2402話
レイの振るったデスサイズは、肉体を激しく振動させて防御力を高めていた女王の身体をあっさりと斬り裂く。
黄昏の槍の投擲であっても弾いた強固な防御力が、デスサイズの前では全く意味をなさない。
もちろん、これはあくまでもレイの実力とスキル、それにデスサイズの性能があってこそのことだ。
ゼパイル一門によって生み出され、人外の身体能力を持つレイの身体。
そんなレイの身体能力を高める効果を持つ炎帝の紅鎧。
魔獣術によって生み出された、レイの魔力の結晶とも言うべきデスサイズ。
これら三つが揃っていたからこそ、ここまであっさりと女王の身体を斬り裂くことが出来たのだ。
「ギイイイイィイィイイイィイィ!」
そんな一撃を受けた為か、女王の口からは大きな悲鳴が上がる。
そして、反射的な行動なのだろう。レイの足下にあった地面が槍と化して襲い掛かり、振動していた為か今までは攻撃をせずに肉塊に戻っていた触手までもが、レイに向かって振るわれる。
虫が自分の方に飛んできた時に、咄嗟に手に持っていた雑誌で叩き潰そうとした……そんな感想をレイは抱きながらも、実際にはそこまで気にする様子もなくその場から動かない。
地面からレイの足を貫こうとした土の槍は、身体を覆っている深紅の魔力を突破することは出来ず、先端が振動している触手は左手に持っている黄昏の槍で切断し……そして右手に持っているデスサイズは、再び女王の身体に振るわれた。
先程と全く同様に女王の身体を斬り裂くデスサイズの刃。
女王の身体の振動が全くないかのように切断するデスサイズの威力は、それこそデスサイズを前にしては女王が振動で防御を固めていようと全く意味がないということを示していた。
「まだ、終わりじゃないぞ!」
その言葉と共に、袈裟懸けに振り下ろした状態のまま、デスサイズを手首の動きだけで刃の方向を変え、再び女王の身体を下から斬り上げる。
レイの振るった一撃は、女王にとってどれくらいの痛手なのか。
普通なら身体を斬り裂かれた以上、激痛に悲鳴を上げるのは当然だろう。
だが、女王の身体の大きさとレイの大きさを考えれば、デスサイズによって身体を斬り裂かれても、その一撃は致命傷とはならない筈だった。
……それこそ、未だに女王の身体の中で暴れているだろう無数の炎蛇の方が、女王にとっては痛いだろう。
にも関わらず、レイの放った一撃に女王はとてもではないが、少し痛いといったようなものではない悲鳴を上げたのだ。
女王が痛みに弱い可能性というのはレイも予想していが、現在のレイの視線の先で悲鳴を上げている女王を見れば、そこに疑問を抱くなという方が無理な話だろう。
「取りあえず、お前がデスサイズの一撃が苦手なのは理解した。なら……後は、お前をこのまま徹底的に斬り刻むだけだ!」
その言葉と共に、レイは素早く、連続で女王の身体を斬り裂いていく。
それこそ、レイの放つ一撃は次々と連続して放たれ……土を掘るかのように、肉を掘るといったような作業をしているようにも思えた。
肉を斬り裂かれれば、当然のように血が流れる。
だが、レイの顔には……いや、それどころか、身体には女王の返り血の一滴すら浴びていない。
当然だろう。デスサイズに斬り裂かれたことによって出来た返り血は、それがレイの身体に触れるよりも前に深紅の魔力によって蒸発していたのだから。
「これもついでだ、食らえ!」
その言葉と共に、レイの身体を覆っていた深紅の魔力が女王の身体に叩き込まれる。
デスサイズや黄昏の槍のように鋭い刃を持っている訳ではないが、それでも深紅の魔力によって放たれた一撃は、容易に女王の肉片を吹き飛ばす。
(妙だな?)
デスサイズで斬り裂きながら、疑問に思っていたこと。
それは、女王の持つ再生能力が全く発揮されていないということだ。
ヴィヘラやセトと一緒に戦っていた時は、それこそ多くのダメージが瞬く間に再生した。
だというのに、何故か今はデスサイズや深紅の魔力で攻撃した場所が、一切再生する様子がない。
(何でだ? いよいよ再生能力の限界に達したのか? いや、それにしては、まだ女王にそんな様子は見えない。だとすれば……再生能力を持っていた時と今とで、どこが違う?)
