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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精事件
2471/3865

2471話

「……ん?」


 森を流れる風の気持ちよさと、昨日はアンテルムの警戒をしていたこともあって十分に眠れなかったこともあり、レイはいつの間にか眠っていた。

 妖精達の住処の近くで眠っていたのだから、妖精によって悪戯をされてもおかしくはなかったのだが……ニールセンが移動した時に何かを言ったのか、特に悪戯されるようなことはないまま、レイは眠っていたのだ。

 ニールセンにしてみれば、世界樹の巫女のマリーナから、レイに迷惑を掛けないようにと言われている。

 妖精にとって世界樹の巫女という存在は、非常に大事な存在で、同時に畏怖すべき存在でもある。

 ……それがなくても、マリーナという女の性格が、ニールセンにとっては畏怖すべき存在だった。

 また、セトもレイが眠っているのを理解したので、ゆっくり眠らせておこうと、起こすような真似はする訳がない。

 そうして眠っていたレイだったが、何者かが近付いてくる気配を察知し、すぐに目覚めた。

 ここが宿であったり、マリーナの家であったりした場合は、少し寝惚けていたのかも知れないが……幸いなことに、今は外だということもあってか、特に寝惚けるような真似はしない。

 そうして目を開けたレイは、自分の方にゆっくりと近付いてくる存在に気が付き……


「え?」


 目の前にあった光景に、驚きの声を上げる。

 当然だろう。自分のいる場所に向かって近付いてきたのは、ニールセン……はいいのだが、そのニールセンは狼の頭の上に座っていたのだ。

 そしてニールセンが座っている狼は、レイにとっても見覚えのある狼だった。

 それは、寝る前にレイが考えていた狼。

 野生動物としては不思議な程に頭がよく、自分の仲間を生かそうとしていた狼だったのだから。


「お前、どうした……」

「ワウ」


 レイの言葉に反応するかのように、狼は鳴き声を上げる。

 そして狼の頭の上にいるニールセンは、得意げな様子で口を開く。


「ふふん、驚いたでしょ? ……私も最初は驚いたけど」


 どうやらこの狼が妖精達の住処にいたというのは、ニールセンも知らなかったらしい。


「で、何がどうなってそうなったんだ?」

「簡単に言えば、護衛として雇ったらしいわ」

「……護衛として?」


 モンスターならともかく、目の前の狼は知性こそ非常に高いが、純粋な強さとなるとそこまでではない。

 少なくても、レイの目からはそのように思えた。


「そうよ。レイが何を心配しているのかは、分かってるわ。けど、長が護衛として雇ってもいいと判断したのよ。この狼達も、食料の心配はしなくてもよくなるから、歓迎されたし」

「……そういうものなのか?」


 レイは色々と疑問を抱くが、取りあえずここに住む妖精の長がそう判断したのなら、問題はないだろうと考える。

 それに、この狼の知能の高さを考えれば、ここで妙な真似をしたりはしないだろうと思えた。

 飢えて骨と皮だけになっていた狼だったが、今は食料もきちんと与えられるのだから、と。


(妖精がどうやって食料を調達しているのかは……うん、取りあえず考えないことにしておこう)


 妖精の魔法があれば、それこそ動物を捕らえるといったことも出来るだろう。

 また、果実や木の実といったものも、妖精であれば容易に集めることは出来る筈だ。

 ここまではいいのだが……この場合、問題なのはそれ以外の方法で集めた食料だった。

 具体的には、トレントの森で働いている樵や冒険者達の弁当を奪ってとか。

 勿論それは魔法を使った悪戯という形でだ。

 掌サイズ程の大きさで、妖精の輪を使った転移も可能なのだ。

 冒険者や樵達が身につけているような物であればまだしも、仕事の邪魔になるとどこかに置いてあるような代物であれば、盗み出すのはそう難しい話ではないだろう。

 ……冒険者達がレイのミスティリングのようなマジックアイテムを持っていれば、また話は別だったが。


(あ、でもここに配属されたということは、ギルドからも信頼出来て、腕も立つ冒険者と認められている筈だ。なら、アイテムボックスは無理だが、エレーナが使っているような簡易版なら入手出来てもおかしくないんじゃないか?)


