2489話
アニメ化してほしいライトノベル・小説は?【#2020年上半期】
https://s.animeanime.jp/article/2020/06/03/54061.amp.html
というのが行われていますので、レジェンドをアニメで見たいという方は投票して貰えると嬉しいです。
「グルルルルゥ……」
アナスタシアとの話……いや、正確にはグリムとの話を終えると、レイはセトに乗ってトレントの森を進んでいた。
そんな中でセトが不意に悲しそうな鳴き声を上げたのは、妖精達の住処が近くなってきた……つまり、昨日アンテルムと戦った場所が近付いてきたからだろう。
勿論、アンテルムと戦ったことが悲しくて鳴き声を上げた訳ではなく、アンテルムによって狼の群れが全滅させられたことを悲しんでのものだ。
アナスタシア達の鹿であっても、セトを怖がって自分から近付くといったことはしない。
だが、妖精の住処で使役される――正確には雇われるといった表現の方が正しいのだが――ことになった狼の群れを率いているリーダーは、違う。
相手がセトであっても……そして自分が内心で怖がっていても、それでも逃げるといった真似はしなかった。
そんな相手だけに、セトにとってもアンテルムに殺されたのは思うところがあるのだろう。
レイはセトの様子から残念そうな、そして悲しそうにしているのを理解し、そっと首の後ろを撫でてやる。
(アンテルムは、もう二度と表舞台に出て来ることはないだろ。妖精のことも知ってしまったし、間違いなく闇から闇に葬られる筈だ。……個人的には、あっさりと死刑になるだろうことに思うところがない訳でもないが)
ゾルゲラ伯爵家の屋敷では、関係のないメイドや執事といった者達までも全員殺し、そして狼達をも全て殺した。
他にも敵でも何でもない一般人を殺していて、まだそれが表に出ていないだけであってもレイは驚かない。
そんな人物だけに、ただ殺して終わりということになっても素直に納得は出来ないのだ。
(妖精の事を知られたからこそ、迂闊に生かしておけないってのは分かるんだけどな。いや、あんな奴のことは考えるだけ無駄か)
頭の中からアンテルムの姿を消したと同時に、ちょうど昨日の戦いがあった場所に到着してしまったのは、皮肉な結果と言ってもいいのだろう。
「そう言えば、悪戯がなかったな」
ここまで、本当に何にも邪魔されるようなことがないままに来られたことに、レイは疑問を抱く。
本来なら、それこそ妖精達から色々と悪戯をされてもおかしくはない。
だが、今日に限っては同じ妖精のニールセンがいないにも関わらず、特に悪戯らしい悪戯はない。
「やっぱり昨日の件が関係してるのか?」
アンテルムという、凶悪な相手に自分達の住処を燃やされそうになったのだ。
そのような状況であった以上、妖精達も暢気に悪戯をする気にならなかったというのはおかしな話ではない。
「まぁ、ニールセンを呼べばその辺はどうにかなるか。……いや、呼ばなくてもよかったみたいだな」
森の奥から自分に向かって飛んできた、見覚えのある妖精の姿にレイはそう呟く。
「レイ、遅いわよ!」
突っ込んできたまま速度を落とす様子もなくレイに体当たりをしてきたニールセンは、不満そうに叫ぶ。
ニールセンにしてみれば、今日レイが迎えに来ることになっていた以上、もっと早く来ると思っていたのだ。
だが、今の時間はもう昼すぎ。
とてもではないが、ニールセンが期待していた時間ではなかった。
「そう言ってもな。俺もニールセンの世話だけをしていればいい訳じゃないし。それに、昨夜は何だかんだで寝るのが遅くなったんだ。起きるのが遅くなっても、おかしくはないだろ?」
「それはそうだけど」
昨夜の一件で遅くなったと言われれば、ニールセンも言い返すことは出来ない。
レイが昨夜ここに来たのは、他ならぬニールセンの頼みによってだったのだから。
そしてもしレイがニールセンの頼みを聞いていなかった場合、妖精の住処はアンテルムによって燃やされていたか、もしくは多くの妖精達が殺されるといったことになっていただろう。
それも、自分の使うマジックアイテムの素材として。
それ以外にも、妖精の持つマジックアイテムも根こそぎ奪うといったような真似をしていた筈だ。
