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レジェンド  作者: 神無月 紅
商隊護衛
235/3865

0235話

「アブエロの街が見えたぞ!」


 昼食の時の休憩以外はひたすらに街道を歩き続け、太陽が夕暮れに変わろうとしていた頃に先頭の馬車からそんな声が聞こえてきた。


「よし! モンスターに襲撃されないで街に到着出来た!」

「……行きはあんなんだったのに、帰りがこれって……正直、少し拍子抜けだな」

「それはあれだろ。レイとセト。特にセトだな。レイも言ってたように、普通のモンスターならグリフォンに襲い掛かるような真似はしないだろう」

「だな。ただ、モンスターはともかくとして、盗賊達はその辺が理解出来ずに襲ってくるだろうな。特にアブエロの街からサブルスタの街までは盗賊が多いし」

「あー、確かに。俺達もこの前ここを通った時に何回か襲われたな。冬であれなんだから、春以降になればもっと回数が多いんだろうが」

「安心しろよ。俺達の商隊が辺境に来るのは恐らくこれが最初で最後だ。春以降の盗賊の心配はしなくてもいいだろうよ」

「それもそうだな。さて、今日はアブエロの街で一泊か。美味い物を食って、酒を飲んで、娼館にでも行って明日に向けての英気を養うとするか」

「おいおい、出発時刻に遅れるなよ。確か。前にも似たようなことがあって、アレクトールさんに怒られていただろう?」


 街が見えて安心したのだろう。馬車の中では商人達が明るい声でそれぞれに会話をしていた。


「レイはアブエロの街に行ったことがあるのか?」


 不意に、馬車の中から商人達の1人がレイへと声を掛けてくる。

 ギルムの街と隣接しているアブエロの街なのだから、そう尋ねてくるのも無理はなかったがレイは首を左右に振る。


「いや、この街の中に入ったことはないな」


 レイにあるのは、バールの街に向かう時にこの街の上空をセトで通り過ぎていったくらいだった。


「そうか、出来れば美味い店とか聞きたかったんだが……しょうがないか」


 そんな風に会話をしている間にも商隊は進み続け、アブエロの街の正門前へと到着する。


「おや、あんた等はこの前ここを通っていった……にしては、馬車の数が少ないような気もするが」

「モンスターに襲われましてね。馬車が1台と商隊の仲間、それと護衛の冒険者達は……」

「……そうか。変なことを聞いてしまったな。それよりも、身分証を頼む」

「はい、どうぞ」


 アレクトールが警備兵と会話をしながら、持っていた書類を出す。そして同時にレイや麗しの雫の冒険者達もギルドカードを他の警備兵に提出していったのだが……


「う、うわあああぁぁぁっっ! グ、グ、グ、グ、グリフォンだああぁぁぁっ!」


 警備兵の1人がセトの姿をその目にし、恐慌状態に陥って渾身の声で叫ぶ。

 本人にしてみればそんなつもりはなかったのだろうが、その声を聞いた周囲の警備兵達も顔を引き締め、それぞれが持っていた武器を即座に構える。その表情に浮かんでいるのが、決死の覚悟や絶望、あるいはグリフォンをその目で見たことにより泣きそうになっている者のように各人で違ってはいたのだが、それでも楽観的な表情を浮かべているような者は1人もいなかった。


「グルルゥ?」


 ギルムの街で人と接することに慣れていたセトにしてみれば、警備兵達が自分を怖がっているのがいまいち理解出来ていなかった。その為、どうしたの? とでもいうように小首を傾げて周囲を眺める。

 この時に幸運だったのは、警備兵達に生半可に腕の立つ者がいなかったことだろう。幾ら人に慣れているとはいっても、さすがに攻撃をされればセトにとっても不愉快であり、反撃はしていたのだろうから。そうなれば、色々な意味で拙いことになっていたのは間違いが無かった。


