2496話
レイがランクA昇格試験を受けるというのを仲間達に話した翌日……レイの姿は、相変わらずトレントの森にあった。
今日もいつも通りに伐採された木の運搬に来た……訳ではなく、レイが向かっているのは妖精の住処だ。
妖精の住処に向かう以上、当然ながらレイとセト以外にニールセンの姿もある。
何故、レイが妖精の住処に向かっているのかといえば……
「妖精の作ったマジックアイテムか。どういうのを貰えるのか、楽しみだな」
機嫌がよく、レイはトレントの森の木々を見ながら呟く。
そう、今朝ニールセンに長から連絡があったのだ。
今回の一件を解決してくれたレイにマジックアイテムを与えるので、今日トレントの森にある住処まで連れてくるように、と。
「そうね。長が一体どういうマジックアイテムを選んだのかは気になるところだわ。一応、レイがどういうマジックアイテムを好むのかは教えておいたから、丸っきり外れのマジックアイテムを渡すといったことはないと思うけど」
「そうだったら、俺も嬉しいんだけどな。飾り物にしかならないようなマジックアイテムを貰っても、意味はないし」
「だったら、武器とか?」
「武器もな……」
ニールセンの言葉に、少し困った様子を見せる。
レイが現在使っている武器は、デスサイズと黄昏の槍。
どちらも長物で、普通なら片方しか使えないのだが、レイの場合はゼパイル一派によって生み出された身体と、本人が持つ戦闘センスによって両方を一度に使う二槍流として戦闘スタイルを確立させている。
そのような真似が出来るのは、デスサイズの能力にレイとセトには重量を感じさせないといったものがあるのも大きいだろう。
ともあれ、レイの腕が二本しかない以上、本格的な戦闘に使う武器はこれ以上必要ない。
なお、咄嗟の時に使う武器としてはベルトにネブラの瞳というすぐに消える鏃を生み出すマジックアイテムも存在しているが、このネブラの瞳には不満はない。
一応ミスティリングの中には他にも武器として多数の槍が入っていたりもするが、それらは基本的に投擲用の使い捨てだ。
「そうだな。やっぱり武器は間に合ってるから、普段の依頼とかで使うようなマジックアイテムが欲しい」
「具体的には?」
「マジックテントとか、流水の短剣とか、窯とか。依頼を受けて行動している時に、かなり役立つマジックアイテムだ」
マジックテントと流水の短剣はともかく、窯はそれこそ普段の食事でも頻繁に使われている。
それだけに、ニールセンもレイの言いたいことは何となく、理解したらしい。
「そうなると……うーん、どうかしらね。幾つかそういうのはあるけど、どれも私達が生活するのに必要なものだったりするし」
妖精達も、自分達が暮らすのにマジックアイテムを必要とするのは間違いない。
だとすれば、もしレイが欲しいようなマジックアイテムがあったとしても、それは妖精達が暮らすのに必要となる物である可能性は十分に高い。
「いっそ、料理を自動的に出してくれるマジックアイテムとかあればいいんだけどな」
「そんなのはないし、あっても渡さないわよ」
即座に……それこそ一瞬の躊躇いもなく言ってくるニールセン。
そのようなマジックアイテムがないのは、レイもまた予想していた。
そもそも、そのようなマジックアイテムがあるのならニールセンがギルムであれほどに食べ物に執着するといったことはなかった筈なのだから。
「だろうな。俺もそう思ったよ。そうなると……金属を生み出すマジックアイテムとか?」
レイは特に金属を必要とはしていないが、もし金属を自由に生み出すといったことが出来るのなら、それを活かす方法は幾らでも存在する。
また、仲間のマジックアイテムを強化するといった真似も出来るだろう。
「そういうのはないわね。そもそも、私達が使う分の金属なんかは自前で用意出来るし」
「……それはそれで凄いな」
レイのイメージ的に、やはり金属を使うことに長けている者といえばドワーフが真っ先に思い浮かぶ。
少なくても、妖精が金属を扱うのが得意だというようには思えない。
(どうやって金属を手に入れてるんだ? 鉱山を採掘したりとか? ……とてもじゃないけど、似合わないよな)
妖精といったイメージからは正反対に位置するような光景をレイは思い浮かべた。
