2498話
長から貰うマジックアイテムは霧の音という物に決まる。
もっとも、実際にそれがいつ入手出来るのかは、レイは当然のことながら、妖精達の長ですら分からないというのだから、微妙な話だが。
それでもレイとしては、霧を使って自分のいる場所の周辺に迷わせる空間を作ることが出来るのは非常にありがたかった。
出来れば、異世界でドラゴニアスと戦っている時にこのマジックアイテムが欲しかったというのが正直なところだったが。
ともあれ、貰うマジックアイテムの話が決まると、レイは長によって妖精の住処を案内して貰う。
とはいえ、妖精の住処とはいえ、特に何か珍しい光景がある訳ではない。
「ここに住んでるって話だったから、簡単な家くらいはあるのかと思ってたんだけどな」
レイがトレントの森の中を案内されながら、そう呟く。
だが、そんなレイに対して長は不満そうな様子を見せたりはしない。
それどころか、面白そうなことを前にしたかのように笑みすら浮かべていた。
そのような態度を見せているのは長だけではなく、セトの頭の上に座っているニールセンも同様だ。
わざわざ後ろを向いてまで、何かを含んだ笑みを浮かべている。
(何だ? 何かあるのか?)
そんな疑問を抱くレイだったが、この様子から考えるとそう遠くないうちに話してくれるだろうと考え、それ以上は何も言わずに案内に従う。
やがて住処の中をかなり進んだところで、セトの背に乗ったレイの隣を飛んでいた長が動きを止める。
空を飛びながらも移動せず、いわばホバリングとも呼ぶべき状態の長は、レイに向かって笑みを浮かべてから口を開く。
「では、皆。出て来なさい」
そう長が言った瞬間、周囲の木々から多数の妖精達が顔を出す。
……そう、木々の隙間から顔を出すといった意味ではなく、文字通りの意味で木の幹から顔を出したのだ。
それは、一見すると木の幹から妖精の身体や顔が生えているのかのような、そんな光景。
この光景をコミカルと見るか、不気味と見るかは、その人次第だろう。
「これは……?」
「私達にとっては、わざわざ家を建てるなんて必要ないわ。木そのものが私達の家だもの」
そんな長の言葉と共に、木の幹から生えていた妖精達が身体全体を現す。
幽霊といった存在が壁抜けをするといったようなことを思い出したレイは、一瞬妖精達はもしかしてアンデッドなのか? とも思う。
だが、そういう訳ではないのは、妖精達と接していれば明らかだ。
つまり、これは妖精達のスキルの一つ。
「そういうスキルを持ってるのか?」
「スキルという表現が相応しいかどうかは分からないけど、妖精の持つ能力の一つなのは間違いないわ」
「……なるほど」
もしかして、世界樹の巫女たるマリーナに弱いのは、その辺も影響してるのか? とレイは予想する。
どのような手段でかはレイには分からない――取りあえずスキルということで自分を納得させた――が、木の中に住んでいるのだ。
そんな妖精達にしてみれば、植物の王――もしくは女王か――とも呼ぶべき世界樹は、言ってみればアパートやマンションの住人がそれを経営しているグループの会長や社長といったところだろう。
そして世界樹の巫女は、そんな会長や社長の側近といったところか。
だからこそ、妖精達にしてみれば世界樹の巫女たるマリーナに対しては強く出ることが出来ないのだろう。
下手をすれば、自分達が住んでいる木から追い出されるといったようなことなる……どころか、最悪の場合は木の中に住むといったことすら禁止させられる可能性があるのだから。
実際に本当にそのような真似が出来るのかどうかは、レイにも分からない。
あくまでもそうではないかと、そうレイは予想しただけの話なのだから。
そうして驚いていると、今度は森の奥から犬のような鳴き声が聞こえてくる。
こちらに関しては、レイも特に驚くようなことはない。
いや、寧ろこの声が聞こえてきたことで落ち着けた。
「そう言えば狼の子供がいるって言ってたな」
そんなレイの言葉通り、姿を現したのは二匹の狼の子供。
まだ子供だということもあってか、かなり愛らしい様子を見せる。