「ちょっと待って下さい! このグリフォンは彼の従魔です! 危険はありません!」


 恰幅の良い腹を揺らしながら、必死になって走ってきたアレクトールが叫ぶ。

 その言葉を聞いた警備兵達はざわつき、アレクトールの話の真偽を確かめるかのように視線をセトへと向け、また同時にその隣に平然と立っているレイへと向けられる。


「……今の言葉は本当か?」

「ああ。セト……このグリフォンが俺の従魔かどうかというのなら、それは本当だ」


 代表して尋ねてきた警備兵の言葉にレイが応えると、瞬く間にざわめきが広がって行く。


「おい、嘘だろ。グリフォンを従魔にしてるとか」

「しかも、あんな子供……ローブのフードでよく見えないけど、子供、だよな? 背が小さいし身体付きも華奢だし」

「いや、子供じゃなくて女とか?」

「あの声は間違い無く男のものだったぞ」

「でも、グリフォンを従魔に……」

「……あ。そう言えば確かギルムの街でグリフォンを従魔にしている冒険者がいるって話を聞いたことがあるな」

「それに、確かどこかのパーティが以前この街の近くでそんな奴にあったとかなんとか……」

「あぁ、そう言えば確かにそんな話を聞いたような覚えがあるな」


 警備兵達の話を聞いていたレイは、セトの頭を撫でながら口を開く。


「それで、結局どうするんだ?」

「……すまないが、一応確認の為だ。ギルドカードを見せて欲しい」


 レイの言葉に、警備兵の中から1人が前へと進み出てそう声を掛けてくる。周囲にいた他の警備兵達が信頼の視線を向けているのを見る限りでは、恐らくこの中でも隊長格、あるいはリーダーのような存在なのだろう。


「これでいいか?」


 特に逆らうような真似もせず、ギルドカードを警備兵へと手渡すレイ。そのカードを確認するようにじっくりと見て、やがて小さく頷くとギルドカードをレイへと返す。


「確かに確認した。ギルムの街のランクC冒険者、レイ。ギルドカードにおかしなところはない」


 ざわり。レイのギルドカードを確認した警備兵の口からランクCという言葉が出ると、再び他の警備兵がざわめき始める。


「おい、マジかよ。あの年齢でランクC!?」

「うっわ、ギルムの街のギルドも平和惚けか?」

「いやいや。グリフォンを従えているんだぞ? ならそれだけでもっと高ランクでもおかしくないんじゃないか?」

「ああ、なるほど。つまりあのレイとかいう奴自体はそれ程戦闘力は高くないのか。確かにテイマーとして考えればそれが普通か」


 身分証明、ということでフードを下ろしていたレイの顔を見ながら警備兵達が隣の者にだけ聞こえるような小声で会話を続ける。

 もっとも、五感が異常に鋭いレイにしてみれば丸聞こえである。ただ、これ以上の騒ぎを起こす必要も無いだろうと考えて特に何も言わなかったが。


「だが……すまん。この場の責任者として、悪いがお前を街の中に入れる訳にはいかん」

「ちょっとー、それは酷いんじゃないですかー? 特に何か悪さをした訳でも無いのに、横暴だと思いますー」


 じっと話の成り行きを見守っていた商隊の一行の中でも、セトに対して並々ならぬ愛着を持っているルイードが責めるようにして警備兵の責任者へと抗議する。

 ただし口調が間延びしており、同時にいかにも私怒ってますと頬を膨らませているその様子は、どこか子供が意地を張っているようにも見えただろう。


「……済まないが、これは警備兵としての俺の判断だ。従って貰う」

「でもー……」

「ちょっと、ルイード! あんたもいい加減にしなさい!」


 更に何かを言い募ろうとしたルイードだったが、不意に後ろから伸ばされてきたタエニアの手に口を押さえられる。


「いい? 確かにあの人の言ってることは理不尽にも感じるわ。けど、街中にグリフォンが入っていったりしたら、普通の街はパニックになるのよ? それこそ騎士団が出動する騒ぎにもなりかねないわ。だから、悪いけどここは大人しくしてなさい」

