0241話
盗賊達との戦闘があった翌日。それ以降はさすがに他の盗賊達に襲撃されるようなことは無く、一晩を明かした商隊の面々は朝食を済ませて少し早めに出発し、街道を進んでいた。
商人達の中には、襲撃やレイに頼まれた盗賊達の死体の処理で精神的に緊張したのかそのまま起きていた者も多かったのだが、その弊害とでも言うように街道を進んでいる馬車の中では居眠りをしている商人の姿も目立っていた。
(まぁ、元々が辺境の商人達じゃないんだから、あまりああいうのに慣れていないってのも分かるんだが……かと言って、護衛を完全にこっちに放り出して自分達は寝てるってのも、見ている方としては少し面白く無いな)
既に慣れた様子で馬車の後方をセトと共に歩きつつ、内心で呟くレイ。
馬車の左右へと視線を向けると、そこではこちらもタエニアとファベルの2人が眠気を感じさせない様子で周囲を警戒している。
草原の狼と盗賊団の戦いが終わった後レイに見張りを任せて眠った為に、商人達とは違って眠気を感じさせないというのはさすがにランクDパーティと言うべきだろう。
そしてその後も幸い特にモンスターや盗賊達に襲われずに街道を進み続けて数時間。
「サブルスタの街が見えてきたぞ!」
先頭の馬車に乗っていた商人の1人が、そう叫ぶ声が周囲に響く。
同時に、後ろの馬車で居眠りをしていた商人達もその声を聞き目を覚ましては歓声を上げていく。
そしてそんな中、レイはセトと共に前を進んでいる馬車へと向かい、アレクトールへと声を掛ける。
「セトがいると、また街に入る時に騒ぎになる。アブエロの街の時のように、ここでセトを自由にさせようと思うんだが構わないか?」
「そうですね。ここまで来ればモンスターや盗賊に襲撃される心配も無いでしょうし、構いませんよ。いえ、むしろこちらとしても騒ぎを起こさずに済むのならその方が助かります」
「了解した。まぁ、今日はアブエロの街とは違ってサブルスタの街に泊まるということは無いんだ。あの時程一緒に離れて無くてもいいしな。……ほら、セト。暫く1人で遊んできてくれ」
「グルルゥ」
レイの言葉に頷き、そのまま商隊から離れるようにして数歩の助走の後に翼を広げて飛んでいくセト。
その姿を見送り、視線をアレクトールへと戻したレイは自分をじっと見ているアレクトールの視線に気が付く。
「どうしたんだ?」
「いえ、今サブルスタの街に泊まらないと言っていたと思いますが……」
「ん? ああ。そもそも護衛はこの街までという契約だろう? なら何も問題は無いと思うが」
「それはそうですけど、では、どうなさるおつもりで?」
アレクトールにしてみればこれまでの道中を思い、当然レイもサブルスタの街で宿屋に泊まってから明日ギルムの街へと旅立つのだとばかり思っていた。だが今のレイの話を聞く限りでは、依頼を完了したらすぐにギルムの街へと戻ると言っているようにしか聞こえない。
そしてレイは当然そのつもりであった為に、何の躊躇もなく頷く。
「当然だ。受けた依頼はこの街までの護衛だろう? 確かに街の中をちょっと見て回って珍しい物を探すくらいはするかもしれないが、今日の内に発つつもりなのは間違い無い」
「ですがそれでは、また夜営をすることになるのでは?」
「ん? あぁ、そうか。知らないのか。セトの飛ぶ速度を考えれば、ここからギルムの街までは半日掛かるかどうかってところだぞ?」
「……そ、それは、本当に?」
目を見開き、殆ど反射的に尋ねてくるアレクトールに平然と頷くレイ。
実際に、バールの街へと向かう時に掛かった時間を考えれば恐らくその程度だろうと内心で計算していた。
「もっとも、今から半日だと下手をするとギルムの街に戻った時には既に門が閉じられている可能性も高い。そうなるとやっぱり1泊くらいは野宿が必要だろうな」
「でしたら、やはりここはサブルスタの街で1泊してから明日の早朝に出発したらどうでしょう?」
「それも確かに考えたが、セトが拗ねると面倒だしな」
苦笑を浮かべ、次第に近付いてくるサブルスタの街を見ながら告げるレイ。
基本的にギルムの街ではセトは厩舎に、レイは宿屋の部屋で眠っている。セトにしてもそれに関しては特に文句は無いのだが、それ故にレイと共に野宿をする機会はそれなりに楽しみにしている節があった。
