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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精事件
2458/3865

2458話

 領主の館を出たレイは、いつも通り庭で料理人から貰った料理を食べて満足をしたセトと共に、街中を歩いていた。


「さて、これからどうするべきか。……やっぱり買い物か?」

「そうね。色々と買いたいものがあるし、それを考えれば買いたいところね」


 レイの言葉に、ドラゴンローブの中でニールセンがそう言う。

 ニールセンにしてみれば、買い物出来る時に買い物をしたい。

 レイがミスティリングを持っているので、何か冷たい料理や熱い料理を買ってもそれが温くなったり冷めたりといったようなことはない。

 だからこそ、今のうちに買い物をしたいと、そう思ったのだろう。


「そうだな。まだ時間があるし……昼食も食べたいしな」


 現在は、昼を少しすぎた時間だ。

 そうなると、昼食を食べる場所を探す必要があった。


「ニールセン、買い物の前に昼食だ。今の時間なら忙しい時間はもうすぎてるだろうし、客は少ない筈だからな」

「昼食? いいけど、何を食べるの? というか、私も食べることが出来るの?」


 ニールセンがレイの昼食という言葉に興味を持ったように尋ねる。

 昨日は串焼きも買ったが、それは狼に食べられた。

 それ以外にも色々と買っていたが、料理らしい料理は串焼きだけで、それ以外は焼き菓子だったり、小物がほぼ全てだった。

 それだけに、ニールセンにとってもここで食べられる料理にどのようなものがあるのかというのは、興味深いのだろう。


「そうだな。出来れば個室のある店がいいんだけど」


 言うまでもなく、個室というのはニールセンをドラゴンローブから出す為だ。

 一般的な食堂では、当然他の客がいるのでニールセンを自由にするようなことは出来ない。

 もしそのような真似をすれば、間違いなくギルム中が騒動になってもおかしくはなかった。

 それだけに、ニールセンを自由にさせるには多少高級な店でも個室のある店が必要だったのだが……


「問題なのは、個室のある部屋って基本的には高級店だから夜しか営業してないんだよな」

「えー……じゃあ、私はどうなるのよ」


 不満そうな様子だったが、それでも上機嫌なのは真夏の太陽……それも昼近くという暑い時間にも関わらず、汗一つ掻かずに快適にすごせているからだろう。

 ニールセンにとって、ドラゴンローブの中は非常に快適な場所なのだ。

 それこそ、出来ればここで暮らしたいと思うくらいには。


「別に全部がそういう店って訳じゃないし、最悪料理を買ってマリーナの家で食べればいいしな。……それに、エレーナとアーラも今はいる筈だし。あ、でも面会を希望している貴族と会ってるのかもしれないな」


 本来は、昨日もエレーナは色々とやるべき仕事があった。

 それでもレイと一緒に行動したのは、どれも大至急といった用事だった訳ではないからだ。

 だが、その結果として今日はいつもより忙しくなるのは当然だろう。


「グルルルゥ……」


 レイとニールセンの会話を聞いて、残念そうにするのはセト。

 当然の話だが、体長三mを超えているセトはその辺にある店にそう簡単に入るといったようなことは出来ない。

 ……そのような真似をすれば、間違いなく扉が壊れてしまうのだ。

 だからこそ、セトはレイとニールセンの会話を羨ましそうに眺める。


「悪いな、セト。その代わり、今日の夕食は少しだけ豪華なものにするか。ニールセンもいることだし」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトは本当? と嬉しそうに喉を鳴らす。


「そうなの? じゃあ、私も美味しい料理を食べられるのね!」


 セトだけではなく、ニールセンもまた嬉しそうに叫び……


「セトちゃん、何だか久しぶりー! ……あれ? 今何か妙な声がしなかった?」


 ニールセンの言葉とほぼ同時に姿を現したミレイヌだったが、それだけにレイのドラゴンローブの中でニールセンの口から出た喜びの声も聞こえていたのだろう。

 そんなミレイヌに対し、レイは半ば反射的にニールセンをドラゴンローブの上から押さえ込み、口を開く。


「さぁ? 結構人がいるし、そっちから聞こえてきた声じゃないのか?」


 レイの言葉に、ミレイヌは疑問の表情を浮かべるも……


「グルゥ?」


 セトがどうしたの? と喉を鳴らせば、ミレイヌの頭の中から一瞬にして疑問は消える。

 ミレイヌにとって、最優先すべきはセトなのだ。

 ……そういう意味では、ニールセンの言葉を聞いたのがミレイヌだったというのは、ある意味で幸運だったのだろう。


(とはいえ、ミレイヌの立場を考えればそれでいいのかって気もするんだが)


