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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2493/3865

2493話

 トレントの森の伐採した木を錬金術師達に引き渡すという仕事を終えたレイは、色々な串焼きを買いながら、何の脈絡もなくランクAへの昇格試験を受けると決める。

 そうして一度決めてしまえば、レイの行動は早い。

 途中の屋台で串焼き以外にも幾つかの料理を購入し、セトと一緒にそれらを楽しんでから再び領主の館に戻ってくる。

 自分が出て行ってからそれなりに時間が経っている以上、ニールセンとダスカーの交渉は終わっているといいなと思いながら、門番と挨拶をしてから屋敷の中に入り、中庭に向かうセトと別れてからメイドに執務室へ案内して貰う。

 途中で何人か見覚えのない人物と行き交うが、その多くが面白くなさそうな表情を浮かべている。


(多分、ダスカー様と面会する予定だったのが却下されたんだろうな)


 ニールセンがいる以上、当然の話だが他人に会うような真似は出来ない。

 もし会うとすれば、ニールセンにどこかに隠れていて貰う必要があるのだが、ニールセンの性格を考えるとそのようなことをする筈がないと、レイにも分かった。

 そして妖精の存在は可能な限り人に知られたくないダスカーとしては、ニールセンを他人に預けるといったような真似が出来る筈もない。

 また、ニールセンとの交渉が長引いているといった可能性を考えると、他の人に会うような時間はないのだろう。

 あるいは、緊急の用事でダスカーに会いに来た者がいれば、また話は別だったかもしれないが。

 そんな中で、レイがこうしてあっさりと執務室に案内されているのは、前もってダスカーからレイが戻ってくると聞いていたからだろう。

 やがてメイドが執務室の前に到着すると、相変わらず豪華な扉をノックする。


「ダスカー様、レイ様がいらっしゃいました」

『レイか。入れ』


 中から聞こえてくる声に、メイドはレイに場所を譲る。

 こちらもまた、レイが来る前にダスカーから言われていたのか、執務室の中に入るのはレイだけで、自分が入るつもりはないらしい。

 案内してくれたメイドに感謝の言葉を口にし、レイは扉を開けて執務室の中に入る。


「失礼します。……ああ、やっぱり」


 やっぱりという言葉は、執務室の中でニールセンとダスカーが双方共に一歩も退かない様子で交渉していたのが、ありありと分かったからだ。

 なお、テーブルの上に置いていった串焼きは既に綺麗になくなっており、皿の上には串だけが残っていた。


(ニールセン、どうやって串焼きを食ったんだろうな? 汚れているようには見えないけど)


