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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精事件
2476/3865

2476話

「全く、アンテルムはどこにいるのかしらね」


 不満そうに言いながら、ヴィヘラは果実水の入ったコップを口に運ぶ。

 白い喉が艶めかしく動く様子を見たレイは、そこから視線を逸らしながら口を開く。


「それが分かれば、とっくに俺とセトが突っ込んで行ってる。結局今日はヴィヘラ達の方でも見つけることはできなかったんだろ?」

「それは……残念ながら、そういうことになるわね」


 はぁ、と。

 憂鬱そうな様子で、ヴィヘラは夕食の干し魚を使ったサンドイッチに手を伸ばす。

 見た目は全く違うのだが、味はどことなくツナサンドに近いそのサンドイッチは、多くの人がギルムに集まるようになったからこそ、今までギルムにはなかった料理が屋台や食堂で売れられるようになっており、そんな屋台の一つで買ってきたものだ。


「せめてもの救いは、アンテルムにニールセンのことが見つからなかったことかしらね」


 夏野菜のスープを味わいながら、マリーナは嬉しそうに料理を食べているニールセンに視線を向ける。

 もしニールセンがアンテルムに見つかっていた場合、それこそ一体どんな騒動になっていたのかということを考えてのものだろう。

 実際に、そんなマリーナの言葉には皆が賛成だったらしく、その言葉に異論を唱える者はいない。

 今の状況を思えば、騒動の種となるニールセンの存在というのは、出来るだけアンテルムに……いや、それ以外にも妖精の一件を知らない者には見つかりたくない。

 それこそ、もし妖精がギルムにいるいう情報が広まれば……あるいはトレントの森に棲み着いているという話が広まれば、それこそミレアーナ王国中……いや、それどころか周辺諸国からも大勢が妖精を求めてやって来ることになるだろう。

 ただでさえ増築工事の為に人が多くなっているのに、妖精の情報を欲して多くの者が集まればギルムは完全に飽和状態になる。

 そう考え……ふと、レイは疑問を抱く。


(あれ? じゃあ、もしかしてギルムの増築工事が終わった後なら、妖精の情報を流して人を呼び込んでもいいのか?)


 当然の話だが、増築工事が終わればギルムは広くなる。

 それこそ、現在とは比べものにならないくらいに。

 そして、増築工事が終われば当然の話だが仕事がなくなる訳で、集まっていた人々も他の仕事を探しに行くなり、故郷に帰るなりといったことをする。

 勿論、帰る場所のない根無し草の場合は、そのままギルムに定住する者もいるだろう。

 実際、ダスカーは定住を奨励しているのだから。

 だが、それでもギルムに……辺境に残りたいという者はそこまで多くはない。

 金を稼げる場所ではあるが、それは同時に危険があるということも意味しているのだから。

 辺境のギルムは、まさにハイリスク・ハイリターンといった場所なのだ。

 一時的にならともかく、定住するというのは気が進まないといった者も多いだろう。

 そうなると、増築工事をして広くなったギルムでも、そこに住む者が少なくなる。

 ……香辛料の栽培や、地上船の研究や開発、製造といったように他ではちょっと考えられない仕事もあるので、レイとしては自然と人は集まると思っているのだが……


「レイ? どうしたの?」


 考えに夢中になっていたレイは、マリーナの言葉で我に返る。


「いや、もしかしたらダスカー様は、増築工事が終わった後で妖精の存在を大々的に広めるのかと思ってな」

「それは……ダスカーならそんなことを考えてもおかしくはないと思うけど」


 マリーナも、ダスカーとは長い付き合いだ。

 それだけに、領主として有能なのは十分に理解している。

 そんなダスカーだけに、妖精の存在を大々的に公表して辺境のギルムに人を集めるといったことは、やってもおかしくはないと思えた。


「え? 何? 私達を売るつもり? だとすれば、こっちにも考えがあるわよ?」


 料理に夢中になっていたニールセンだったが、それでも自分達のことになると気になったのだろう。そう言ってくる。


「別にそんなつもりはないから安心しろ。ダスカー様も、わざわざそんな真似をして妖精から恨まれるといった真似は、まずしないだろうし」

「……じゃあ、どういうつもりなの?」

「妖精とギルムの共存……といったところか。勿論、これはあくまでも俺が思いついたことであって、本当にダスカー様がそんな風に考えているのかどうかは分からないけどな。それこそ、もしかしたらずっと妖精のことは秘密にしているつもりかもしれないし」

