2407話
「ん……んん……?」
暖かい何かに包まれていた状態に気が付き、目を開ける。
見えてきたのは、朝焼け。
……暖かいのはそうだが、それ以上に眩しいから目が覚めたのだろうと判断したレイは、現在の自分の状況を理解し、反射的に起き上がる。
「グルゥ!?」
と、不意に周囲に響く声。
それが誰の声なのかは、当然のようにレイも理解していた。
そしてセトがいるのなら取りあえず安心だろうと判断し、落ち着いて周囲の様子を確認する。
「これは……野宿? 草原? あれ? 俺は確か……」
何故自分がマジックテントもないままにこうしていたのかということに疑問を抱くが、それでも現在の状況からすぐに気絶する前のことを思い出す。
「そうだな女王を倒して、セトの背中に乗って……それで意識を失ったんだったな」
そうして改めて周囲を見ると、何人ものケンタウロス達が眠っている。
……ケンタウロス達が使うテントではなく、草原にそのまま。
中には布を敷いて寝ているような者もいるが、大半はそのままだ。
草原で暮らしているケンタウロスだからこその行動だろう。
「魔力は……まだ全快とはいかないみたいだな」
魔力の消費が激しい炎帝の紅鎧――それでも覇王の鎧に比べればマシなのだが――を数時間使い続け、そして最後には残り少ない魔力や、それどころか生命力の類まで消費して、それでようやく女王を倒すことが出来たのだ。
正直なところ、ここまで魔力を消耗したことはこの身体になってからは初めてのことだろう。
レイは不思議なくらいな気分のよさを感じる。
それこそ、限界まで身体を動かし、ぐっすりと眠って起きた翌日のような。……ただし、筋肉痛はないような感じで。
「んー……今回は色々と勉強になったな。妙な現象もあったし」
「グルゥ?」
レイの呟きに、セトは何があったの? と喉を鳴らす。
そんなセトを撫でながら、レイはふと疑問に思う。
「なぁ、セト。お前……デスサイズがスキルを入手した、というメッセージが頭に流れなかったか?」
今までであれば、デスサイズがスキルを習得すればセトにもアナウンスメッセージが流れ、セトがスキルを習得すればレイの頭にアナウンスメッセージが流れていた。
だからこそ、地形操作のレベルが五になった時にセトもそれを知ったのではないか。
そう思ったレイだったが、セトは不思議そうに喉を鳴らしているだけだ。
それはつまり、地形操作のレベルが上がった時にセトにはアナウンスメッセージが流れなかったという事だ。
(どうなっている? セトと離れていたから……いや、違うな。以前に俺がランクアップ試験を受けている時にセトと別行動をしていたけど、その時にセトがスキルを習得したら俺の頭にもアナウンスメッセージが流れた。つまり、今回はイレギュラーか? 有り得るけど)
そもそもの話、今回の地形操作のレベルアップは魔石を破壊して習得した訳ではなく、女王の核を破壊した結果のレベルアップだ。
魔獣術がエルジィンで使われる事を前提として開発された魔術である以上、異世界のここで習得出来たというのは、イレギュラー以外のなにものでもない。
「どうやら、女王の核……魔石に似ている何かを切断したら、地形操作のレベルが上がったみたいなんだよ。……それも桁外れに」
実際、レベル五になって強化された能力は、桁外れという言葉が相応しいくらいなのは間違いのない事実だ。
今までもスキルがレベル五になると強化されていたが、それと比べても飛躍的に上がっている。
「今は無理だけど、後で見せてやるよ」
「グルルルゥ」
グルルルルルルル。
セトの鳴き声に反応するような形で、不意にレイの腹が鳴る。
いや、それは鳴るのではなく鳴り響くといった表現の方が相応しいくらいの大きさだ。
それも当然だろう。昨日は魔力を使い果たすまで消耗し、そのまま食事も食べずに眠り続けていたのだから。
セト程ではないしろ、その小柄な身体に見合わない程の食事量のレイだけに、そのような状況で空腹にならない筈がない。
「……腹が減ったな。何か食うか」
「グルルゥ」
セトもまたレイの言葉に賛成だったのか、同意するように喉を鳴らす。
