2414話
ドラゴニアスに襲われている集落を見た瞬間、何人かのケンタウロスが偵察隊から一歩抜け出す形で飛び出す。
何を勝手なことをと思ったレイだったが、そのケンタウロス達がドラゴニアスの群れに襲われている集落の出身だと思い出すと、いきなり飛び出していった気持ちも理解出来た。
「俺達も続くぞ!」
突出したケンタウロス達を追うように、ザイが叫ぶのがレイの耳にも聞こえてきた。
そんなザイの言葉に、他のケンタウロス達もやる気満々といった様子で走る。
「グルゥ?」
少し遅れて、セトがレイに向かってどうするの? と尋ねる。
そんなセトに対し、レイは少し考え……ここは取りあえず集落を助けた方がいいと、そう思って頷き、セトの首を軽く叩く。
「行ってくれ」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトが鳴き声を上げながら集落に向かって走り出す。
レイとヴィヘラを背中に乗せているにも関わらず、その速度は決してケンタウロスに負けてはいない。……いや、寧ろ何人ものケンタウロス達を追い抜いているのを見れば、その速度は圧倒的であると言ってもいいだろう。
(ミスティリングの中に収納した、ドラゴニアスの死体。それを増やすチャンスは、見逃す訳にはいかないしな)
そう思いつつ、レイはミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
これでドラゴニアスの死体を入手出来ると思いながらも、レイの中には一つの疑問と同時に納得する思いがあった。
やはり、女王を殺したからといって、ドラゴニアスの行動は止まらないのか、と。
とはいえ、それは前から理解していた。
そもそも、レイが女王を倒した後でも、地上ではケンタウロス達と女王に呼ばれたドラゴニアス達が戦っていたのだから。
だが、地下空間のあった場所を出発してから、数日が経つ。
その間、ドラゴニアスと遭遇することは、全くなかった。
だからこそ、こうして今回ドラゴニアスに襲われている集落を見つけたことに、レイは驚いたのだが。
まだそれなりの距離があるが、集落の側ではケンタウロスがドラゴニアスと戦っている光景が見える。
ただし、戦っているケンタウロスは決して強いとは言えない。
実際には相応の実力を持ってはいるのだろうが、偵察隊に参加している……ヴィヘラとの模擬戦を繰り返しているケンタウロス達と比べると、どうしてもその技量は劣ってるように見えてしまうのだ。
それを偵察隊のケンタウロスも理解したのだろう。
ドラゴニアスと戦っているケンタウロス達の実力は、決して強くはないとそう思えたのだ。
……何度となくドラゴニアスとの戦いを繰り広げ、更にはそんなドラゴニアスよりも強力なヴィヘラやレイと模擬戦を繰り広げている偵察隊のケンタウロスにしてみれば、普通のドラゴニアスを相手に苦戦しているケンタウロス達に疑問を抱く。
とはいえ、集落で戦っている者達の姿を見れば、今は一刻でも早く集落を襲っているドラゴニアス達を倒す必要があった。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
その集落の出身なのだろうケンタウロスは、援軍が来たという事を知らせる為に、意図的に雄叫びを上げる。
当然のように、集落の戦士達はドラゴニアスと戦いながらも声のした方に視線を、向ける。
そして、見覚えのある男が集落に向かって突っ込んでくるケンタウロスに気が付く。
「おい、デオレダスだ! デオレダス達が戻ってきたぞ! 援軍が来たんだ!」
そう叫ぶケンタウロスの言葉に、他のケンタウロス達が雄叫びを上げ、士気が高まった。
ドラゴニアス達は、いきなり態度が変わったケンタウロスに少しだけ驚いた様子を見せたものの、それでも飢えに支配されたドラゴニアスはすぐに目の前にいる相手を喰い殺そうとして牙を剥き出しにする。
だが……先程までであれば、そんなドラゴニアスの攻撃にダメージを受けていたかもしれない者達は、士気が上がったことによってその攻撃を回避することに成功する。
それどころか、回避しながらカウンター気味に反撃をしている者すらいた。
