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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精事件
2467/3865

2467話

 静かな夜、風の流れる音だけが聞こえてくる中、レイはマリーナの家の中庭でセトに寄り掛かりながら星空を見ていた。


(風……風か。こうして風が吹いてくるってことは、マリーナに頼まれた風の精霊が気を利かせたのか?)


 マリーナの家は、精霊によって快適にすごせるようになっている。

 それだけ、本来なら風が吹くといったようなことはあまりない。

 勿論、マリーナがそうして欲しいと頼めば風を入れるようなことはするだろうが。


(最近は熱帯夜らしいしな。……そのせいで寝不足で、仕事中につまらない失敗をして怪我をする奴も多いってマリーナが言ってたし)


 夕暮れの小麦亭のような高級宿とまではいかないが、それでもある程度高級な宿であれば、マジックアイテムを使って夜も快適に眠るといった真似が出来る。

 だが、安宿に泊まっている者達……もしくは、安宿にすら泊まれず工事現場の近くに急遽建てられた小屋の中で雑魚寝をしている者達にとっては、夜になっても気温が下がらず暑いままというのは、寝ようと思っても眠れなくて困るだろう。


(日本にいた時も、熱帯夜とかあったけど……俺の住んでいた場所だと、そこまで関係なかったしな)


 実際、レイが住んでいたのは東北の田舎で、それも山の近くだ。

 その立地上、真夏でも朝方には肌寒いといったようなことも珍しくない。

 日中も、一応気温は三十度くらいまで上がるのだが、川が近かったり山が近かったりすることもあってか、その気温程に暑いとは感じない。

 少なくても、TVで見た都会のように夜になっても三十度を下回らないといったようなことはなかった。

 ……日中に暑ければ、川で泳ぐといったようなことも容易に出来るのは大きい。

 レイにとって夏の厄介さというのは、気温よりもどこからともなく入ってくる虫だった。

 蚊取り線香を使っても、全く効果がない……そんな虫。

 蚊ではない虫なのだから、蚊取り線香が効かなくてもおかしくはないのかもしれないが。


「グルルゥ?」


 レイが夜空を見て何かを考えているのに気が付いたのか、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイが何かに集中している姿は格好いいと思うが、自分とも遊んで欲しいという思いも強いのだ。

 そんなセトの様子にレイも気が付いたのか、そっと頭を撫でてやる。


「別にセトのことを忘れていた訳じゃないから、気にするなって」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 自分が寄り掛かっているセトの身体を撫でながら、レイは言葉を続ける。


「今日は今日で色々と忙しかったけど、明日は明日でまた忙しくなりそうだと思わないか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは素早く鳴き声を上げる。

 セトにしてみれば、今回の一件は色々と思うところがあったのだろう。

 ……特にアンテルムは自分を狙ってレイを攻撃しようとしたのだ。

 自分が大好きなレイに迷惑を掛けたと思えば、セトにも色々と思うところがあってもおかしくはなかった。

 そんな風にレイはセトと会話をしつつ、夜空を眺めていたのだが……ふと、視界の隅を何かが飛んでいるのに気が付く。


「……ん?」


 最初はイエロがセトと遊びに来たのか? と思ったのだが、イエロは子供だということもあってか、夜は早い。

 それこそ、本能で生きているのに相応しく、基本的には夜になると早い時間に眠ってしまうのも珍しくはなかった。……もっとも、その割には時々妙に目が覚めているのか、かなり遅くまで起きている時もあるのだが。

