2390話
「勝ったな」
女王を倒す戦いの時に邪魔が入らないように残り一匹の七色の鱗のドラゴニアスを……そして他にも生き残りがいるのなら、誘き寄せるつもりで地上を走るセトの背に乗っているレイが呟く。
この場合の勝ったというのは、この戦いではなく……後ろに置いてきたヴィヘラと七色の鱗のドラゴニアスの戦いだ。
セトの走る速度を考えれば、何かの音が聞こえてきた訳でもなく、ましてやヴィヘラが勝ったのが見えた訳でもない。
それでも、こうして移動している最中に何となく……本当に何となくだが、そう思ったのだ。
何の確証もないが、それでも何となく……もしくは本能や第六感というもので、ヴィヘラが勝利したのが分かったのだ。
「グルルゥ?」
本当? 走っていたセトが、後ろを向いてレイに尋ねる。
レイよりも鋭い五感を持つセトだったが、それでもヴィヘラとの戦いでどちらが勝ったのかといったことは、全く分からなかった。
この辺りは、レイとセトの違いだろう。
……もっとも、本当? と聞いてはいるが、レイがこのようなことで嘘を言うとは思えない以上、恐らくはヴィヘラが勝ったのだろうというのはセトにも予想出来たが。
それでいながら、わざわざレイに尋ねたのは……単純に、レイに構って欲しかったというのが大きかったのだろう。
レイも何となくそんなセトの様子は分かったのか、首を撫でながら口を開く。
「多分だけど、間違いなく……これだと意味不明か」
多分という言葉を使いながら、その直後に間違いなくと断言している。
それは普通に考えれば、矛盾しているだろう。
「それより……分かるか?」
「……グルゥ」
不意に真剣な様子で尋ねるレイ。
セトもまた、そんなレイの言葉に対して喉を鳴らす。
自分もまた分かっていると、そう理解しているのだろう。
今のレイは炎帝の紅鎧を発動しているので、普段よりも感覚が鋭くなっている。
……それでいながらセトの背に普通に乗れているのは、レイがある程度炎帝の紅鎧のコントロール出来ているというのもあるが、やはり最大の理由としてはセトだからというのが大きいだろう。
セトはグリフォンだが、本当の意味では魔獣術でレイの魔力によって生み出された存在だ。
つまり、レイの魔力との間に親和性がある。
だからこそ、レイの魔力が視覚的に見えるようになるまで濃縮した炎帝の紅鎧に触れても、全く何の問題もない。
ともあれ、炎帝の紅鎧によって強化されているレイの感覚は、誰かの視線を間違いなく感じていた。
そして、その視線の持ち主が誰なのかというのは……それこそ、考えるまでもなく理解出来た。
現在の状況で残っているのは、七色の鱗のドラゴニアスが一匹だけなのだから。
いや、それ以外のドラゴニアスで生き残っている者もいる可能性は十分にあったが、ここまで強烈な視線を向けてくる者など、それこそ七色の鱗のドラゴニアス以外にはレイには思いつかない。
敢えて可能性のある存在として考えられるのは、女王だったが……女王の場合は自分が感じている視線よりももっと鋭く、存在感がある筈だった。
(あ、そう言えば……あの金の鱗のドラゴニアスはどうしたんだろうな?)