「でもー。折角セトと一緒にゆっくりと遊べると思ったのにー」

「グルルゥ」


 気にするな、と言わんばかりに喉を鳴らしながら1歩前へと進み出るセト。その向けられた視線に、警備兵の責任者も一瞬息を呑んだが……ここは退けないとばかりに、なんとか踏み留まる。


「グルゥ」


 そんな相手を見て小さく喉を鳴らし、レイへと視線を向けるセト。そしてレイはそれだけでセトが何を言いたいのかを理解し、口を開く。


「セトは今日、外で夜を過ごすそうだ。ついでに俺も……」

「グルルゥ」


 自分も外で夜を越す。そう言おうとしたレイだったが、肝心のセトに止められる。喉を鳴らしながら頭を擦りつけているその様子は、自分のことは気にしないでレイはゆっくりと休んで欲しいという意志を感じさせるものだった。


「……分かったよ。セトは街の外、俺は街の中な」

「グルゥ」


 レイの言葉に満足そうに喉の奥で鳴き、セトはそのままアブエロの街から離れていく。


「……すまんな」


 そんなセトを見送っていたレイへと、責任者が頭を下げてくる。

 この人物にしても、何も好きでこのような対応を取った訳では無い。何しろ、アブエロの街にもモンスターテイマーと呼ばれる冒険者は少ないがきちんと存在しているのだ。だがそういう者達が従えているモンスターは、よくてランクDというのが殆どだった。

 ランクAモンスターという存在は、冒険者にしてもテイムするどころかその存在すら見たことがない者が大多数であり、そんなモンスターが従魔の首飾りを身につけているとはいっても街の中に入ればどんな騒ぎになるのかは警備兵として長年勤めている男には容易に想像が出来た。いや、むしろあっさりとセトを受け入れたギルムの街の方が規格外の場所だったと言えるだろう。あるいは、その懐の深さもまた辺境であるというのが理由なのかもしれないが。

 それを理解していたレイは、目の前に立っている男に向かって小さく首を振る。


「気にするな。セトも俺も分かってはいるさ」


 レイがセトの待遇を理解したことで、近くでことの成り行きをじっと見守っていたアレクトールがほっと安堵の息を吐く。

 何しろ、ランクA相当の実力を持つ冒険者が廃棄寸前の槍や食費といった格安の依頼料で受けてくれたのだ。それだけに、盗賊が多くなるというアブエロとサブルスタの街道を渡りきる前にへそを曲げるなり何なりして依頼を破棄されるのではないかと心配していたのだ。もっとも、昼食の時の出来事を考えると食費が予想以上に高くつきそうなのは計算外だったが。

 この辺、レイ自身が幾ら腕が立つとはいっても、外見が15歳程度であるというのが影響しているが故の出来事だった。


「そうですか、なら早速街の中に入りましょう。この前ここを通った時に泊まった宿が、美味しい料理を出してまして。明日に備えてたっぷりと英気を養いましょう」


(それに、急いでセトの食用の肉を買い集めないと……出来るだけ安くて量の多い肉があればいいんだが)


 レイの気が変わっては堪らない、とばかりに街の中へとレイを引っ張っていくアレクトール。そしてその後を付いていくかのように2台の馬車や、麗しの雫の面々もアブエロの街へと入っていくのだった。






 アブエロの街の正門から入って20分程進んだ場所。そこにアレクトールが以前泊まったという宿はあった。出ている看板には2本の剣が刀身で交差している絵が描かれている。


「さ、入りましょう。この交差する剣亭は商人達にとってそれなりに有名な宿屋なんですよ。おっとクレロナ、お前は馬車の世話を頼む」

「あいよ、アレクトールさん。その代わり食事は多めで頼むよ」

「分かった分かった」


 商人の要求に苦笑を浮かべて頷きつつ、他の商人や麗しの雫、そしてレイを伴って宿の中へと入っていく。

 そんな一行を出迎えたのは、アレクトールに勝るとも劣らぬ程に恰幅のいい中年の男だった。ただ違いがあるとすれば、アレクトールが太り気味なのに対して、カウンターで一行を出迎えたのは身体中についた筋肉で恰幅がいいところか。


