルゥ?」


 大丈夫? と首を傾げてくるセトに、問題無いと頷くレイ。

 敵の強さ自体はギルムの街でセトがあっさりと無力化出来たのだから、見くびることは出来無いまでも強敵とは言えないだろうと判断していた。


(もっとも、セトは夜の闇に紛れての奇襲だったからな。それを踏まえて行動をしないといけないか)


 いくらロドスやミンを人質に取っていたとしても、あのエルクを押さえたのだと考えれば油断出来るような相手ではなかった。


「……よし、行くぞ」

「グルゥ」


 レイの声に対して喉の奥で鳴き、そのまま翼を羽ばたかせて目標の建物へと降下して行くセト。その背に乗っているレイの目には、急速に建物が近付いてくるのが見える。

 窓から周囲の様子を窺っていた人物がレイとセトに気が付くのが遅れたのは、本人の油断だけとは言い切れなかった。何しろ基本的に空を飛ぶという方法をとる者は、竜騎士のような極少数の例外を除いて存在していない。そしてアブエロの街には竜騎士が存在しておらず、その為に上空への注意を殆ど払わずに地面の方へと意識を集中していた為だ。レイという存在の情報も持ってはいたが、まさかエルクの監視役に派遣していた者があっさりと捕まるとは思っておらず、セトがギルムの街からアブエロの街までどの程度の速度で移動出来るのかも知らなかった為だ。更に不運なことに、オーガの心臓の面々の存在もまた男の注意を地面へと向けるのに一役買い、その結果決定的とも言える隙を生み出すことに繋がる。

 そして、窓から周囲の様子を監視していた人物がふと何かに気がついたかのように視線を上げたその時、既にセトは男のいる窓へと衝突するかのように迫ってきており……


「て……」


 敵襲、と男が叫ぶよりも前にセトの背からレイが跳び、そのまま窓を突き破って見張りの男に大きく腕を振るい、殴りつける。

 殆ど手加減抜きで振るわれたその腕は、男の顎を砕きつつ真横へと吹き飛ばし、壁を突き破ってその姿を消す。


「はぁっ!」


 そのまま瞬時にミスティリングから短剣を2本取り出し、縛られて地面へと転がっているミンとロドスの側にいた黒尽くめの男2人へと投擲する。

 本来であれば慣れている槍を投擲したかったのだが、部屋の中という狭い場所では槍にしろデスサイズにしろ、レイの得意としている長柄の武器は振り回しづらい。その為に選んだ選択だった。


「ぐっ」

「がっ!」


 放たれた短剣は2人の腕へと吸い込まれるように突き刺さり、握っていた長剣と短剣を床へと落とす。


「っ!?」


 そして地面に寝転がされながらも、必死に隙を窺っていたミンが大きく足を振るって自分の近くにいた男の足を蹴って地面に転ばせる。

 同時に、唯一残っていた方の男は床を蹴って急速に近づいて来たレイの振るった拳により鳩尾をまともに打ち抜かれ、白目を剥いて気を失う。

 ミンによって地面に転がされた男が見たのは、レイの手に握られたデスサイズの刃が自分の首もとへと突きつけられているという事実だけだった。

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