まだ地上でこのドラゴニアスの本拠地を探していた時に遭遇した、金の鱗のドラゴニアス。
結局その時は逃げられて戦うといったことにはならなかったが、この地下空間で銅の鱗のドラゴニアスに案内されて女王に会い向かっている途中で、それらしき金の鱗のドラゴニアスがいた。
レイに対して強烈な視線を向けてきた金の鱗のドラゴニアスだったが、その相手がどうなったのかは、今のレイにも分からない。
今の状況を思えば、炎帝の紅鎧を使ったレイの攻撃や、もしくはヴィヘラやセトによって倒された可能性も十分にあったのだが。
ともあれ、レイとしては金の鱗のドラゴニアスを自分で倒したという実感はない。
……もっとも、金の鱗のドラゴニアスはレイにしてみれば七色の鱗のドラゴニアスには及ばないにしても、総合能力で見ればそれ以外のドラゴニアスには勝っているという印象だ。
実はまだ生き残っており、どこかで自分の隙を窺っていても、おかしくはない。
「それでも……この視線の持ち主は、多分最後の七色の鱗のドラゴニアスだろうけどな。……セト、どこにいるか分かるか?」
周囲を見て、どこにもその姿がないことを確認し、続いて空を歩く能力を持っていることも思い出して空中に視線を向けるが、そこにも存在しない。
転移能力を持っている七色の鱗のドラゴニアスだが、その転移能力はそこまで長距離を転移出来る訳ではないというのは、他の四匹との戦い――そのうちの一匹はヴィヘラに譲ったが――で実感している。
勿論、戦った四匹の性格がそれぞれ違ったように、能力に関しても個体によって差があるのはレイにも予想出来た。
だが……それでも、レイが見た感じではその能力差は誤差の範囲内といった程度で、実際にはそこまで気にするような必要はない筈だった。
つまり、どこからか視線を向けてはいるものの、一度の転移でレイの側までやって来ることは出来ないような距離にいる。
そう思っていたレイだったが、次の瞬間半ば反射的にデスサイズを振るう。
セトの背の上に乗っているので、万全の一撃という訳ではなかったが、それでも突然自分のすぐ側まで転移してきた相手の攻撃を弾くには十分だった。
「何でこんな距離を転移出来る!?」
一撃を弾かれた相手が、すぐにまた転移して姿を消す。
だが……姿を消すまでの一瞬の間に、レイは相手が七色の鱗のドラゴニアスであることを確認出来たし……何故か、レイに向かって振るわなかった左手には何らかの内臓を握っているのを見ることも出来た。
「何だ? 何でこっちが把握出来ないような長距離から転移してくる?」
今までの七色の鱗のドラゴニアスとは違う……それこそ、文字通りの意味で桁が違う転移距離に驚きつつも、レイはある意味で納得していた。
これでこそ、最後の七色の鱗のドラゴニアスに相応しいと。
「セト、あの七色の鱗のドラゴニアスがどこから転移してくるか分からない。くれぐれも注意してくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴き声を上げ、周囲を警戒する為に女王に向かって進めていた足を止める。
いつまた気が付かないうちに転移してくるといったような真似をしても、不思議ではない。
であれば、ここはいつ何があってもいいよう、今まで以上に警戒する必要があった。
(それにしても……最後まで出て来なかっただけに、能力的に他の七色の鱗のドラゴニアスよりも強いというのは、納得出来るけど……それでも、あの桁が違う転移能力は何だ? 単純に能力が強いだけというのでは、納得が出来ないくらいだぞ)
七色の鱗のドラゴニアスという、同じ種族であるにも関わらず、何故ここまで能力に差があるのか。
それは、レイにとっても疑問であり……何かおかしなところがなかったか? と、本当に一瞬だったが、見た姿を思い出す。
そうして思い出した先程のドラゴニアスの姿の中で、一つだけ違和感が……それも少しではなく、明らかに疑問だと思える程の違和感を抱くべき場所があった。
「あの内臓……何でそんなのを持っていたんだ? 俺を攻撃するのなら、それこそ使えるのは片手だけじゃなくて両手が使えた方がいい筈だろうに」
そう、内臓。
転移してきた七色の鱗のドラゴニアスは、左手に内臓と思しき何かを持っており、それを持っていない右手でレイに向かって攻撃してきたのだ。
レイが強敵だというのは、それこそ今までの戦いを見ていれば十分に理解出来るだろう。
であれば、手を抜いた攻撃をするなどといったことをするとは、到底思えなかった。
レイの認識外の場所から一気に転移して間合いを詰め、レイに向かって攻撃を行ったのだ。
一度目はレイの意表を突けたかもしれないが、二度目ともなれば、もうそのような攻撃方法があると理解出来てしまう。
