2500話
先日投票をお願いした、アニメ化してほしいライトノベル・小説は?(2020年上半期)ですが、結果が発表されたようです。
https://animeanime.jp/article/2020/06/19/54424.html
上記のURLを見て貰えば分かると思いますが、何とレジェンドが1位を取ることが出来ました。
レジェンドに投票してくれた皆さん、ありがとうございます。
いつか……本当にいつかですが、アニメ化してくれればいいなと、期待しています。
「そうか、マジックアイテムはまた後日ということになったのか。残念だったな」
夜、いつものようにマリーナの家で食事中に、今日あった出来事を話している中でレイから霧の音について聞いたエレーナは、残念そうに言う。
何気にエレーナも、妖精のマジックアイテムには興味があったのだろう。
いや、それはエレーナだけではなく他の者も同様だったのか、エレーナ以外の者達も残念そうな様子を見せていた。
「残念だったのは間違いないが、それでも別に貰えなくなった訳じゃないんだ。少し時間は掛かるけど、くれるって話だったし。それを考えれば、そこまで残念がる必要はないだろ」
そう強がるレイ。
レイのことを深く知っているからこそ、他の者達もレイが強がってそう言っているのは理解していた。
だからこそ、そんな強がりがレイらしいと笑みを浮かべている者はいる。
そのような笑みを向けられたレイは、少しだけ居心地の悪い思いをしながら口を開く。
「ともあれ、妖精のマジックアイテムに関してはそれでいいとして……ランクAへの昇格試験は近いうちに行われることになったみたいだ」
「あら、随分と早いわね。てっきり冬になるのかと思ってたけど」
ヴィヘラが少し驚いた様子でそう言う。
増築工事において、レイが果たしている役目を考えれば、まさか近いうちに昇格試験をするとは思っていなかったのだろう。
実際、レイの言葉に驚いていたのはヴィヘラだけではない。
他にも何人もが、驚きの視線をレイに向けている。
「ダスカー様にも色々と考えがあるんだろうな。特に今のギルムは半ば混乱しているに近い状況だし」
大量の人員が増築工事の仕事を求めてギルムに来ているのだ。
にも関わらず、何だかんだと破綻させないで仕事を回して増築工事を進めている辺り、ダスカーの……それ以外にもギルムの上層部の有能さが光っていた。
そんな、ある意味で綱渡りに近い状況を成立させている要素の一つが、レイだ。
もっとも、かなり長期間レイが異世界に行っている間もその綱渡りが破綻しなかったことから、要素の一つではあるが、それでもフォロー出来る程度の要素ではあるのだろう。
「ともあれ、そんな訳で……多分ランクAの昇格試験となると、一日で終わったりすることはないと思うから、俺が今やってる仕事をヴィヘラに頼みたい」
「……え? 私?」
ヴィヘラにしてみれば、レイの言葉は完全に予想外だったのだろう。
驚きを露わに尋ね返す。
だが、レイはそんなヴィヘラの言葉に頷く。
「そうだ。正確には、ヴィヘラとビューネの二人だな」
「……トレントの森で伐採した木材を運ぶなんて、私には無理よ?」
ヴィヘラにとって、レイが現在行っている仕事の中で一番大変そうなのは、それだった。
ミスティリングを持っているレイには大変ではないのかもしれないが、人力で運ぶとなるとかなり苦労が予想される。
ヴィヘラの身体能力は非常に高いが、それは基本的に瞬間的なものだ。
常時高い筋力を発揮するといったことは出来ない。
ヴィヘラの様子を見て勘違いしているのを悟ったレイは、すぐに首を横に振る。
「いや、そっちは問題ない。冒険者を運搬に使うらしい。トレントの森で働いてる連中がトレントの森の外まで伐採した木を運んで、それを受け取った別の冒険者がギルムまで運ぶといった形で」
そのような面倒なことになったのは、現在のトレントの森は色々な意味で混沌としている場所だからだ。
そのような場所に下手な冒険者を入れようものなら、恐らくは問題が起きる。
いや、恐らくどころかほぼ確実に問題が起きるだろう。
だからこそ、それをどうにかする為にはトレントの森には入れない方がいいのだ。
「あら、じゃあ私は何をするの?」
伐採した木材の運搬をしなくてもよくなったということで、安堵した様子を見せるヴィヘラ。