 ともあれ、レイの視界の隅に映ったのはイエロではなく……


「ニールセン?」

「やっほー」


 レイの言葉に、ニールセンは嬉しそうに手を振りながら飛んでくる。

 妙にテンションが高いニールセンは、それこそ見ているだけで楽しい気分になるのは間違いなかったが、数分前まで存在した、夜の夏の雰囲気は一瞬にして消え去ってしまう。


「どうしたんだ? お前は家の中で休む筈だっただろ?」


 普段外で暮らしているニールセンにとって、人が住んでいる建物というのは興味深いのだろう。

 ダスカーの領主の館や、幾つかの店に入った時もそうだったが、ニールセンはかなりテンションが高い様子でマリーナの家の中を飛び回っていた筈だ。

 なのに、何故ここにこうしてやって来たのか。

 そんな疑問を抱くも、テンションの高いニールセンを見ていれば何となく理解出来た。

 ……ニールセンから漂ってくるアルコールの臭いで考えるまでもなく明らかだったが。


「あははー。ただ、ちょっと暑くなってきたから、外に出てみたのー」


 そう言いながら飛ぶニールセンだったが、蛇行運転ならぬ蛇行飛行とも呼ぶべき動きで飛んでいた。


「お前……酔ってるな? いやまぁ、今日はもう特に何もやることがないから、酔っていても構わないけど。二日酔いとかにはなるなよ?」

「二日酔いー? 何それー……きゃはははは」


 駄目だ、この様子だと自分が何を言っても全く意味はない。

 そう判断し、結局それ以上は何も言わない事にする。


「取りあえず、十分に涼んだらもう寝ろ。明日はトレントの森に帰るんだからな」


 レイがこうして周囲の様子を警戒しているのは、もしかしたらアンテルムが今夜にでも襲撃にやって来るかもしれないからだ。

 そうである以上、そのアンテルムがやって来た時、そこに妖精のニールセンがいたらどうなるか。

 間違いなく、面倒なことになる。

 セトに目を付けたアンテルムが、グリフォンよりも更に希少なニールセンを見つけるのだ。

 そのままアンテルムを捕らえるか……最悪、殺すといったようなことが出来ればいいのだが、それが出来ずに逃がした場合、アンテルムがどう行動するのかを考えると、嫌な予感しかしない。

 マリーナの家に妖精がいた。

 そう言い触らすような真似をされた場合、ニールセンの存在を隠し通せるかどうかは微妙なところだろう。

 元々、ニールセンは妖精らしく好奇心が強く、そして気紛れだ。

 だとすれば、ギルムにいる冒険者達の多くがニールセンを探せば……興味を惹かれて顔を出すという可能性は決して否定出来ない。


(まぁ、ニールセンの場合は……というか、妖精の場合は妖精の輪を使った転移能力があるから、もし捕まってもすぐに逃げられると思うけど)


 そうは思うのだが、それでも最悪捕まった瞬間殺されるという可能性もあるのだ。

 これがランクD程度の冒険者であれば、見つかって攻撃されてもニールセンはそれを回避して転移で逃げるといったようなことも出来るのだが、アンテルムはランクAだ。

 それも、性格から考えてパーティに入っているとは思えない以上、恐らくはソロでランクAまで上がってきた可能性が高い。

 それだけに、ニールセンが逃げようとしても逃げられる可能性は限りなく低かった。


「取りあえず、お前はもう寝ろ。そうやって酔っ払っていると、明日は厳しいぞ。……二日酔いになってドラゴンローブの中で吐かれたりしたら、俺が困るし」

「うー……何よもう。もう少し私の相手をしてくれてもいいじゃない」


 不満そうに呟くニールセンだったが、それでも自分の今の状況は理解しているのだろう。

 やがて蛇行飛行をしながら家の中に向かう。


「全く、本当に大丈夫か、あれ? ……そもそも、酒なんて何が美味いんだろうな」

「グルゥ……」


 レイの言葉に同意するようにセトも鳴く。

 レイの魔力から生み出されただけに、セトもまた味覚はレイの影響を受けている。

 その為、酒を飲んだりといったことは……出来ない訳ではなかったが、美味いとも思えなかった。

 料理に酒を使うといったものなら、特に抵抗なく受け入れられるのだが。


「まぁ、とにかく……ん?」


 今日はゆっくりしていよう。

 そう言おうとしたレイだったが、不意に自分が寄り掛かっていたセトの雰囲気が変わったのに気が付く。


(おい、もしかして本当に来たのか?)


 敵でも発見したかのような態度を見せるセトに、レイももしかしたらと思ってすぐに動けるようにする。

 だが、五感でセトよりも劣るレイでは、アンテルムが……もしくはそれ以外の何者かいるのには気が付かない。

 とはいえ、アンテルムもランクA冒険者である以上は気配を隠すといったようなことが出来てもおかしくはない……というか、当然だが。

 レイは起き上がり、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 それこそ、いつアンテルムが精霊の守りを突破して敷地内に入ってきてもすぐ迎撃出来るように。