 そんな風に思うが、簡易版の方は収納出来る量も限られている。

 そこに弁当を収納するような余裕があるかと言えば……それは難しいところだろう。


「まぁ……その、何だ。お前が不満じゃないなら、それでいいんだけど。妖精達の護衛……ある意味で飼い狼になってもいいのか?」

「……ワウ……」


 レイの言葉に返してきたのは、微妙な……本当に微妙な鳴き声だ。

 狼も本来なら妖精に飼われるといったようなことはしたくないらしい。

 それでもこうして飼われることを受け入れてるのは、自分の群れを飢えさせる訳にはいかないからだろう。


「お前が納得してるなら、それでいい。じゃあ、ここの護衛を頑張ってくれよ。……で、ニールセン。約束の物は?」


 レイは狼が無理矢理そのような事をしている訳ではなく、自分で納得の上なら問題はないと判断し、ニールセンに視線を向ける。

 元々今日レイがニールセンをここまで連れて来たのは、ニールセンを無事に送るというのもあったが、それ以上に妖精達が作ったマジックアイテムを欲してというのが大きい。


「分かってるわよ。……はい、これ」


 そう言い、ニールセンは狼の背中から自分の半分程の大きさの緑の石を取り出す。

 緑の宝石としてはエメラルドが有名だったが、ニールセンが持っているのは宝石ではなく、ただの石だ。


「……これがマジックアイテムなのか?」

「ええ」

「本当にこれが?」

「しつこいわね。これが世界樹の巫女に渡すマジックアイテムで間違いないわよ」


 レイの言葉に、疑われたニールセンが不満そうに言う。

 だが、何度か妖精の悪戯に引っ掛かっているレイとしては、これが本当にそんなマジックアイテムなのかどうか、疑わしく思ってしまうのも当然だろう。

 少なくても、レイから見てそこまで重要そうなマジックアイテムには思えないのだ。

 レイが前もって聞いている話だと、妖精の作るマジックアイテムは非常に強力な代物が多いという話だった。

 それにしては、目の前にある緑の石がそんな大層なマジックアイテムには見えない。


「言っておくけど、もしこれが偽物だったりしたら……間違いなくマリーナは怒るぞ?」


 びくっ、と。

 マリーナが怒るという言葉を聞いたニールセンは、一瞬硬直する。

 昨日の一件で、マリーナが怒るとなると一体どのようなことになるのか、自分でも薄々理解しているのだろう。

 レイもそれを理解しているからこそ、このマジックアイテムが偽物だとは本心では思っていないのだが。


「大丈夫よ、本物だから」

「……分かった。で、使い方は?」

「それは私が直接教えるわ」

「……は? いや、だから俺に教えるんだろ?」

「何を言ってるの? 世界樹の巫女……マリーナに私が直接教えるに決まってるじゃない」

「ちょっと待て」


 ニールセンの言葉の意味が理解出来ず、レイは少し考え……やがて口を開く。


「もしかして、ニールセンは今日もマリーナの家に泊まるつもりか?」

「え? 当然じゃない」


 さもそれが自然なことであるかのように、何故自分がそんなことを聞かれるのか分からないといった様子でレイに告げるニールセン。

 だが、レイはマリーナからそんな話を聞いていなかった以上、一体いつの間にそのようなことになっていたのかと、そんな疑問を抱く。


「当然なのか? 一応聞いておくけど、マリーナから許可は貰ったんだよな?」

「勿論よ。何も言わずに押しかけるような真似が、出来る筈ないでしょ?」


 ニールセンにとって、マリーナは絶対に怒らせるべき相手ではない。

 ……そんな相手の家に、何故二日続けて泊まりたいのかというのは、レイにも疑問だったが。

 いや、正確にはその理由は分かっている。

 ニールセンにとって、ギルムという場所はこのトレントの森よりも楽しい場所だったのだろう。

 それを理解しているからこそ、ニールセンはマリーナという畏怖すべき存在の家であっても、泊まりたいのだろうと、そうレイには思えた。

 そこまでする必要があるのか? という思いがあったのは、間違いのない事実だが。


「マリーナから許可を貰ってるなら、俺からは別に何も言うことはないが……」


 何しろ、現在レイが寝泊まりしているのはあくまでもマリーナの家なのだ。

 その家主のマリーナが許可を出しているのなら、レイがどうこう言うつもりはない。


(それに、マリーナがいるのなら、ニールセンも妙な悪戯は出来ないだろうし)