 ミレイヌは、ギルムの冒険者……増築工事で増えたような者達ではなく、本当の意味でギルムの冒険者の中でも、若手の有望株と噂されている者だ。

 レイのような特殊な存在は例外として、一般的な意味では間違いなく若手のトップクラスだった。

 そんな存在がここまでセトに入れ込むというのは、正直どうかと思わないでもない。

 ……セトの相棒としては、そんなにセトに愛情を持つのは嬉しいことだと思えたが。


「セトに構うのはいいけど、仕事はいいのか? また杖で頭を殴られても知らないぞ」


 ミレイヌの仲間にして、外付け良心とも言うべき人物、スルニン。

 同じ灼熱の風のメンバーは、ミレイヌが余計なことをしたら殴ってでも正気に戻すといったことをする役目を持っていた。

 そのスルニンの名前を出されたミレイヌは、半ば反射的に頭を庇う。

 それだけ、今までスルニンによって殴られてきたということの証だろう。

 これが意味のない暴力であれば、ミレイヌも一方的に殴られるだけではなく、反撃をするといった真似をしていただろう。

 だが、ミレイヌも自分が悪いというのは理解している為に、スルニンに殴られるのは仕方のないことと、そう思う一面もあった。

 だからこそ、スルニンに殴られても愛の鞭として大人しく受けていた。

 ……ただし、それでもセトに構うといったようなことを諦められないのは……すでに、ミレイヌの中にそれだけセトの存在が根付いているかという証だろう。


「で、こうしてセトに会いに来てるってことは、今日の仕事はどんな感じなんだ?」

「い、一応終わったわよ? だから、スルニンを呼ぶような真似はしないでね?」


 ミレイヌの様子を見る限りでは、とてもではないが本当のことを言ってるようには見えない。

 そもそも、今はまだ昼すぎだ。

 その時点で仕事が終わったというのは、レイも素直に信じることは出来ない。

 ……勿論、灼熱の風が優秀なパーティである以上、午前中だけで本当に仕事を終えたという可能性は決して否定出来ないのだが。

 それでも素直に頷くことが出来ないのは、やはりミレイヌの性格の問題だろう。


「ミレイヌがそう言うなら信じるけど……スルニンが来たら、お前が言っていたことをそのまま伝えるからな?」


 びくっ、とレイの言葉に身体を震わせたミレイヌだったが、本当に自分の言葉に自信があるのか、それとも単純にセトと一緒に遊ぶのが最優先なのか、それ以上は何も言わない。


(どう考えても、後者のような気がするんだけどな)


 ミレイヌの性格を知っているだけに、そう思ってしまう。

 最初に会った時は、かなり切れ者の人物といった印象だったのだが……何がどうなってこうなった、と。そう思ってしまうレイは決して悪くはない筈だ。

 もっとも、ミレイヌがセトを愛でるようになったからこそ、ギルムの若手の中でも有望と言われている灼熱の風と友好的な関係を築けたのも事実だったが。

 もしそうでない場合、灼熱の風とレイは今のような関係を築けてはいなかっただろう。

 ギルムに来てすぐに頭角を現し、数年で異名持ちとしてギルムどころかミレアーナ王国全土……もしくは周辺諸国にまで名前が知られるようになったレイだ。

 幾ら灼熱の風が若手の中で腕利きであるとはいえ、それはあくまでも常識の範囲内だ。

 ……いや、その常識もギルムの常識であって、それ以外の場所の常識ではないのだが。

 ともあれ、普段であればミレイヌもレイのような規格外の存在に積極的に近付くといったことはしなかっただろう。


「ちょっと、レイ。なんなのよ、あの人。食事に行くんでしょ? 早くいきましょう」


 ドラゴンローブの中で、ニールセンがレイに向かってそう主張する。

 ニールセンにしてみれば、人間の食事というのは非常に興味深い。

 ……トレントの森で悪戯をしていた妖精の中で、樵や冒険者の弁当をこっそりと盗み食いした者がいる。

 凄く美味かったという自慢話を聞いてから、ニールセンも人間の料理に興味を持った。

 実際、ニールセンが昨日ギルムで食べた焼き菓子は非常に美味で、自分用にそれなりに買い込んでしまったくらいだ。……その殆どを、他の妖精に食われることになってしまったが。

