2372話
セトに乗って走り続けて、一時間程が経過した頃……ようやく地面に炭のある場所が終わりを告げた。
つまりそれは、レイの魔法がここまでしか効果を発揮しなかったということになる。
(純粋に、ここまで炎が到達したことで魔法を発動した魔力が切れたのか、それともドラゴニアスの女王が何らかの手を打ったのか。……手を打ったってのなら、それこそ土壁とかがそうだった可能性が高いんだが)
最後の場所だけに、地面には今までよりも一際大量に炭が散らばっている。
それを見れば、やはり最後に大量のドラゴニアスが進む炎に挑み、結果としてそれらが炭となった……つまり、魔法に使われた魔力が切れたと判断する方が、正しいとレイには思えた。
「取りあえず、ここからは慎重に進む必要があるな。……セト、ありがとな。ここまで乗せてくれて助かった」
セトの背から下りつつ、感謝の言葉を口にするレイ。
嬉しそうに喉を鳴らすセトだったが、ここが危険な場所であるというのは理解しているのだろう。
すぐに何があってもいいよう、真剣な表情で周囲の状況を確認する。
「ここからが本番ね。……金の鱗のドラゴニアス、もしくは斑模様のドラゴニアスや、それ以外の新種もいるといいんだけど」
ヴィヘラもまた、セトの背から下りて周囲の様子をしっかりと確認していた。
その目は鋭く周囲の様子を警戒しており、ここからが本番なのだということを、はっきりと理解している。
(RPGとかで、ラスボスのダンジョンとかはかなり長かったりするけど……ある意味、今の俺の状況と同じようなものだよな)
ドラゴニアスの女王のいる場所に向かうのだから、ボスという意味では決して間違っていないのだろう。
そう判断しながら、レイ達は歩みを進み始める。
「光ってるのって、壁と天井だけじゃなくて、地面もだったんだな。……今までは燃やされていたから、分からなかったけど」
光っている地面を見ながら、レイが呟く。
その地面は、壁や天井と同様に光を放っている。
優しい光で、見ていて目が眩むといったようなことはない程度の光量なのだが……それでも、地面が光るというのは何となくレイには慣れないものがあった
「この地面や壁、天井が光っているのも、ドラゴニアスの仕業だと思う? それとも、元々この地面がそういう性質を持っていたのか……」
「どうだろうな。それより、俺はドラゴニアスがいないことの方が気になるな。俺の魔法はここまでで効果が終わったんだから、赤い鱗のドラゴニアスは当然だけど、他のドラゴニアスがいてもおかしくはないと思うんだが」
赤い鱗のドラゴニアスは炎に強い耐性があるので、レイの魔法でも死ぬことはない。
だが、ここまでセトが移動してくる間にも、そして現在目に見える場所にも赤い鱗のドラゴニアスの姿はどこにもない。
それがレイには疑問だった。
「その辺りの疑問は、それこそこのままだと分からないでしょ。取りあえず、前に進みましょう。そうすれば、この先に何があるのか分かると思うから」
ヴィヘラの言葉は知りたいという意味ではなく、出来れば自分が戦うべき相手がいて欲しいという、ある種の願望に近いものだ。
レイもそれは分かっていたが、今はとにかく前に進まなければならないというのは理解しているので、それに異を唱えることはない。
「ヴィヘラにとっては、随分と嬉しそうな時間になりそうだな」
「そうね。セトのおかげで野営をしなくてもすみそうだし。……まぁ、実際には分からないけど」
現在レイ達のいる場所から、ドラゴニアス達が集まっている場所まで一体どれくらいかかるのかは分からない。
あるいは、そこまでの移動で時間がかかり、それによって野営をすることになるという可能性も、十分にあった。……レイとしては、あまり考えたくないことではあったが。
「そう言えば、結局罠の類はなかったな」
野営をしなければならない可能性を少しでも忘れようと、歩きながらレイは話題を変える。
セトが飛ぶのではなく、地面を走るといったようなことをしている関係上、地面にあるだろう罠はレイの魔法によってそのほぼ全てが燃やされてしまったのは確実だった。……こちらも同様。燃やされて炭となったドラゴニアスの死体との見分けがつかなかったので、本当に罠があったかどうかは分からなかったが。