 妙な悪戯をされないのであれば、レイとしてもニールセンがいるのは別に構わない。

 難点としては、これから地下空間に行くのが難しくなったといったところか。


(けど、そっちが一番の問題だな。昨日も地下空間には行けなかったし、さすがに二日連続で顔を出さないのは色々と不味い。……かといって、ニールセンを連れていく訳にはいかないし)


 好奇心旺盛で気分屋の妖精だ。

 それこそ異世界に繋がっているといった場所に向かったら、レイが止める声も聞くまでもなく、異世界に向かいかねない。

 そして空を飛ぶニールセンが、あの草原の世界に行けば……それが一体どうなるのかは、それこそ考えるまでもない。

 アナスタシア達を助けようとした時よりも、更に見つけるのが大変になるだろう。

 そういう意味では、ニールセンはアナスタシア以上に地下空間に連れていってはいけない人物だった。


(そうなると、誰かにニールセンを預ける? けど、そうなると誰に預けるかだな)


 そもそも、ニールセンのことを……つまり妖精のことを知っている者が、非常に少ない。

 情報が漏れることを考えたという点では、ダスカーの判断は正しかったのだろう。

 だが、その為にニールセンを誰に預ければということで、レイが迷うような事態になってしまった。


(家にいるエレーナとアーラは、他の貴族とかが会いに来ているらしいから、そこでニールセンの姿が見られるとどうしようもない。マリーナは……それこそ、診療所で忙しい。そこで悪戯されようものなら、多くの者が死ぬ可能性がある。それにニールセンがマリーナを怖がってるし。ヴィヘラとビューネも、街中の見回りである以上は、見つかる可能性が高くなってしまう)


 こうして考えると、レイの仲間は全員が全滅だった。

 そうなると、次に思い浮かべるのはダスカーだろう。

 というか、残りはダスカーしか存在しないというのが正しい。

 レイにとっては最後の手段ではあるが……ニールセンを連れていけば、間違いなく面倒なことになってしまうだろう。

 かといって、妖精のことを多少なりとも知っているアナスタシアは……それこそ、地下空間にいる以上、レイが一番避けたい考えだ。

 というか、アナスタシアに会わせてもいいのなら、別に誰かにニールセンを預けるといったようなことを考える必要もない。


(そう考えると、結局俺は地下空間に行けないか。そうなると、今夜にでも対のオーブを使って連絡をしてみるか? そうすれば、一応グリムから情報を聞くことが出来るし。……とはいえ、やっぱり実験結果とかは自分の目で見た方が分かりやすいのも事実なんだよな)


 レイにしてみれば、ドラゴニアスの死体が素材として使えるかどうかを確認出来るというのは、非常に大きな意味を持っていた。

 何しろ、現在ミスティリングの中には大量に……それこそ、数え切れない程にドラゴニアスの死体が入っているのだから。

 その辺りの事情を考えると、グリムの実験はそれらが役立つ素材となるとか、全く意味のないゴミとなるか……まさに、運命の分かれ道といった感じだ。

 ましてや、七色の鱗のドラゴニアスを始めとした死体も結構な数が収納されているのを思えば、それは非常に大きな意味を持つ。


(うん、そうだな。グリムの邪魔はしない方がいいか。直接地下空間に行くんじゃなくて、対のオーブで尋ねよう)


 ニールセンを地下空間に連れていった場合、下手をすればニールセンにグリムが見つかってしまう可能性があり……そうなれば、恐らくグリムがニールセンを片付けるという行為を躊躇しないと、そう思えた。

 それだけに、レイは半ば無理矢理自分に言い聞かせるようにしながら、トレントの森を出ようとする。


「わう」


 ……そして、何故かそんなレイとセト、ニールセンの側には狼のリーダーの姿があった。


「お前、俺達と一緒に来てもいいのか? 群れの面倒を見た方がいいと思うんだが」


 そう告げるレイだったが、狼はレイを送るのが自分の仕事だとでも言いたげに、レイと一緒にトレントの森の外側まで一緒に移動するのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 異世界だからと言えばそれまでですが、狼と会話が成立してるのが当たり前になってる。
[気になる点]  それでもこうして飼われることを受け入れてるのは、自分の群れを植えさせる訳にはいかないからだろう。 飢えさせる? 多くの者が死ぬ狩野絵師がある。 可能性?
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