そんなヴィヘラの隣では、こちらもまた自分の名前が出た為かビューネがレイの方を見ている。
「基本的には、そこにいる食いしん坊妖精の送り迎えだな。後は、昇格試験に時間が掛かるようなら、アナスタシアがいる地下空間の様子を見てきて貰うとかもあるかもしれない」
レイがやって欲しいことを説明すると、ヴィヘラは納得した様子を見せる。
伐採といったようなことではなく、そのような仕事であればそう難しい話ではないだろうと。
その言葉にヴィヘラが頷くよりも前に、レイは言葉を続ける。
「ヴィヘラにとってこの仕事はそれなりに役得だぞ。何しろ、トレントの森にはそれなりにモンスターも多い。中には、強力なモンスターがいる可能性もある」
ピクリ、と。レイの言葉を聞いたヴィヘラは、身体を震わせる。
元々レイからの提案ということで引き受けるつもりはあった。
だが、それは言ってみればレイが言うのだから仕方がないといったような、そんな理由からだ。
そんな中でレイの口から出て来たのは強力なモンスターと戦えるかもしれないという言葉。
ヴィヘラにしてみれば、そのような利点を挙げられたのだから断るといったつもりは全くない。
「本当?」
「本当だ。ただ、トレントの森にはどんなモンスターがいるのかは、それこそ日によって変わる」
これは嘘でも何でもなく、真実だ。
トレントの森はまだ出来たばかりなので、そこに定住するモンスターや動物は決まっていない。
それこそ、前日に現れたモンスターは翌日には別のモンスターや動物がいるとも限らなかった。
ある意味、運で遭遇出来る相手が変わってしまうと言ってもいい。
……もっとも、普通ならモンスターとの遭遇はない方が運がいいのだが。
ヴィヘラの場合は、そういう意味では普通の者とは正反対と言ってもいい。
「そう。それは面白そうね。そうなると、もしかしたら高ランクモンスターが姿を現すといった可能性もあるのよね?」
「どうだろうな。可能性としてはあると思うけど、相当低いと思うぞ? 少なくても、俺がトレントの森で活動している中で、高ランクモンスターと呼ぶに相応しい相手とは遭遇していない」
可能性がない訳ではない。
それこそ限りなくゼロに近くても、それはゼロではない以上可能性はあるのだ。
(そういう意味だと、強い相手と戦いたいのならトレントの森じゃなくてギルムの見回りでも十分可能性はあるんだが。その辺はヴィヘラの考え次第ってところか)
レイの目から見たところでは、それこそヴィヘラは街中の見回りよりもトレントの森で行動していたいと、そう思っていた。
レイが提案したからそのように思ったのか、それとも以前からそう思っていたのか。
そこまではレイも分からなかったが、それでも今の状況を考えれば渡りに船なのは間違いない。
「ともあれ、どういうモンスターがいるかは分からない。それでも構わないか?」
確認するように尋ねるレイの言葉に、ヴィヘラは即座に頷く。
ヴィヘラににしてみれば、元々レイからの頼みで断るつもりはなかったところで、自分にとって大きな利益となるかもしれない状況を説明されたのだ。
レイの言葉に首を振る必要は全くない。
「ええ、任せてちょうだい。ニールセンの送り迎えに関しては、私とビューネに任せてくれて問題ないわ。何があっても絶対に大丈夫だから」
自信満々のヴィヘラだが、実際には自分の趣味を満たす為にニールセンを連れていながらも、自分から戦いに向かって進むのは間違いないように思えた。
それでもレイがヴィヘラの行動に心配を抱かないのは、それだけヴィヘラの実力を信じているからこそだろう。
トレントの森に強敵が出たとしても、ヴィヘラならその相手を倒せるのは間違いないだろうと。
(ニールセンにしてみれば、不運といったことになるのかもしれないが)
自分の話題が出たので、最初はレイ達の方を見ていたニールセンだったが、レイがいない間はヴィヘラやビューネと一緒に行動するというのが分かり、それ以上は特に何か気にする必要もないと判断したのだろう。
蒸した肉を、文字通り身体全体を使って楽しんでいるような、そんな姿に呆れと同情を込めた視線を向ける。
敵と戦うというのは、レイにしてみればそう珍しいことではなかった。
だが、妖精というのは基本的に攻撃力には乏しい。
いや、正確には魔法を使ったりすれば十分な強さがあるのだが、それでも悪戯の類は好んでも、本気で相手を倒そう……そして殺そうなどとは思わないのだ。