何しろ、昨日の夕方にこの野営地に到着してからは、少しでもレイを休ませてやりたいと思って、セトもあまり動かず、食べたり飲んだりといったようなことはしていなかった。
自分が飲み食いすれば、それによって身体が動き、身体に寄り掛かって眠っているレイの睡眠の邪魔になるのではないかと、そう思った為だ。
眠っていたレイはそんなセトの気遣いは知らないが、それでも空腹だと言われれば、自分と一緒に何かを食べようと思うのは当然だろう。
「昨日は頑張ったし……今日は少しくらい贅沢してもいいよな」
そう言い、レイがミスティリングから取り出したのは……ガメリオンの蒸し焼きに、ベリー系の酸味の強い果実とクルミを使ったソースを掛けた料理。
本来なら秋にしか食べることが出来ないガメリオンだが、レイのミスティリングならいつでも食べることが出来る。
それも、料理したばかりの状態で収納されているので、いつでも出来たてを食べられるのだ。
「グルルルルゥ」
レイが出した料理を見て、嬉しそうに鳴き声を上げるセト。
周囲に響くその鳴き声と、料理から漂い始めた空腹を刺激する匂いは、眠っていたケンタウロス達を起こすには十分だった。
何しろ、昨夜はレイが念の為にと残した食料で満足な食事を食べることが出来なかったのだから。
レイがいつ起きるのか分からなかった以上、食料を出来るだけ残しておきたいと考えるのも、また当然だろう。
「おい、この匂いは何だ!?」
そんな中で最初に反応したのは、寝ていたケンタウロス達ではなく見張りをして起きていたケンタウロス達。
セトの鳴き声が聞こえてきた時から、もしかしてレイが起きたのか? とは思っていたのだが、それだけではなく食欲を刺激する匂いが漂ってきたのなら、それに反応するなという方が無理だった。
ただでさえ空腹を抱えながら見張りをしていたのだから。
レイのいた場所を中心に野営をしていたので、料理の匂いに誘われるように姿を現したケンタウロスは、一人や二人ではない。
周囲を警戒していた多くのケンタウロス達が、多数姿を現した。
……風上にいたケンタウロスも姿を現したのを思えば、レイが出した料理の匂いがどれだけ食欲を刺激したのか、考えるまでもないだろう。
特に見張りは、精神的にも体力的にも消耗している。
何しろ、女王が多数の援軍を呼んだ以上、この野営地にはいつドラゴニアスが襲ってきてもおかしくはないのだ。
幸い昨夜は一度の襲撃もなかったが、それでもドラゴニアスを……それもいつ襲ってくるか分からない相手を警戒するのは、精神的にも体力的にも消耗する。
そのような状況である以上、当然のように昨夜食べた程度の食事では足りなかった。
……そんな空腹のケンタウロス達でさえ、レイの姿を見て驚いていたのだが。
「よう、昨日はあれからどうなったんだ? 俺がここでこうして寝ていたということは、特に問題の類もなかったんだろうけど」
「あ、ああ」
レイの言葉に……というよりは、レイの持っている料理を見ながら、ケンタウロスの一人が頷く。
そんなケンタウロスの視線を受けたレイは、取りあえず腹ごしらえをするのが先かと、他にも同じ料理を幾つもミスティリングから取り出す。
「女王討伐記念……というには、若干寂しいか。まぁ、本格的な祝勝会は後でやればいいだろうし、今はここにいる面子だけで適当に食べないか?」
レイの言葉に、ケンタウロス達は真顔で頷く。
ただでさえ空腹だというのに、その上で目の前にあるのは非常に美味しそうな料理なのだから、それも当然だろう。
ガメリオンの肉はそれなりに貴重なのだが、レイの場合はかなり大量にガメリオンの肉がミスティリングに入っているので、特に気にする様子もなくケンタウロス達に振る舞う。
「美味い!」
肉を一口食べたケンタウロスが、そう叫ぶ。
ケンタウロス達も牧畜をしながら草原を旅しているので、肉料理に対する技術的な蓄積は多い。
その上、集落ごとに料理の特徴が微妙に違っていたりもするのだが、レイの出した料理はどの集落の出身の者であっても、美味いと叫ぶには十分なものだった。
そして、皆が美味いと叫んでいる影響で、当然のように料理の匂いがあっても眠っていた者達が起き始める。
