2383話
レイの視線の先には、七色の鱗のドラゴニアスの姿が……正確には炭となった七色の鱗のドラゴニアスの姿があった。
三十秒程前までは、地面を転がって何とか自分の身体に巻き付いていた炎を消そうとしていた七色の鱗のドラゴニアスだったが、それも結局のところ最後にはどうにも出来ず、息絶えたのだ。
驚くべきは、息絶えた瞬間にその身体を焼いていた炎の勢いが増し、三十秒ほどで炭と化したといったところか。
(あれは、七色の鱗のドラゴニアスが死んだから……炎に抗う力がなくなったから、いきなりあんな風になった。そう考えた方がいいのか? いやまぁ、客観的に見た場合、そう判断するしかないんだけど)
数分もの間は炎に抗い続けた七色の鱗のドラゴニアスが凄いと思うべきか、それとも深炎の威力に驚くべきか。
「ここは素直に深炎の能力に驚いておきたいところだな。とはいえ、炭になったのは……うん。ちょっと困ったな」
レイが見たところ、七色の鱗のドラゴニアスは女王を除いてドラゴニアスという存在の中では頂点に位置するべき相手だ。
であれば、その死体を素材として使えば、一体どれ程のマジックアイテムが作れるのか。
とはいえ、ドラゴニアスの死体はエルジィンに持っていって、ミスティリングから出すと、一晩で使い物にならなくなるという、そんな厄介な性質を持つ。
それだけに、慎重に……まずは一晩経っても問題ないようにする方法を探す必要がある。
ただし、その方法が確立されれば、七色の鱗のドラゴニアスは非常に希少な存在だけに……それこそ、ベスティア帝国が開発した転移のマジックアイテムとはまた違った転移のマジックアイテムが出来る可能性がある。
ベスティア帝国で開発された転移のマジックアイテムは、前もって魔法陣を用意しておく必要があり、転移出来る場所はそこに決められている。
だが、七色の鱗のドラゴニアスの持つ転移能力を考えると、そのような面倒な手間は必要なく。いつでも自由に使える転移のマジックアイテムが完成する可能性があった。
……ただし、七色の鱗のドラゴニアスの近い場所にしか転移出来ないという特性を考えると、長距離の転移は非常に難しいことになる可能性が高かったが。
「とにかく、俺の方は一段落したな。後はセトとヴィヘラの方か」
お互いがお互いの戦いの邪魔にならないようにする為に、レイ、ヴィヘラ、セトはそれぞれにかなり距離をとって戦っていた。
この地下空間が広大だからこそ出来たことだったし、だからこそレイの深炎で産み出された投網状の炎を使うといった真似も出来たのだが。
それはつまり、レイの深炎によって死んでいないドラゴニアスもそれなりにいるということになる。
そのような場所で、ヴィヘラとセトはドラゴニアスと戦っていた。
とはいえ、その範囲外の敵は軒並みレイが倒してしまったので、ヴィヘラとセトが倒すべき相手は、そう多くはなかったのだが。
そんなレイの予想通り、残っていた数少ないドラゴニアスは次々と一人と一匹に蹴散らされている。
「あっちの心配はしなくてもいいか。……とはいえ、残っているのが精鋭揃いとなると、まだ炎帝の紅鎧を解除する訳にはいかないが」
炎帝の紅鎧を発動してから、それなりに時間が経っている。
炎帝の紅鎧は、レイの持つ莫大な魔力があってこそのスキルだ。
ベースとなったノイズの覇王の鎧をレイが強引に使っていた時に比べると、炎の魔力に特化した分、魔力の消費量はかなり少なくなっているのは事実だが、それはあくまでも莫大な魔力を持つレイだからこそ運用出来ている。
……ある意味、レイが炎属性以外の魔法を使おうとした時と、同じように大量の魔力を消費しているのは変わらないのだが。
敵にはまだ女王が残っており、ここまで苦労して倒した七色の鱗のドラゴニアスが他にも四匹おり、黒、白、透明の鱗のドラゴニアスもそれぞれいる。
また、何だかんだと金の鱗のドラゴニアスとも、まだ戦っていない。
そうである以上、やはりこれからが本番なのは間違いないのだ。
だからこそ、ここで炎帝の紅鎧を解除するようなことは出来ない。