だが、妖精である以上は決して鉱山の採掘が出来るとは思えない以上、その想像は決して間違ってはいない筈だった。
あくまでも、採掘以外に金属を手に入れる方法がない場合だけの話だが。
「そうなると、やっぱりどういうマジックアイテムなのかは……実際に長と会ってからだな。ちなみに、妖精の長ってどういう性格だ? 俺が下手な態度で接したりしたら機嫌を損ねるとか、そういうことはないか?」
これが貴族であれば、基本的にはそこまで気にするような必要はないだろう。
だが、今回会うのは妖精の長だ。
……せめてもの救いは、妖精という種族の長といった訳ではなく、あくまでもこのトレントの森にいる妖精の中での長といったことだろう。
レイが以前会った長も、今回と同じく妖精という種族の長ではなく、セレムース平原で問題を起こしていた妖精達が所属する集落の長といった感じの者達だった。
そうであれば、そこまで礼儀作法について考える必要もないだろうと判断する。
(それにしても、昇格試験の件もそうだが、急に礼儀作法に関わることが多くなったな。……いや、後で時間を置いてからまた礼儀作法を求められるよりは、纏まってきてくれた方が面倒は一度ですむからいいけど)
そう思うものの、昇格試験と妖精の長と会うのとでは、求められる礼儀作法は全く違う。
昇格試験では、人間の……主に貴族に対する礼儀作法を必要とされるのだが、妖精の長との場合は、アンテルムから妖精達を助けたという意味で、レイが感謝される側だ。
……もっとも、アンテルムがトレントの森に来たのは、レイと揉めた結果だと考えれば、ある意味で妖精達はレイのとばっちりを受けたといったようなものなのだが。
(だとすれば、実は俺が妖精の長からマジックアイテムを貰うってのは……どうなんだろうな)
そう思い、レイは妖精の長からの報酬を貰うべきじゃないのか? と一瞬思う。
勿論、そのことを黙ってマジックアイテムを貰っても、誰かが責めたりといったようなことはないだろう。
だが、それではレイは自分を納得させることが出来るかと思えば、素直に納得させることが出来ないことも事実だ。
「ついたわよ」
考えごとをしていたレイは、ニールセンのその言葉で我に返る。
気が付けば、レイの姿はいつの間にか妖精達の住処のある場所に到着していた。
それはつまり、レイが親しくなった狼達が死んだ場所でもある。
(そうだな)
狼が埋められている場所を見て、レイは長には今回の一件を話すことを決める。
ある意味では自分のとばっちりがあったと。
もっとも、それを話しても長がマジックアイテムをくれるというのであれば、レイもそれを否定するつもりはないのだが。
「レイ? どうしたの?」
「いや、長に会ったらどうしようかと思ってな」
「どうしようと……? まぁ、いいわ。とにかく進みましょう。ここから先は私がいないと迷ったりする可能性があるから注意してね。セトも、離れないようにね」
「グルルルゥ」
ニールセンの言葉に、セトは喉を鳴らして了承の意思を示す。
セトのような高ランクモンスターであれば、長の能力であっても無視して妖精の住処にも到着出来るのかもしれないが、とレイには思えたのだが。
とはいえ、わざわざそれを口にして妖精達を混乱させることもないだろうと、その件については何も言わずにおく。
「霧が出て来たな。トレントの森で霧が出るって話はそれなりに聞くけど、それでもここまで急に濃い霧が出るってのは聞いたことがない。これも妖精の力か?」
周辺に漂っている霧を見ながら、レイは自分の肩の上に座っているニールセンに尋ねる。
トレントの森も自然の一部である以上、当然だが霧は出るということはある。
特に今はトレントの森に隣接する形で湖がある以上、余計に霧となりやすい。
だが、それでも本来ならここまで濃厚な霧が出るというのはレイも聞いた覚えがないし、トレントの森での滞在時間は多いが、経験した覚えもない。
そんなレイの口から出た疑問に、ニールセンは当然といった様子で頷く。
「そうね。この霧の中だと、私達妖精が一緒にいるか、もしくは長の祝福がないとまともに動くことは出来ないでしょうね」
「長の祝福か。……狼達はそれがあったから、ここを自由に出入り出来たのか? それとも、今の俺とニールセンみたいに誰か妖精が一緒にいたからか?」
