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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精事件
2465/3865

2465話

「あー……やっぱり駄目だったか」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。

 そんなセトの頭を撫でながら、レイは気にするなと慰める。


「元々ダーラウルフは低ランクモンスターなんだ。その魔石でスキルを習得出来ないのは自然なことだからな。……久しぶりだったから、期待したけど」


 ドラゴニアスの女王の核……魔石に似ている何かによって、デスサイズは地形操作のレベルが上がった。

 だから今度はセトがと、そう思ってダーラウルフの魔石をセトに与えたのだが、残念ながら何も習得出来ずに終わってしまう。

 レイとセトにとって、非常に残念な結果だったのは間違いない。


「グルルゥ?」


 本当? 怒ってない? と、レイに向かって円らな瞳で尋ねるセト。

 レイはそんなセトに頷いて頭を撫でる。


「最近はトレントの森に色んなモンスターが集まってきてたりするし、トレントの森で活動していれば、また未知のモンスターと遭遇出来るかもしれないから、気にするなって」

「グルゥ」


 レイの言葉で元気が出たのか、セトは嬉しそうに鳴き声を上げ……そして不意に顔の向きを変える。

 一体何が? と疑問に思ったレイだったが、セトの視線の先ではレイが出したマジックアイテムの窯を使って、マリーナが料理をしている。

 今日はマリーナにニールセンの相手をして貰う筈だったのに……と思いながら周囲の様子を見ると、マリーナとのやり取りで精根つき果てたといった様子のニールセンが、テーブルの隅で横になっている。

 何も知らない者が今のニールセンを見れば、妖精ではなく人形なのではないかと、そう思ってしまう様子。


(うん、まぁ……あんな状態のマリーナと付き合ったんだから、あんな風になってもおかしくはないか)


 レイにとっては嬉しいことに、ニールセンとのやり取りですっきりしたのか、それとも元からニールセン以外にはそんな様子を見せるつもりはなかったのか、ともあれ今のマリーナはレイの知っているいつものマリーナだった。


「いい匂いがしてきたな」


 セトから遅れること数秒。レイも何故セトが急に窯の方を見たのかを理解する。

 料理を作っているマリーナによって、その窯からは食欲を刺激するような、香ばしい香りが漂ってきているのだ。


「魔石の件は、あの料理を食べて忘れよう。な?」

「グルゥ!」


 レイと同様、セトも食べるという行為は大好きだ。

 ましてや、それが美味い料理であれば尚更に。

 それだけに、マリーナの作る料理を食べるということを聞き、魔石で新たなスキルを習得、もしくはスキルの強化がされなかったということはすぐに忘れる。

 実際に魔石でスキルを習得出来ないというのは、セトやデスサイズが悪いという訳ではなく……相性の問題が大きい。

 もし誰かが悪いのだとすれば、それは運命が悪いと言ってもいいだろう。

 幾らセトが頑張っても、魔石で習得出来ないというのは仕方のないことなのだから。


「取りあえず、あそこの様子を見る限りでは料理が出来るにはまだもう少し掛かりそうだし、セトはイエロと一緒に遊んできてもいいぞ。何なら、ニールセンやビューネも連れていってくれ」

「グルゥ? グルルルゥ!」


 任せて! とそう喉を鳴らすと、セトは早速走り出す。

 とはいえ、ここはある程度の広さがあっても、セトが本当の意味で全速力で走れる程の広さはない。

 セトは本気で走っているように見えて、実際にはかなり加減して走っているのだ。


(ギルムの外に出れば結構な勢いで走ることも出来るから、ストレスが溜まるといったことはないと思うけどな)


