2486話
アニメ化してほしいライトノベル・小説は?【#2020年上半期】
https://s.animeanime.jp/article/2020/06/03/54061.amp.html
というのが行われていますので、レジェンドをアニメで見たいという方は投票して貰えると嬉しいです。
マリーナを領主の館に残してきたレイとヴィヘラ、セトの二人と一匹は、特に何らかの騒動に巻き込まれることもないまま、マリーナの家に到着した。
元々が真夜中であるというのも関係していたが、普段であればそのような時間であっても酔っ払いが外にいてもおかしくはない。
ましてや、今は夏だ。
一晩酔っ払って外で眠ったりしても……風邪を引くことはあるかもしれないが、凍死するようなことはない。
しかし、現在のギルムはアンテルムがまだどこかに隠れているということになっている為に、多くの警備兵や探索者達がその姿を探して動き回っていた。
そんな状況である以上、酔っ払いの類も基本的には多くはない。
……いることはいたのだが、そのような者達はレイ達に絡むよりもまえに、警備兵達によってさっさと連れて行かれていた。
(アンテルムの件はもう片付いたんだが……まさか、俺がそれを知らせる訳にはいかないしな)
そもそも、アンテルムの件については他言無用とダスカーに言われている以上、例え街中で顔見知りの警備兵や騎士にあっても、それを話す訳にはいかない。
であれば、恐らくは明日――日付は変わっているので、今日と表現する方が正しいが――の朝にでもアンテルムが捕まったという報告をするのだろう。
誰が捕まえたのかといったことが話題になるかもしれないが、ダスカーとしては迂闊にレイの名前を出す訳にもいかなかった。
「ただいま、と」
マリーナの家の敷地内に入ると、セトはレイが何かを言うよりも前に中庭に向かう。
そしてセトがいなくなるのと前後するように、レイの隣にいたヴィヘラはレイに向かって口を開く。
「おかえり」
「……いや、俺と一緒に帰ってきたヴィヘラが言う言葉か?」
「あら、いいじゃない。それより、ほら。私がおかえりって言ったんだから、レイも私に言うことがあるでしょ?」
「はいはい、おかえり」
「もう少し心を込めて言って欲しいところなんだけど……まぁ、そのくらいはしょうがないか。じゃあ、家の中に入りましょ。多分、エレーナ達も心配していたでしょうし」
ヴィヘラが微妙に上機嫌な様子なのが、レイに疑問を抱かせる。
ヴィヘラが期待していた強敵との戦いは、レイがアンテルムを倒したことでなくなってしまった。 つまり、ヴィヘラが領主の館まで行ったことは、何の意味もなくなってしまったのだ。
……もっとも、領主の館にいたからこそ、アンテルムを倒して帰ってきたレイの無事をすぐに確認出来たのだが。
不機嫌よりは上機嫌の方がいいだろうと、レイは考え、特に追求することもないままヴィヘラと共に家の中に入り……
「レイ、無事だったか」
玄関から中に入った瞬間、エレーナがアーラを引き連れて出迎えに来た。
エレーナもレイとヴィヘラ、セトの気配は察知していたのだろう。
だが、それでもこうしてレイの姿を直接見るまでは、安心出来なかったのだ。
やはり真夜中にいきなりセトに乗って飛び出ていったような出来事だったからこそ、そのように考えたのだろう。
実際、レイが戦ったのはアンテルムというランクA冒険者であった以上、エレーナの心配も決して大袈裟なものではない。
アンテルムと戦ったのがレイだったからこそ、こうして勝つことが出来たが……ランクA冒険者が相手となれば、レイのように勝つことが出来る者は決して多くはないのだから。
「ああ。取りあえず今回の一件は解決した。詳しい事情は……そうだな、紅茶でも飲みながら話すよ」
「うむ。アーラ、頼む」
レイの言葉に、アーラは素早く頷いて紅茶を淹れる準備を始める。
現在の時間は、午前二時近い。
そのような時間に紅茶を飲んで……といったようなことをしていれば、それこそ寝不足になってしまうのは間違いない。
間違いないのだが、それでも今回の事情を説明する必要がある以上、寝不足になるのも仕方がないと、そう思ってしまう。
(明日は厳しいかもしれないな。……まぁ、この身体のことを考えれば、一日や二日寝不足だからってどうってことはないんだろうけど)
