0239話
「ちょっと……何よ、これ」
レイ達が夜営をしていた林の奥。そこに存在している筈の盗賊達のアジトへと奇襲を仕掛けるためにやってきたレイ、タエニア、ルイードの3人だったが、そこで見たのは予想外の光景だった。
いや、レイに関して言えば人並み外れた五感で漂ってきていた大量の血の臭いや、派手に火を焚いている明かり、そして怒声や悲鳴といったものを感じ取っていたので予想外では無かったのだが。
盗賊達のアジトである洞窟が見渡せる茂み。現在レイ達3人はそこに隠れて周囲の様子を窺っている。
そしてそんな3人の目の前で広がっている光景は、50人近い人間や獣人達の争いの現場だった。
振り上げられる剣、斧、棍棒。それを防ごうと掲げられる盾や、迎撃として突き出される槍。
至る所で繰り広げられているその戦いを、ルイードは驚愕の視線で、タエニアは呆然と、レイは冷静に眺めていた。
「何で私達が奇襲を仕掛ける前に、戦闘になっているのよ」
呟くタエニアの声に、レイは視線の先で行われている戦いを見ながら呟く。
「この様子を見る限りだと、恐らく盗賊同士の争いだろうな。……いや、争いとすら言えないか」
そう。レイの言う通りに攻撃を仕掛けている方、そして攻撃を受けている方も両方共鎧を身につけている者はそれ程多くなく、寒さ対策の為のコートを着ている程度であり、騎士の類で無いというのは明らかだった。そして同様にその装備品から考えて冒険者の可能性も少ないだろう。そうなると残るのは盗賊同士での戦いといったものだ。そしてその戦いは既に戦いとすら言えない状況に陥っている。
恐らくレイ達を襲って返り討ちに遭った盗賊達だろう勢力が20人程度であるのに対して、もう片方の盗賊達の人数は30人程度と人数的には後者の方が10人近く多く、戦闘の技術に関しても明らかに後者の方が数段上だった。
量で負け、更には質でも負け。少数の方の盗賊達に勝ち目が無いのは明らかであり、そして本来であればそんな状態になったらすぐに逃げるのが盗賊という存在だ。だが多勢の方の盗賊達が薄く広くといった様子で包囲を完了しており、とても逃げ出すことは出来ない状態になっている。その目的は戦いを見ている3人にはすぐに分かった。敵を降参させるのではなく、殲滅を狙っているのだと。1人残らず殺し尽くそうとしているのだと。
「……また、随分と予想外の光景ね。そもそも盗賊の技量じゃないわよ、あれ」
多勢の盗賊を見ながら呟くタエニア。
「そうねー。平均的なランクF程度の戦力かしらー」
ルイードもまた、語尾が伸びたいつもの口調で同意する。
ランクF冒険者と言えば、まだまだ初心者用のランクではあるが、そもそも盗賊自体が基本的には素人の集まりだ。酷いのになると、農民がただ武器を持っただけという者も少なくない。そんな者達と、低ランクとはいっても冒険者と同等の実力を持っている者達がぶつかったらどうなるのか。その答えが今3人の前に広がっている、一方的な虐殺にしか見えないこの光景だった。
「どうする? 完全に先を越されたが」
「どうするって言われても……ちょっと困ったわね。確かに盗賊達のお宝は欲しいけど、敵が多すぎるわよ」
自分達の戦力は、ランクD冒険者2人にランクC冒険者1人。ランクCのレイに関しては規格外と言ってもいいような存在だが、自分達はランク相応の実力しか持っていない。しかも片方は後衛の弓術士。
そんな考えがタエニアの脳裏を過ぎり……
「あ」
タエニアが考えている中で、ふとレイが声を上げる。盗賊達が戦っている中に見知った顔を見つけたからだ。
もっとも、その人物にしても親しいという訳ではない。むしろ1度会った程度だ。しかも、レイが襲われそうになったという関係で。
「どうしたの、レイ?」
そんなレイの様子に気が付いたのか、タエニアが尋ねる。
そのタエニアに、後方から人数の多い方の盗賊達に指示を出している男を指差す。
「いや、以前サブルスタの街に行く途中で盗賊に襲われそうになったことがあってな。その時はこっちから先制攻撃して撃退したんだが、そこで見た顔があったんだよ」
「へぇ、レイを襲うなんて命知らずな盗賊ね。で、どれ?」
レイの戦闘力を知っている今だからこそ笑ってそう言えるのだが、外見でその実力を計れない以上はレイを襲うのも無理はないと考えながらタエニアはレイに尋ねる。
だが……そのレイが指差した人物を見て、タエニアの頬が引き攣る。それはルイードもまた同様だった。