このままでは、集落諸共に全滅する。
そんな時に援軍として……それもこの集落出身の者が仲間を引き連れてやって来てくれたのだから、それに喜ぶなという方が無理だった。
……もっとも、何人かのケンタウロスはそんなデオレダス達を見て複雑な表情を浮かべていたが。
デオレダス達は、腕利きではあっても本当の意味でこの集落のトップという訳でない。
この集落も他の集落と同じように、偵察隊に腕利きは送り込んだが、それは集落の中でもトップクラスではあってもトップではない者達だ。
それだけに、本当の意味でトップの者達は、自分達こそがこの集落の最精鋭という自負があった。
だが、そんな自分達でもドラゴニアスの群れとの戦いでは、押し込まれていた。
もう少しドラゴニアスの数が少なければ、あるいは何とかなったかもしれないが……そのようなことは今更だろう。
そして……そんな者達の表情は、デオレダス達がドラゴニアスに攻撃を仕掛けたことにより、凍り付く。
勿論、集落の中でもトップクラスの実力の持ち主だったのだから、ドラゴニアスと戦ってもある程度戦えるとは思っていた。思っていたのだが……一人でドラゴニアスを一匹相手に出来るというのは、完全に予想外だっのだ。
それも、デオレダス一人だけではなく、同様にこの集落から偵察隊に参加した者達全員が、一人で一匹のドラゴニアスを相手にしている。
……それだけではなく、デオレダス達から遅れてやってきた他の偵察隊の面々もまた、一人で一匹のドラゴニアスを相手にしており……偵察隊を率いているザイにいたっては、数匹のドラゴニアスを一人で相手にした。
今までの常識から考えれば、一匹のドラゴニアスを倒すには複数のケンタウロスが必要だった。
だが、こうしている今は、そんな常識はどこにいった? と、そんな風に思ってしまう。
こうして偵察隊が戦いに参戦すると、ドラゴニアス達の数は急激に減っていく。
ましてや、その戦いにレイやセト、ヴィヘラが参加し、アナスタシアも精霊魔法で援護しているとなれば、そこで起きるのは一方的な蹂躙でしかない。
結果として、集落の危機だとケンタウロスの戦士達が絶望で顔を染めていた戦いは、それから十分もしないうちにドラゴニアスの全滅という形で戦いが終わった。
レイ達が到着する前に、ケンタウロス側には何人か喰い殺された者がいたが、レイ達が到着してからは、怪我をした者はいるが死者は存在しない。
……だからといって、それで納得出来る者だけではなく、何人か……特にレイ達が到着する前に死んでしまったケンタウロスと仲のいい者は、レイ達に不満そうな視線を向ける。
それでも何でもっと早く来てくれなかったといったように直接不満を言葉に出さないのは、それが理不尽であると理解しているからだろう。
集落の戦士達からはそんな視線を向けられている偵察隊だったが、ザイ達はそれに対して特に何か言うようなことはない。
もし自分達がこの集落の戦士達と同じ立場であれば、間違いなく同じようなことを思っていた為だ。
だからこそ、偵察隊の面々は集落の戦士達に声を掛けるような真似はせず、淡々とドラゴニアスの死体をレイの前に集めていた。
今までであれば、レイがドラゴニアスの死体を焼くか、それとも地形操作を使って死体を地面に埋めるといったような真似をしていただろう。
だが、今日のレイはそのどちらでもなく、死体を全てミスティリングに収納するという方法を選ぶ。
その理由は、特に何か難しいものがある訳ではなく、単純にレイにとってドラゴニアスの死体を入手出来る機会がこの先は少なくなりそうだからだ。
ドラゴニアスの女王を倒してしまった以上、新たにドラゴニアスが産み出されることはない。
つまり、現在この世界に存在しているドラゴニアスが、最後のドラゴニアスなのだ。
今もミスティリングには結構な量のドラゴニアスの死体は入っているが、知性あるドラゴニアスの死体以外となると、その大半は赤い鱗のドラゴニアスだ。
レイにとって、赤い鱗のドラゴニアスは確かに希少ではあるが、それと同様に他の色の鱗のドラゴニアスも、また希少なものであるのは間違いない。
ドラゴニアスの死体から採取した素材で、どのようなマジックアイテムが作れるかは、レイにも分からない。