だが、炎は地面に沿って移動するので、燃やせるのは当然だが地面に設置された罠だけだ。
例えば、地面から一m、もしくは二mくらいの場所に罠が設置してあっても、レイの魔法ではそれを燃やすといった真似は出来ない。
にもかかわらず、こうしてセトがここまで走ってくる間に、何らかの罠に引っ掛かることはなかった。
それはつまり、最初から罠が仕掛けられていなかった可能性が高い。
「うーん、そうね。普通に考えてみれば……知能を持ったドラゴニアスはともかく、普通のドラゴニアスは飢えに支配されて、本能で動いてる訳でしょう? だとすれば、もしその行動範囲内に罠があっても……」
「俺達が引っ掛かるよりも前に、ドラゴニアスが引っ掛かるか」
レイが知ってる限り、ドラゴニアスは罠があると教えられても、自分の判断でそれを避けたりといったような真似はまず出来ない。
指揮官のドラゴニアスが、その場所には触れるなといったように命令をすればその命令には従うだろうが……そうなると、罠の類がある場所全てを指定し、そこに接触するなといったように命令する必要がある。
ドラゴニニアスの数を考えると、そのような真似はやろうと思えば出来るだろうが、実際にそれをやるかと言われると、レイとしては微妙なところだろうと思う。
「そうね。そうなると、ドラゴニアスの通らない場所……それこそ、セトが飛ぶような天井近くには罠があるかもれないけど、ドラゴニアスが普段から通る地面には罠がないと考えてもいいんじゃない?」
その言葉に、レイは周囲の様子を確認する。
ヴィヘラの言う通り、実際に罠の類が存在しないのであれば、この先を進むのはかなり楽になるのだが、と。
「そうなってくれると、こっちとしては助かるんだけどな。……もし罠がなければ、ドラゴニアスがいる場所まで楽に到着出来るけど」
そう言いつつも、罠の類がある可能性がある以上、出来れば燃えていない地面のある場所を走る……といったような真似は、したくない。
「とにかく、今は進みましょう。何をするにしても、とにかくドラゴニアスのいる場所まで進む必要があるんだし」
ヴィヘラのその言葉に、レイは理解して地下空間の奥に向かって進む。
燃えていた地面がなくなっても、ドラゴニアスの姿はどこにもない。
ドラゴニアスの厄介さは、その数だ。
なのに、まだどこにもドラゴニアスの姿がないこの状況が、レイに若干の不安を抱かせる。
それはつまり、ドラゴニアスが何らかの意思の下に統制され、自分達を待ち受けているのだろうと、そう予想出来たからだ。
だが、レイはすぐに敵を見つけたら遠距離から攻撃をすれば、赤い鱗のドラゴニアスや指揮官級のドラゴニアスはともかく、それ以外の普通のドラゴニアスは倒せると判断し、思い直す。
実際にこの地下空間に入る前に使った魔法によって、ドラゴニアスには大きなダメージを与えることが出来ているのだ。
そうである以上、また同じようにドラゴニアスが存在しても、それは魔法で一網打尽にするチャンスだった。
(このくらいの巨大な空間なら、火災旋風を使うことも出来る。そうなれば、赤い鱗のドラゴニアスの数も相当削れる筈だ)
赤い鱗のドラゴニアスは、炎に対して圧倒的なまでの耐性を持ってはいるが、それは別にレイの魔法全てに対して有効という訳ではない。
それこそ、例えばレイが使う候補として考えた火災旋風がその一つだ。
火災旋風による攻撃は、熱による攻撃以外にも竜巻にレイが投擲した金属片の類や、巻き込んだドラゴニアス同士でぶつかった時に生じる衝撃は、赤い鱗のドラゴニアスであっても、十分に命を奪うことが出来るだけの威力を持つ。
実際、以前レイがドラゴニアスの拠点を襲撃した時に使った火災旋風では、そのようにして多くの赤い鱗のドラゴニアスを殺すことに成功している。
「あら?」
と、歩いている中で、不意にヴィヘラが小さな呟きを漏らす。
一体何があったのかと、レイがヴィヘラの視線の先を追うと……そこには、小柄なドラゴニアスが一匹存在していた。
「銅の鱗のドラゴニアス……?」
レイがそのドラゴニアスを見て、ヴィヘラの言葉の意味を納得する。