顔に幾筋もの傷跡が残っており、一見して盗賊以外には見えないその容貌。そして背負っているのは巨大なバトルアックス。だが、その外見を裏切って仲間に対して細かく指示を出しながら戦っており、自分達が受けるダメージを可能な限り抑えている。
「ちょっ、ちょっと。あの男って……」
「うん、間違い無いわー。草原の狼の頭目のエッグだと思うー」
そう。その男の顔を2人は知っていた。ルイードが口にしたように、この近隣で活動をしている少数精鋭として名高い盗賊団の頭目として。
他の盗賊団のように無益な殺人や女に対する強姦のような真似はせず、必要分の物資を出せばそのまま風のように消えて行く盗賊団。時には、他の盗賊団に襲われている商隊や商人達を助ける為に味方をしたという話すらも存在していた。
もちろんそれでも盗賊団である以上は、討伐対象ではある。だがそれでも、危険度で言えば他の盗賊団よりも圧倒的に下であり、民衆達の中には英雄視している者達すらも存在している。
自分達の知っている草原の狼とエッグの情報をレイへと教えるタエニア。
そんな話をしている間にも盗賊団同士の戦いは続き、やがてその勝敗は明らかになった。レイ達を襲ってきた盗賊達の生き残りは既に3人。1人は恐らく盗賊団の頭領であろう伸ばし放題の髪をして、何らかのモンスターの毛皮を身体に纏って巨大なバトルアックスを持った蛮族の如き男。そしてその男に従うかのようにして弓を持った男と剣を持った男がいる。頭領はともかく、その2人は目に涙を溜めながら手足を死の恐怖で震わせて何とか生き残る手段を探している。
「エッグ! 手前っ、何を考えてやがる!」
「何って、何がだよ」
頭領の言葉に、面倒臭そうに言葉を返すエッグ。だがその口調とは裏腹に、目は鋭く敵対していた残党3人へと向けられていた。
「お前も俺と同じ盗賊だろ!? なのに何でこんな真似をするってんだ! 狂いやがったか!?」
「……同じ盗賊、だと? くっくっく……同じ、ねぇ。同じだと……? 俺が手前と同じだっていうのか、この外道がぁっ!」
頭領の言葉にこれ以上おかしいことは無いとばかりに笑い、だが次の瞬間にはその形相は怒りに染められて咆吼とも呼べる怒声を放つ。
その声だけで頭領以外の2人の盗賊は持っていた武器を地面へと落とし、同時に気を失って地面へと倒れ込む。
(これは……スキル、か?)
その様子を見ながら、内心で呟くレイ。魔力を感じ取るという能力は無いレイだったが、今の一連の出来事を見ていてミレイヌが使ったショック・ウェーブという技が頭を過ぎる。
(あのショック・ウェーブとかいう技も、魔法を使う程に魔力がないミレイヌが自分で編み出したスキルだった。なら、あのエッグとかいう男が使ったのも同じように編み出されたスキルの可能性があるな)
「ぐっ、ぐぅ……」
レイが考えを纏めている間にも、事態は進んでいく。
さすがに盗賊達を率いていただけあって、今の咆吼を食らっても一瞬よろめいただけで済んだ頭領が殺気の籠もった視線をエッグへと向ける。
「手前、本気か? 本気で俺を殺すつもりか?」
「当然だ。お前には以前から忠告をしていたな? 盗みを働くのはいい。それが俺達の仕事だしな。だが、面白半分に人を殺すなと。人を殺せば、それだけ俺達は街の奴等や商人、ギルドの冒険者に憎悪される。それこそ、繰り返し繰り返し忠告しただろう。だが、手前は全く俺の話に耳を貸さずに……それどころか、俺に対する意趣返しか何かのつもりで襲撃相手を面白半分に殺しまくった」
「けっ……けっ、何言ってんだ! 相手は獲物だぞ!? そんな獲物を殺して何が悪いってんだ! 人を斬った時の肉の感触に、吹き出る血飛沫! そして自分がもう助からないと知った時に浮かべる情けない絶望の顔! これ以上に面白いものがあるか!? 無いだろ! モンスターや動物を殺すだけでは得られない、人間や亜人を殺すからこその快楽、それをお前だって知っている筈だ!」
エッグに睨まれ、己の中に産まれた恐怖心を吹き飛ばすかのように叫ぶ頭領。
「……最低ね」
レイの耳に、ふとそんな声が聞こえて来る。
ボソリと呟かれたその声は、間違い無くレイの横で盗賊同士の戦いを伺っていたタエニアのものだった。
最初に攻撃を受けた時の先制の一撃。見た目がそれなりに整っている自分達を相手に、捕らえるつもりもなく真っ先に命を狙ってきた理由が分かったからだ。
