2363話
「まぁ……こんなものか。さて、問題なのは残りをどうするかだな」
視線の先に存在する地上……多くのドラゴニアスが炭と化した光景を眺めながら、レイは呟く。
上空から、雨のように降り注いだ無数の炎により、地上を進んでいたドラゴニアスの大半は、燃やしつくすことに成功した。
現在も地上で生き残っているのは、レイの炎の魔法ですら殺すことが出来ない、赤い鱗のドラゴニアスと、偶然から仲間を盾にすることによって生き延びることが出来た少数の他の色の鱗のドラゴニアス達。そして……
「特に問題なのはあの金の鱗のドラゴニアスだよな」
レイの視線の先にいるのは、金の鱗のドラゴニアス。
今までレイも一度しか戦ったことのない相手だったが、その時に戦った実力はかなりのものだった。
それこそ、正面から戦った場合はレイでもそれなりに手こずる相手だ。
当然の話だが、ヴィヘラとの模擬戦でようやくドラゴニアスと一対一で戦えるようになった程度のケンタウロスであれば、それこそ偵察隊の中でも最強のザイであっても、金の鱗のドラゴニアスと戦った場合は、まず勝ち目がない。
それだけに、レイとしては出来ればここで倒したいのだが……ヴィヘラの士気を高めるという意味では、やはり前からずっと戦いたがっていたヴィヘラに任せた方がいいのか? と、そう思わないでもない。
「ともあれ、数は減らすとするか……なっ!」
その言葉と共に、デスサイズの代わりにミスティリングから取り出した黄昏の槍を投擲するレイ。
セトの背に跨がったまま、上半身の力だけでの投擲ではあったが……レイの手から放たれた黄昏の槍は、数百匹のドラゴニアスが燃やされ、焦げ臭い空気を斬り裂いて目標に向かって飛ぶ。
そうしてレイの手から放たれた黄昏の槍は……赤い鱗を持つドラゴニアスの身体をあっさりと貫く。
それどころか、身体を貫いたと同時にドラゴニアスの上半身が爆発するかのように砕かれたのを見れば、その一撃がどれだけ凶悪な一撃だったのかを、示しているだろう。
本来なら、ドラゴニアスの持つ鱗はケンタウロス達でさえ容易に傷つけることは出来ないのだが……レイの放った黄昏の槍は、そんな鱗など紙も同然といったような威力で、その身体を砕いたのだ。
(上空からだから、一度に倒せるのは一匹だけなんだよな)
黄昏の槍の能力を使い、地面にクレーターを作ったその槍を手元に戻す。
上空から地上にいるドラゴニアスに向けて攻撃している以上、当然の話だがレイが一度の投擲で倒すことが出来るドラゴニアスは一匹だけだ。
これで、レイが地上にいて黄昏の槍を投擲するのなら、一匹を倒し……その背後にいるドラゴニアスや、その更に背後にいるドラゴニアスまでをも、殺すことが可能だっただろうが。
だが、今のこの状況ではそのような真似が出来る筈もなく……結局のところ、一匹ずつ殺すしかない。
(ただ、この数を上空から槍の投擲で片付けるってのは少し無理があるな)
敵の残りが十数匹なら、黄昏の槍で攻撃をしてもそこまで時間が掛からないが、赤い鱗のドラゴニアスとそれ以外で偶然生き残ったドラゴニアスの合計は、百匹近くに及ぶ。
そんな中で、レイが黄昏の槍で上空から一匹ずつ攻撃していくのは……安全ではあるが、非常に手間であるのも、また事実だった。
「ちっ、しょうがない。……セト、地上に降りて戦うぞ。金の鱗のドラゴニアスには、気をつけろよ」
ドラゴニアスの中で現状最も強力な個体の、金の鱗のドラゴニアス。
他のドラゴニアスと戦っている中で、そんな敵が自分達を放っておくとは、とてもではないがレイには思えなかった。
それこそ、仲間のドラゴニアスが死んだのをこれ幸いと、自分達に向かって攻撃してくる可能性は、十分にあった。
そうである以上、レイやセトもそれに対応せざえるを得ない。
(いっそ、雑魚はセトに任せて、俺が金の鱗のドラゴニアスに集中するか?)