「いいから、教えてよ」

「……そうだな、人は逃げるから追う。つまり、逃げなければそこまで必死になって追うことはない。なら、妖精の中の誰かがギルムで妖精とはどういう存在なのかを教えるとか。勿論、妖精を捕らえようとする者もいるから、警備とかは万全の準備をする必要はあるが」


 そう告げるレイだったが、実際には妖精には妖精の輪を使った転移能力がある。

 それを考えれば、捕まっても妖精がその気になれば、逃げ出すといったことは容易に可能な筈だった。

 中には、面倒臭くて捕まったままでいるといった妖精もいる可能性があったが。


「そういう感じにすれば、妖精達もギルムに遊びに来る事も出来るし、ギルムも妖精を目当てにした相手で人が集まる。双方にとって、決して悪いことじゃないと思うんだが……どうだ?」


 レイの言葉に、ニールセンは少し考え……やがて嬉しそうにする。

 ニールセンにしてみれば、ギルムという場所は非常に興味深い場所だ。

 だというのに、自分が妖精だからという理由でドラゴンローブの中にいなければならず、好き放題に周囲を見て回ることが出来ない。

 ニールセンにしてみれば、これは最悪の出来事に近いと言ってもいい。

 今の状況を考えればそれは仕方がないというのは分かっている。

 分かっているが、それでも自分で好きなように街中を見て回り、飛び回るといったようなことが出来るのなら、それはニールセンにとって最高の結果だった。


「なるほど、レイの意見には納得出来るところもあるし、悪くないだろう。だが……その場合、妖精の悪戯についてはどうするのだ? それこそ、下手に街中で悪戯をするようなことになれば、死人が出る可能性もあるぞ?」


 元々妖精は悪戯を好む。……いや、半ば本能に刻まれている行為であると言ってもいい。

 今までは、トレントの森にいる樵や冒険者だけがその標的になっていたし、そのおかげで死人が出るようなことはなかった。

 しかし……それでも武器を入れ替えたりといったような、場合によっては冒険者でも死にかねないような、そんな悪戯が繰り返されていたのだ。

 そんな妖精達がギルムで好き放題に悪戯をしたらどうなるか。

 それは考えるまでもなく明らかだろう。


「その辺は……マリーナに何とかして貰うとか?」

「う……」


 レイの言葉に呻き声を上げたのは、名前を出されたマリーナではなく、ニールセン。

 ニールセンにしてみれば、マリーナと初めて会った時の印象が強く、どうしても苦手意識が強いのだろう。


「あら、どうかしたの?」


 満面の笑みを浮かべて尋ねるマリーナに、ニールセンは急いで首を横に振る。


「な、何でもない。何でもないわよ!」

「そう? 何か言いたいことがあったら言ってもいいのよ? その時はしっかりと話させて貰うから」

 そう告げるマリーナだったが、ニールセンはマリーナの言葉は聞こえていない振りをして、料理に集中していた。


「まぁ、こんな感じで……妖精達はマリーナの言葉に逆らうような真似も出来ないし、それを考えれば今回の件はそう悪い話じゃないと思うんだが」

「どうかしらね。でも、結局それはレイの予想なんでしょ? ……ビューネは少し嬉しそうだけど」


 レイの言葉を聞き、嬉しそうに……そして期待している様子を見せるビューネの頭を撫でながら、ヴィヘラが告げる。


(ビューネは嬉しそうだけど、正直なところ……ギルムの増築工事が終わるまで、もう数年は掛かる。その時、ビューネがまだ俺達と一緒に行動しているのかどうかは、正直微妙だろうな)


 今はレイ達と一緒に行動しているビューネだが、本来なら迷宮都市エグジルの中でも重要な家の唯一の生き残りだ。

 エグジルにレイが行った時に起きた諸々の件で色々と問題は起きて、生き残りもかなり少なくなっている。

 そんな中でビューネがレイ達と一緒に行動しているのは、武者修行的な意味もあるし、エグジルで起きるだろうゴタゴタにビューネを巻き込ませないようにという考えからのものだ。