 それだけに、レイと一緒に食べる昼食を邪魔したミレイヌは、ニールセンにとって許せる相手ではない。

 いっそ悪戯をして追い返そうかとも思ったのだが、それを察したレイはドラゴンローブの上からニールセンの身体を押さえる。

 ミレイヌはセトに対することになると大きな力を……それこそ、自分の実力以上の力を発揮する。

 その上で、ギルムの冒険者で腕利きと呼ばれるくらいなのだから、悪戯程度はどうとでも対処し……それを行ったのがレイのドラゴンローブの中にいるニールセンだと見破ってもおかしくはない。


「ちょっと……」

「止めておけ」


 そう言い聞かせるように呟くレイ。

 妖精の存在は、可能な限り隠しておく必要があるのだ。

 それをこのような馬鹿らしいことで知られるといった危険は冒せなかった。


(幸い、俺が行こうとしていた店はここからそう離れてはいないし……そうだな、ミレイヌに世話して貰うか)


 セトが店の中に入る訳にはいかない以上、当然だが店の外で待っていて貰う必要がある。

 そうなれば、セトは自分だけになってしまうのだ。

 勿論、セトがいれば色々な者達が愛でる為にやって来るだろうから、寂しいといったことはないだろうが。


「ミレイヌ」

「何?」


 そう言葉を返すミレイヌだったが、セトを撫でる手を止めることはない……どころか、顔をレイに向けるといったことすらしていない。

 本来ならそのような態度を取られれば不愉快になってもおかしくないのだが、ミレイヌとの付き合いもそれなりである以上、これがいつものことだとレイはそんなミレイヌの態度を気にした様子もなく、口を開く。


「俺は昼食がまだなんだよな。これからちょっと食べてくるけど、その間セトの相手をしていてくれないか?」

「任せて」


 一瞬の躊躇もなく、レイの頼みを引き受けるミレイヌ。

 レイの話を聞いて、考えて、頷くのではなく……レイの話を聞いて、頷くといったような様子だ。

 いつもより随分とセトに対する執着が強いと思えたが、レイとセトが異世界に行っていた間、ミレイヌがセトとゆっくり遊ぶ時間は当然とれなかった。

 そういう意味では、やはり今回の一件はミレイヌにとって非常に嬉しかったことなのだろう。


「じゃあ、セト。暫くミレイヌと遊んでてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイと一緒にいられないのは残念だったが、それでもレイがいない間はミレイヌが相手をしてくれるのだから、我慢も出来た。

 セトにとって、ミレイヌという存在は自分を可愛がってくれる人で、好意を抱いている。

 そんな相手と一緒にいるのだから、寂しい時間をすごさなくてもいいというのは嬉しいことだった。


「じゃあ、頼む。少ししたら戻ってくるから」

「ゆっくりでもいいわよ」


 レイが戻ってくれば、セトと一緒にどこかに向かう。

 それが分かっているからこそ、ミレイヌにしてみれば、レイにはゆっくりとしてきて貰った方が嬉しかった。

 ミレイヌの考えを理解しているレイは、軽く手を振って少し離れた店に向かう。

 夜はそれなりの高級な料理を出す店で、増築工事の仕事を求めてギルムにやってきたような者達にしてみれば敷居の高い店だった。

 ただ、昼食はそれなりに――それでも普通の食堂に比べれば五割増しくらいの値段だが――安く食べることが出来る場所として知られている。

 また、立場のある者が利用することもあり、そういう場合は料金が掛かるが個室を使わせて貰うことも出来る。

 勿論一般の者が個室を使わせて貰うのは不可能なのだが、レイの場合は異名持ちとして有名で、個室を利用することが出来る立場だった。


「いらっしゃいませ」


 店の中に入ると、やはりピークはすぎたからか、客の姿は多くない。

 最初、これなら別に個室を借りなくてもいいか? と思いもしたが、ニールセンが満足するように騒ぐのなら、やはり個室が必要だろうと思い……店主に、個室を使わせて貰うように頼むのだった。

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