妖精が捕らえられるといったようなことは、ニールセンも心配していない。
ニールセン達は妖精の輪を使った転移が出来るのだから、もし捕らえられても逃げるのはそう難しい話ではない。
「その辺の事情を考えれば、少し遅れても問題はないと思わないか?」
「むぅ……仕方がないわね」
結局ニールセンは、レイの言葉にそう返すことしか出来なかった。
実際には、ここに来る前にアナスタシアに会いに行っていたから遅くなったという一面もあったのだが、そのことを話さなくてもすんだのはレイにとって幸運だったのだろう。
「それで、これからどうするんだ? ギルムに行くってことでいいのか? ダスカー様に会いに行くとか? それとも、適当に街中を歩き回るか? もっとも、今のギルムは少し居心地が悪いかもしれないけど」
「そうね。取りあえずダスカーに会いに行くわ。昨日の一件のことで色々と話しておく必要があるし。……あ、そうだ。レイ」
「何だ、急に?」
レイと話していたニールセンは、不意に何かを思いだしたといった様子でレイにそう声を掛けてくる。
その声が一体どのようなことを意味してるのかが分からないレイとしては、ニールセンの言うことだしと、若干慎重に答える。
レイの様子に気が付いているのかいないのか、ニールセンは明るい様子を消さずに言葉を続ける。
「長が、昨日の一件に感謝してるって。そのお礼として、レイに私達の作ったマジックアイテムを一つ渡すって言ってたわよ」
「……本当か?」
それは、レイにとって驚きの言葉であると同時に非常に嬉しい話でもあった。
元々、レイが妖精の一件に対して積極的に関わっていたのは、自分が妖精の件をダスカーに知らせて、ダスカーから頼まれた……というにもあったのだが。
だが、それと同時に妖精の製造したマジックアイテムを貰えるかもしれないという思いがあったのも事実だ。
実際、妖精の件での報酬としては、ダスカーには妖精の作ったマジックアイテムを貰おうと思っていたのだから。
(あ、待てよ? ここで長からマジックアイテムを貰って、その後でまた別にダスカー様からマジックアイテムを貰えるとなると……もしかして、妖精のマジックアイテムは合計で二個手に入れることが出来るのか?)
それは、レイにとって大きな利益となるのは間違いない。
元々妖精の作ったマジックアイテムを欲していただけに、それが二つも手に入るとなれば、それこそアンテルムを倒した報酬としては十分だ。
……もっとも、報酬を得たからといって狼達の件をすぐに忘れることが出来る訳ではないのだが。
「そう言って貰えると、俺としては嬉しいな。それで、具体的にはどんなマジックアイテムを貰えるんだ? 出来れば、それを教えてくれると助かるんだが」
「残念だけど教えられないわ。何しろ、まだどのマジックアイテムを渡すかは決まってないもの」
「……それって、もしかして俺にどんなマジックアイテムが貰えるのかを選ばせて貰えるとか、そういうことか?」
だとすれば非常に喜ばしいことだ。
そう思ったレイだったが、ニールセンは首を横に振る。
「レイに渡すマジックアイテムは長が選ぶそうよ。……少ししたら、レイには長と会って貰うことになると思うけど、よろしくね」
「そうなのか? ……まぁ、分かった」
ニールセンの言葉に少しだけ残念そうなのは、マジックアイテムを自分で選ぶことが出来ないからだろう。
長という人物はどのような人物なのかは、レイにも分からない。
問題なのは、その長が自分が欲しいと思えるようなマジックアイテムを選んでくれるかどうかということだろう。
これがダスカーであれば、レイの趣味を知っている分、しっかりと実戦で使えるようなマジックアイテムを選んでくれるのは間違いないのだ。
このような状況で、例え妖精が作ったマジックアイテムであっても、実戦で使うことが出来ないような代物であれば、あまり嬉しくはなく……ミスティリングの肥やしになってしまうだろう。
そういう意味では、レイにしてみれば完全に安心出来るといった訳ではない。
「何よ、不満そうね」
「不満じゃなくて、不安と表現するのが正しいと思うけどな。今の状況では」
そんなレイの言葉に、ニールセンは不思議そうな表情を浮かべる。
何だかんだと、レイとニールセンの付き合いはまだまだ短い。
