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レジェンド  作者: 神無月 紅
商隊護衛
244/3865

0244話

 冬の寒さも徐々に収まり気温もまた少しずつだが上がってきている中で空を見上げつつ、レイは隣を歩いているセトと共にサンドイッチを口へと運ぶ。


「ん、美味いな。あっちの通りにはこれまで殆ど行ったことが無かったけど、このレベルのサンドイッチを出してるのは知らなかった」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトもまた同様だと鳴きながら、クチバシで銜えていたサンドイッチを喉の奥へと押し込んでいく。

 アレクトールの商隊の護衛依頼を終了して一月程。周囲の気温も冷たさを幾分か緩めてきており、朝や夜には雪が降るくらいに気温は下がるものの、春の足音が微かにだが聞こえてきていた。

 そんな中、レイは宿で本を読んだり図書館で本を読んだりという風に過ごしていたのだが、宿屋の部屋で窓の外を見た時に雲1つ無い青空と燦々と照らされている太陽の光に誘われ、セトと共に街中の散歩へと繰り出すことにした。

 そしてどうせならということで、これまで行ったことの無い場所へと足を運んで新たな屋台の探索を行い、その結果見つけたのが予想外に美味いサンドイッチであり、それらを纏め買いしつつ、食べ歩きをしていく。

 そんな、レイとセトが初めて足を踏み入れるような場所でも、さすがにギルムの街の有名人……否、有名モンスターと言うべきか。殆どの屋台の商人がレイはともかくセトのことを知っており、勧められるままにサンドイッチや肉の串焼き。珍しいところでは川魚の干物といった物を買っては食べ歩く。

 セトにしても、久しぶりにレイと一緒に街へと繰り出したのが嬉しかったのだろう。いつも以上に上機嫌な様子で喉を鳴らし、あるいは与えられる食べ物を味わい、自分に触れようとして近付いてくる子供達の相手をしと、嬉しくも忙しい時間を過ごしていた。


「……まぁ、こうして楽しめるのは今のうちだけだろうけどな」


 レイは通行人がセトへと近くにある屋台で買ったボイルソーセージを与えている光景を眺めつつ、呟く。

 春が近づいているということは、即ちミレアーナ王国とベスティア帝国の開戦の時期も近付いているということだ。実際、少し前にレイがギルドに寄った時には酒場で冒険者達が戦争に参加して稼ぐと盛り上がっているのをその目で見ている。

 冒険者ギルドというのは独立機関であり、国の指揮下にあるものではない。つまり、戦争が起こるからといっても冒険者達を戦力として招集する権限は存在していないのだが、だからといってモンスターとの戦いで鍛え上げられてきた戦力をそのまま放っておくのは非常に惜しい。冒険者にしても基本的には自分の住んでいる街や国に対する愛着はあるので、それらを守る為に戦争へと参加を希望する者も多い。そしてギルドにとっても、いくら独立機関だとしても国が他国に占領されてしまえばギルドとしての活動に多少なりとも支障が出るのは確実である。

 そんな国、冒険者、ギルドの3者の思惑が複雑に絡み合った結果、国が冒険者を傭兵として雇う為に依頼を出すという流れになるのはある種当然だった。

 もちろん、有力な冒険者や高い戦闘能力を持っている冒険者は指名依頼という形になることも珍しくはない。

 だからと言って戦争に全ての冒険者を派遣するようなことになれば街の防衛力が落ち、同時にモンスターに対処出来る存在も少なくなる。

 その為、戦争に関する依頼についてはギルドの方である程度参加する者を調整されていた。

 そして、そんな戦争の依頼も近いうちに依頼ボードに張り出されるだろうというのがもっぱらの噂だった。

 実際酒場でそんな噂が流れ始めると、冬の間に鈍った身体を鍛え直すべく戦闘訓練に励む者も少しずつ出て来ている。もちろん現在訓練を始めている者の全てが戦争を目当てにしている訳では無い。春ともなれば動物と同様にモンスターも活発になる。その対処に回された時に、自分の身体が鈍っていてはモンスターを討伐するどころか、自分がモンスターの食事となってしまう可能性もあるからだろう。

 そんな風に考えながら道を歩いていたレイは、ふと通りにある鍛冶屋が目に入った。いや、正確に言えば目に入ったのは鍛冶屋ではなく、その鍛冶屋の入り口の脇に置かれている150cm程の大きさの樽だ。その樽の中には鍛冶をする上で失敗したのか、あるいは修理として持ち込まれたが無理と判断されたのか、剣の切っ先の折れている物や大きさが半分程しかないハルバード、刃の部分が掛けているバトルアックス、錆びて使い物にはまずならないナイフ。更には鉱石の欠片といったものが大量に入れられていた。