そう考えたレイは、ふと一つの仮説を思い浮かべる。
(もしかして……身体全体が振動している今、再生能力は発揮しないのか?)
それは、あくまでも仮説でしかない。
それも何らかの証拠がある訳でもない、殆どレイが直感的に思い浮かべた、そんな仮説。
だが、レイは恐らくそれが正しいだろうと本能的に思えた。
(つまり、このまま攻撃をし続ければ再生が出来ずに、倒せる? いやまぁ、女王に一定以上の知能があれば、振動を使ってもデスサイズや深紅の魔力の一撃を防げないというのは、すぐに分かると思うけど)
女王が何を考えてそのような真似をしているのか、レイには分からない。
だが、例え何を考えていても、今の状況で自分が戦う以上は絶対に倒さなければならない相手なのは、間違いのない事実だ。
そうである以上、レイにとって一番厄介な再生能力を使わず、黄昏の槍は使えなくなるが、デスサイズと深紅の魔力で十分ダメージを与えることが出来る今の状況は、決して悪いものではない。
いや、それどころかレイにとっては最高に近い状況と言えるだろう。
(こんな状況になっても、振動を止めないのは……黄昏の槍の一撃がそれだけ痛かったからか?)
それは、レイにとってもそんなに間違いではないように思えた。
黄昏の槍を使って女王の身体に巨大な穴……それこそ、向こう側が見えるような穴を作った回数はかなり多い。
つまり、女王にとって最大のダメージを与えてきたのは、黄昏の槍なのだ。
……もしくは、未だに女王の体内で生き続けている無数の炎蛇の方が強力なダメージを与え続けているかもしれないが。
ともあれ、女王にとって黄昏の槍が怖い存在だと認識されれば、当然の話だがそれを防ぐ方法を使う。
そして実際、身体を振動させたことによってレイが投擲する黄昏の槍は女王の身体に傷を付けることは出来なくなった。
「けど……なら、デスサイズの攻撃はどうやって回避するつもりだ!?」
その言葉と共に、連続してデスサイズは振るわれ、放たれた刃は休む間もなく女王の身体を斬り裂き続ける。
その一撃に、悲鳴を上げる女王。
それでも頑なに身体の振動を止めるようなことはない。
「厄介な。死ぬまでの時間を長くしたところで、苦しみ続けるだけだろうに!」
その叫びと共に深紅の魔力を大きく振るい、女王の身体の一部が爆散する。
レイから見れば大きな……それこそ普通なら致命的な一撃とも言えるような攻撃ではあったのだが、それでも女王の巨大さを考えれば、致命傷とは呼べない。
そんなレイの叫びなど聞こえていないかのように――実際に聞こえてはいないのだろうが――女王はレイに対して迎撃をする。
振動したままである以上、触手の攻撃は以前に比べると明らかに弱い。
だが、土の精霊魔法による一撃は、それこそ次から次に放たれ始めた。
先程まではレイに全く土の精霊魔法で攻撃してくることはなかったのだが。
……ただし、土の精霊魔法によって生み出された土の槍や石の矢といった攻撃は、レイの身体を覆っている深紅の魔力を突破するような真似は出来ない。
(けど、問題なのは一体どこまでやれば女王を殺せるか、だよな。……心臓とか魔石……はないにしろ、何らかの核のようなものがあれば、それを破壊すればいいんだが)
このまま時間を掛ければ、女王を殺すことは出来るだろう。
だが、それでは女王を殺すまでに一体どれだけの時間が掛かるのかも分からない。
そうである以上、レイとしては何かもっと簡単な手段を探す必要があった。
……いや、正確には思いつく考えは幾つかあるのだが。
(そうだな。手段を選んでいられるような状況じゃないし……このまま女王の身体を掘り進めて、それで殺してしまえばそれでいい。炎帝の紅鎧もかなり長時間使い続けているから、魔力もかなり減ってきた)
炎帝の紅鎧は、ベースとなった覇王の鎧というスキルに比べれば炎の属性に特化している分、魔力の消費はかなり減っている。
とはいえ、それでも莫大な魔力を持つレイだからこそ、ここまで長時間使い続けることが出来たのだ。
だが、それでもさすがに長時間使いすぎたのは間違いなく、そろそろ限界が見えてきた。