 そしてレイがビューネと行動を共にしてから、何だかんだとそれなりに時間が経つ。

 ビューネは成長が遅く、平均よりも随分と小さい。

 それでも順調に成長しているのは間違いなく、レイの予想ではもう数年でエグジルに戻ることになる筈だった。

 それを思えば、ギルムの増築工事が完了するまでレイ達と一緒にいられるかどうかというのは微妙なところだろう。


「ん!」


 嬉しそうにヴィヘラに言葉を返すビューネを見て、レイは自分で感じている不安を口に出すようなことはしない。

 今そんなことを言ってもビューネを困惑させ、悲しませるだけだと思うし、何よりもそれを言うのは自分ではなくヴィヘラだと思っているからだ。


「それより、話を戻すぞ。ニールセンのこともそうだけど、アンテルムのことだ。結局あいつがどこに行ったのかは、まだ分かってない。出来れば可能な限り早く見つけて、倒してしまいたい。……何かいい案はないか?」

「そう言われても……ギルムにいる警備兵や冒険者が捜しても見つからなかったんでしょう?」


 そう言われると、レイとしても言葉を返すのは難しい。

 今の状況を考えれば、どうにかしてアンテルムを見つけ出す必要があるのは間違いない。

 間違いないんだが、だからといってそれをどうするのかが、問題だった。


「セトの嗅覚はどうだ?」

「……アンテルムの使っている道具とかがあれば、可能だろうけど。ゾルゲラ伯爵家の屋敷にまだそういうのが残ってるのかどうか分からないし」


 エレーナの言葉にレイはイエロと共に食事をしているセトに視線を向ける。


「あら、でもセトはレイと一緒に、一度アンテルムと会ってるんでしょう? なら、そこから臭いを追えないの?」

「無理を言うなよ。アンテルムと会ってから、どれくらいの時間が経ってると思ってるんだ? セトであっても、今の状況から臭いで追跡するのは不可能だ」

「そうなの? ……それはちょっと残念よね。マリーナの方から手を回して、ゾルゲラ伯爵家の屋敷を探すといったことは出来ないの?」

「一応、ダスカーに頼めば出来るかもしれないけど……期待は出来ないわよ?」

「まぁ、そうだろうな」


 ゾルゲラ伯爵家の屋敷にいた者達を皆殺しにしたアンテルムだ。

 当然だが、そのような行為を行うのは初めてではないだろう。

 それだけに、証拠を残さないといったようなことは当然考えているだろう。

 あるいは、アンテルムは私物を自分の為に用意された部屋に置いておかないといったような事をした可能性もある。

 勿論、全ての荷物を完全に持っていったとは考えにくいだろう。

 しかし、ゾルゲラ伯爵家の屋敷で働いていた者の数は相応に多い。

 それだけに、どの荷物がアンテルムの物なのかは分からないだろう。


「結局のところ、やっぱり隠れ家を見つける……というのが一番いいんだよな。それが出来るのかどうかは、分からないが」

「レイの言いたいことも分かるけど、それが難しいからこうしてアンテルムを探す必要があるんでしょう?」


 マリーナのその言葉に、レイも反論は出来ない。

 何故なら、それが一番確実であるというのは間違いのない事実なのだから。

 とはいえ、そのようなことをした場合、ほぼ間違いなく多くの死人が出る。

 アンテルムは、人を殺すということに躊躇しないのだから。

 ……いや、実際には冒険者であればそのような者は多い。

 実際、レイも敵対した相手であれば殺すという行為を躊躇することはなかった。

 それでもこの場合に問題になっているのは、やはりアンテルムの性格だろう。


(今はとにかく、どうにかしてアンテルムを見つける必要がある。……見つけさえすれば、俺が直接倒しに行けるんだけどな。あ、でも今日の子供のように洗脳された奴が出て来ると厄介か。いや、寧ろ俺としてはそれが一番やりにくいんだよな)


 洗脳された相手は、自分の意思でレイを狙っているのではなく、アンテルムの命令によってレイを狙っているのだ。

 そうである以上、レイとしてもそんな相手への対処は難しい。

 そんな風に思いながら、レイはエレーナ達とどうアンテルムを捕らえるのかを相談するのだった。

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