 ニールセンは掌程の大きさだ。

 それだけに、もし串焼きを食べるとなると、かなり大変なことになっていた筈だった。

 それこそ、身体中が肉汁やタレで汚れていてもおかしくはないのだが、レイが見た限りではニールセンの身体はどこも汚れていない。

 もしかしたら、ダスカーが串焼きから肉を抜いてやったのか? と思う。

 ……なお、レイは個人的には串焼きの類は串に刺したままで食べるタイプだ。

 日本にいた時、何らかの理由で友人達と集まって食事をする時に、焼き鳥を串から抜いて食べるといったようなことをしている相手とトラブルになったこともある。

 正確には、自分の分だけを串から抜くのならともかく、他の者の分も串から抜いたのが原因だったのだが。


「戻ってきたか。トレントの森の木は無事に引き渡してきたか?」

「はい。それは問題なく終わりました。その後で色々と屋台に寄ってたので遅くなりましたけど」


 そう言い、レイはミスティリングから屋台で購入した串焼きを取り出して皿の上に置く。

 執務室の中に漂う、食欲を刺激する香り。

 ふと、レイは執務室の中にこういう匂いを漂わせるようなことになってもいいのか? と、本当に今更のことを思う。

 そもそもの話、出掛ける前に串焼きを置いていった時点で、もう遅いのだが。


「そうか。……それで、早速本題だ。ランクAへの昇格試験、どうする?」


 ダスカーとしては先程の今だし、ここで聞いてもすぐには答えず、数日は待つ必要があると思っていた。

 それでもこうして聞いたのは、自分がこの件をそこまで真剣に考えているのだと、そう相手に知らせたかった為だ。

 だからこそ、次の瞬間にレイが口にした言葉には驚くことしか出来なかった。


「分かりました、昇格試験を受けさせて貰います」

「……は?」


 ダスカーの口から漏れ出た、間の抜けた声。

 その声を聞いたレイの方が、それこそ驚きの表情を浮かべてしまう。


「どうしました?」

「いや、今……ランクA冒険者の昇格試験を受けると言ったのか?」

「はい。そのつもりですけど?」

「……本気か?」


 それは、レイにしてみればどう反応したらいいのか分からない言葉。

 そもそも、ランクA冒険者への昇格試験を受けて欲しいとレイに言ってきたのは、ダスカーなのだ。

 だというのに、そのダスカーがレイが昇格試験を受けると言うと、本気か? と言ってくるのだ。

 もしかして、自分に昇格試験を受けるかどうかと言ってきたのは、何らかの冗談だったのではないか。

 そうレイが思ってしまっても、おかしくはないだろう。


「えっと、もしかして昇格試験の件って冗談だったりしましたか?」

「いや、そんなことはない。本当にレイには昇格試験を受けて貰うつもりだった。ただ、まさかこんなにあっさりと返事を貰えるとは思っていなかったから、驚いただけだ」

「こういうのは、深く考えても混乱するだけですから、成り行きとかその場の雰囲気とか、そういうので決めた方がいいんですよ」

「……いや、お前……ランクA冒険者への昇格試験だぞ? そんな感じで決めていいのか?」

「いいんですよ。それに深く考えれば、もしかしたら昇格試験を受けないとか、そんな風に言うかもしれませんよ? ダスカー様としては、試験を受けて欲しいんですよね? なら、今のままの方がいいんじゃないですか?」


 レイの言葉に、ダスカーは頷く。

 実際、ここで本当に試験を受けるのか? といったように聞いて、その結果としてレイが試験を受けるのを止めるといったようなことにでもなれば、それは最悪の結果になってしまう。


「なら、最後に聞く。本当にいいんだな?」

「はい。それに今なら、昇格試験に受かったら代理人とかでダスカー様から色々と助けて貰えますし。……けど、それこそ俺も聞きたいんですけど、俺にそこまで手助けしてくれてもいいんですか?」


 ダスカーはミレアーナ王国に唯一存在する辺境に領地を持つ領主にして、三大派閥の一つ中立派を率いている人物だ。

 そのような人物が、部下でもない――他の者にはレイはダスカーの懐刀と見られているが――レイにここまで協力してもいいのかと、そんな風に疑問に思っても当然だろう。

 だが、ダスカーはレイの言葉に当然だと頷く。


「お前のお陰で、ギルムが今まで受けてきた利益は大きい。それを考えれば、そのくらいは当然の話だ」

「それでも、少しやりすぎなような気もします。いえ、俺としてはそうしてくれると嬉しいんですけどね。だから昇格試験を受ける気になったというのもありますし」


 表現は悪いが、今ならダスカーから色々と手助けをして貰えるからこそ昇格試験を受けるつもりになったという点が大きい。

 日本にいる時にも、よくTV番組で『今なら特別に豪華なおまけを付けます』といったようなことをやっている通販番組を見たことがあったが、言ってみれば今回レイがダスカーからの要望で昇格試験を受ける気になったのも、それが影響しているのは間違いのない事実だった。


(もしかしたら、ここでもう少し粘ればダスカー様からの手助けが増えたかもしれないな。……とはいえ、ここで無理にそんな真似をしたりすれば、それなら手助けはしないと言われたかもしれないが)