であれば、七色の鱗のドラゴニアスとしては一度目の攻撃でレイを倒す……とまではいかなくても、致命的な一撃をと考えても、おかしくはない。
にも関わらず、両手を自由にしない……出来なかった理由として、レイが考えられる可能性としては、やはりそうしなければならなかったという事だと、理解せざるをえない。
(つまり、あの左手で持っていた内臓こそが、長距離を転移出来た秘密か? ……そもそも、あの内臓は誰の内臓? いや、考えるまでもないか)
現在、この地下空間にいるのは、レイ、ヴィヘラ、セト……そしてドラゴニアス達だけだ。
そしてレイ達の全員が無事である以上、先程の七色の鱗のドラゴニアスが持っていた内臓が誰の内臓なのかと言われれば、考えられる可能性は一つしかない。
つまり、この地下空間にいたドラゴニアスの内臓だろう、と。
あるいは、転移能力で地上に出てケンタウロスを襲って内臓を奪ってきたという可能性も、否定は出来ない。だが、ドラゴニアスとケンタウロス、どちらの内臓なのかと言われれば……やはり前者の可能性が高いだろうというのが、レイの予想だった。
(つまり、あの七色の鱗のドラゴニアスは仲間の内臓を使うことで転移が可能な距離を伸ばせるってことか? ……そんなピーキーな能力……いやまぁ、ドラゴニアスって時点で正体不明な存在なんだから、そのくらいの能力はあって当然なのかもしれないけど)
それなりに長期間ドラゴニアスと戦ってきたレイだったが、それでもドラゴニアスの生態を完全に理解したかと言われれば、首を横に振るしかない。
普通のドラゴニアスはそれぞれの鱗の色に対応して、その属性に強い抵抗力を持っているという点や、飢えに支配されており、ろくな知性が残っていない。だが、指揮官級のドラゴニアスの命令にはしっかりと従う。
それ以外にも色々と分かっていることはあるが、あくまでも表面的な内容ばかりでしかない。
そもそも、レイは研究者の類ではなく、冒険者なのだ。
敵を倒す為に調べるというのならまだしも、その生態を詳しく調べろという方が無理だった。
「とにかく、向こうの手札の一つは見た。……多分、あの七色の鱗のドラゴニアスだけが持ってる特殊な能力なんだろうが……次に同じように遠距離から転移してきても、それに対応するのは難しくない。な?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せて! と鳴き声を上げる。
見えないくらいの遠距離からの転移ということで、最初は驚いたものの、セトも転移してきた際に起きる空気の流れや気配の出現、呼吸音を始めとした音や気配といった諸々で、相手の転移を察するような真似は出来る筈だった。
(もっとも、七色の鱗のドラゴニアスの知能なら、そのくらいのことは予想している筈だ。そうなると、まだ何らかの奥の手があるという可能性も否定は出来ないな)
わざわざ最後まで出て来るようなことはなく、仲間が次々と倒されているのを見ていた相手だ。
当然の話だったが、そのような相手である以上、こうして最後に出て来たということは、何らかの勝算があった筈だ。
(つまり、今までは俺とセト、そしてヴィヘラとの戦いを見て、観察していたんだろうし。……そうなったらそうなったで、ちょっとは手強そうだけど)
結局のところ、今の状況では敵がどう出て来るか分からないので、レイは周囲を警戒しながら進む。
相変わらずセトの背に乗ったままだったのだが、そのまま進んでも七色の鱗のドラゴニアスが姿を現す様子はない。
セトに乗って進み続け、五分程。
それだけの時間が経過しても、七色の鱗のドラゴニアスは再度転移して襲撃をしてきたり、もしくはもっと別の攻撃手段で襲ってきたりといったような事はしてこないのだ。
「どうなっている? ……もしかして、普通とは違う長距離の転移だから、内臓を持っていても消耗が激しいとか、そういうのがあるのか?」
呟くレイだったが、冷静に考えてみれば納得出来る理由でもあった。
元々が七色の鱗のドラゴニアスの持つ転移能力は、かなり近距離にしか転移出来ない。
とはいえ、レイの予想では連続して、しかも即座に転移能力を使えるのは、そのおかげだというものだ。
だからこそ、何らかの理由があっても無理に長距離……それもレイやセトが見回しても見つけることが出来ないような距離からの転移のような真似をすれば、かなり無理をしての行動だというのは容易に想像出来る。
「とにかく、今はまず……向こうに出て来て貰うまでは、待つしかないか。セト、女王の方に向かってくれ。そうすれば向こうも嫌でも出て来るだろうし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。