レイはそう思わないでもなかったが、レイがそう決めたからといって、地上のドラゴニアスもそのように対応するかと言われれば、難しいだろう。
「取りあえず……直接潰した方が早い。セト、行くぞ!」
「グルルルゥ!」
レイはセトの背から飛び降りながら、ミスティリングからデスサイズを取り出す。
そうして地上に向かって降下していく中で、スレイプニルの靴を使って速度を落としていく。
今まで何度もやって来たことなので、特に緊張もなく、慣れた様子で地上に向かって降下していく。
そんな中……地上にいた金の鱗のドラゴニアスは、自分達の方に向かって降下してくるレイを指さし、鋭く叫ぶ。
「ナエンタエオンアオエンカ!」
その叫びは、降下中のレイの声にも届いた。
風を切りながら落下しているにも関わらず、それでもレイの耳に届いたということは……金の鱗のドラゴニアスの口から出た言葉が、それだけ通る声だったということだろう。
そして、叫びの意味はレイにも理解出来なかったが……ドラゴニアス達がレイの降下してくる場所に集まってきたのを見れば、金の鱗のドラゴニアスが一体どんな命令をしたのかは、何となく理解出来た。
(なるほど、黄昏の槍で離れた場所から攻撃出来る俺が、何故か自分から近付いてきたんだ。向こうにしてみれば、こんな機会を見逃す筈がないか)
金の鱗のドラゴニアスの絶対的な命令権により、ドラゴニアスは一切の不満もなくレイの落下してくる場所に集まっていく。
金の鱗のドラゴニアスにしてみれば、大勢で囲んでレイに攻撃を集中し、倒してしまおうと思ったのだろう。
実際、その考えは間違っていないし、的確な判断でもある。
ただし……金の鱗のドラゴニアスが間違っていたのは、レイが一体どれだけの力を持っているのかということを完全に把握出来ていなかったということだろう。
長距離……それこそ高度百mの位置からでも、地上にいるドラゴニアスを的確に狙えるだけの精密な槍の投擲……それこそ、狙撃と言ってもいいような攻撃が可能だとは分かっていたが、だからといって近接攻撃も可能であるとは、思わなかったのだろう。
「甘いんだよ!」
地上に落下する直前、再びスレイプニルの靴によって空中を蹴ったレイだったが、その行動は今までとは違った。
そのまま真っ直ぐ地上に向かって降下するのではなく、空中を蹴って落下する方向を変えたのだ。
勿論、百匹近いドラゴニアスが集まっているのだから、多少落下場所を変えたくらいでは意味がない。
だが……それでも、多少なりともドラゴニアスの意表を突いたのは間違いなく、ドラゴニアスの動きが一瞬鈍る。
そして動きが鈍った瞬間を見逃さず、レイはデスサイズを振るう。
斬っ!
デスサイズという名前の通り、一撃で数匹のドラゴニアスの首を切断し、空中に飛ばす。
だが……金の鱗のドラゴニアスに命令されたドラゴニアス達は、仲間が殺されたというのに、全く気にした様子もなく、レイに向かって攻撃を行う。
絶対的な金の鱗のドラゴニアスの命令については、以前戦った時にも見て、理解していたレイだったが、それでもこうして改めて見せられれば、色々と思うところはあった。
「とはいえ、今更ドラゴニアスで攻撃をすれば対処出来ないと思われるのは、心外だな!」
そう叫びながらも、レイはデスサイズを、黄昏の槍を使って攻撃する。
デスサイズは、刃が触れた瞬間に首が、胴体が、腕が、足が切断されていく。
黄昏の槍の穂先は、頭部を粉砕し、胴体を貫く。
刃や穂先が当たっていない場所であっても、柄の部分に触れるとその一撃で身体を吹き飛ばす。
ドラゴニアス達も、ただ一方的にやられている訳ではない。
レイに向かって牙や爪を突き立てようとしてはいるのだが、その一撃はレイに回避され、もしくはデスサイズや黄昏の槍によってカウンター気味に致命的な一撃で返される。
また、ドラゴニアスを蹂躙しているのはレイだけではない。
生き残りのドラゴニアス達がレイだけに集中している隙を突くように、セトは自分に意識を向けていないドラゴニアス達を倒していく。
本来なら、レイだけに集中しているとはいえ、セトに攻撃されればドラゴニアスも自分に向かって攻撃をしてきた相手に反撃くらいはする。