そもそも街道で出て来るようなモンスターは、グリフォンであるセトにとっては敵ですらない。良く言って餌といったところだろう。その為、レイとの野宿はセトにしてみればピクニックのようなものなのだ。
「……そうですか、残念です。私としては、レイさんとの縁がこれで切れるというのは非常に惜しいんですけどね」
「何だ、引き抜きの件はまだ諦めていなかったのか?」
「それはそうですよ。レイさんのような前途有望な冒険者を専属の護衛として雇えることが出来たのなら、これ以上ない程の安全を買えるのと同じですからね。その辺の交渉を改めてしようと思っていたんですが」
名残惜しそうにそう説明してくるアレクトールに、レイは首を振る。
「ギルムの街でも言ったと思うが、残念ながら俺にそのつもりはない。辺境にいてこそ俺やセトの成長に繋がる」
「……分かりました。ですが、何かあった時には是非とも連絡を下さい。私の商隊は基本的に中央で働いていますが、王都には本拠としている商店もありますし、恐らくそう遠くないうちにこのサブルスタの街にも支店を出すでしょう」
「支店? 商隊がか?」
「ええ。もちろん商隊も本業であるのは間違い無いですが、商店の方も経営しているんですよ。もっとも、そっちは昔馴染みに任せて私はご覧のように商隊を率いていますが」
そんな風に会話をしている間にも商隊は街道を進み、やがてサブルスタの街へと到着する。
その後、それぞれに身分証やギルドカードを見せて街へと入る手続きをし、アブエロの街とは違ってセトがいないので特に騒ぎもなく街の中へと入っていく。そして……
「では、これで依頼を完了とさせて貰います。ありがとう御座いました」
頭を下げながら、依頼の完了を証明する為のサインの入った書類を渡すアレクトール。
「私としても、あんたみたいな人と一緒に行動出来て嬉しかったわ。活動している場所が違うから難しいと思うけど、また機会があったら一緒に行動しましょ」
「ずるいー。私もこのままセトと一緒に行くー」
「ルイード、あんたねえ。動物好きなのは昔からだけど……なんでセトにばっかりこうも固執するのよ」
ファベルが笑みを浮かべて別れの挨拶を述べ、ルイードがセトを目当てにレイへと付いていこうとし、それを呆れた様子でタエニアが止める。
この数日幾度となく見てきたその光景は、それでもレイの笑みを誘っていた。
周囲は街の入り口付近ということもあるが、冬であるためにそれ程の喧噪は無い。それだけに、その商隊の一行は道を通る者達から物珍し気な視線を向けられていた。
「そうだな。あるかどうかは分からないが、また機会があったら一緒の依頼を受けることがあるかもしれないな。その時はよろしく頼む」
「何言ってるのよ。その時はランクの高いレイが私達の面倒をみなさいよ」
そんな風なやり取りをし、その場でレイは一行と別れて街中へと歩を進めていく。
背後からはまだルイードがセトを求めて騒いでいたが、それをタエニアが押さえ込んでは説教をしている声が聞こえてきていた。
変わらぬその様子に笑みを浮かべ、折角サブルスタの街まで来たのだから何か面白い物の1つでもないかとばかりに大通りを眺める。
特にこれだ、とばかりに珍しい物は存在していなかったが、ただ1つ。レイの目を引いたのは1つの屋台だった。それが普通の串焼きを売っているような屋台であったのなら、レイにしてもそれ程注目することは無かっただろう。だがその屋台で売っているのがギルムの街から広まったうどんだとすれば話は別だった。アブエロでは殆ど街中を見て回る時間が無かった為に屋台を見ることも無かったが、まさかギルムの街から遠く離れたこサブルスタの街にまでうどんが広がっていると思わなかったレイは、早速うどんを注文する。しかし……麺は茹でた後にそのままスープで煮込まれてコシが無くなっており、べちゃべちゃととても食べられた物ではなく、食い意地の張ったレイですらも殆ど無理矢理流し込むようにして平らげるのがやっとだった。
一通り街を回った後、不味いうどん以外は特に目新しい発見――マジックアイテムや新しい料理等――が無かったレイは、色々な料理と夜営のことを考えて薪を買った後、もう用事はないとばかりにサブルスタの街の門へと向かっていた。
