2480話
時は戻り、レイがセトに乗ってマリーナの家の中庭から飛び立った後、マリーナはすぐに行動に出る。
「皆、いるわね?」
そんなマリーナの言葉に、エレーナ達は当然のように姿を現す。
レイがニールセンによって起こされただけなら、ここまで起きるといったようなことはなかっただろう。
だが、レイがセトに乗って中庭から飛び立っていったとなれば、そんな騒動に家の中にいた者達が気が付かない筈がない。
レイから発せられた闘気とも呼ぶべき雰囲気。
それで起きないような者は、この家の中にはいない。
それこそ、普段は決して夜に強い訳ではないので、比較的早く眠りに就くビューネですら、起きていたのだ。
レイの様子がとてもではないが普通でなかったというのは、明らかだった。
「うむ。それで? 具体的には何があった?」
代表して口を開いたのは、エレーナ。
今の状況から、一体何があっても……それこそ、ギルムにモンスターの群れが襲ってきてもおかしくはないと判断したのか、いつ何があっても対処出来ると、そう言わんばかりの様子だ。
ヴィヘラはヴィヘラで、もしかしたらレイが慌てて飛び出すような強敵でも襲ってきたのではないかと、強者との戦いを楽しみにしている。
「まず一つ。問題が起きたのはここじゃなくてトレントの森よ。ギルムには特に異常はないわ」
その言葉に、エレーナは安堵した様子を見せ、ヴィヘラは残念そうな様子を見せる。
二人の両極端な反応を見つつ、マリーナは言葉を続ける。
「トレントの森にある妖精の住処で何かあったらしいわ。恐らく、密猟者か何かに見つかったんでしょうね」
「妖精のことを知っている者は少ない筈では?」
「そうね。でも別に妖精を見つけようとしてトレントの森に忍び込んだ訳じゃないんでしょうね。ダスカーが何らかの理由でトレントの森に無許可で近付くことを禁止している。そうなれば、誰であれそこに何かがあるというのは予想出来るでしょ? ……実際、色々とある訳だし」
そう、現在のトレントの森は、生誕の塔や湖、異世界に通じている地下空間、そして妖精と、とてもではないが公に出来ないことが多数ある。
厄介事が一ヶ所に集まっている……と言ってもいいだろう。
そのような場所だけに、もしかしたら何かお宝があるのかもしれないと、忍び込む者がいてもおかしくはなかった。
事情を聞いていない以上、詳しいことは分からない。
だが、それでもレイがあそこまで切羽詰まった様子を見せていたということは、間違いなく相当の出来事があった筈だった。
……妖精の集落を探している者がいるとニールセンはレイに言っていたのだが、残念ながらマリーナがレイの部屋に到着したのはその直後のことで、事情は聞いていなかった。
「とにかく、トレントの森に……そして恐らくは妖精関係で何かがあった可能性が高い以上、レイを急いで向かわせるのは当然の処置よ。けど、無許可でそんな真似をすれば処罰されるのも事実。……そんな訳で、私はこれから領主の館に行ってくるけど、皆はどうする?」
そうマリーナが尋ねれば、真っ先に行くと口にしたのはヴィヘラだ。
状況が分からない以上、もしかしたらトレントの森に強敵がいるかもしれない。
であれば、その情報を少しでも早く得て、強敵と戦える可能性を少しでも上げたいと、判断した為だ。
「私は行くわ。……ビューネは、寝てなさい」
「……ん……」
いつもであれば、ヴィヘラの行く場所なら一緒に行きたがるビューネだったが、寝ているところを起きた為に、まだ強い眠気に襲われている。
もう少し時間が経てば多少は眠気も収まるのかもしれないが、今は眠気の方が圧倒的に優勢だ。
また、眠気が収まったとしても、それはあくまでもそう思っているだけで、日中と同じだけの能力を発揮するのは難しい。
ビューネもそれが分かっているのか、ヴィヘラの言葉に素直に従う。
「そう、ヴィヘラは行くのね。エレーナとアーラはどうする?」
「残念だが、貴族派の代表としてここに来ている以上、私は一緒に行くわけにはいかない。もしこの件が後々知られるようなことにれば、ダスカー殿の迷惑になるかもしれん」
エレーナは残念そうにそう告げる。