 手助けが欲しいと無理を言って、結局その手助けがなくなるというのはレイにとっても避けたいところだ。

 であれば、今の状況で引き受けるのが最善なのは間違いなかっただろう。


「それで、昇格試験を受けるとして……俺はどうすればいいんです?」

「取りあえず、準備はこっちの方で整える。ランクAへの昇格試験ともなれば、貴族からの推薦状も必要になるしな。それも俺以外にも。それはこちらで用意しておこう」

「分かりましたけど……アンテルム、よくランクA冒険者になれましたね」


 自分だけの実力でなれるのなら、アンテルムもランクA冒険者になれてもおかしくはない。

 レイが戦った時は奥の手の炎帝の紅鎧を使ったりすることなく倒しはしたが、その実力は間違いなく一流と呼ぶに相応しいものだった。

 だが、その実力とは裏腹にアンテルムは性格に問題がある。

 ……もっとも、性格に問題があるという点ではレイもまた人のことは言えないのかもしれないが。

 ともあれ、アンテルムの性格を考えれば他の貴族、それも複数から推薦状を貰えるとは到底思えなかった。

 それでもアンテルムがランクA冒険者になっていたということは、その辺りの条件もクリアしたのは間違いないのだろう。


「アンテルムは貴族の血を引いている。それを思えば、貴族から推薦状を貰うというのは難しい話ではなかったんだろう。実力はあった訳だしな。それに……」


 そこで一旦言葉を止めたダスカーは、改めてレイに視線を向けてから口を開く。


「アンテルムは貴族の血を引いてるだけあって、貴族に対する礼儀作法にも詳しい。そういう点では、レイよりもランクA冒険者に近かったと言ってもいいだろうな」

「貴族の血を引くってのは、羨ましいですね」

「だろうな。だが、貴族の血を引いているからこそ不利益になることもある。育ちの関係で性格が歪んだりな。それは、アンテルムを見れば分かるだろう」

「まぁ、それは。とはいえ、貴族だから性格が歪むって訳じゃないですよね。実際、貴族の中にもしっかりとした人はいますし」

「だろうな。だが、これは可能性の問題だ。他にも、家族の性格とかも関係してくるだろうな」


 ダスカーの言葉は、レイにも理解出来た。

 出来たが、それでも育ち方が違えばアンテルムもああいう性格にならなかったのかと言われれば、首を傾げざるをえないが。

 アンテルムがあのような性格でないというのは、到底想像出来ない。


「アンテルム、どうなりました?」

「死んだ」


 あっさりとレイの言葉にそう応えるダスカー。

 その言葉が本当なのかどうかは、レイにも分からない。

 あるいはまだ生きている可能性もあったが、それでもダスカーがこうして断言するということは、もし生きていても二度と表に出てくることはないのだろう。

 であれば、レイにとってはもう二度と関わることもない相手なのだから、それ以上アンテルムがどうしたといったことを考える必要もなかった。


「そうですか。分かりました。……その件はともあれ、昇格試験は具体的にいつくらいに始まりそうです?」


 これがもっとランクの低い昇格試験であれば、試験はそれなりに頻繁に行われている。

 実際にレイがこれまで経験してきた昇格試験はそのような感じだったのだから。

 しかし、今回レイが受けるのはランクAへの昇格試験だ。

 ランクAというのは、特例的な意味で存在しているランクSを抜かせば冒険者としては最高のランクだ。

 そのようなランクへの昇格試験である以上、すぐに試験を行うといったような真似は出来ない。

 レイも以前誰かからそのようなことを聞いていたので、何となくその辺りについては理解出来た。


「どうだろうな。出来るだけ急がせたいが、増設工事の件もあってギルドは忙しい」

「でしょうね」


 増設工事で仕事を求めて、現在ギルムに集まっている者は多い。

 そしてギルドではそのような者達に仕事を割り振っており、それこそ毎日が地獄のような忙しさだ。

 単純な作業であれば、ギルドに直接来なくても作業場で手続きをするようにしたりといった真似はしているのだが、それでも焼け石に水よりは多少マシといった程度でしかない。

 そんなギルドに昇格試験……それもランクAへの昇格試験となると、当然のようにギルドで対処しきれるかどうかは難しい。

 本来なら、こういう時は近くにある別のギルドから人を派遣して貰ったりするのだが、ギルムのような辺境ともなると、そのようなことも難しい。

 ギルムの近くにはアブエロやサブルスタといった街があるが、それはギルムに向かう途中にある街だ。

 当然だがギルムに移動する際に冒険者達も寄り、そこで何らかの依頼を受けたり、依頼を完了したりといったようなことをするので、ギルム程ではないにしろ、ギルド職員は忙しい。

 それでもある程度の人手はギルムに送っているのだが、それでもギルムのギルドは忙しかった。


(それを考えると、最悪ランクアップ試験は増設工事が一段落した冬とかになるのか? 出来れば早くして欲しいんだけどな)


 そう、レイは考えるのだった。

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― 新着の感想 ―
ダスカーとレイの思考というか普段の言動が同じなんですよね。レイもよく信じられない時「正気か」とか言うし、たまにどっちが喋ってるか分からないこともあります。別の言い回しにした方がキャラクターの個性が出る…
[一言] 「貴族の血を引くってのは、羨ましいですね」 えっ、レイが貴族の血を認めるの?
[一言] 面白い
2021/01/06 09:32 退会済み
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