そのような状況になっており、その上で更に女王の肉体をデスサイズと深紅の魔力で掘り進めていくことが出来るようになった今だからこそ、出来る攻撃方法が。
(そういう意味だと、別に狙ったわけじゃないけど、ヴィヘラとセトが地上に行ったのは、悪い選択じゃなかったな)
そう考え、長時間続いているこの戦いを終わらせるべく、レイもまた行動に出る。
「さて、この攻撃には耐えられるか? ……もっとも、この攻撃に耐えられたからといって、お前の勝利って訳じゃないけどな」
女王が聞き、理解すれば絶望してもおかしくはないような言葉を口にしつつ、レイは女王の巨大な肉塊の中に向かって進む。
当然だが、レイとしてもそのような行為は好んでやりたいとは思わない。
だが……幾ら防御を固めて再生能力が発動していないとはいえ、見上げるような巨大な肉塊を持つ女王を倒す手段は、そこまで多くはない。
このまま時間を掛けて端から削っていくといったような真似をすれば、いつかは倒せるかもしれない。
だが、それだと具体的にいつ倒せるのかは不明である上、何よりも炎帝の紅鎧の限界時間が近づいてきている以上、レイとしても出来るだけ早く女王を倒す必要があるのだ。
だからこそ、気は進まないがこの方法で倒すことに決めたのだ。
「行くぞ」
呟き、デスサイズと深紅の魔力を使い、女王の身体に対して次々と攻撃を行っていく。
本来なら、他のドラゴニアスと同様……いや、それ以上の防御力を持っているだろう女王だったが、それらの攻撃を防ぐような真似は出来ず、その巨体を次々と削られていく。……いや、それは最早肉の掘削といって表現の方が相応しいだろう。
女王はそんなレイの攻撃の意図に気が付いているのか、いないのか。
あるいは既に身体の内側に入り込まれてしまった以上、どうしようもないと判断したのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、今はとにかく少しでも早く女王を倒すことが先決だと判断し、肉の掘削を続ける。
(まぁ、普通に考えれば身体の中に入った相手に攻撃する手段とかはないしな。そう思えば、今のこの状況で女王が攻撃をしてこないのは納得出来るか)
レイであっても、もし今の女王と同じように敵が身体の中に入り込んできたとなれば、それに対処するのは難しいと思う。
とはいえ、それはあくまでもレイだからこそだ。
ドラゴニアスの女王という、明らかにレイにとっては未知の存在と言うべき相手ならば、それこそ身体の内側に入り込まれても何らかの攻撃手段はあってもおかしくはない。
レイもそれを知っているからこそ、今は少しでも早く、一歩でも肉塊の中心に向かって進み続け……そして、レイが肉塊の中に入ってどれだけの時間が経った頃か。
不意にレイのいた場所の近くが、激しく揺れる。
それは、女王が身体の表面を振動させて防御に徹した……といったような揺れではなく、身体そのものが揺れるような……そう、それこそ地震でも起きたのではないかと、そう思えるような揺れ。
「何だ?」
その揺れに不吉な予感を抱きつつも、今の状況では女王に対し、少しでも早く致命的な一撃を与える必要があった。
だからこそ、レイは周囲が揺れていてもそれを無視して、デスサイズと深紅の魔力……そして、黄昏の槍を振るう。
女王の表面が激しく振動し、黄昏の槍を受け付けることはない。
だが、それはあくまでも外側での話であって、肉の中に入ってしまえば、話は違ってくる。
女王の身体の中に入ってしまえば、黄昏の槍も十分なまでに効果を発揮する。
一瞬、この状況から投擲したらどうなる? と思ったレイだったが、振動して黄昏の槍を弾くのであれば、それこそ今この場で投擲しても、肉を貫くことは出来ても、皮膚を破る時に振動していて貫けないのではないか。
そうレイは思い、ここで下手な行動に出るよりは最初の予定通りことを進めた方がいいだろうと判断し……そして、肉を掘り進め続けた結果、レイは目的の場所に到着する。
女王の身体の中心部分。
そこで……レイは、自分の身体を覆っている炎帝の紅鎧に対して、残り少なくなってきた魔力を注ぎ込み……やがて、深紅の魔力が女王の腹の中で爆発的に吹き荒れるのだった。