そうである以上、レイがマジックアイテムにどのような拘りを持っているのかはニールセンにも完全には理解出来ないのだろう。
勿論、レイがマジックアイテムに強い興味を持っているといったようなことは、今までの話の流れから分かっているのだろうが。
「ともあれ、その妖精の長に会うのは今日じゃないんだろ? なら、そろそろギルムに行こうと思うけど、それで構わないか?」
「ええ、それでいいわ。というより、レイが来るのが遅くて私は待っていたんじゃない。ここで私にそんな風に聞くのは、少し間違ってると思わない?」
「そうか? ……まぁ、ニールセンがそう言うのならそうなんだろうな」
グリムに会いに地下空間に行っていたことを誤魔化すように、レイはそう言葉を返し……そこで、そう言えば、と思い出す。
「今日ここに来るまで、妖精からの悪戯が全くなかったんだけど。これって何でだ? 勿論、俺としては嬉しいから、それは全く困ることじゃないんだが」
「ああ、その件? 昨日の一件でそれだけレイに感謝してるのよ」
「つまり、その感謝の気持ちとして悪戯されなかったと?」
「そう思ってもいいわ」
「なら、今度からは特に悪戯されずにここまで来ることが出来るのか?」
「さぁ?」
「いや、さぁって……もう悪戯しないんじゃないのか?」
「そこまでは言ってないわよ。ただ、今日……そして数日は大丈夫だと思うけど。何しろ、妖精というのは気紛れだもの。今日の一件をすぐに忘れて、また悪戯するようになっても、何も驚くようなことはないわ」
うふふ、あはは。
ニールセンの言葉に合わせるように、森中から笑い声が周囲に響く。
その笑い声は、ニールセンの言葉に同意しているようにレイには聞こえた。
つまり、ここで悪戯をしないのは今日……もしくは数日だけで、その期間が終わったらまたレイに向かって悪戯をしてくると、そう考えているのだろう。
(図太い連中だな。昨日は焼け死ぬ寸前だったのに、それが終わればもうこうしていつも通りにすごしている)
普通なら、自分達の住処を燃やされそうになったといったようなことになれば、トラウマになってもおかしくはない。
にも関わらず、妖精達は昨日の一件は昨日の一件と、そう割り切っているようにすらレイには思えた。
妖精にも個性がある以上、全ての妖精がそのように思っているといった訳ではないのだろうが。
そのような妖精達は、それこそ住処の外に出るような真似はせす、住処の奥で息を潜めているのだろう。
「取りあえず、悪戯をするならするで、致命的なものはやめろよ。そうでないと、マリーナを呼んでくることになるだろうし」
びくんっ、と。
マリーナという名前に、ニールセンだけではなく先程までは笑い声を周囲に響かせていた他の妖精達までもが、驚いた様子を見せる。
(ニールセンが驚くのはともかく、他の連中は一体何でだ? ……ニールセンから話を聞いていたとか、そんな感じか? つくづく、世界樹の巫女ってのは不思議な存在だな)
取りあえず、これで他の者達に対して強引な悪戯はされないだろう。
そう判断したレイは、ニールセンと共にギルムに向かおうとする。
ニールセンはすぐにレイのドラゴンローブの中に潜り込む。
レイはドラゴンローブのおかげで暑さを感じてはいないが、ニールセンは特にそのような特殊能力はない。
だからこそ、真夏の暑さから逃れる為にレイのドラゴンローブの中に入り込んだのだろう。
「ふぅ……涼しい……気持ちいいわね」
ドラゴンローブの中で、ニールセンは心の底から嬉しそうな声を出す。
レイにしてみれば、そんなニールセンの様子に思うところはあると思っていたのだが。
「で、問題がないのなら、そろそろギルムに行こうと思うけど、問題はないか?」
「ええ、問題ないわ。急ぎましょう。……けど、昨日の件を考えると、今日のダスカーとの話は忙しくなりそうね」
「それは否定しない」
ダスカーにとっては、アンテルムの一件は頭の痛い出来事だろう。
ゾルゲラ伯爵家の一件だけはともかく、妖精の住処を燃やそうとまでしたのだ。
であれば、ニールセンとの会談においては強気に出ることは難しい。
「なら、行きましょう。今日はいい一日になりそうだわ」
ドラゴンローブの中で、ニールセンは満面の笑みを浮かべてそう告げるのだった。