エレーナも愛する男の件である以上、出来れば自分も行きたいと思う。
だが、今の状況で自分が領主の館に押しかけても、それは特に意味のない行為なのだ。
また、それ以外にもエレーナがこうしてマリーナの家に残ると決めた理由がある。
「それに、アンテルムだったか。その男がここを襲ってくる可能性は消えた訳ではないだろう? であれば、誰かが残っていざという時に備える必要がある」
実際にはアンテルムこそがトレントの森で妖精を探しているのだが、その辺の事情をエレーナ達が知ることが出来ない以上、今はアンテルムが襲ってくる可能性を考えない訳にはいかない。
何しろ、ゾルゲラ伯爵家の屋敷にいた者達を皆殺しにしたような相手だ。
そのような存在がまだ捕まらずにいる以上、アンテルムが狙っているセトが住むマリーナの家を守る者は絶対に必要だった。
だからこそ、今の状況においてエレーナはここに残ると、そうマリーナに言ったのだ。
「そうね。私もここを守る人がいてくれるのは嬉しいわ。じゃあ、お願いするわね。……ヴィヘラ、行くわよ」
「ええ。さて、一体何があったのかしらね」
マリーナとヴィヘラは、そう言いながら素早く身支度を調えて家を出るのだった。
「……それで、こんな真夜中に一体何の用だ?」
領主の館にある客室。
そこで、ダスカーはマリーナとヴィヘラの二人と会っていた。
当然だったが、こんな真夜中にいきなり領主の館にやって来て、ダスカーに会わせろと言ってもそう簡単には受け入れられない。
それこそ、本来なら怪しい奴ということで捕らえられてもおかしくはないのだが……門番をしていた者は、マリーナが元ギルドマスターだという話を知っていたし、それ以外にもマリーナがダスカーを子供の頃から知っていて、長い付き合いだというのも先輩から話を聞いて知っていた。
そのおかげで、怪しい奴と判断されて捕まり、牢に入れられるといったようなことはなかった。
……それでも、こうして実際にダスカーと会うまでは相応の時間を必要としたのだが。
「そうね。私もこんな真夜中に何の意味もなくダスカーに会いに来た訳じゃないもの。率直に言わせて貰うわ。連絡が入ってるかどうかは分からないけど、レイをセトに乗せて私の家の庭から空を飛ばせてギルムの外に出したわ」
そう言われても、ダスカーは特に驚くような様子はない。
マリーナの言葉を吟味するように少し考え、マリーナの隣に座っているヴィヘラに視線を向ける。
マリーナの話の内容はともかく、何故そのような話をするのにヴィヘラがやって来たのか、と疑問に思ったのだろう。
もっとも、ヴィヘラの正体――という表現は正しくないのだろうが――を知っているダスカーにしてみれば、わざわざそれを聞くといったような真似をすることはなかったが。
代わりに口にしたのは、別のことだ。
「そうか。何かがギルムの中から外に向かって飛んで行ったという話は聞いていたが……セトだったか」
「あら、やっぱりもう連絡が入ってたのね」
言葉では驚いたように見せ掛けるマリーナだったが、表情はそのくらいの連絡は入っていて当然といった様子だ。
実際、今日はアンテルムを捜すという意味で、夜にも関わらず外を動き回っている者は多い。
そんな者達が多い以上、空を飛ぶセトの姿に気が付いた者がいてもおかしくはない。
「ああ。その件で起こされたんだからな」
「私達が起こした訳じゃなかったのね。なら、安心したわ」
「……で? 何でそんな真似をした? そのような真似をしてはいけないというのは、マリーナなら十分知ってる筈だが?」
そう言いながらも、ダスカーにマリーナを責める様子はない。
それこそ、マリーナがそのようなことを許可するのだから、何かそうしなければいけない理由があったのだろうと、そう思っているからだろう。
子供の頃からの付き合いである以上、ダスカーもマリーナの性格は知ってる。
何の意味もなく、夜中にレイをセトに乗せて門からではなく城壁の上から出す……などといった真似をするとは、思えなかったのだ。
マリーナもそんなダスカーの言葉に頷き、レイにそのような真似をさせた事情を口にする。