そもそも、本当に使い物になるように出来るのかすら、分からないのだ。
だからこそ、何があってもいいように可能な限りドラゴニアスの死体を確保しておきたかった。
幸いだったのは、そんなレイの様子に集落の者達が何も言わなかったことだろう。
いや、死体の片付けをしてくれているレイに、感謝の視線を向けている者も多い。
ドラゴニアスは個体差が大きいが、それでも身長三m前後の者が大半だ。
つまり、それだけ大きいからには、重量も相応にある。
それらの死体を片付けるのは、ケンタウロスにとっても一苦労だ。
それをレイが代わりにやってくれるのだから、それに感謝する者が出て来るのは当然だろう。
ドラゴニアスの死体をそのままにしておくような真似をすれば、腐って悪臭と共に疫病を蔓延させるか、それともアンデッドになるか。
どちらにせよ、最悪の未来しか待っていないのだから。
そうして全てのドラゴニアスの死体をミスティリングに収納することに成功する。
……とはいえ、当然の話だが死体を持ってきたとはいえ、死体の一部……切断された指先や、抉られた眼球、セトの一撃で爆散した肉片や内臓の破片といった諸々は、さすがに集めることは出来なかったので、周囲に散らばったままだったが。
(この辺は、あの集落の連中に処理して貰うしかないな。……さすがに肉片とかまで集めるのは面倒だし)
そう判断し……次にレイの視線が向けられたのは、ザイ。
偵察隊の他の面々にドラゴニアスの死体を集めるようにと指示を出していたザイだったが、それが終わった今、何をするのかと。
「ザイ、どうするんだ? このまま出発するか? それとも、集落の近くで野営をするか」
「そうだな。……出来れば出発したいところなんだが……戦いの後だしな」
内容的には一方的な蹂躙ではあったが、だからといって偵察隊の面々が疲れていない訳ではない。
いや、一方的な蹂躙だったからこそ、戦いが終わった今はかなり消耗していると言ってもいい。
「俺は問題なく出発出来るぞ。他の連中も変わらない」
アスデナの言葉に、他の面々も同意するように頷く。
だが……ザイの視線が向けられたのは、戦っていた者達ではなく非戦闘員の面々。
戦闘に参加した者達は、そこまで疲れている訳ではない。だが、非戦闘員の面々は違う。
ヴィヘラとの模擬戦を繰り返し行われた者達とは違い、非戦闘員の面々は特に訓練らしい訓練はしていない。
勿論ケンタウロスである以上、相応の身体能力は持っているのだが……それでも、今の状況ですぐに出発するのは、体力的にはともかく、精神的には難しかった。
「いや、少し休憩してからにしよう」
最終的にザイが下した決断はそれ。
それでもこの集落に泊まるといったようなことにしなかったのは、この集落も今日はドラゴニアスに襲撃されたことにより、その処理で忙しいからというのはあるからだろう。
ドラゴニアスの死体はレイが引き取ったが、ドラゴニアスによって喰い殺された者達の問題もある。
そのような時に、この集落の者以外がいるのは色々と面倒なことになりかねないと、そう判断したのだろう。
「ザイ、何なら集落を土壁で覆ってもいいけど、どうする? もしくは、集落の隣に土壁で覆われた避難場所を作っておくのでもいいし」
レイの口から出た提案に、それを聞いていたザイは少し迷い……やがて、この集落の長に聞いて、それから決めるということにする。
幾ら親切心からの言葉であっても、まさか勝手に集落を土壁で覆ったり、避難所を作ったりといったような真似は出来ないと思ったのだろう。
……とはいえ、ケンタウロスは放牧をしている一族だ。
例えこの集落を土壁で覆うような真似をしても、ここから移動する時には、テントの類と違って土壁を持っていくような真似は出来ないのだが。
かといって、放牧をしている以上はこの場所にずっといる訳にもいかない。
「ちょっと来てくれ!」
ザイに声を掛けられ、この集落出身のデオレダスがやってくる。
そしてザイからの提案……正確にはレイからの提案を聞き、すぐに集落の中に向かう。
結果としてドラゴニアスの襲撃を受けたばかりということもあり、集落に隣接する形で土壁に囲まれた避難所をレイは作ることになるのだった。