だが、同時に何故銅の鱗のドラゴニアスが自分達の前に姿を現したのかと、そんな疑問を抱く。
ドラゴニアスという、平均で見ても明らかに巨躯を持つ種族の中で、銅の鱗のドラゴニアスだけはかなり小柄な身体をしている。
「……攻撃してくる様子がないな」
「そうね」
「グルゥ?」
銅の鱗のドラゴニアスが自分達の視線の先にいるのは間違いない。
だが、その銅の鱗のドラゴニアスは、レイ達に向かって攻撃をしてくる様子が一切ない。
もしこれが普通のドラゴニアスであれば、すぐにでも……それこそ、レイ達の姿を見つけた瞬間、自分では絶対に勝ち目のない相手だというのにも全く気が付かず、ただ自分の中にある飢えに支配されて、襲い掛かってくるだろう。
だが、指揮官級でもある銅の鱗のドラゴニアスは、明確な知性がある。
それもレイが確認している限りでは、知能に限っては銀の鱗のドラゴニアスよりも高いものがある筈だった。
数分程、レイ達と銅の鱗のドラゴニアスは睨み合う。
レイ達は、銅の鱗のドラゴニアスが一体何の為にここに……わざわざ自分達の前に姿を現したのかを疑問に思って。
そんな視線を向けられていたが、やがてその沈黙を破って銅の鱗のドラゴニアスが動く。
「ナンアナァハン」
その口から出た言葉は、相変わらず何を言っているのかレイには分からない。
だが、それでも攻撃をしてくる様子を見せず……それこそ、大人しくしている様子を見ると、少なくても攻撃的な態度を取る訳ではないのは明らかだった。
とはいえ、だからといって気を許すような真似が出来る筈もなかったが。
「どうする? こいつは戦う気がないみたいだけど……」
もし襲い掛かって来たら、いつでも迎撃出来るようにデスサイズを構えつつ尋ねるレイに、ヴィヘラとセトは戸惑った様子を見せる。
当然だろう。まさかドラゴニアスが友好的……とまではいかなくても、何らかの理由でこうして自分達の前に姿を見せたのに、攻撃をしてくる様子を見せなかったというのは、見ている方にしてみれば完全に予想外だったのだから。
「取りあえず、近付いてみる? そうすれば、あの銅の鱗のドラゴニアスが何をしたいのかが、少しは分かると思うんだけど」
「……分かった。じゃあ、俺が近付いてみるから、何かあったら援護を頼む」
そうヴィヘラに言い、レイは銅の鱗のドラゴニアスに近付いていく。
実際には、中距離や遠距離から援護する手段が多数あるレイが後方で待機し、格闘を使うヴィヘラが銅の鱗のドラゴニアスに接触した方がいいのだろう。
だが、レイは自分が前に出ると、そう決めた。
銅の鱗のドラゴニアスが何をしても、自分なら対処出来るだろうと思っていたし、それ以外でもヴィヘラを危険な目に遭わせるような真似をしたくなかったからだ。
もっとも、ヴィヘラがそんなレイの気持ちを知れば、微妙な表情を浮かべるだろう。
愛する男にそのような真似をして貰うのは嬉しい。
だが同時に、自分は守って貰うだけの女ではないと、そう示したいと。
数秒迷っている間に、レイは銅の鱗のドラゴニアスの前に立つ。
そして銅の鱗のドラゴニアスの前に立っても、相手は全く攻撃してくる様子はなかった。
(攻撃してくる様子がないってことは……交渉役か? いや、けどそもそもの話、交渉するにも俺とドラゴニアスは全く言葉が通じない以上、交渉なんて無理だろ。だとすると、交渉役でもない。そうなると……)
目の前の銅の鱗のドラゴニアスが一体何なのかを考えていたレイだったが、やがて一つの結論に辿り着き……そして同時に、銅の鱗のドラゴニアスは後ろを向いて、レイに背中を見せる。
「正解か」
レイの中で出た結論と、銅の鱗のドラゴニアスが取った行動が同じだった為に、レイは笑みを浮かべてそう呟く。
レイが出した結論……それは、この銅の鱗のドラゴニアスが、自分達をどこかに案内するということ。
そして現在の状況でどこに案内するかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだろう。
「行くぞ。もしかしたらどこかの罠に案内するつもりかもしれないが、そうなったらそうなったで、また事態は動く」
レイの言葉に、ヴィヘラとセトも異論はなかったらしく、後に続くのだった。