幸い、魔力の容量的にはまだかなりの余裕があり、濃縮した魔力を飛ばす深炎も、まだ何度でも使えるという感覚がレイの中にはあった。
「向こうが片付いたら、こっちに来るだろ」
残り少ない敵と戦っているヴィヘラとセトを一瞥すると、レイは炎帝の紅鎧を展開したままドラゴニアス達の……より正確には、女王の方に向かって歩き出す。
視線の先……かなり遠くには、まだ赤い鱗のドラゴニアスがそれなりの数いるのが確認出来る。
レイにとっては天敵と呼ぶべき赤い鱗のドラゴニアスだったが、炎帝の紅鎧を使用している今では、炎に対する強い耐性……それこそ、レイの使う炎の魔法ですら防ぐだけの強力な耐性を持っていても、まるで耐性がないかのようにあっさりと燃やしつくすことが出来るだけの威力を持っていた。
だからこそ、今のレイにとって赤い鱗のドラゴニアスが多くいても、全く何の問題もない。
赤い鱗のドラゴニアスは、本来なら獲物が自分達に近付いてくるのなら、それこそすぐにでも襲い掛かってもおかしくはない。
だが……炎帝の紅鎧を使用しているレイに対しては、それこそ飢えの本能よりも前に恐怖を感じてしまう。
その恐怖によって、まだ生き残っていた赤い鱗のドラゴニアスは……いや、それ以外の飢えに支配されている筈のドラゴニアス達も、レイという存在に恐怖し、尻込みしてしまう。
「動かない、か。こっちにしてみれば、そういう意味では楽なんだけどな」
まだドラゴニアスがいるのはかなり遠い。
それでも、炎帝の紅鎧によって身体能力が強化されている今のレイにしてみれば、その程度の距離など、大した意味をなさなかった。
「行くぞ」
自分の声が向こうに聞こえているのかどうかは分からなかったが、それだけを呟き……地面を蹴って、一気にドラゴニアスの群れとの間合いを詰めていく。
先程の深炎によって炭となったドラゴニアスの死体が、走るレイに触れて次々と崩れていく。
だが、レイはそのようなドラゴニアスの様子を全く気にせずに走り続け……
「っと! まだ生き残りがいたのか。あれで全部だったとは思っていなかったけどな」
ドラゴニアスの群れから飛んできた、斑模様のドラゴニアスが放った血のレーザーを回避しつつ、呟く。
炎帝の紅鎧を展開している状態であれば、血のレーザーが命中してもダメージはないと分かっているのだが、これは半ば反射的な行動だった。
また、今はまだ魔力的に全く問題はなかったが、炎帝の紅鎧を使う上でレイの魔力というのは必須条件だ。
そうである以上、例え効果がなくても血のレーザーを回避出来るのに自分から命中するといったような真似は、出来ればやらない方がいいのは間違いなかった。
「取りあえず、これはお返しだ。貰ってくれ!」
走りながらも、深紅の魔力をコントロールし、深炎として自分の進行方向に向かって投擲する。
数m程の大きさの深炎は、それこそレイが投擲する槍程ではないにしろ、かなりの速度で空中を飛んでいき、やがて空中で爆散したかと思うと、大量の細かな炎となって周囲に飛び散る。
レイが深炎を使う時にイメージしたのは、ナパームのような粘着力のある炎。
それが空中で破裂して、大量の雨のように降り注いだのだ。
深炎が炸裂した時、真下にいたドラゴニアス達にしてみれば、それこそ堪ったものではないだろう。
何しろ、拳程の大きさの炎であっても、その炎に触れてしまえば対処のしようがないのだから。
地面を転げ回って炎を消そうとしても、その程度では全く消えるようなことはない。
それどころか、燃えている部分から少しずつではあるが炎が広まっていき、その炎に触れた者は文字通りの意味で地獄の苦しみを味わいながら、地面を転げ回りながら身体を焼かれていく。
……身体の一部を焼かれ、その炎が徐々に広がっていくといったように苦しみが長くなるというのであれば、それこそ全身を炎に包まれて一気に焼き殺された方が、苦しむ時間は少ない分、幸せであると考えてもおかしくはない。
「混乱するよな、……けど、もっと混乱して貰うぞ」
呟き、レイは地面を蹴ってドラゴニアスの集団に近付いていく。
当然の話だが、炎帝の紅鎧を展開しているレイを、普通のドラゴニアスで止められる筈がない。
