2404話
「えーっと……え? あれ? 何でだ?」
何気なく切断した魔石……に似てはいるが、明らかに違う女王の核か何かと思われる存在をデスサイズで切断したら、何故か魔獣術によるスキルの習得が起こった。
今までこの世界で何匹ものドラゴニアスを殺してきたが、スキルを習得は出来なかった。
……いや、そもそも魔石を持ってすらいなかった。
そういう意味では、魔石に似た何かを残した女王は特殊ではあったのだが……それでも、本当に大丈夫なのか? といった疑問をレイは抱く。
魔獣術というのは、あくまでもエルジィンに存在する魔石を使って新たなスキルを習得するといった魔獣術だ。
だが、その魔獣術でエルジィン以外の異世界で新たなスキルを習得したというのは、後々問題が起きそうな予感を抱いてしまう。
「習得してしまった以上、どうしようもないけど」
呟くレイの言葉通り、魔獣術はスキルを覚えることは出来ても、そのスキルを消去するような真似は出来ない。
あるいは、レイがもっと魔獣術についての深い知識を持っていれば……もしくは、魔獣術について習熟していけば、そのような方法も分かるようになるかもしれないが。
少なくても、今のレイでは仕様外の魔石――に似た物質――によって習得したスキルをどうこう出来ない。
また……どうこう出来ないのではなく、したくないという気持ちがあるのも、また事実だった。
何故なら、女王から得たスキルは地形操作。
今まで地形操作のスキルというのは、基本的にダンジョンの核を切断することによって入手してきた。
……と、そこまで考え、レイは今更ながらふと疑問に思う。
魔石ではないという意味では、それこそダンジョンの核もまた同様なのでは? と。
勿論、今までにダンジョンの核を幾つもデスサイズで切断して、スキルを得てきたのは間違いない。
それでも、今までは取りあえずそういうものとして認識していたのだが、ここにきて……エルジィン以外の異世界に来て、そこでも魔石ではない何かからスキルを習得したということを考えると、改ためて魔獣術の不思議さに疑問を持つ。
「ともあれ、スキルを習得出来たことそのものは嬉しいんだよな」
レイのその言葉は、紛れもない真実だ。
何しろ、習得したスキルは汎用性が非常に高く、その上で習得出来る可能性そのものは非常に少ない、地形操作なのだから。
それも、ただ地形操作のレベルが上がっただけではない。
今までの経験から、魔獣術で習得するスキルはレベル五に達した時点で一つの殻を破る。あるいは、壁を越えるという表現でもいいが、とにかくレベルが五になると、そのスキルの威力は今までとは比べものにならないくらい、強力になるのだ。
であれば、地形操作も間違いなく今まで以上に強力になっている筈だった。
「ともあれ……試してみるか」
現在自分のいるのが、女王の生み出した地下空間であるというのは、レイも理解している。
そのような場所で地形操作……地面を好きなように操作することが出来るスキルを使うというのは、危険ではないかという思いもあった。
だが、レイが地下空間に入ってから女王のいる場所まで歩いて来た時間を考えると、それこそこの地下空間から出るにはかなりの時間が掛かる。
レイの側にはセトの姿もないし、身体能力を増強させる炎帝の紅鎧も既に切れており、何より魔力を限界まで使い、それでも足りずに生命力まで魔力に変えて消費したのだ。
今でこそ何とか立っていられるが、一度寝転がってしまえばもう起き上がれる自信はなかった。
(というか、自分でやっておいて疑問なんだが……生命力って何なんだろうな? 普通に考えれば体力、ゲームだとHPとか表現されてるものだけど……生命力だけに、寿命とかだったりしないよな?)