「殺人で快楽を得るとか……しかもそんなのが盗賊だなんて」
「全くよねー。でも、その最悪の盗賊ももう終わりでしょ? ほらー」
ルイードの言葉に、視線を再び洞窟の方へと向けるタエニア。そこでは、エッグがその手に巨大なバトルアックスを構えて頭領を睨み据えているところだった。
「もういい。盗賊って存在にも破っちゃいけない一線ってのがあるんだよ。そこまで堕ちたお前は……もう救えねえ。せめて、ここで俺が始末を付けてやる」
「うるせえ、うるせえ、うるせえぇぇっ! いつもいつもいつもいつも! 何だってお前がこの辺の盗賊を仕切ってるかのように偉そうな口を利いてんだ! 手前を殺して、俺が……俺がぁっ!」
雄叫びと共に、頭領もバトルアックスを振りかぶってエッグへと襲い掛かって行く。
共に手に持っているのはバトルアックスであり、その武器の質もレイが見たところではそう大差のある物ではなかった。確かに上物ではあるが、マジックアイテムのような一級品の類ではない。だが……
「甘いんだよ。馬鹿が!」
エッグは振り下ろされたバトルアックスを横薙ぎに振るった一閃で頭領の手から弾き飛ばし、次の瞬間には返す刃を頭部に叩きつけ、脳みそ諸共に破裂させて即死させるのだった。
「……凄い」
3人の目の前で繰り広げられたのは、一騎討ちというものではなく一方的な処刑と表現すべき光景だ。
それでもタエニアはエッグの振るうバトルアックスの鋭さに驚愕し、思わず感嘆の声を上げる。
だが、それもエッグがレイ達の隠れている茂みへと視線を向けるまでだった。
「おい、そこに隠れている2人。頑張って気配を消しているようだが、俺達盗賊のような本業に通じる程じゃねえぞ。こいつらの仲間か?」
「……え?」
エッグの声に、思わず疑問の声を上げるタエニア。
何しろ2人と言われたのだ。茂みに隠れているのは3人だというのに。
だが、タエニアが混乱している間にもエッグの言葉は続く。
「こっちが丁寧に尋ねている間に出てこい。でなきゃ、こいつらの仲間と見なして攻撃を仕掛ける。猶予は10秒だ」
1、2、3……と数えているのと同時に、エッグの仲間達が茂みへと向かって武器を構える。
「ちょっ、どうするのよ!?」
「俺が出て行くか? あの程度の奴等ならどうにも出来るが」
「無茶言わないで! あんたは良くても、私達は足手纏いにしかならないわよ!」
短く言い合いをしている中、エッグの数える声が8、9と進み……同時に、茂みに向かって武器を構えている者達はいつでも攻撃を仕掛けられるように準備を整え……
「待って! 出る、すぐに出て行くわ!」
この状態で戦闘になったらレイ自身はともかく、自分達はまず生き残れないと判断したタエニアが茂みの中からそう声を掛ける。
「いいのか?」
そんなタエニアにレイが小声で声を掛けるが、溜息を吐きながら首を振られる。
「しょうがないでしょ。この状況で他にどうしろってのよ。それに草原の狼の評判を聞く限りだと、特に騒ぎにならないで済むかもしれないしね。それに向こうは何でかこっちが2人だと思っている。だから……」
「一応。一応だがこの状況をどうにか出来るかもしれない手がある。失敗したら本格的に戦いになる可能性もあるが……どうする?」
タエニアの言葉を遮り、そう告げるレイ。その瞬間、タエニアは反射的に決断する。
このまま前に出て行けば、確かに無難にやり過ごすことができるかもしれない。だが、相手は結局盗賊なのだ。例え、それがいくら義理堅いと言われている草原の狼という集団であったとしても。
「……分かったわ。ルイードもいいわね?」
「うんー。いざとなったら私の弓でどうにかしてみせるわー」
「おいっ! いい加減にしろ! 早く出て来やがれ!」
エッグのものとは違う怒声が響く中、タエニアはレイへと視線を向ける。
その視線を向けられたレイは、小さく頷き口を開く。
「俺が出て行くから、お前達はここで待っていろ。いざとなったら、向こうが俺に気を取られている隙に逃げ出せばいい」
「本当にそれで大丈夫なの?」
「さて、な。だが、さっきもお前が言ったように、俺だけならどうとでもなる」
そう言い、レイはタエニアとルイードをその場に残し、ミスティリングからデスサイズを取り出して茂みを出ていく。
「久しぶり……と言う程に時間は経って無いが、珍しいところで再会したな」
デスサイズの柄を肩に乗せ、鋭い視線で周囲を睥睨するかのように威圧しながら。