現在の時刻は昼を少し過ぎた辺りであり、このくらいの時間からならセトに乗ればある程度の距離を稼げると判断した為だ。
「身分証を」
「これだな」
警備兵にギルドカードを渡し、現在のローブを身に纏っているだけのレイは特に怪しまれる様子もなく街の外へと出されることになる。
警備兵としては、冒険者であろうともこの時期に特にこれといった荷物を持った様子も無いレイに不審を覚えたものの、ギルドカードに表記されているランクCという文字が、その疑問を口に出すことを躊躇わせた。
レイにとって幸運だったのは、街の警備兵がアレクトールの商隊の通行証やギルドカードを調べた者達のうちの1人だったことだろう。商隊の護衛としてレイの存在を覚えていたからこそ、ギルドカードに書かれているランクCという表記を素直に信じたのだ。もしこれが頭の固い警備兵だったとしたら、あるいはレイが偽造のギルドカードを持っている人物として拘束されていた可能性もある。何しろ、レイの見た目は華奢であり背も低く、とてもランクCというベテランには見えないのだから。
「まずはセトと合流するにしても、街の近くだと騒ぎになるか」
呟き、街道を少し進んでいくレイ。サブルスタの街が見えなくなった頃に、周囲を見回しながら口を開く。
「セトッ!」
その声は大きかったが、それでもサブルスタの街まで届く程では無い。だが……
「グルルルゥ」
当然、優れた聴覚を持っているセトにしてみれば聞き逃す筈も無く、喉を鳴らしながらすぐにレイの下へと駆け付けるのだった。
そしてそのまま顔を擦りつけて甘えるセトに、頭を撫でながらミスティリングからサブルスタの街で買った肉をたっぷりと使ったサンドイッチを取り出す。
「ほら、待たせたな。これはお土産だ。それなりに繁盛している店だったから結構美味いと思うぞ」
「グルゥ」
渡されたサンドイッチを、嬉しそうに鳴きながら食べていくセト。銀貨1枚分もあった大量のサンドイッチは、ものの数分で全てがセトの胃の中に収まる。
「さて、じゃあそろそろギルムの街に帰るか。途中で野宿することになるが……護衛の心配をしなくてもいい以上、俺とセトにとってみればそう大変じゃないしな。寒さとかも特に影響無いし」
呟き、セトの背へと跨がるレイ。
セトも大人しく背中を下げ、レイが乗りやすく体勢を整えている。
「じゃ、ギルムの街に戻るとするか。満腹亭でうどんを食べたいしな」
サブルスタの街で食べた、うどんとも呼べないうどんを思い出しつつ呟くレイ。
セトとしてもうどんは若干食べにくいものの嫌いではない為に、特に異論は無いとばかりに喉を鳴らす。
「セトもそう思うか。……なら、行こうか」
「グルルルゥッ!」
喉を慣らしつつ、短い助走の後に翼を羽ばたかせて空へと駆け上がっていくセト。
その鳴き声を聞いた、周辺のモンスターがグリフォンを恐れるようにして散らばっていったのだが、それは1人と1匹にとっては全く関係無い話だった。
サブルスタの街から飛び立ち、数時間。レイとセトは既に前日にレイ達が夜営をして盗賊達に襲われた場所を通り越し、アブエロの街も通り越して空を飛んでいた。しかし既に日は沈みかけており、このままギルムの街まで向かったとしても到着するのは真夜中か……あるいは朝方になる可能性が高いと判断したレイは、街道の近くにあった岩山へとセトに降りて貰う。
「グルルゥ?」
ここでいいの? とでも小首を傾げてくるセトに、笑みを浮かべながら頭を撫でるレイ。
「問題無いさ。薪に関しては元々夜営の予定だったからサブルスタの街で買ってきたし」
セトにそう告げ、ミスティリングから薪と魔法発動体でもあるデスサイズを取り出して魔法を使い、火を付ける。
そしてその焚き火の上にシチューの入った鍋をセットし、アイスバードの肉を刺した串を焚き火の回りに突き刺していく。
シチューは出来合いの物ではあるが、既に慣れているかのように料理の準備をしてミスティリングから焼きたてのパンを取り出してセトと共に簡単な――普通の冒険者にすれば豪華極まりない――食事を済ませるのだった。
食後のデザートとして干した果物を食べ、一息入れた所で冬の夜の寒さなど物ともせずに地面に寝転がっているセトへとレイは声を掛ける。
「……さて、じゃあそろそろ本日のメインイベントと行こうか」
ミスティリングからアイスバードの魔石を取り出しながら。