ゼパイル一門の技術を最大限利用して作られたレイの身体は、それこそ性能という意味では普通の人間とは比べものにならない。
それだけに、多少の寝不足程度は問題ない。
……もっとも、問題がないのとは別の意味でレイが眠気を感じてしまうという点はあるのかもしれないが。
ともあれ、レイはエレーナ達と共に居間に向かってテーブルに着く。
すぐにアーラが紅茶の準備をするが、真夜中だからということでお茶請けの類はない。
レイとしては、今のような真夜中にしっかりとした料理を食べても特に影響はないのだが。
「そう言えば、ビューネはどうしたんだ?」
紅茶を一口飲み、その美味さに無事に帰ってきたという思いを抱きながら、レイは尋ねる。
そんなレイの問いに答えたのは、エレーナやアーラではなく、ヴィヘラ。
「ビューネのことだから、私達が家を出たらもう眠ったんでしょ? 起きてきた時もかなり眠そうだったし」
ヴィヘラの言葉に、エレーナはその通りと頷く。
「ビューネの年齢を考えれば、それは当然か。……じゃあ、今回の一件を話すぞ。ただ、これはダスカー様からエレーナ達には話してもいいけど、それ以外には話さないようにって言われていたから、そのつもりでいてくれ」
「構わん。……もっとも、父上に妖精の件を黙っているのは、少し心苦しいがな」
「悪いな。ただ、その件を黙っていてくれるのなら、多分ダスカー様はエレーナに……というか、貴族派に何らかの優遇措置をすることになると思う。これはあくまでも俺の予想で、絶対って訳じゃないけど」
この辺はレイにも分からない。
それこそ、エレーナとダスカーの交渉次第だろう。
「ふむ。……分かった。では明日は忙しいだろうから、数日経って多少落ち着いたら、ダスカー殿に会いに行くとしよう」
エレーナにしてみれば、これは自分の仕事なのか? という思いもある。
だが、実際に今の状況を考えれば、ダスカーと今回の件で交渉出来る人物は自分しかいないのだ。
……いや、誰にも話さないようにというのは、ダスカーからの要望であって、エレーナが必ずしもそれを聞く必要はない。
だが、そのような真似をした場合は、レイにどう思われるか。
それを考えれば、そう簡単に他の者にこの件を話せる筈もない。
あるいは、これが貴族派やケレベル公爵家に大きな被害を与えるような内容であれば、エレーナも自分のことだけを考えず、誰かにこの話をするといったことをする可能性もあった。
しかし、今回の話はそこまで重要なものではない。
そうである以上、エレーナとしては他人に話すといったことをするつもりはなかった。
「よし。なら、話すぞ」
エレーナが自分の言葉に頷いたのを見て、レイはトレントの森で起こった出来事を話す。
そんな中でも特に聞いていた者が眉を顰めたのは、やはりアンテルムが狼を皆殺しにしたということだろう。
狼について知っているだけに、面白くなかったのだろう。
そしてアンテルムの強さに関しては、納得したように頷く。
アンテルムの性格についてはともかく、その強さにはランクA冒険者として納得出来るものがあったのだろう。
とはいえ、そんなアンテルムを前にしてレイが圧倒する……それも炎帝の紅鎧といったような奥の手を使わずに勝利したということにも納得していたのだが。
レイがどれだけの強さがあるのか知っている者達である以上、そのような結果になるのは当然だったと思えた。
「つまり、アンテルムの一件は解決したと思ってもいい訳か。……ただし、それはすぐに公表されないと」
「そうなるな。今回の件に関しては、色々と事情が複雑である以上、仕方がないのかもしれないが」
「……理由はどうあれ、ゾルゲラ伯爵家の件がこれ以上酷いことにならなかったのはよかったわね」
ヴィヘラの言葉に、エレーナが頷く。
今回の一件に関しては、ヴィヘラにとっても色々と思うところがあったのだろう。
「そうなると、明日からは今まで通りの日々に戻るの? ……まぁ、いつも通りの日々そのものが、かなり忙しいのは間違いないんだけど」
それは、ヴィヘラがギルムの見回りをしているからこそ出る言葉なのだろう。
喧嘩沙汰は日常茶飯事である以上、どうしても見回りをする者達は忙しくなる。