そんな中には、偵察隊を率いてるザイの姿もあった。
「レイ、お前……起きたのか」
強く安堵したように呟くザイ。
ザイにしてみれば、物資のほぼ全てをレイが預かっている以上、女王を倒してドラゴニアスの脅威をどうにかしても、レイが眠っているままだと自分達の集落まで戻れるかどうかというのは微妙なところだった。……いや、かなり難しいと言ってもいい。
それだけに、こうしてレイが目を覚ましてくれたとういうのは、非常に嬉しかった。
「ああ、悪いな。女王を倒すのに随分と魔力を消耗してな。体力的にも限界になってしまっていたらしい」
「……女王はやっぱり倒したんだな?」
予想はしていたし、状況的にも恐らくレイが女王を倒したのは間違いないと思えた。
だが、やはり実際に女王を倒したとレイの口から聞かされることにより、それでようやく本当に安心出来るのだ。
何しろ、ケンタウロスはドラゴニアスにかなり追い詰められていた。
それこそ、このままだともしかしたら草原にいる全てのケンタウロスが、ドラゴニアスに喰い殺されてしまうのではないかと、そう思ってしまう程に。
実際、それは決して考えすぎといったようなものではない。
もしレイ達がこの世界に来なければ、最終的にはケンタウロスが全滅していた可能性というのは十分にあった。
だからこそ、今の状況を思えばレイの口からはっきりとした答えを聞きたかったのだろう。
「ああ、倒した。それこそ内側から完全に燃やされて、地下空間には灰くらいしか残ってないんじゃないか? 核っぽいのはあったけど」
核っぽいと言われても、この世界のモンスターには魔石がない為か、その辺りの感覚は分からなかったらしい。
ザイが不思議そうな表情を浮かべているのを見つつ、レイはこの件についてはこれ以上言っても意味がないだろうと判断し……ふと、思う。
(この世界のモンスターに魔石のような物がないのなら、女王が持っていた核は……待て。つまり、女王は俺達みたいに、この世界の住人じゃない?)
それは、レイ達がこの世界とは別の世界……エルジィンからやって来たからこその感想だったのだろう。
自分達が異世界からやってきたのだから、ドラゴニアスもこことは違う別の世界からやって来たのではないか。
そうレイが思うのは、おかしくないだろう。
レイ達の世界が何らかの理由……ウィスプが何か関係しているのだろうが、それによってこの世界と繋がった。
レイはこれを偶然……それも有り得ないような偶然でこの世界に繋がったと思っていたのだが、それが偶然ではなく、何らかの意味があったとしたら。
レイ達がこの世界に来るよりも前に、ドラゴニアス達がこの世界にやって来たとしたら……
(そもそも、ドラゴニアスは生物としても色々な意味で特殊な存在だ。こんなのが以前からいたら、それこそこの世界の生き物全てが被害を……それも致命的な被害を受けていたとしても、おかしくはない)
特に女王は……非常に厄介な相手だった。
強いのではなく、厄介。
生き汚いという表現が相応しい程に、強力な再生能力を持っていた女王は、それこそ普通に戦っただけではまず倒せなかっただろう。
ゲーム的に言えば、最大HPが非常に高く、その最大HPによって自動回復する割合が決まっている能力を持つボス敵……といったところか。
例え再生能力があっても、本体があそこまで巨大でなければ、もう少し対処のしようもあったのだろうが。
「レイ?」
「ああ、いや。何でもない。ただ、女王を倒すのはかなり大変だったと思ってな」
「結局、どうやって倒したの?」
レイとザイの会話にそう割り込んできたのは、レイから少し離れた場所で眠っていたヴィヘラだ。
実際にはもう少し前に起きてはいたのだが、レイが起きたということの喜びを噛みしめていた。
それもようやく一段落し、ようやくレイに話し掛けることが出来るようになったのだろう。
「とにかく、黒の鱗のドラゴニアスと同じような再生能力が厄介でな。……結局女王の身体を掘り進めて、その体内で炎帝の紅鎧を全開にしてやった」
「うわぁ……」
ヴィヘラは、炎帝の紅鎧がどのようなスキルなのかを知っているからこそ、そんな声を上げるのだった。