2483話
「が……がふ……」
地面に崩れ落ちたアンテルムは、一体何が起きたのか理解出来ないといった様子で血を吐く。
そうして立ち上がろうとするものの、既にアンテルムの身体には両手両足共に存在しない。
もしアンテルムがレイについての噂を聞いていれば、レイが敵対した貴族の四肢を切断したといったことを聞くことも出来ただろう。……実際には、切断したのは両腕だけなのだが。
それでも、貴族……それもアンテルムのように冒険者をしている訳でなく、本当の意味で貴族として働いている者の両腕を切断するといったような真似は、普通なら出来ない。
しかし、レイはそのような行為であっても平然と行う。
この辺りが、レイが貴族からも恐れられている理由だった。
普通であれば、貴族を相手にして何らかのトラブルを起こしても、貴族の権力を恐れて実際に危害を加えるような真似をする者は殆どいない。
……殆どであって、皆無という訳ではないのは、レイ以外にも貴族に手を上げる者がいるということの証だ。
そんなレイだけに、アンテルムのように貴族の血を引いていても現在は冒険者として働いている者に対しては容赦をするような真似をする筈もない。
ましてや、妖精の住処を見つけようとし、レイにとっても親しい存在であった……それこそ、何らかの理由でモンスター化した場合はセトと同じように従魔として活動出来たかもしれない狼を、弄ぶかのように殺されたとあっては、尚更だ。
それ以前に、ゾルゲラ伯爵家の一件を引き起こした相手であり、セトを欲していつ襲い掛かってくるかもしれない相手を生かしておくという選択肢はレイの中にはなかったが。
「ば……かな……俺が……こんな、場所……で……」
アンテルムは現在の自分がどのような状況なのか、理解したらしい。
信じられないと、そう口を開く。
「ゾルゲラ伯爵家の屋敷でお前が殺した者達も、お前と同じように思っただろうな。……はぁっ!」
短い気合いの声と共に、レイはアンテルムの見ている前で魔剣の刀身にデスサイズの石突きを叩きつけ……結果として、魔剣の刀身は半ばで折れる。
本来なら、レイは実戦で使えるマジックアイテムを集めるのが趣味だ。
その点では、アンテルムの持っていた魔剣は十分収集欲を刺激されるマジックアイテムではあってた。
飛斬と同じように斬撃を飛ばす能力を持ち、更には刀身の長さを自由に――それでも限度はあるだろうが――変えることが出来る。
その上で、アンテルムの技量もあったのだろうがデスサイズと打ち合えるだけの性能も持っている。
普通に考えれば、アンテルムの魔剣は非常に高価なマジックアイテムであると言えるだろう。
ならば、アンテルムが使っているマジックアイテムだから破壊したのか。
否。
レイが持っているマジックアイテムの中には、盗賊が持っていたマジックアイテムもある。
道具はあくまでも道具であり、それがどのような存在になるのかは、それこそ使い手次第だ。
そういう意味では、魔剣もレイが破壊するという理由にならない。
正直なところ、レイも魔剣を破壊するかどうかというのは、かなり迷った。
非常に希少な品で、レイが使ってもそれなりに便利そうだと思った為だ。
……もっとも、レイはデスサイズと黄昏の槍、エレーナはミラージュ、アーラはパワー・アクス、マリーナは弓で、ヴィヘラは素手、ビューネは短剣と、何気にレイの仲間で長剣を使う者はいなかったりするのだが。
敢えて挙げるとすれば、ミラージュを使っているエレーナだろうが……連接剣と長剣では、違うところも多い。
特に連接剣最大の特徴たる、刀身を鞭状にして放つ一撃は普通の長剣ではとてもではないが出来ない。
そういう訳で、もしレイがアンテルムの魔剣を手に入れても、使う者がいないのだ。
……基本的に長剣というのは武器の中でも一番一般的な武器であり、本来なら使う者はかなりの数になるのだが。
だというのに、レイの仲間には長剣を使う者がいない。
これは、ある意味でかなり奇妙な現象ではあった。
ともあれ、それでも使い道はない訳ではないし、最悪売るといった手段もある。
にも関わらず、レイが魔剣の刀身を折ったのは……アンテルムにより深く大きな絶望を与える為の行動だ。
事実……目の前で破壊された魔剣を見たアンテルムの視線には先程までよりも大きな絶望が宿る。
