2487話
アニメ化してほしいライトノベル・小説は?【#2020年上半期】
https://s.animeanime.jp/article/2020/06/03/54061.amp.html
というのが行われていますので、レジェンドをアニメで見たいという方は投票して貰えると嬉しいです。
アンテルムの一件があった翌日……当然ながら、レイは寝坊した。
とはいえ、起きて寝惚けた時間が五分程経過し、それでようやく我に返って窓から太陽の位置を確認しても、特に動揺することはない。
結局眠ったのが明るくなってきた時間であった為、もとから今日は寝坊すると決めて眠りについたのだ。
朝早く起きるつもりで寝坊するのと、最初から寝坊をするつもりで寝て寝坊するのでは、当然のように起きた時の反応が違う。
「あー……まだ午前十一時前か」
ミスティリングの中から懐中時計を取り出して時間を確認すると、窓の外を見る。
そこでは珍しいことにヴィヘラが一人で食事をしている光景があった。
「予想したよりも早く起きたな。それよりも、ビューネはどうしたんだ?」
ヴィヘラの様子を見てそんな疑問を抱きつつ、レイは身支度を調えてから部屋を出る。
そうして中庭に出ようとして、居間に入ると……
「……おう?」
「む?」
居間の中には、レイが見たこともない相手の姿があった。
とはいえ、マリーナの家の中に入ることが出来た以上、悪意を持つ者でないのは間違いない。
「君は……深紅のレイか」
四十代程のその男が、レイの姿を見て尋ねてくる。
言葉には敵意の類がないので、レイも素直に頷く。
「ああ。それで……」
「私か? 私はグレイドル・シャギア。シャギア子爵家の当主の弟だ」
シャギア子爵家と言われても、レイは分からない。
だが、それでも何をしにここに来ているのかというのは予想が出来て……そして、レイの予想が当たっていることは、次の瞬間判明する。
「すまぬ、グレイドル殿、待たせ……レイ?」
アーラと共に居間に入ってきたエレーナは、レイの姿を見て驚く。
今までは自分が貴族と面会をしている光景を見せたことがなかった為か、微妙に照れ臭そうな様子だ。
「ああ、ちょうどさっき起きたところだ。……俺には気にせず、仕事をしてくれ。俺は中庭で食事をしたら、すぐに仕事に向かうから」
「う、うむ。……その、気をつけて行くのだぞ」
グレイドルの前でレイに挨拶をするのもまた照れ臭かったのか、エレーナは薄らと頬を赤くしてそう告げる。
そんなエレーナの様子に、少しからかおうかとも思ったレイだったが、自分達だけならまだしも、他に人がいる以上、そのような真似はしない方がいいと判断し、そのまま中庭に向かう。
自分に対して特に気にした様子を見せないレイを、興味深そうに見るグレイドル。
普通なら、当主ではないとはいえ貴族の血筋にある者をこうも気にしないといったような真似は出来ない。
少なくても、グレイドルはそのような相手を見たことはない。
いや、表向き素っ気なさそうにしてみせるというのであれば、そのような行為をされたこともあるが、レイの場合は本気で自分に興味を持っていないといった様子を見せていたのだ。
「彼が深紅ですか。噂には聞いたことがありましたが……なるほど、傑物ですな。貴族派の中でも気位だけが高い者がちょっかいを出しても、破滅するだけでしょう」
「うむ。グレイドル殿であれば、そう言って貰えると思った。だが、それを理解出来ない者が多くてな」
エレーナの言葉は、グレイドルにも十分に理解出来た。
自分が……正確には自分の実家が所属している貴族派は、最大派閥の国王派には及ばずとも、相応に所属している貴族の数は多い。
だが、そんな貴族の中には無意味にプライドが高かったり、本人が無能であるが故に血筋だけを重視する……といったような者も多い。
そのような者達にしてみれば、自分達を全く相手にしない……どころか、価値すら認めていないレイという存在は決して許せる相手ではないだろう。
(さて、マリーナから今朝聞いた件……どうなるのだろうな)
レイとは違って、エレーナは明るくなってから寝たにも関わらず、いつも通りの時間に起きた。
その時間になると、マリーナも既に帰ってきていた。
もっとも、エレーナと違って徹夜だったようだが。