「敵か?」

「……グルゥ……?」


 尋ねるレイに、セトは数秒前の緊張した様子が一変し、戸惑った様子を見せる。

 それはまるで、急に目的としていた敵がいなくなかったかのような……そんな様子。

 そして実際、レイが見た感じではセトがそんな風に感じているのは間違いないように思える。


「セト? 見失ったのか?」


 レイのその言葉に、セトは申し訳なさそうに喉を鳴らす。

 そんなセトの様子を見ながらも、レイは構えている武器をミスティリングに収納する様子はない。


(これはどういうことだ? 何らかのマジックアイテム、魔法、スキルといったもので自分の気配を消したのか、それとも単純にマリーナの家の敷地内から遠ざかったのか。……どっちも可能性としては十分にあるんだよな)


 そう悩むも、現状を思えば出来ることはそう多くはなく……


「セト、俺は少し家の周りを見回ってくる。もしその間にここに敵が来たら、任せてもいいか?」

「グルゥ? ……グルルゥ!」


 レイの言葉に最初は一人で大丈夫? と心配そうな様子を見せたセトだったが、それでもすぐレイの言葉に頷く。

 レイが心配だったのは事実だが、それでもレイの実力を信じてのことだろう。

 そんなセトの頭を一撫でしてから、レイは中庭を歩き始める。

 精霊が守っている以上、アンテルムのような存在を完全に防ぐのは無理でも、強引に突破された場合は何か違和感があってもおかしくはない筈だった。

 例えば、精霊の悲鳴のような何かを聞くといったように。

 だが、今のところそのような様子はない。

 相手が何をするにしても、今の自分であればそれに対処出来る。

 そう思いながら、まずレイが向かったのはこの家の玄関のある方向。

 何らかの理由でこの家の敷地内に入るのであれば、普通ならわざわざ正面から来るような真似はしない。

 しないのだが、相手はアンテルムだ。

 自分の望みを叶える為に、何故わざわざそのような真似をしなければならないのか。

 そんなことを考え、正面から堂々と来るような真似をしてもおかしくはない。


(それだったら、まだ対処する方としては楽なんだけどな)


 正面から戦うのなら、アンテルムと戦っても負ける気はしない。

 ただし、それはあくまでも正面から戦った場合での話だ。

 正面から戦うのではなく、向こうが搦め手で来た場合は一体どうなるか。

 レイがアンテルムと接した時間は、それこそ数分……十分かそこらだ。

 そんな短い時間だけに、本当にアンテルムの性格を理解しているのかと言われれば、レイも素直に頷くことは出来ないだろう。

 だがそれでも、その短い時間接しただけでアンテルムの性格の大まかな部分は理解出来てしまう。


「さて……うん、いないな」


 マリーナの家の玄関、正確には敷地内に入る場所までやって来たレイだったが、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、そこには誰の姿もない。


「見られないうちに戻った方がいいな」


 もう少し周囲の様子を警戒したかったところだが、今のレイはデスサイズと黄昏の槍を持っている。

 夜となったこの時間に、貴族街で武器を持っている人物。

 それも鞘に収めてある長剣といった訳ではなく、刃を剥き出しにした武器だ。

 貴族街を見回っている者がレイの姿を見つければ、それこそ強盗の類だと思ってもおかしくはない。

 ……とはいえ、このギルムにおいてもデスサイズのような大鎌を使っている者は少ない。

 いや、少ないどころか、レイは自分以外には見たことがなかった。

 現在のギルムの人数を考えると、もしかしたら大鎌を使っている者もいるかもしれないが。

 そして、レイはデスサイズの他に黄昏の槍も持っている。

 そんな二槍流をしている者など、それこそ大鎌を使っている者よりも少ないだろう。

 そしてレイがマリーナの家に住んでいるというのは、それなりに知られている。

 その辺りの事情を考えると、マリーナの家の前にいるのがレイであると知っている者なら、特に責めたりはしないだろうが。


「ともあれ、ここにはいないか」


 そう呟き、他の場所も見回ってみるが、敷地内にアンテルムの姿はない。

 結局アンテルムはこの家の近くまではやって来たが、結局敷地内に入ることはないままに消えたのだろうと、レイはそう判断するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い
2021/01/05 12:42 退会済み
管理
[一言] アナスタシアとファナ 忘れた
[気になる点] 少なくても、TVで見た都会のように夜になっても三十五度を下回らないといったようなことはなかった。 三十五度→二十五度 熱帯夜の基準は25℃です。35℃の夜は恐ろしくまずい状態です…
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