両手両足を失ったアンテルムだったが、それでも魔剣という存在はレイを前にして何とかなると、そう思っていたのだろう。
だが、その魔剣もレイの手によって破壊された。
それを思えば、アンテルムに絶望を与えるといったレイの目的は見事に果たされた形だろう。
(魔剣はちょっと惜しかったのは事実だけどな。……とはいえ、せめてこれで狼達の仇を討ったと、そう思ってくれるといいんだけどな)
折れた魔剣を一瞥したレイは、デスサイズの刃をアンテルムの首に触れさせ、黄昏の槍の穂先をアンテルムの心臓に突きつける。
まさに、アンテルムにとって致命的な行動と言えるだろう。
「で、どうだ? 自分の命が俺に狙われた感想は。……もっとも、お前の出血量を考えると、このままでは間違いなく死ぬだろうが」
「ぐ……」
レイの言葉に、アンテルムは痛みと出血、そして何よりも自分がレイのような存在に負けたという精神的なショックによって、意識が朦朧となる。
そんなアンテルムの姿を見たレイだったが、この程度――四肢切断されているのだが――でこのような状況になるとはと思いつつ、そっとデスサイズと黄昏の槍をアンテルムの身体から外す。
そしてミスティリングの中から、比較的安い……血止めをする程度のポーションを取り出して、アンテルムの傷口に振りかけ、残りは強引に飲ませる。
「ぐ……ぐふっ……が……」
ポーションは傷口に直接振りかけても効果があり、飲めば継続的な回復効果を望めるのだが、非常に不味い。
それこそ、味覚が破壊されたのではないかと思える程に。
アンテルムが怪我をして意識が朦朧とした状態でも、不味さに呻くくらいには不味いそれを、レイは半ば強引に飲み干させた。
レイとしては、ここでアンテルムを殺して楽にしてやるつもりは最初からない。
四肢を切断され、その上でゾルゲラ伯爵家の一件があったのだ。
間違いなく厳しい尋問をされるだろう。
(まぁ、妖精の一件を話されると困るが……その辺はダスカー様に任せればいいか。ダスカー様がどうしても使えないと思ったら、話が漏れないようにして殺すだろうし)
貴族……それも国王派のゾルゲラ伯爵家の屋敷で起きた事件だけに、当然尋問をするとなれば、ゾルゲラ伯爵家の者や、場合によっては他の国王派の者も事情を知りたいとは思うだろう。
しかし、ギルムで尋問をする以上、その辺はダスカーの判断一つだ。
ダスカーが認められないと判断すれば、他の貴族達が取り調べに参加するようなような真似は出来ないだろう。
不味いのは、アンテルムが王都に連れて行かれて尋問されることだが……以前のアゾット商会の件と違い、今回は国を揺るがす騒動という訳ではない。……国王派の貴族が殺されてはいるのだが。
ただ、ゾルゲラ伯爵家も国王派内の権力闘争に負けてしまったというのを、レイは聞いている。
だとすれば、アンテルムを王都に連れて行くといったような真似は、基本的に考えなくてもいい筈だった。
「ともあれ、だ。アンテルムの件はこれでいいとして……やっぱり連れていくのは俺なのか? 俺なんだろうな」
はぁ、息を吐く。
正直に言えば、狼を殺したアンテルムを自分が連れて行くといったことをするのは遠慮したかった。
だが、今のこの状況で自分の代わりにアンテルムをギルムまで連れて行くのは非常に面倒なのは事実だ。
そんなことをしたくないというのが、レイの正直な気持ちだ。
とはいえ、尋問をする為にはアンテルムが必要なのは間違いない。
「レイ、終わったの?」
そう言いながら、森の奥から姿を現したのは、ニールセン。
レイがアンテルムと戦っている間、邪魔にならないように姿を消していたのだが……戦いが終わったと判断し、こうして姿を現したのだろう。
「ああ、終わった。見ろ、これならもう妙な真似は出来ないだろ。……義手や義足を手に入れればどうなるかは分からないけどな」
義手や義足といった物はこの世界でもそれなりに発達している。
これは、日本……いや、地球に比べてモンスターとの戦いや、ダンジョンの罠、それに何より人同士の争いが起きることが影響しているのだろう。
とはいえ、一般人が使うような義手や義足はそこまで性能が高いものではない。
