2503話
古唄朱さんから、2500話突破記念のファンアートを描いて貰いました。
興味のある方は
https://twitter.com/NROUlegend/status/1275019346218061825?s=20
からどうぞ。
古唄朱さん、素晴らしいイラスト、ありがとうございます。
妖精の汗の染みこんだ服は絶対に錬金術師に売らないようにと約束させられた翌日、レイは予定通りトレントの森にいた。
「セトがいるからかしら。モンスターや動物は殆どいないわね」
「グルゥ……」
ヴィヘラの言葉に、セトは残念そうに鳴き声を上げる。
セトにしてみれば、出来れば自分と一緒に遊んでくれる相手は欲しいのだ。
もしくは、襲ってくれば倒して肉を手に入れることも出来る。
全く正反対の理由ではあったが、どちらの理由であっても動物やモンスターが自分から離れていくというのは、セトにとって面白い話ではない。
「セトが眠っている時は、何故か近付いてくれるんだけどな」
セトとヴィヘラのやり取りを眺めていたレイは、以前見た光景を思い出しながらそう呟く。
眠っているセトの背の上には、小鳥やリスが乗っていたのだ。
周囲にも動物がやってくるのだが、逃げ出す様子はなかった。
「へぇ、それは少し見てみたいわね。ビューネもそう思うわよね?」
「ん!」
ビューネもヴィヘラの言葉に頷く。
そうして話をしながらトレントの森を進むと、やがて目的の場所までやって来る。
だが、霧の出る場所のすぐ外側まで到着すると同時に、木の葉が何枚も、何枚も、何枚もレイ達に向かって飛んできた。
それこそまるで木の葉の嵐のように。
「うわっぷ!」
ドラゴンローブを着ているレイだが、顔のある場所は当然のように空いている。
簡易エアコンの機能でそのような場所であっても冷たい空気や暖かい空気が逃げるといったようなことはないのだが、木の葉が大量に舞えばそれを防ぐような真似も出来ない。
「きゃっ!」
少し離れた場所から聞こえてきた悲鳴がレイの耳に入る。
その悲鳴を発したのがヴィヘラだというのは、声で分かった。
……ヴィヘラの口からそのような可愛らしい悲鳴が出るとは思っていなかったようだが。
「わあっ! ちょっ、いきなり何よ!」
そして当然ながら、木の葉がレイに向かってやってきてドラゴンローブの中に入ったとなれば、ドラゴンローブの中にいるニールセンも被害を受ける。
快適な状況を楽しんでいたら、そこにいきなり木の葉が襲ってきたのだ。
それで混乱するなという方が無理だろう。
もっとも、その木の葉はただの木の葉だ。
何らかの殺傷能力を持っていたりはしない。
ただひたすらに、相手を不愉快にさせるだけの、そんな木の葉。
そんな木の葉の吹雪とも呼ぶべき光景が一分程続き、やがて収まる。
「木から生えている葉っぱが全部なくなったのかと思ったけど、全く影響がないな」
レイにも分かっていたことだが、今の木の葉は妖精による悪戯だったのは間違いない。
当然だが、ドラゴンローブの中に入っていたニールセンも、今の木の葉が自分の仲間達が行ったことだというのは理解出来た。
「こらあっ! 一体誰の仕業!?」
ドラゴンローブから飛び出し、叫ぶニールセン。
だが、そんなニールセンの様子が面白かったのか、周囲の木々からは小さく笑う声が森の中に響く。
「はぁ、これはまた新しい悪戯ね」
ヴィヘラの声に、取りあえずニールセンを放っておいたレイはそちらに視線を向ける。
そこにいたのは、木の葉に塗れたヴィヘラの姿。
ヴィヘラの着ているのが、娼婦や踊り子が着るような向こう側が透けて見えるような薄衣の服だ。
それだけに、服についた木の葉が強調される形になっている。
普段ならヴィヘラのその姿は非常に男の劣情を刺激するような服装なのだが、今の木の葉まみれの状態では、とてもそのようには思えない。
ヴィヘラも自分の服を見て、現在の自分の状況がどのような姿なのかは理解しているのか、一枚ずつ木の葉を取っていく。
「昨日も悪戯をされたって話だったけど、この悪戯はなかったのか?」
見たところ、これが初めて受ける悪戯のように思えたのでレイは尋ねてみたのだが、ヴィヘラはその言葉に当然だといった様子で頷く。