いや、何十匹……場合によっては何百匹ものドラゴニアスが決死の覚悟でレイの前に立ち塞がれば、あるいはレイの動きを止めるような真似も出来たかもしれない。
だが、それはあくまでもそこまでやればの話であって……飢えに支配されているにも関わらず、レイという存在に恐怖を感じてしまったドラゴニアス達に、そのような真似は出来ない。
「はぁっ!」
気合いの声と共に、デスサイズを振るうレイ。
その巨大な刃が、一薙ぎで複数のドラゴニアスの胴体を切断していく。
ある意味で運が悪かったのは、レイの一撃により死ねなかった者だろう。
刃で胴体を切断された者は、苦痛もなく瞬時に死ねた。
だが、デスサイズの刃ではなく柄が当たってしまったドラゴニアスは、身体中の骨を折られながら吹き飛ばされるという……生き地獄に陥ることになる。
そうして吹き飛ばされたドラゴニアスに向かい……次にレイが放ったのは、深炎。
両手を使ってデスサイズと黄昏の槍を使いながら、それと同時に深炎を第三の手のようにして使って炎を生み出す。
もしくは、深紅の魔力そのもので殴り飛ばしたり、触れた相手を即座に燃やしたり……レイがやっているのは、最早戦いではなく蹂躙という言葉が相応しいだろう。
当たるを幸いといった様子で攻撃していたレイだったが……視線の先から数匹の金の鱗のドラゴニアスが出て来たのを見て、動きを止める。
レイにしてみれば、金の鱗のドラゴニアスというのは間違いなく強敵と呼ぶに相応しい相手だった。
ただし、強敵というのはあくまでもレイが炎帝の紅鎧を使っていない素の状況でのことだ。
深紅の魔力を身に纏っており、ただでさえ高い身体能力が炎帝の紅鎧によって強化されている今のレイにとっては、金の鱗のドラゴニアスであってもそこまで強敵とは思えなかった。
「試してみるか。どのみち、この連中以外にも強敵は他にもいるんだし」
特に七色の鱗のドラゴニアスは残り四匹とはいえ、恐らくドラゴニアスの中でも最強の存在と言ってもいい。
幸いにして一匹を倒すことは出来たが、他の四匹も同様に倒せるとは思えなかった。
(それに、セトはともかくヴィヘラは絶対に戦いたがるだろうしな)
そう考えながら、一気に前に出る。
デスサイズと黄昏の槍を手にしたレイは、それこそ金の鱗のドラゴニアス達の目から見ても脅威的な存在なのか、すぐに戦闘状態に入る……のだが……
「やっぱりな」
予想外でありながら、予想していたという妙な感想を抱きつつ、レイは自分が身に纏っている深紅の魔力を突破出来ない敵を見やる。
金の鱗のドラゴニアスであっても、やはり炎帝の紅鎧を使った今のレイにとっては、そこまで強敵と呼ぶべき存在ではない。
勿論、普通のドラゴニアスや、それよりも戦闘に特化した銀の鱗のドラゴニアスと比べれば、十分に強力と言ってもいい存在なのは間違いない。
だが……それでも、今のレイにとっては、金の鱗のドラゴニアスも強敵ではあっても、苦戦すべき相手ではなくなったのだ。
次々に放たれるレイの一撃により、金の鱗のドラゴニアスも蹂躙されていく。
しかし、金の鱗のドラゴニアスは通常のドラゴニアスよりも強い。
レイの放つ一撃に大きなダメージを受けながらも、それでも金の鱗のドラゴニアスは反撃をしようとする。
鋭い爪の一撃。
普通の鎧なら、それこそ金属で出来た鎧であっても容易に斬り裂くことが出来るだろう一撃。
だが、そんな鋭い爪の一撃であっても、炎帝の紅鎧によって生み出された深紅の魔力を破ることは出来ない。
……それどころか、爪の一撃は深紅の魔力に傷一つ与えることが出来なかった。
そんな自分の一撃が信じられないと判断したのか、金の鱗のドラゴニアスは動きを止め……当然の話だが、レイがそんな一撃を見逃す筈もない。
次の瞬間には黄昏の槍の一撃が放たれ、金の鱗のドラゴニアスは胴体を貫かれ……炎帝の紅鎧の効果によるものだろう。胴体だけではなく、上半身そのもの細かな肉片となって飛び散る。
「そっちも、ついでだ!」
胴体を粉砕した黄昏の槍を素早く引き戻し、次の瞬間にはレイはそれを左手で投擲し……金の鱗のドラゴニアス数匹の胴体を砕くのだった。