そして、まだ子供だからこそだろう。セトを見ても怖がったりする様子は見せず、それどころか好奇心旺盛な様子でセトに近付いていく。
「グルルルゥ」
セトも、自分を怖がる様子を見せない狼の子供達に、嬉しそうに喉を鳴らす。
元々人懐っこいセトだ。
モンスターはともかく、動物の類は基本的に自分を怖がることが多いので、こうして遊ぶといったような真似はそう簡単には出来ない。
最初は怖がっていた動物であっても、ずっと一緒にいることで、ある程度は慣れてきたりといったようなこともあるのだが、この狼の子供達のように最初から怖がられないということは……皆無という訳ではないだろうが、それでも多くはない。
「なるほど、妖精の住処か。……それらしい場所だな」
感心したように言うレイに、長は驚かせることが出来て満足したのか、嬉しそうな様子を見せる。
長とはいえ、やはり妖精だけあって悪戯が好きなのだろう。
「喜んで貰えたようで何よりよ」
「喜ぶというか、驚いたというのが正確なところだな。……もしかして、マリーナはこのことを知ってたのか?」
ふとマリーナのことを思い出してそう思うレイだったが、長はそんなレイに笑みを向けるだけで何も言う様子はない。
長にしてみれば、レイを驚かせることだけで満足したのだろう。
「驚いたみたいだけど、どこの木でもこうして住処に出来る訳じゃないのよ。波長の合う木じゃないと無理なの」
「そうなると、このトレントの森に来たのは……」
「ええ。波長の合う木が多かったから。驚いたわ、この森の木は私達と波長の合う木が大量にあるんだもの」
「あー……まぁ、そうだな」
長の言葉に、レイは納得出来るところがある。
何しろ、このトレントの森は普通に出来た森ではない。
突然ここに出来た、色々な意味で特殊な森なのだ。
ギガント・タートルがいたのもこの森だし、地下空間にはウィスプがいて、リザードマンや緑人、更には湖まで転移させており、さらにはウィスプのいる地下空間は異世界に繋がってすらいる。
とてもではないが、このトレントの森を普通の森と一緒にするような真似は出来ないだろう。
そして、そのような森だからこそ妖精達にとっては都合のいい住処となったのは間違いない。
(これって、言った方がいいのか? 妖精達はかなり満足しているみたいだけど、このトレントの森が出来た理由を知れば、何か思うところがあるかもしれないし)
そんな疑問を抱くレイだったが、それを言ってしまえば長達がどう反応するのか分からない。
もしかしたら、それを嫌ってこのトレントの森から立ち去るといった可能性も否定は出来なかった。
あるいは、森は森だということでその辺は全く気にしないという可能性も否定出来ない。
「どう? 私達の住処は」
「凄いという感想はあるな。まさか木の中に直接住んでいるとは思わなかったし。……ちなみに、木の中って一体どういう感じなんだ?」
「どういうと言われてもね。それなりに暮らしやすいわよ。レイには理解して貰えないのは残念だけど」
「だろうな。俺としても出来れば木の中でどういう風に暮らすのか、経験してみたいし。……ちなみに、本当にちなみにだが、俺達も木の中に入って休むことが出来るようなマジックアイテムってあるのか?」
どのような木であっても――妖精達は魔力の波長の合う木でないと無理なのだが――テント代わりに使うことが出来るというのは、レイにとっては非常にありがたい。
マジックテントがある以上、レイがそれを使うかというの微妙なところではあるのだが。
だが、レイが個人として動いているのではなく、集団で動いている時にそのようなマジックアイテムがあれば、野営地は狭くなる。
つまり、夜の見張りは少なくてもいいのだ。
であれば、レイとしては何かあった時……具体的には以前ギルムからそう離れていない場所にオークの集落が出来た時のように一定の集団で移動する時に、そのようなマジックアイテムがあれば非常に助かる。
それこそ、霧のマジックアイテムはともかく、ダスカーから貰うマジックアイテムはそのようなマジックアイテムがいいのではないかと、そう思ったのだが……
「残念だけど、そういうマジックアイテムはないわ。そもそも、木の中で眠るというのは私達なら誰でも出来ることだもの。そうである以上、わざわざマジックアイテムを作る必要はないでしょう?」