「……ほう」


 その樽を見て、そして同時に戦争に関して考えていたこともあって、ふとした思いつきがレイの脳裏を過ぎる。


「そうだな。……いけるか? まぁ、試してみても特に俺に不具合はないし、持ち運びも問題無いしな」


 呟き、樽が置かれていた鍛冶屋の中へと入っていく。


「いらっしゃい、何か御用ですか?」


 入り口から興味深そうに少しだけ顔を覗かせたセトの姿に多少驚きつつも、それだけで目の前にいるのがレイであると理解したのだろう。レイ自身の、金に頓着しないという噂を聞いている店番は笑顔でレイへと声を掛ける。


「表にある樽だが、あれは捨てる奴だな?」


 それだけに、店番をしていた男はレイの言葉に意表を突かれる。武器か何かの商品を頼みに来たのかと思ったら、最初に出て来た言葉が表にある樽に関してだったからだ。


「え、ええ。鍛冶の失敗作や、もう使えない物、溶かすにしても純度の問題で再利用出来ない物ですね。後は鉱石の屑とか欠片なんかも混ざってます。それがどうかしましたか?」


 40代程のひょろりとした男が困惑するようにして答える。それを聞いたレイは、銅貨を3枚取り出してカウンターの上へと置く。


「あの樽ごと欲しい。それと、出来ればいらない武器や鉱石の欠片とか刃の破片とかそういうのをもっと貰えると助かる」

「いや、それは全然構わないんですが……と言うよりも、うちとしてはゴミを貰ってくれるというのなら処理する手間が省けて逆にありがたいくらいですよ。ゴミを引き取ってくれて、さらに少しでもお金を貰えるんですから」

「何、気にするな。中に入っているゴミはともかく、樽自体は買い換えて貰わないといけないからな」

「いえいえ、それにしたって銅貨1枚で十分ですから。あの樽にしても再利用品ですし。……ちょっと待って下さい。親方にいらないゴミや鉱石の欠片が無いか聞いてきます」


 頭を下げて、鍛冶場の方へと入っていく店番を見送るレイ。

 その口元に浮かんでいるのは笑みだった。ただし慈しむような笑みでは無く、どちらかと言えば酷薄、あるいは冷酷と表現すべき笑みだったが。


(俺とセトのスキルを融合させて巻き起こす火災旋風。それだけでもかなりの広範囲に被害を与えられるだろうが、もしその火災旋風の中に鉱石の破片や折れた刃といったものが無数に入っていたら……さて、どうなるだろうな。これに関しては元手も銅貨3枚しか掛かっていないし、失敗しても俺には何のダメージも無い)


「おう、待たせたな。お前か? 物好きにもゴミを引き取りたいってのは」


 レイが内心で火災旋風に関して考えていると、鍛冶場の奥から2人の人物が姿を現す。

 1人は先程の店番であり、もう1人は初老の男だ。ただし初老とはいっても、その身体を覆っている筋肉の量はその辺にいる初心者の冒険者よりも余程上だろう。子供数人どころか、大人がぶら下がっても平気そうな程に発達した筋肉をしている。


「ああ。ちょっと考えがあってな。どうだ?」

「……ふんっ、いいだろう。俺を見ても怯えの1つも見せねえその面構えが気に入った。ちょっと待ってろ。すぐにお前が欲しがっている物を持ってきてやる」


 ニヤリとした男臭い笑みを浮かべ、鍛冶場の方へと戻っていく初老の男。


「ふぅ、良かったですね。もっとも今回の件はこちらにとっても損の無い取引でしたし」

「そうか。そう言って貰えると助かる」


 そう言い、雑談をすること5分程。やがて先程の初老の男が金属の破片が大量に入った樽を担ぎ上げてやってくる。


「ほらっ、ついでにこれも持っていけ。こんなゴミはあっても邪魔なだけだしな。持っていって貰えると俺としても助かるしな」


 初老の男の言葉に微かに笑みを浮かべ、銅貨をもう3枚取り出してカウンターへと置く。


「じゃあ、料金はこれで」


 そう断り、床へと置かれた樽へと触れてミスティリングへと収納。

 レイがアイテムボックス持ちだというのは知らなかったのか、それとも初めて見て驚いたのか。瞬間的に消えた樽を唖然と見ている2人をそのままに、鍛冶屋の表にある樽も同様にミスティリングへと収納する。