「そうね。こういう面倒な悪戯はなかったわね。……それにしても、木の枝から葉っぱがなくなった様子はないけど、一体どうやってこの葉っぱを用意したのかしらね」
「その辺は妖精の悪戯だから、詳しいことを気にしない方がいい。こういうものだと、そう思った方が手っ取り早い」
実際、妖精の悪戯というのはレイにとっては理解出来ないところが多い。
そのことについて難しく考えれば、混乱してしまうだろう。
だからこそ、妖精の悪戯だからということで納得した方がいいのだ。
「そうらしいわね。ビューネ、こっちに来なさい。貴方にも木の葉がかなりついてるわよ」
「ん」
自分の服の木の葉の大体を取り終わったヴィヘラは、ビューネを呼んでその服から葉っぱを取ってやる。
そんな二人を見ながら、レイも葉っぱを取っていたのだが……やがて、得意げな顔を浮かべたニールセンが自分のところに戻ってきたのを見て、何となく今回の一件がどうなったのかを理解する。
「勝ったのか?」
「ええ、勝ったわ」
そう告げたニールセンは、どう? とレイに向かって視線を向けてくる。
「取りあえず、マリーナが言っていたような命に関わる悪戯じゃなかったことは、幸運だったな。本当にそういう悪戯は止めたのか、それとも偶然そういう形になったのかは分からないけど」
「……取りあえず、偶然そういう形になったということはないと思いたいわね」
トレントの森で暮らしている妖精達であれば、直接マリーナに会う機会はない。
だが、ニールセンはマリーナの家に泊まることも珍しくはないのだ。
であれば、もし妖精達がマリーナの言いつけを破って命に関わるような悪戯をした場合、真っ先に注意されるのはニールセンとなる。
世界樹の巫女たるマリーナの怒りをその身に受けることは、ニールセンとしては絶対に避けたかった。
だからこそ、ニールセンは他の妖精達に悪戯をする際にも命に関わるような悪戯はするなと、そう言っている。……今回は自分も悪戯に巻き込まれたからか、それとは別の意味で妖精達と言い争ってきたのだが。
「そうか。なら、長のところに案内を頼む。ヴィヘラとビューネも一緒に行ってもいいのか?」
「構わないわよ。何回かもう会ってるんだし。それに、長もヴィヘラとビューネは気に入ってるみたいだから」
ニールセンのその言葉に、レイはそうなのか? と若干疑問に思う。
とはいえ、レイも長と会ったのは一度だけだ。
長がどういう相手を好むのかといったようなことは分からない。
であれば、ニールセンが言うようにヴィヘラやビューネを気に入ってもおかしくはないのだ。
「だそうだけど、ヴィヘラとビューネも一緒に行くってことでいいのか?」
「行くわ。このままここにいれば、また悪戯されそうな気がするもの。もう木の葉まみれになるのはごめんよ」
ヴィヘラはそう告げ、レイ達と一緒に先に進む。
本来なら……それこそ、もしこの先に進みそうなのがレイ達でなければ、妖精達はもっと激しい悪戯をするだろう。
しかし、今回進むのはニールセンと一緒にいるレイ達だ。
以前にも妖精の長と会っている者達だけに、今回は先に進むのを邪魔する必要もないと判断したのだろう。
先に進むレイ達だったが、やがて周囲には霧が出て来る。
早速霧の音の効果が発揮されているのだ。
(こうして一日中霧が発生しているとなると、この辺りの木とかって平気なのか? ……平気なんだろうな)
この霧はマジックアイテムで生み出された霧である以上、霧に覆われた植物には何の問題もないのだろう。
特にこの霧の音を使っているのは、妖精達なのだ。
そして妖精達は木の中を自分の家とする。
それを考えれば、わざわざ自分達が暮らしている木に悪影響を与えるようなマジックアイテムを使うとは、とてもではないがレイには思えなかった。
ニールセンに連れられて、霧の中を進み……やがて霧の一帯を抜ける。
「あら、レイ。どうしたのですか?」
他の妖精達よりも三倍近い大きさを持つ長は、霧を抜けたところですぐにレイに向かって話し掛けてきた。
恐らくレイ達が霧の中に入っていた時点でその存在には気が付いていたのだろう。
霧の音の性能を考えれば、そのようなことが出来ても不思議ではない。
「ああ、実はちょっと長に頼みがあって直接来たんだ。一応長とニールセンは遠距離からでも連絡出来たりするらしいが、細かい話は俺が直接した方がいいと思ってな」
「……面倒事かしら?」