深く考えるとその考えから戻って来られなくなるような気がしたレイは、無理矢理考えを地形操作に戻す。
この地下空間で地形操作を試すことに、不安がない訳ではない。
だが、仕様外の方法で習得したスキルだけに、いざ地上で使ってみた時に、地上にいるヴィヘラやセトを巻き込まないという可能性はない。
だからこそ、周囲に自分しかいないこの時に地形操作を使ってみようと、そう思ったのだ。
……もっとも、それ以外にもレベル五に達した地形操作がどれだけの威力を発揮するのかという好奇心があることも否定出来ないし、もしくは地形操作というスキルの関係上、地上にでる坂までの移動が容易に出来るかもしれないと、そんな思いもあったのだが。
「ふぅ……」
いつもであれば、新しいスキルを使うとはいえ、ここまで意識を集中させるということはない。
レイが今回そこまで意識を集中したのは、やはり魔獣術の仕様外の方法で地形操作のレベルを上げたことと、何よりもレイ本人の体力と魔力が限界に近いというのがあるだろう。
もしレイが普通の人間であれば、立っていることすら不可能だろう。
とはいえ、レイが普通の人間なら魔力の問題から炎帝の紅鎧を発動させることすら出来なかったのだが。
集中したためか、先程までの興奮から何とか意識を保っていた状態から、少しでも気を緩めると薄れそうになる意識を繋ぎ止めつつ、デスサイズを手に口を開き、スキルを発動する。
「地形操作」
その言葉と共にデスサイズの石突きを地面に突くレイ。
取りあえず、レベル五になってどこまでスキルが強化されたのか知りたかったこともあり、横に最大限の広さまでは発揮するようにし、そして地面を盛り上げる高さも最大限で発動したスキルは、レイに驚くべき光景を見せた。
レベル四では、自分を中心に半径七十mの地面を百五十cm上げたり下げたり出来るという能力だった。
だが……今、レイの目の前に広がっている光景は、半径七十mといった距離とは比較にならない程の距離に、百五十cm程度よりも圧倒的に大きな土の壁が生み出されている光景だった。
しっかりと計っていないので、レイにも正確なところは分からなかったが……それこそ自分を中心にして、一km程の距離に、高さ五m程もある土の壁が出来ていた。
「これは……また……」
その光景はレイに強烈な驚きを与え、驚きは意識が途切れそうになるといったようなことを吹き飛ばす。
それだけ、レイの目の前に広がっている光景は驚くべきものだったのだ。
「はー……レベルが五になればスキルが一気に強力になるというのは分かっていたけど、これはちょっと一気に強力になりすぎだろ」
地形変動の効果範囲は一度に十倍以上になり、地面を上下させるという効果についても三倍以上になっている。
それは、明らかにレイにとっても予想外の効果だ。
「地形操作だから一気に強化されたのか、それとも仕様外の方法で強化されたからこうなったのか、もしくはそれ以外の理由なのか」
エルジィンにおいて、新たなダンジョンを攻略してダンジョンの核を破壊して地形操作がレベル五になっても、現在と同じような性能を持っていたのかどうか。
若干それが気になったレイだったが、その理由はともあれ地形操作が予想以上に強力になったのは、間違いのない事実だ。
であれば、取りあえずこれ以上は余計な事を考えなくてもいいだろうと判断し……そして、歩み出す。
「セトが迎えにきてくれればな。……いや、今頃地上でも多数のドラゴニアスとの戦いが行われている可能性が高いし、セトに無理はさせられないか」
そう呟くレイだったが、女王が周辺のドラゴニアスを呼んだというのは、あくまでレイの予想でしかない。
もしくは、女王が殺された以上、ドラゴニアスがどうなったのかといった疑問も、レイの中にはあった。
さすがに女王が殺されたからといって、その子供達が全て死ぬといったようなことにはならないと思うが、それでも今まで命令を出していた女王がいなくなったことで、組織だった動きは出来なくなる筈だった。
勿論、銅の鱗のドラゴニアスや金の鱗のドラゴニアスのように、高い知性を持っているドラゴニアスが治めている集団であれば、ある程度組織だった動きは出来るだろう。
しかし、戦闘力に特化している銀の鱗のドラゴニアスの場合は、とてもではないが他のドラゴニアス達を上手く纏められるとは思えなかった。