……もっとも、ヴィヘラのことを知らない者がヴィヘラの外見から絡んでいって事件を起こすといったようなこともあるのだが。
そんな事情もあって、ヴィヘラの仕事が忙しくなるのは当然の話だった。
エレーナの仕事も、ゾルゲラ伯爵家の一件もあってか会談を希望する者が増えるのも事実だろう。
その会談の理由が、エレーナに自分の持っている情報を少しでも高く売ろうとするのか、もしくはエレーナが知っているであろう情報を引き出そうとするのかは、貴族によって違ってくるのだが。
そして、レイは言うに及ばずだ。
トレントの森で伐採された木をギルムまで運び、増築工事で足りなくなった資材を現場まで運び……それ以外にも、妖精の一件や、トレントの森の地下空間で研究をしているアナスタシアの様子を確認するといった仕事がある。
そのような仕事の他に、グリムに会いに行って実験結果を聞いたりどのようなマジックアイテムを作るかといった風に話をする必要もあった。
(うん、何だかんだとアンテルムの件がなくなっても俺も忙しそうだな)
自分の言葉に納得するレイだったが、実際にはそれらの理由以外に、現在レイを昇格させてランクA冒険者にするといった計画がマリーナとダスカーの間で話し合われているのだが。
とはいえ、ランクA冒険者というのは三人しか存在しないランクS冒険者を抜かせば、冒険者の頂点と呼ぶべき存在だ。
そう簡単にランクAに昇格させる訳にはいかない。
それこそ、相応の試験を受ける必要がある。
……レイがマリーナから話を持ち込まれた時、それに対してどう反応するのかは微妙なのだが。
「そうだな。取りあえず今まで通りになると思う。……もっとも、他の場所はともかく、貴族街は今まで通りとはいかないだろうが」
ゾルゲラ伯爵家の一件があった以上、当然の話だが現在の貴族街はかなり緊張した状態にある。
犯人のアンテルムを捕らえたからといって、それだけですぐに貴族街の皆が安心した様子を見せるとは、思えなかった。
貴族であるからこそ、現在の状況ですぐに今まで通りといったようなことは出来ない。
多くの貴族達にしてみれば、まさか貴族街でこのような事件が起きるとは思わなかったのだろう。
それだけに、解決したからといって素直に今まで通りという訳にもいかない。
もしかしたら、自分の雇っている冒険者が同じような真似をするのではないか……もしくは、他の貴族が雇っている冒険者が何らかの理由で自分を殺しに来るのではないか。
そのように考えてしまうのは、当然の話だろう。
そうレイが説明すると、聞いていた者達は納得の表情を浮かべる。
「有能な貴族であれば、恨みを買わない……という訳ではないしな」
しみじみと呟くエレーナ。
実際、その言葉は決して大袈裟なものではない。
いや、寧ろ有能な貴族であれば、それだけ恨みや妬みを抱かれる可能性は高い。
特に貴族らしい貴族……レイが嫌っているような貴族の場合は、幾ら優秀であっても恨みを買うといった可能性は高いだろう。
それだけに、今の状況を警戒する必要があるのは間違いない。
「これから暫く、貴族街では貴族同士で牽制しあうような感じになるのでしょうか?」
少しだけ不安そうに……そして不満そうに、アーラが呟く。
アーラにしてみれば、自分達に関係ないところで起きた出来事により、エレーナにも悪影響が起きるというのは面白くないのだろう。
……もっとも、自分達に関係のないところではなく、大元の出来事はレイとアンテルムのトラブルが原因で起きたのだが。
それだけに、レイの仲間のエレーナやアーラ達も、今回の一件には無関係どころか関係者であると言ってもいいのかもしれない。
「とにかく、そんな訳で暫くは色々と注意した方がいい。……もっとも、この家はマリーナの精霊魔法で守られているから、それこそ余程の実力者でもなければ入ってくる事は出来ないだろうけど」
それこそ、アンテルムのようなランクA冒険者であれば、精霊の守りを突破することも出来るだろうが……ランクA冒険者というのは、そういるものではない。
いや、ギルムの場合は辺境である為に、ランクA冒険者も異名持ちも、それなりにいるのだが。
しかし、そのような者達は貴族街の護衛として雇われることは……絶対にないとは言わないが、それでも好んで受けるような者がいるとはレイには思えなかった。