直接会って話したかったというレイの言葉に長はそう尋ねる。
アンテルムの一件があっただけに、また何らかの面倒があったのではないかと、そのような疑問を抱いてしまうのも当然だろう。
そんな長の様子にレイも気が付いたのか、首を横に振ってそれを否定する。
「面倒事であるのかもしれないけど、誰かがまだこの住処を襲うとか、そういう話じゃないから安心してくれ」
レイの言葉に、長は安堵した様子を見せる。
元々悪戯はともかく、生き死にの戦いというのは長にとっても決して好むところではないのだ。
そうではないとレイが言ったので安堵したのだろう。
そこまで簡単に自分の言葉を信じてもいいのか? といった思いを抱いたレイだったが、自分の言葉を信じて貰えず面倒なことになるよりは、素直に信じて貰った方がいいだろうと思い直す。
「それで、どういう話を持ってきたのか教えて貰える?」
「具体的には、俺が貰う予定の霧の音についてだ」
「別のマジックアイテムに変える気になったとか?」
「少し違う。現在の霧の音というマジックアイテムに、幾つか機能を追加するようなことは出来ないかと思って」
「機能を?」
機能を追加するという言葉に、長は難しい表情を浮かべる。
「出来ないか?」
「出来るか出来ないかと言われれば、出来るわ。けど、そうなると完成するまでに掛かる時間は間違いなく延びるでしょうし、場合によって消費魔力が上がるわよ?」
「完成までに掛かる時間の件はともかく、消費魔力が増えるのは問題ない」
時間はともかく、魔力という点においてはレイには何の問題もない。
炎帝の紅鎧というスキルを持ち、それによって魔力を大量に消耗するといった経験は何度もしている。
「そうなの? 見たところ魔力はそこまであるようには思えないけど」
「ああ、新月の指輪……このマジックアイテムで魔力を感じられないようにしてるからな。何なら取ってみるか? とはいえ、長の言葉を聞く限りだと魔力を察知する何らかの能力があるみたいだが、そういう意味ではあまりお勧めしないけどな」
レイの持つ魔力は、冗談でも何でもなく人外と呼ぶに相応しい代物だ。
実際に魔力を何らかの方法で感知する能力を持つ者がレイの魔力を察知したことで、パニックになった者は多かった。
そういう意味で、例え長であってもレイの魔力を感じるといったような真似をすれば危険ではないか。
そうレイは思ったのだが、そんなレイの言葉が気になったのか、長は口を開く。
「大丈夫だから、レイの魔力を見せて。そうでないと、本当にマジックアイテムに追加の能力を付加出来るかどうかは分からないわ。それに、魔力によって付加出来る能力に限りもあるから」
「……それはつまり、魔力が高ければ霧の音に対して追加出来る能力が増えるということなのか?」
元々、レイは霧の音に幾つかの能力を付加して貰いたいと思っていた。
だが、それでも妖精の作るマジックアイテムであるということで、そう簡単に複数の効果を付与出来るとは思っていなかった。
であれば、長の言う通り自分の魔力をしっかりと見て貰ってもいいのではないか。
そうレイが思うのは当然だろう。
「そうなるわね。勿論、何にでも限度というものがある以上、もしレイが言ってるようにレイの魔力が多くても限界はあるけど。……どうする? 見てみる?」
「ああ、頼む。具体的にどのくらいの効果が追加で付与出来るのかが知りたい。ちなみに、そうして効果を付与するといったことになった場合、完成までの時間はどのくらい伸びる?」
もしレイが希望するような効果を全て付与したとしても、マジックアイテムの完成が十年、二十年……どころか、百年単位の時間が必要になるとすれば、レイとしても諦めるしかない。
あるいは、数ヶ月程度であればレイとしても許容範囲内だ。
その辺りのことを判断する為にも、長に自分の魔力を見て貰おうと判断する。
「じゃあ、魔力を隠蔽しているマジックアイテム……新月の指輪を外すぞ。繰り返しになるが、俺の魔力は巨大だ。具合が悪くなるようなら、すぐに言ってくれよ」
「分かったわ。やってちょうだい」
そう告げる長の言葉に、レイはそっと新月の指輪を指から抜き……
「ぴ!」
瞬間、長が妙な悲鳴を上げて飛んでいる状態から地面に落下していくのを見て、すぐに再び指輪を嵌めるのだった。