これは予想といったものではなく、実際にレイが幾つも潰してきたドラゴニアスの集落の中でも、銀の鱗のドラゴニアスが治める場所は、そこまで強力といった訳ではなかった経験からだ。
(もっとも、銀の鱗のドラゴニアスであっても、ケンタウロス達だと倒すのは難しいかもしれないが)
レイとヴィヘラ――実際には殆どがヴィヘラによるものだが――の訓練によって、偵察隊に参加しているケンタウロスの実力は飛躍的に上がっている。
それこそ、多くの者が通常の……平均的なドラゴニアスであれば、一人で一匹を相手取れる程に。
だが、そんなケンタウロス達でも、銀の鱗のドラゴニアスを相手にするとなれば、大きな被害を受けることを覚悟しなければならない。
銀の鱗のドラゴニアスというのは、それだけの実力を持っているのだ。……もっとも、レイ、ヴィヘラ、セトといった面々は蹂躙という言葉が相応しいくらいにそんな銀の鱗のドラゴニアスを圧倒していたが。
「とにかく、これから何をするにしても、出来るだけ早くこの地下空間から出る必要はある。……問題なのは、本当に一体どれくらいの時間が掛かるか、分からないことだよな」
炎帝の紅鎧……とまではいかないが、これでレイの体力や魔力がここまで枯渇していなければ、セトには及ばないまでもかなりの速度で走り続けることが出来るので、これだけの広さの地下空間であっても、それなりにすぐ脱出することが出来るのだが。
少なくても、こうやって体力を振り絞りながら歩いているのとは、比べものにならないくらいの速さで移動出来るのは間違いないだろう。
(何か、スキルとかで移動に便利なのってなかったか?)
そう考えるも、基本的にデスサイズで使えるスキルの多くは攻撃用のスキルで、それ以外のスキルとなると……それこそ地形操作くらいしかない。
レベルが五になって、今までとは比較にならないくらい強化された地形操作だが、それでも結局のところ出来るのは地面を上げたり下げたり出来るといった程度だ。
今の状況でそのような真似をしても、出来るのは精々自分のいる場所の地面を上げて進む道を下り坂にすることくらいしかない。
だが、人間が歩く時、下り坂というのは楽そうに見えて実は結構負担がある。
上り坂に比べれば楽なのだが……それでも長時間歩くとなれば、やはり平らな道の方が最善だった。
これが、ある程度短い距離なら、下り坂でもいいのかもしれないが。
「地形操作で地面を移動させるとか出来ればいんだけどな」
現在の地形操作が……いや、レベル四の状態であっても、もの凄く使えるスキルであるのはレイも理解していた。
だが、地形操作……地形を操作するという名前のスキルなら、それこそ地面を上げたり下げたりする以外にも、色々と出来てもいいのではないか。
地上に向かって進む足を止めることなく、レイはそんな風に考えながら進み続ける。
魔力を極限まで消耗し、体力も減っている為だろう。
地面を進み続けるレイの頭の中では、普通の時なら下らないと思えるような、そんな考えが色々と思い浮かんでは、消えていく。
そうして、一体どれくらいの時間歩いたのか……不意に何かが自分の方に向かってくる気配に気が付く。
「って、マジか!?」
まだドラゴニアスの生き残りがいたのか。
そんな思いと共に、レイの口から驚きの声が上がる。
それは、レイが疲れ切っているとは到底思えないような、そんな叫び。
とはいえ、今の状況でもドラゴニアスの一匹や二匹……七色の鱗のドラゴニアスのような、ドラゴニアスの中でも規格外の相手でなければ、それに対処することは出来る。
そんな風に思っていたのだが……
「グルルルルルルルゥ!」
気配の近付いてくる方、前方から聞こえてきたその声に、レイは安堵した様子を見せる。
前方から聞こえてきた声は、レイにとっては非常に馴染みのある声だった為だ。
「……セト?」
一瞬、レイはその聞こえてきた声は何かの間違いではないかと……具体的には疲れ切っている今の自分が聞いた幻聴ではないかと思ったのだが、セトが姿を現して、その上で自分に近付いてきたかと思うと、そっと顔を擦りつけてくるのを感じれば、それが幻聴や幻覚といったようなものでないことは明らかだ。
何故セトがここにいるのか。
そんな疑問も当然のように抱いたが、今はセトの背に乗り……そのまま地下空間を出るように頼むと、疲労から意識を失うのだった。