元々妖精達は決して戦闘向きの種族ではないというのもあるが。
また妖精は妖精の輪を使った転移があるので、戦っていても自分が危なくなったら即座に逃げるといった手段も使える。
(ああ、でもそう考えれば、戦いに巻き込まれても特に問題はないのか? それこそ、いざとなったら逃げればいいんだから。……一撃で殺されなければ、だが)
一撃で殺されるといったようなことになった場合、転移しようとしてもそれは半ば無意味に等しいのだから。
「何よ?」
料理を食べていたニールセンは、レイの視線に気が付いたのかそう尋ねてくる。
レイはそれに何でもないと首を横に振り、話を元に戻す。
「ともあれ、妖精の件はヴィヘラとビューネに任せるってことで決定したと思ってもいいのか?」
その言葉にヴィヘラとビューネはそれぞれ頷く。
ビューネにしてみれば、出来れば自分は街の見回りに回りたかったのだが、それでもレイに頼まれれば……そしてヴィヘラと一緒なら、そこまで不満は高くない。
そんな二人を見て、取りあえずこれで問題はないと判断したレイは、次の話題に移る。
「そんな訳で、ニールセンのことはこれでいいとして、問題なのは昇格試験の時に必要となる礼儀作法なんだが……誰か教えてくれないか?」
今回の昇格試験に対する、唯一にして最大の問題。
それこそが、貴族や王族といった面々に対する礼儀作法だった。
レイが現在使っている礼儀作法は、それこそ日本にいた時に習った……それもしっかりと礼儀作法として習った訳ではなく、大体そんな感じといったようにして習った礼儀作法だ。
それも、しっかりと覚えているのではなく、うろ覚えの内容。
それでも今まで問題がなかったのは、ダスカーが辺境のギルムの領主故に大らかだった為というのが大きい。
しかし、ランクAに昇格するとなれば、そんな訳にはいかない。
それこそ、貴族はまだしも王族と謁見する機会もあるのかもしれないのだから。
それを考えれば、この昇格試験対策というのもあるが、やはり誰かからしっかりと教えて貰う必要があった。
「なら、私とアーラが教えよう」
「あ、ちょっと。私が教えてもいいんじゃない?」
エレーナが言うと、ヴィヘラは即座に自分も教えると言う。
しかし、そんなヴィヘラに待ったを掛けたのはマリーナ。
「レイはミレアーナ王国の冒険者なんだから、礼儀作法を教えるのならエレーナがいいんじゃない? ヴィヘラはベスティア帝国の礼儀作法については詳しいかもしれないけど、ミレアーナ王国の礼儀作法とは違うでしょ?」
「それは……」
マリーナの言葉に、ヴィヘラは反論出来ない。
実際にはミレアーナ王国とベスティア帝国は隣接しているので、礼儀作法といったものもその多くが共通している。
だが……多くが共通しているということは、違うところもあるのだ。
特に大国同士で長年敵対してきた経緯があるだけに、その細かい違いは貴族や王族にしてみれば大きな意味を持つ事になっていてもおかしくはない。
であれば、ヴィヘラから礼儀作法を習っても、それはミレアーナ王国では通じない可能性がある。
マリーナからそう説明されると、ヴィヘラは残念そうにしながらも大人しく引き下がった。
ヴィヘラにしてみれば、レイに自分が礼儀作法を教えたいという思いはあったが、それで自分が教えたことが原因となって昇格試験に落ちるといったような結果になったら、それこそレイに申し訳なく思ってしまう。
それなら、残念だがレイに礼儀作法を教えるのはエレーナに任せた方がいい。
また、ヴィヘラにはトレントの森に行くという仕事がある。
実際にトレントの森に行くのは、レイが昇格試験を受けている時なのだが……その前に、色々と引き継ぎを行っておいた方がいいのは間違いない。
そして実際に昇格試験が始まる前に、ヴィヘラとビューネだけで何度か仕事をやってみて、問題がないかどうかを確認する必要があった。
普通なら、そこまで熱心に引き継ぎをしたりはしない。
そのような真似をするのは、レイがヴィヘラに任せる仕事には妖精や異世界から様々な物や者を召喚したり、それどころか自分の近くに異世界と繋がる穴を作ることが出来るといったような、これからのギルムについて重要な要件が関わってくる為だ。
それだけに、ヴィヘラとビューネに掛かる責任は重かった。