「いらっしゃい。おや、あんたらは……」

「や、店主。今回もお世話になります。ご覧の通りの人数だけど、部屋は空いてるかな?」

「ああ、この時期は客が少ないから問題ないよ。……それにしても、人数が減ってるのは……」


 店主の言葉に、特に何を言うでもなく首を左右に振るアレクトール。そして辺境との境界と言ってもいいアブエロの街で宿屋を経営している店主にしてみれば、それだけで何があったのかを理解するのは難しくは無かった。


「そうか。すぐに部屋の準備をするから待っててくれ。値段はこの前と一緒だよ」


 アレクトールは頷き、宿の手続きを済ませるのだった。






「さ、皆。今日は無礼講だ。明日の為にもしっかりと英気を養ってくれ」


 宿に併設されている食堂に、アレクトールの声が響く。

 宿自体の客は少ないのだろうが、アレクトールが言っていたように出される食事が美味い為か食堂の方にはそれなりに客が多かった。そんな中、街道を1日歩き通しだった一行は酒を飲み、あるいは美味い食事を口へと運んで空腹を癒していく。


「いや、レイさん。すいませんね。セトも出来れば街の中に入れたかったんですが」


 何らかのモンスターと思われる鳥肉を蒸して酸味のあるソースを掛けた料理を口へと運んでいるレイへと、声を掛けるアレクトール。その手にはワインが並々と注がれたコップを持っており、既に赤く染まっている頬はそのワインが1杯目ではないことを証明していた。


「気にするな、セトもたまには外でゆっくりとしたいこともあるだろうからな。今頃は何かモンスターでも仕留めてその肉を食ってると思うぞ」

「そう言って貰えるとこちらとしても助かります。何しろ、セトの食事もこちらで用意すると言ったのにこの様ですからな」


 そんな風に会話を続け、そのまま数分。ふとレイは気になっていたことを尋ねる。


「そう言えば、ギルムの街では元々の目的だった物の他に何を仕入れたんだ? 馬車を1台、商品ごと失った損失をある程度埋める程の物と聞いたが。この時期だとモンスターの素材も少ないだろう?」


 何しろ、冬で冒険者達は休業状態だ。そうなれば、当然モンスターの素材や魔石といった物の数も少なくなる。

 そんなレイの問いに、アレクトールは口元にニンマリとした笑みを浮かべて周囲には聞こえないようにそっと口を開く。


「実はですね、何と……火炎鉱石を仕入れることに成功したんですよ」

「……火炎鉱石?」


 その単語に、思わずピクリとするレイ。

 だが、アレクトールは酔っていた為か、そんな様子に気付かずに言葉を続ける。


「そう。ご存じですか? 炎の魔力が魔水晶に閉じ込められて作り出される鉱石です。しかも、封じ込められている炎の魔力にしてもかなり莫大で純度の高い、上物の火炎鉱石になっています」

「……そ、そうか」

「それにしても、ギルムの街付近で火炎鉱石が採掘されるとは思ってもいませんでしたよ。この鉱石は錬金術の材料や、マジックアイテムを作る際の媒体。あるいはそのまま武器としても使えたりしますし、剣を作る時に使えば炎属性の武器になったりと用途が大変広い鉱石なんです」

「…………そ、そうか」


 数秒前と同じ相づちを口にするレイ。

 何しろ、レイにとってはその火炎鉱石という存在に身に覚えがありすぎた。恐らく、ハーピーの巣となっていた場所にレイ自身が炎の魔法を放った結果出来た物なのだろうと。その為、深く突っ込む事も出来ずに曖昧にアレクトールの言葉に相づちを打つしかないのだった。






「グルルルルゥッ!」


 レイが食堂でアレクトールを相手にして冷や汗を掻いている頃、セトはアブエロの街の近くにある林の中を駆け抜け、同じく獲物を探していたオークを見つけ、腹を満たすべく襲い掛かっていたのだった。

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