外見も、それこそ一目で義手や義足と認識出来るような代物が大半だ。
しかし……これがマジックアイテムの義手や義足となると、話は変わってくる。
外見は人間の手足と変わらず、それどころか腕や足と繋いで感覚もあるような義手や義足を作ることが出来るし、中には武器を仕込んだりといったような冒険者や兵士が使うような義手や義足もある。
アンテルムはランクA冒険者にして、貴族の血を引く者である以上、もしかしたら失った手足の代わりにそのような義手や義足を入手出来る可能性もない訳ではない。
(捕らえられて牢屋とかに入れられる以上、そういう特殊な義手や義足を入手するのは難しいだろうけど)
当然の話だが、もしアンテルムが義手や義足を手に入れるとしても、捕らえられた状態で武器にもなるような特殊なマジックアイテムの義手や義足を入手出来る筈はない。
……そもそも、ゾルゲラ伯爵家の一件や妖精のことを知った件から考えて、可能な限り素早く処刑をするのが妥当だろうと、そうレイには思える。
レイの前では圧倒されたアンテルムだったが、それでもランクA冒険者なのだ。
四肢がない状態でも、何らかの手段で相手に危害を加えるといった方法を思いつかないとも限らない。
「連れていくしかないか。……セト、お前も不満だろうけど、こいつを持ってダスカー様に会いに行くぞ。今は気絶しているからいいが、下手に目を覚ましたら、間違いなく面倒になる」
「グルゥ? ……グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは少し迷った様子を見せる。
セトにしてみれば、アンテルムは自分をレイから引き離そうとした相手だ。
そんな相手を連れて……レイの言うように持って移動したいかと言われれば、その答えは否だ。
それこそ、もしこうして頼んできたのがレイでなければ、すぐにでも殺していただろう。
レイもそんなセトの気持ちが分かったのか、セトを落ち着かせるように撫でながらことばを続ける。
「セトがアンテルムを憎む気持ちは分かる。けど、このままアンテルムを領主の館に連れて行けば、もう二度と顔を見ることはない筈だ」
そんなレイの言葉を聞いても、すぐには頷かないセト。
いつもであれば、レイの言葉ならすぐにでも頷くのだろうが……それでもここですぐに頷かない辺り、セトがアンテルムに対して決して許せないと、そう思っていることの証だろう。
それでもレイが撫でながら、自分達でアンテルムに引導を渡してやろう。
そう言うと、セトは渋々……本当に渋々ではあったが、頷く。
「ニールセン、俺は一旦ギルムに戻るけど、お前はどうする?」
「うーん……悪いけど、私はここに残るわ」
そんなニールセンの言葉は、レイにとっては驚きだった。
ニールセンの性格から、自分と一緒にギルムに戻ると言うのだとばかり思っていたのだ。
「そうなのか? それは意外だな。てっきりギルムに戻るって言うのかと思ったんだが」
「あのね、言っておくけど私は妖精の中でもそれなりに偉いのよ?」
「だろうな。……正直、信じられないけど」
レイの言葉に不満そうな様子を見せるニールセンだったが、実際にマジックアイテムによって長と通信が出来るとはいえ、交渉の全権を任せられていることから、相応の地位にいるというのは明らかだった。
残念ながら、レイには妖精の中の階級というのが具体的にどのようなものなのかは、分からなかったが。
「信じられないって何よ、信じられないって。……まぁ、いいけど。取りあえず色々と報告したり相談したりといったことをする必要があるから、明日また迎えに来てちょうだい」
「もし来ないって言ったら?」
「それならそれでいいわよ? 私が勝手にギルムに行くだけだし」
「ずるい!」
「私達も連れて行ってよ!」
「おーぼーだ!」
ニールセンの言葉の後に、そんな声が響く。
誰が言ってるのかというのは、考えるまでもない。他の妖精達だ。
そんな妖精達に、ニールセンも色々と言い返していたが……レイは、取りあえず明日は地下空間でグリムと話してから、こっちに来ようと判断するのだった。
結局、今夜――もしくは日付は変わってるから昨夜と言うべきか――は対のオーブを使ってもグリムが研究に集中している為か、連絡がとれなかったのも気になったので。