 イエロやビューネ、ニールセンといった面々と一緒に中庭の中を走り回っているのを見ながら、レイは椅子に座って何らかの書類を読んでいるエレーナに近付く。


「どうした?」


 そんなレイの気配に気が付き、エレーナは黄金の髪を掻き上げながら尋ねる。

 一瞬その光景に目を奪われたレイだったが、すぐに何でもないと首を横に振って口を開く。


「エレーナが何の書類を読んでいるのかと思ってな」

「見るか?」

「……いいのか?」


 あっさりと渡してきた書類に、レイは少しだけ驚く。

 エレーナが見ているのだから、何か重要な書類なのだと思っていた為だ。


「構わんよ。それに、これはレイも見ておいた方がいい。ゾルゲラ伯爵家の雇っている冒険者と揉めたのだろう?」

「ああ、アンテルムだったな」


 先程、レイは少しその辺りの事情を全員に説明している。

 何しろ、貴族街で揉めたのだ。

 それもアンテルムは貴族出身である以上、レイが住んでいる家の持ち主のマリーナや、一緒に住んでいるエレーナ達も迷惑が掛かるかもしれないと思った為だ。


「うむ。ゾルゲラ伯爵家というのは国王派なのだから、そういう意味では私やレイの共通の敵と言ってもいいな」

「いや、敵って……まぁ、アンテルムは敵だけど」


 周囲からはダスカーの懐刀といった扱いを受けているレイだったが、本人は別にそんなつもりはない。

 そんなレイにとって、国王派だからといってイコール全てが敵という訳でもない。

 国王派の中には、レイと親しい相手も何人かいる。

 例えば、国王派の中でも中心人物の一人、クエント公爵の娘のマルカ・クエント。

 風、水、光の三つの属性の魔法を使うことが出来る魔法の天才。

 ……レイにしてみれば、まだ子供なのに、のじゃという語尾を使うという印象が強いが。

 それ以外にも何人か国王派に知り合いはいるが、そのような者達を敵とは思っていない。

 勿論、そのような相手であっても攻撃をされれば反撃はするのだが。


「そのアンテルムというのは、ゾルゲラ伯爵家……正確にはこの貴族街にあるゾルゲラ伯爵家ではなく、王都にある本家の方から指名依頼という形で派遣された人物らしいのだが……そのゾルゲラ伯爵家だが、色々と危険だな」

「危険? というか、さっき話しただけなのに、もう情報を入手してるのか?」

「いや、違う。これは元々私のところにきていた書類だ。レイの話で名前を思い出したのでな」


 その言葉に、レイはなるほどと頷き……同時に、疑問を覚える。


「それで、危険って何が危険なんだ? まぁ、あんな人物を雇うくらいだし、危険だと言われても納得出来るんだが」


 レイにしてみれば、あんな危険人物を雇う……それもギルドを通してではなく、指名依頼で雇うといったような真似をする相手だけに、とてもではないがまともだとは思えない。

 アンテルムを危険人物と判断しているレイもまた、周囲からはアンテルム程ではないにしろ、敵対した相手は貴族であっても容赦しない危険人物と見られているのだが。


「端的に言えば、権力闘争で負けそうになっている……いや、これはもう負けたと言った方が……なるほど。それで逆転を狙ってアンテルムをギルムに派遣してきたのか? いや、だが王都からギルムまでの移動時間を考えれば……」

「エレーナ?」

「すまない、少し疑問があってな。とにかく、国王派は三大派閥の中でも最も大きな派閥だ。それだけに、内部での権力闘争も激しい」

「まぁ……それらしい光景は、今まで何度か見たことがある」


 レイもまた、今までそれなりに国王派と接触したことはある。

 その時のやり取りを思い出すと、国王派同士であっても全員が友好的だという訳ではなく、国王派内部でそんなことをしていた覚えがあった。

 とはいえ、同じ派閥の中で権力闘争をするというのは、そう珍しい話ではない。

 例えば、貴族派でもその辺りは顕著だし、一番小さな派閥の中立派でも他の二つの派閥程活発ではないが、権力闘争は行われる。

 それでも、やはり国王派が一番大きな派閥なだけに、派閥内の権力闘争も一番大きなものになるのだ。

 それだけに、レイもまたそんな権力闘争を見たことがあった。


「つまり、ゾルゲラ伯爵家が権力闘争で負けそうになっていて……それで何でギルムにその……アンテルムだっけ? そんな冒険者を送ってくるの?」

「そこまでは分からん」


 レイとエレーナと話を聞いていたヴィヘラの問いに、エレーナは首を横に振る。

 エレーナの下に入っている情報は、あくまでも一般的なものだ。……それでも何も知らない者にしてみれば、かなり詳細な情報のようにも思えるのだが。


「取りあえず、アンテルムとゾルゲラ伯爵家には注意をする必要があるな。……特にアンテルムは、それこそいつ何かをしてきてもおかしくはなかった。この家なら大丈夫だとは思うけど……向こうはランクAだしな」