しかし、現在のドラゴニアス達は絶対的な命令権を持つ金の鱗のドラゴニアスによって、レイだけを狙うように命令されており、その命令権によってセトに攻撃されてもレイだけに集中しており、反撃するといったようなことはない。
「……」
自分の部下達がレイと……そしてセトに一方的に殺されるという光景を見ても、金の鱗のドラゴニアスは新たに指示を出すような真似はしない。
それは、レイとセトを恐れているのか。……否、違う。それどころか、蛇に近い目には高い知性が宿り、その知性によって冷静にレイとセトが自分の部下のドラゴニアス達を蹂躙する様子を眺めているだけだ。
……正確には、眺めているというよりは観察するといった表現が正しい。
レイはデスサイズを振るってドラゴニアスの胴体や首を切断し、黄昏の槍で頭部を砕き、胴体を貫きながらも、そんな金の鱗のドラゴニアスの様子に疑問を抱く。
自分の部下達がこうも一方的に蹂躙されているのに、何故敵は何らかの行動を取らないのだ? と。
(ともあれ、今はドラゴニアスを倒す方が先だ。金の鱗のドラゴニアスが一匹だけになれば、どうとでも対処のしようはある)
レイも金の鱗のドラゴニアスの様子は気になったが、今はとにかくドラゴニアスを倒す方が先だった。
今この瞬間にも、金の鱗のドラゴニアスが気まぐれを起こしてドラゴニアス達に新たな命令をしないとも限らないのだから。
「っと!」
目の前に現れたドラゴニアスの振るう爪が、予想外に鋭かった為だろう。
レイはその一撃に驚きつつも回避し、カウンターとして黄昏の槍の石突きでドラゴニアスの前足を払う。
ドラゴニアスは四本……場合によっては六本だったり八本だったりの足を持つが、それでも前足には体重が掛かっている分、そこを払われるとバランスを崩す。
足が複数あるので、バランスを崩しても咄嗟にその場で踏ん張ることは出来るが、それでもどうしても踏ん張るのに一瞬意識が集中してしまい……
斬っ!
意識がレイから離れたほんの一瞬の隙を逃すことなくデスサイズが振るわれ、次の瞬間にはドラゴニアスの胴体は上下二つに切断されていた。
「ほら、どうした? 俺を喰い殺そうと思ったら、もっと頑張らないとどうにもならないぞ!」
叫び、身体を回転させつつデスサイズを振るう。
背後からレイの首筋に噛みつこうとしていたドラゴニアスは、頭部の半分程をデスサイズによって切断され、地面に脳みそや眼球を撒き散らかす。
当然のようにそれらはレイに向かっても飛び散ってきたが、レイは地面を蹴ってその場を移動して脳みその破片を回避し……その動きを使って黄昏の槍を投擲する。
セトに乗って上空から投擲した時は、投げている場所の関係から一度の投擲で一匹を倒すのが精々だった。
だが……今のレイは、地面の上に立っているのだ。
そうである以上、この状況で槍を投擲した場合……どうなるのかは、考えるまでもなく明らかだった。
一匹のドラゴニアスの胴体を貫き、その背後にいるドラゴニアスの胴体を貫き、更にその背後にいるドラゴニアスのトカゲの下半身を貫き……といった具合に、三匹のドラゴニアスに対して致命的なダメージを与えつつも、あらぬ方に向かって飛んでいく。
レイが手に持っていた武器の一つを失ったことで、自分達に有利になると判断したのか、周囲にいたドラゴニアス達が一斉にレイに襲い掛かる。
そこにあるのは、自分の飢えを満たし、何よりも金の鱗のドラゴニアスの命令に従うということだけで、仲間を思いやるといったような気持ちは一切ない。
それは、例えばケンタウロスが集団で戦っている時には、絶対に有り得ない光景だろう。
ケンタウロス達は、強い仲間意識を持つ。
全員がという訳ではないが、少なくてもレイが見た限りではその言葉はケンタウロスという種族全体に当て嵌まるように思えた。
「だからって、俺が戦う分には全く何の問題もないんだけどな!」
鋭く叫び、振るわれるデスサイズ。
「パワースラッシュ!」
スキルの発動と共に、振るわれるデスサイズ。
数匹のドラゴニアスを吹き飛ばし、その巨体は別のドラゴニアスにぶつかってダメージを与え、あるいは足止めの効果を発揮する。
そうしてセトと共に全てのドラゴニアスを倒したレイだったが……
「金の鱗のドラゴニアスはどこにいった?」
いつの間にか金の鱗のドラゴニアスの姿がなくなっていることに気が付き、そう呟くのだった。