「祝福ね。私達や祝福があれば、この霧はそこまで気にする必要がないのよ。実際、私の目から見ても霧は殆どないもの」
「そうなのか? 俺から見ると、少し先も見えないくらいに霧が濃いんだが」
それは大袈裟な話ではなく、間違いのない事実だった。
今のこの状況において、自分のいるすぐ近くはともかく、数m程も先になれば、レイの目からはとてもではないが森を見ることは出来ない。
最初に霧が出て来た時はそうでもなかったのだが、この霧の中を進むにつれて次第に濃くなっていった。
(多分、この霧が濃くなったというのが妖精の住処に近付いている証拠といったところか。もっとも、そうなると霧の濃さで妖精の住処まで移動するのは難しくないのかもしれないけど。……いや、普通はこの霧の中を進むって時点で無理か。それに長もその辺は考えてるだろうし)
例えば、霧の濃さにはある程度意図的に濃淡をつけているといったように。
その為、例えば霧の濃い方という目印だけを目当てに進んでも、気が付けば妖精の住処には到着せず、別の場所で迷っているといった感じであってもおかしくはなかった。
また、今回レイはニールセンと一緒にいて、更には長からの招待ということもあってこうして何の問題もなく通れているが、もしこれが無断で妖精の住処に向かう者であれば、この霧の中で次々と妖精の悪戯が行われるのは明らかだった。
「レイ、迷わないでよ」
「分かっている。ニールセンから離れなければ、迷うといったことはないんだろう? なら安心だ」
そう告げるレイの言葉に、ニールセンはふと自分がレイから離れたらどうなるのかと、そんな事を考えるも、本当にそのような真似はしない。
もしそのような真似をすれば、それこそ長から一体どのようなお仕置きをされるか、分からないからだ。
「それにしても、この霧ってのはかなり便利だよな。……これなら、アンテルムが燃やそうとしても、どうにもならなかったんじゃないか?」
「無理よ。トレントの森を燃やすって言ってたんだから。もしそんな真似をされれば、霧があっても意味はないでしょ? 本人が霧の外にいるんだから」
そう言われれば、レイも納得するしか出来ない。
実際に燃やすという手段をとった場合、霧では防げないだろうと理解した為だ。
(霧は一応水分だから、燃えにくいという意味では間違いないだろうけど……アンテルムだしな)
アンテルムはマジックアイテムを多用する戦闘スタイルだ。
パーティを組まず、ソロで活動しているのだからマジックアイテムを使って自分だけで行動している分を何とかしなければならない以上、マジックアイテムを使うのは当然だろう。
アンテルムの性格を考えれば、ソロなのはレイにも理解出来たが。
ともあれ、マジックアイテムで炎を生み出した場合、霧でどうにか出来るとは限らない。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、霧で炎に対抗出来る可能性もある。
それは妖精の作ったマジックアイテムは、人の作ったマジックアイテムよりも強力だと、そうレイは聞かされている為だ。
だが、逆にマジックアイテム同士が干渉して、霧が燃えるという普通なら考えられない状況になってもおかしくはない。
「ともあれ、アンテルムを倒せたのはよかったな。……そう言えば、長との謁見が終わったら狼達の墓に何か食べ物でも置いていった方がいいか。墓に関しては妖精達に任せっぱなしにしてしまったし」
狼達は妖精達と一緒に暮らしていた。
その為、墓を作るのは自分達に任せて欲しいと言われれば、レイとしては妖精達に任せるしか出来なかった。
当時は、四肢切断されたアンテルムを少しでも早くダスカーの下に連れて行く必要があったという理由もある。
「そうね。そうしてくれたら、嬉しいと思うわ。他の子達もね」
狼の群れの中には、何匹かの子供がいた。
アンテルムとの戦いでは、当然その子供達は妖精達の住処に残されて参加していない。
その子供達にとっても、自分達の親の墓参りをしてくれるのならと、そんな風に思うのも当然だろう。
そうして話ながら進んでいると……やがて霧が消え、妖精達の住処に到着するのだった。