 マリーナの家は、精霊によって敵意や悪意のある相手を入らないようにしている。

 だが、相手がランクA冒険者となれば、精霊に対処出来てもおかしくはない。

 勿論それは、精霊を倒す……殺すといったような乱暴な手段でだが。

 精霊魔法が使えたり、もしくは精霊に関する何らかの技術でも持っていれば話は別だったが。

 レイがアンテルムと話したのは、ほんの少しの時間。

 だが、その時間だけでもそのような技術を持っていないだろうというのは容易に予想出来た。

 ……とはいえ、冒険者を外見や第一印象で決めるのが愚行だというのはレイも知っている。

 いや、レイこそがその点で侮られることが多く、そうして侮ってきた相手を潰してきたのだから。


「マリーナなら大丈夫だと思うけど、一応話しておいた方がいいでしょうね」


 こと精霊魔法に関することなら、ここにいる者達はマリーナに対してほぼ無条件に全面的な信頼をしている。

 そんなヴィヘラでも、念の為に言っておいた方がいいだろうと告げるくらいには、ランクA冒険者というのは強者なのだ。

 とはいえ、ランクA冒険者の全てが凶悪な実力……レイの認識ではエルクと同程度の実力を持っているとは限らないのだが。

 ……そもそもエルクは、パーティ名と同じ雷神の斧の異名を持つ歴とした異名持ちだ。

 同じランクA冒険者でも、異名持ちとそれ以外ではその強さは大きく変わってくる。

 ランクAの上にはランクSしかおらず、そのランクSも基本的になることは出来ない。

 つまり、実質的にはランクAというのは冒険者がなれる中では最高のランクであり……言ってみれば、強さだけならランクBより上の者が揃っている。

 もちろん、実際には礼儀作法のようなものも必要となるので、ランクB冒険者の中にもランクA冒険者相当の実力を持っている者もいないことはない。……レイのように。

 ともあれ、ランクA冒険者と一括りにしてもその中には本当にランクB冒険者より少し強いだけの者もいれば、ランクS冒険者に限りなく近い実力を持っている者もいて、玉石混交といった感じだ。……少なくてもランクBより強いのは事実なので、随分と豪華な玉石混交だが。


「何? どうかしたの?」


 と、窯で料理を作っていたマリーナだったが、そちらが一段落したのか、自分の話をされていると思ったのか、レイ達の方に近付いてきてそう尋ねる。


「さっき言ったアンテルムだけど、もしかしたらこの家に襲撃をしてくるかもしれないと思ってな。その時、家の精霊でどうにか出来るかと話してた」

「ああ、あの。……強さはあって、それでいて貴族の特権階級意識が抜けてないというのは厄介よね。普通ならある程度妥協するんだけど、下手に強さがあるから妥協しないままでここまできたんでしょうけど」


 そう告げるマリーナの様子は、以前にも同じような相手がいたといったようなことを示しているように思えた。


「で、どうだ?」

「そうね。ランクA冒険者の中でもそこまで強くなければ、対処は可能といったところかしら。エルクのような異名持ちを相手にした場合、間違いなく突破されるわ」

「そうなると、警戒した方がいいか?」

「……普通なら、そこまで無茶をするとはおもえないんだけど。そうなると、貴族の特権階級意識がそのままだというのが厄介ね」


 マリーナの言葉に、その話を効いていた皆が頷く。

 そんな中、イエロと遊んでいるセトを見ていたエレーナが口を開く。


「セトがいるから、もしアンテルムという者が来てもすぐに察知出来るのではないか?」

「だといいんだけど。ランクAともなると、セトの感覚をすり抜けてもおかしくはないしな。こういう時にマジックアイテムがあればいいんだが……」

「……あるわよ……」


 会話に割り込むように、テーブルの上で寝ていたニールセンが言葉を発する。

 そして何とか起き上がり……視線の先にマリーナがいるのに若干の怯えを見せつつも、説明を続ける。


「妖精は誰かに狙われることも多いから、念の為にそういうマジックアイテムはあるわ。あくまでも誰かが近付いてきたら知らせるといった感じで、撃退するといったことは出来ないけど」


 そんなニールセンの言葉に、マリーナは艶然とした笑みを浮かべるのだった。

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2021/01/05 12:08 退会済み
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