「どうも、トレントの森で問題が起きたようなのよ。それもニールセン達、妖精の関係で」
「……何?」
マリーナの言葉に、ダスカーは低い声で返す。
ダスカーにとって、ニールセンを始めとした妖精達は、大きな意味を持つ。
それこそ、ギルムの増築工事が終わった後で色々と目玉的な存在になってくれるかもしれない相手だ。
それがなくても、妖精の作ったマジックアイテムを入手出来る可能性もある。
それらの理由を考えると、妖精という種族は悪戯こそ厄介だが、それでも守るべき存在なのは間違いなかった。
「誰がそんな真似を? ……というか、何故ニールセンにはそれが分かったんだ?」
「マジックアイテムらしいわね」
そう言われれば、ダスカーも素直に納得出来た。
妖精の作るマジックアイテムの効果は非常に高い。
それを知ってるからこそ、ダスカーも何とか定期的に入手して、それをギルムで売るといったようなことを考えているのだから。
「そうか。……分かった。今回の件は特例として認めよう。妖精が危険だというのなら、寧ろそれを助けに行ってくれたレイには感謝するしかないしな」
「ダスカーならそう言ってくれると思ったわ」
マリーナの言葉に、ふと気になったのか隣で話を聞いていたヴィヘラが口を開く。
「もしレイを罰すると言っていたら、どうしたの?」
「そうね。取りあえずポーションの涙事件について……」
「言わない! 言わないから、それ以上言うな!」
ダスカーが即座にそう言い、マリーナの言葉を途中で強引に遮る。
その先は絶対に言わせないと、そう態度で示した形だ。
そのような態度が、余計にヴィヘラの興味を惹くのだが……ダスカーはそんなヴィヘラの様子に気が付いた様子もなく、マリーナに向かって口を開く。
「その件については絶対に言わないってことになってただろ? なのに、何でそんな風にあっさりと言おうとするんだよ」
「あら、別にあっさりじゃないわよ? レイの関することだからに決まってるじゃない」
それだけレイという存在が重要なのだと、そう言ってるのだろうが……ダスカーにしてみれば、それで許容出来る問題ではない。
「お前、それに関しては言うなよ。絶対に言うなよ」
もしここにレイがいれば、日本でのことを思い出し、これは振りか? と思ったことだろう。
それだけ、ダスカーの言葉は露骨だった。
(だからこそ、興味を惹くなという方が無理だと思うんだけど。……まぁ、ダスカーをからかうのはその辺にしておきましょうか。ヴィヘラの興味も別の方向に移さないといけないでしょうし)
本音を言えば、もう少しダスカーとのやり取りをしても面白いと思ったマリーナだったが、今はそれよりもトレントの森の一件をどうにかする方が先だろうと……そして、ヴィヘラが自分と一緒に来た疑問を解消しておく方が先だった。
「それで、肝心のトレントの森についてだけど……何かそれらしい情報は入ってない? レイとセトの情報がそこまで素早く入ってるんだから、トレントの森の一件に関しても色々と情報が入ってるんじゃない?」
取りあえず自分の黒歴史については、これ以上話題にならないと判断して安堵したダスカーだったが、マリーナの言葉には首を横に振る。
「無茶を言わないでくれ。そもそもの話、セトの件はアンテルムを捜す為に警備兵や俺の手の者が出ていたからこそ、見ることが出来たんだ。トレントの森は……日中ならともかく、今この状況で情報を入手しろというのは難しい」
辺境の夜に、ギルムの外に出るという時点でかなり危険なのだ。
そのようなことが出来る者は、当然のようにそこまで数はいない。
……冒険者であっても、夜にギルムの外に出たいと思う者はそう多くないのだ。
それこそ、辺境であるが故にどのようなモンスターが襲ってくるかも分からない。
場合によっては、それこそランクAモンスターが不意に現れてもおかしくはない場所が、辺境なのだから。
「ただ……今のこの状況でそのような騒ぎを起こす者がいるとすれば、俺は一人心当たりがある。もしそれが当たっていたら、厄介な……本当に厄介なことになると思うがな」
「アンテルム……ね」
マリーナのその言葉に、ダスカーは黙って頷くのだった。