アーラもまだ眠っていたこともあり、エレーナはマリーナと二人だけで少し話をした。
エレーナにしてみれば、何故昨夜レイやヴィヘラと一緒に戻ってこなかったのかを疑問に思ってその辺を尋ねたのだが……そんな中で聞かされたのが、レイの昇格の件。
とはいえ、エレーナもレイの実力は知っているので、それ自体には驚きはしなかった。
そもそも、レイのような強さを持つ存在がいつまでもランクB冒険者をしている方が不自然なのだから。
とはいえ、レイの性格を考えれば、昇格そのものはともかく、それに伴うあれこれ……具体的には、それこそ貴族と接する機会が多くなるということが面白くないというのは理解出来た。
それでもマリーナは自分に任せておいて欲しいと、そう言ったこともあったので、結局自分はその件には手出しをしないと決めたのだが……
一体どうやってマリーナがレイを説得するのか、それが疑問だった。
「どうぞ」
エレーナが考えていると、アーラがエレーナとグレイドルの前にそれぞれ紅茶を置く。
その言葉で我に返ったエレーナは、アーラに感謝の視線を向ける。
エレーナといつも一緒にいるアーラだけに、エレーナが考えに夢中になっていたことは知っていたのだろう。
だからこそ、エレーナは目の前の仕事に集中するようにと手助けをしてくれたアーラに感謝の視線を向けるのだった。
「あら、おはよう。予想していたけど、随分とゆっくりね」
中庭に出て来たレイを見て、朝食を食べていたヴィヘラがそう告げる。
「いや、それを言うなら、ヴィヘラだって十分にゆっくりじゃないか。今日は仕事はいいのか?」
「ええ、昨日の件もあるし、今日はゆっくりとさせて貰うわ。ビューネは一人で仕事に行ったけど」
ヴィヘラのその言葉に、レイは驚く。
昨夜、自分達が起きて色々と活動している間、ビューネは眠っていた。
そういう意味では、ビューネはいつも通り起きてもおかしくはない。
しかし、そんな状況で自分一人で仕事に行ったというのは、レイにとっては素直に驚きだった。
もっとも、ヴィヘラがケンタウロスのいる世界に行っている間は、ビューネも一人で仕事を受けていたのだ。
その辺の事情を考えれば、今回の一件はそこまでおかしなことではないのかもしれないが。
(結果的に、異世界の一件でビューネに自立心が生まれた……って感じか?)
レイにしてみれば、それは嬉しいことでもあり、寂しいことでもある。
何だかんだと、レイもビューネを可愛がっていたという証だろう。
「それでヴィヘラはゆっくりとしている訳か。……で、マリーナはどうした?」
「ああ、マリーナなら朝に戻ってきて、それから少し休んで仕事に行ったわよ。私みたいに、ゆっくりと休むといった真似は出来なかったんでしょうね」
「マリーナの場合はそうだろうな」
ヴィヘラの場合は、それこそ代わりにギルムの見回りをする者は幾らでも存在する。
だが、診療所で働いているマリーナの場合は、精霊魔法を使った回復魔法が使えるという人物はそう多くはない……どころか、ギルムには恐らくマリーナだけなのだ。
そうなると、マリーナが休むといったことをした場合、怪我人の治療はかなり難しくなる。
……場合によっては、マリーナがいないことで回復させることが出来ず、死人すら増える可能性があった。
マリーナの性格を考えれば、そのようなことは許容出来ないだろう。
また、診療所がそのような状況となると、働いている者達も積極的に働けなくなるといったことになる可能性もあった。
「回復魔法を使える者は少ないしね。……マリーナ以外の場合はポーションとか薬とかを使っての回復だから、怪我をした人もすぐに完治するって訳じゃないしね」
「……それが普通なんだけどな」
怪我をしても、普通ならそう簡単に治らない。
痛いのを我慢しながら完治するのを待つ必要があった。
(そういうのを考えると、回復魔法ってやっぱり反則だよな。まぁ、ポーションの類も大概だけど)
薬草の類とは違い、ポーションも傷口に振りかければ傷を癒やすことが出来るし、一時的に味覚が破壊されるくらいに不味いが、それでも飲めば持続的な治療効果を見込める。
それこそ、もし日本にポーションの類が存在した場合、大騒ぎになることは間違いないくらいに特別な存在なのは間違いなかった。