「じゃあ、今回は助かった。もしかしたらまた来ることもあるかもしれないが……」

「ああ、こっちはいつでも大丈夫だ。もちろん場合によってはゴミをもう処分していることもあるから、確実にあるとは言わないが」

「構わないさ。こっちとしてもあれば運が良かった程度に思っておくから」


 そう告げ、2人に軽く挨拶をしてセトと共に道を歩いて行く。

 ゴミとはいっても、予想外の品物が手に入りフードの下で微かに笑みを浮かべるレイ。

 そんなレイの機嫌の良さが分かるのだろう。セトもまた尻尾を軽く振り、上機嫌に喉を鳴らしながら一緒に屋台を冷やかし、あるいは食べ物を買っては春へと向かう陽気を楽しむのだった。






「あ、レイさん。お帰りなさい。お客様が見えてますよ」

「……客?」


 セトと共に優雅な休日を過ごし、夕暮れの小麦亭へと戻って来たレイを出迎えたのはそんな声だった。

 声の主は夕暮れの小麦亭の女将でもあるラナであり、いつものように恰幅のいい様子だが、その顔にはどこか興奮の色が宿っている。


「はい、雷神の斧のリーダーでもあるエルクさんがいらしてます」

「……エルクが?」


 珍しい名前を聞いた。そんな風に小首を傾げるレイ。

 ブルーキャタピラーの討伐後、雷神の斧の一行……つまりは家族で春になるまではギルムの街から活動場所を移すと聞いていた為だ。


「ええ。食堂の方でお待ちです」

「そうか。ならついでに何か軽い物でも頼む。あぁ、俺はお茶か何かで」

「はい、すぐに持っていきますね」


 ラナの声を背に、行き先を食堂へと向かうレイ。


「おお、レイ! 久しぶりだな。元気してたか?」


 食堂に入るや否や、大声でレイへと声を掛けて来たのはラナの言葉通りにエルクだった。

 だが、他のメンバーである妻のミンや息子のロドスの姿はどこにも無い。


「春までは退屈な日々を過ごしているよ。もっとも、春になったら春になったで戦争があるらしいけどな」


 レイがそう呟いた時、エルクの頬がピクリと動く。

 だが、次の瞬間には何もなかったように笑みを浮かべる。

 ギルムの街でも有名な雷神の斧のリーダーのエルクがいる。食堂はそれだけでいつも以上に賑わっていた。

 そんな中、エルクとは別の意味で有名なレイがやってきて親しげに会話しているのだから目立たない訳が無い。

 周囲からの視線をこれでもかとばかりに感じたレイは、苦笑を浮かべて口を開く。


「悪いが、お前はここでは目立ちすぎた。俺の部屋で話さないか?」

「ん? ……あぁ、そうだな。確かにそうだ。俺にしてもそっちの方が都合がいい」

「……都合がいい?」

「いや、人の視線を感じながらする食事は美味くないからな。それなら、お前と2人だけの方がいいと思っただけだよ」


 エルクの様子に疑問を感じつつも、恐らく夫婦喧嘩をして気まずくなって先にギルムの街まで帰ってきたとかの理由なんだろうと半ば勝手に予想するレイ。

 普通であればこの時期に1人で旅をするというのは自殺行為に等しいのだが、そこはランクA冒険者だ。実力があるだけに、却って行動が突拍子もなくなるのだろうと。

 厨房にいるラナへと、頼んだ料理は自分の部屋に持ってくるように頼んでエルクと共に2階へと上がって行く。


「さあ、入ってくれ。とは言っても、何も無い部屋だがな」


 基本的に生活で必要な物は、全てをミスティリングへと収納しているレイである。部屋の中にあるのは、元から設置されているベッドや机、椅子といったような代物ばかりで、私物の類は殆ど無い。

 部屋の扉を開けて、そんな場所へとエルクを招き入れる為に先に部屋へと入る。


「あ、ああ。悪いな」

「……本当に、どうしたんだ? 様子が変だぞ?」


 いつもの、まるで悪戯小僧がそのまま成長したかのような無邪気な笑みではなく、どこか無理をしているようなその様子に首を傾げるレイ。

 食堂でレイを待っていた時にもそうだったが、エルクの様子に違和感を覚え振り向こうとしたその時……


「キャアアアアアアアアッッ!」

「っ!?」


 廊下から聞こえて来る悲鳴を聞き、反射的に後ろへと振り返る。

 同時に、廊下へと踏み出そうとして……レイの視界に入ったのは、扉の1歩外でバトルアックスを振りかぶっているエルクの姿だった。

 表情というものが一切抜けており、まるで人形か機械のようにも見えるその姿。口が小さく『悪い』と呟き、バトルアックスがレイへと向かって振り下ろされるのだった。

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