長にそう言われれば、レイとしても納得するしか出来ない。
妖精達が作るマジックアイテムは、元々完成までにかなり時間が掛かる。
レイは具体的にどのくらいの時間が掛かるのかは分からないのだが。
それでも、妖精達が自分達の生活に必要な……もしくは便利になるようなマジックアイテムを作るというのは、理解出来た。
もしレイが長と同じ立場であっても、作ることが出来るマジックアイテムの数が限られている以上は、同じように判断しただろう。
「そういうものか。……そう言えば、別に木の中で眠らなくても、普通に眠ることも出来るんだよな?」
マリーナの家で暮らしていた時のことを思い出し、レイはそう尋ねる。
レイが知ってる限り、マリーナの家でニールセンが木の中に消えるといったようなことはなかった。
そもそも、マリーナの家の中庭には木が植えられていたりはしないのだが。
そういう意味では、ニールセンが木の中ではなく、普通にベッドで眠るというのレイにとってはおかしな話ではない。……それが妖精達にどう見えるのかは別として。
「そうね。別に絶対に木の中で眠らなければいけないということはないわ。ただ、私達妖精にとっては、木の中で眠った方が快適に眠れるし、疲れもとれるというだけで」
長の言葉に、もしかしてニールセンがマリーナの家で寝ている時は無理をしているのではないか? と、そのようにレイは思ってしまう。
だが、今のニールセンの様子を見る限りでは、とてもではないがそのようには見えない。
少なくても、昨日眠れなかったといった様子はなかったし、起きても寝不足で疲れが取れていないという様子もない。
「ニールセンはマリーナの家に泊まっている時は普通に寝てるんだが、妖精は木の中で眠ってなくても問題はないのか?」
「ええ、別に絶対に木の中で寝ないといけないって訳じゃないわ。けど……木の外で寝るのと、木の中で寝るのの、どちらが安全なのかは考えるまでもなく明らかでしょ?」
長の言葉は、レイにとっても納得出来るものだった。
木の中で眠っているのなら、それこそ敵に襲われるといった心配をしなくてもいい。
妖精を捕らえることを目的としている相手なら、それこそ妖精の輪を使った転移でいつでも逃げることは出来るのだが、それはあくまでも妖精が生きていればの話だ。
何らかの理由で妖精を捕食しようとする相手や、殺して素材にしようとする者といったような相手では、妖精の輪を使った転移能力など何の意味もない。
そのような相手から逃げるには。やはり見つからないようにするのが最善なのだ。
そういう意味では、木の中で寝るという妖精の習性は決して悪いものではない。
「木の中で寝る、か。……出来れば一度体験してみたいんだけどな」
「さすがにそれは無理よ。レイが妖精なら、その辺も出来たかもしれないけど」
あっさりとそう告げる長に、レイもだろうなと頷く。
「残念だけど、そう納得するしかないな。……ちなみに、また俺がここに来たい時は、ニールセンと一緒じゃないと駄目なのか?」
「そうね。このマジックアイテムの関係上、そうなるわ。でも、ニールセンはそっちで暮らすことも多くなるんだし、問題はないでしょう?」
「問題があるかないかとなると、一応問題はあるんだがな」
レイにしてみれば、ニールセンが妖精である以上はいついなくなるのか全く分からないのだ。
であれば、もしまたここに来る時にニールセンがいなくなってしまえば、どうしようもない。
「ニールセンに頼るのは……少し不安だな」
「え? ちょっと、いきなり何を言ってるのよ」
レイの言葉が聞こえたのだろう。ニールセンは不満そうに言う。
ニールセンにしてみれば、長の前でそのようなことを言われると、自分の能力を疑われてしまう。
そうなると、下手をするとギルムに行けなくなるかもしれない。
ギルムで購入出来る諸々は、妖精達にとって垂涎の的だ。
そういう意味では、ニールセンはここで自分の役目を外れるといったことは絶対に避ける必要がある。
そんなニールセンに、他の妖精達は意味ありげな視線を向けるのだった。