……もっとも、それを言うのならレイの存在その物が日本では考えられないような代物ではあったのだが。
「マリーナの件は分かった。なら、ヴィヘラは今日はどうするんだ? 仕事に行かないのなら、家でゆっくりしてるのか?」
「そうね。どうしようか迷ってたのよ。色々と見て回っていたいと思ってんだけど……レイはどうするの? 何なら一緒に見て回らない? 今のギルムは色々と人も多く入ってきてるから、以前までとは違って楽しいわよ?」
「いや、それは分かるが……ヴィヘラは毎日ギルムの見回りをしてただろ? なら、そういう新しい景色とかは見飽きてるんじゃないか?」
「どうかしらね。仕事で見て回るのと、遊ぶつもりで見て回るのとでは、どうしても色々と違ってくるのよ。何か異常がないかというのを注意してみるのと、遊ぶ気持ちで見て回るのとでは」
「そういうものか? ……ともあれ、俺は今日も仕事があるから、ヴィヘラに付き合う訳にはいかないな」
レイもまた、マリーナ程ではないにしろ増築工事では欠かすことの出来ない戦力だ。
レイがいなければ、トレントの森で伐採された木を運ぶのも一苦労となる。
何より、昨夜は他の仲間や住処が心配だからといって、トレントの森に残ったニールセンがいる。
今日はそのニールセンを迎えに行くという約束をしている――させられた、という方が正しいが――以上、もしここでニールセンを迎えに行かなかったら、それこそ不味いことになってしまう可能は十分にあった。
……それこそ、ニールセンがレイが来るのを待たず、自分だけでギルムに来るといったような。
そのような事態になってもし見つかったら、もの凄い騒動になるのは予想するのに難しくない。
であれば、やはりレイがトレントの森に迎えに行く必要があるのは間違いなかった。
「そう。なら、私も行こうか?」
「それは構わないけど、今日はゆっくりした方がいいんじゃないか?」
「あら、私が一緒に行くのは嫌なの?」
「そういう訳じゃない。ただ、昨日の今日だし……出来れば家にいて欲しいと思うのは事実だけどな」
アンテルムが捕まった以上、誰かがこの家に侵入してくるといったことは、基本的にない筈だ。
もし来ても相手は決して強くはない筈で、マリーナの精霊魔法による防衛を突破出来る可能性は少ない。
それでも、アンテルムの件がある以上、完全に安心出来るといったことは出来なかった。
ヴィヘラもレイの言いたいことは分かったのか、視線をマリーナの家に向ける。
「エレーナとアーラがいるんだから、その辺は心配しなくてもいいと思うんだけど」
エレーナはギルムでもトップクラスの実力を持つ。
アーラもエレーナには及ばないものの、それでも上から数えた方が早いだけの強さを持っていた。
また、現在中庭でセトと一緒に走って遊んでいるイエロも、攻撃力は高くはないものの防御力や偵察能力という点では高い能力を持つ。
そう考えれば、普通ならこの家に攻撃してくるような者はいない筈だ。
何より、レイが見た限りではアンテルムに仲間がいる様子はなかった。
であれば、アンテルムの仇といったように襲ってくるような者も気にしなくてもいいだろう。
「それでも念の為だよ。……どうだ? 頼めるか? 勿論、無理にとは言わないけど」
そう尋ねるレイに、ヴィヘラは少し考えてから頷く。
「そうね。分かったわ。もしかしたら……本当にもしかしたらだけど、敵が来るかもしれないし。それを考えれば、ここで待っていた方がいいでしょうしね」
若干不満そうではあったが、ヴィヘラはレイの言葉に頷く。
もし本当に敵が来たら、自分が闘おうと。
そのように思いながら答えるヴィヘラ。
それは別に決意と共に思ったのではなく、そのようなことでも期待しない限りは面白くないと、そう思ってのことだ。
普通なら何故そこまで戦いを求める? と疑問に思ってもおかしくはないのだが、何だかんだとヴィヘラとの付き合いはそれなりに長く、そして深くなったレイにしてみれば、特に気にした様子もなく頷く。
「なら、頼む。……今度何か戦いがありそうな依頼を見つけたら、一緒に行くから」
レイは一応敵が来なかった時――そちらの方が可能性は高いのだが――の為にフォローの言葉を言い、セトを呼びに行くのだった。