2348話
「相変わらず化け物みたいな強さね」
ドラゴニアスが全滅したのを見たアナスタシアが、レイに近付いてそう言ってくる。
尚、ファナは少し離れた場所で、二頭の鹿と一緒に待機していた。
本来なら、ファナも一緒にここまで来たかったのだろうが、二頭の鹿は未だにセトを怖がっている。
……いや、鹿では正面から戦った場合、どうやっても勝てない相手にここまで圧倒したのを見て、恐怖を抱くのは当然だろうが。
「そうか? ドラゴニアスはそれなりに身体能力が強いけど、言ってみればそれだけだ。頭を使って攻撃する場所を選んだりもしないし、攻撃も本能的なもので、速度はともかく鋭さの類は存在しない。正直なところ、慣れればこれくらいに戦いやすい相手はそういないぞ」
「……それは、レイだからこそ言えることだと思うんだけど」
若干の……いや、かなり強い呆れと共に、そう告げるアナスタシア。
実際、レイの実力があるからこそ、そう言えるのだと思えたためだ。
実際にケンタウロスはドラゴニアスとの戦いで多くの被害を出している。
それを見れば、ドラゴニアスの相手がそう簡単でないというのは明らかだろう。
だが……レイは、アナスタシアの言葉に、首を横に振る。
「そうでもないぞ。実際、ヴィヘラに鍛えられたケンタウロスはドラゴニアスを相手にしても普通に勝てるようになってきてるし」
レイが見たところ、ドラゴニアスを相手に戦う時に厄介なのは、その驚異的な身体能力よりもドラゴニアスの精神性とでも言うべきものだ。
飢えに支配されており、それこそ少しくらいの攻撃ではダメージを与えられない。
……いや、正確にはダメージを与えることは出来ているのだろうが、飢えに支配されたドラゴニアスは、それをダメージとして認識出来ない。
だからこそ、一撃で大きな……出来れば致命的なダメージを与えるくらいでなければ、ドラゴニアスはダメージをダメージとして認識出来ないのだ。
そしてちょっとやそっとのダメージを与えたくらいでは意味がなく、自分のダメージよりも敵の身体に牙を突き立て、肉を喰い千切り、血を飲むといった行為を最優先で行う。
だからこそ、ケンタウロス達にしてみれば異様に映り……その異様さが理解出来ず、無意識に反応が鈍くなるという一面もある。
だが、ドラゴニアスをも超える強さを持ち、更に戦闘狂のヴィヘラとの戦いで、ドラゴニアスとは別方面の狂気と正面から向き合うことになり……その狂気に慣れたとまではいかないが、ある程度対処出来ることが可能になっていた。
その結果として、ドラゴニアスを相手にしても無意識の怯えがなくなり、ある意味では本来の実力を発揮出来るようになったのだ。
そうアナスタシアに説明したレイだったが、何故か返ってきた呆れの表情に対し、どう反応すればいいのか迷う。
「何かあったのか?」
「あのねぇ……ケンタウロスをドラゴニアスとは別の戦闘種族にでもするつもり? いえ、まぁ、ケンタウロスが生き残るのに必要なことなのかもしれないけど」
「うん? ……まぁ、その辺はいいとして。それで、この林の中に現在俺達が拠点にしている野営地があるんだが、鹿はどうする? 木の間を通り抜けるのは、かなり難しいと思うぞ」
話を逸らすように言ったレイに、アナスタシアは再度呆れの視線を向け……だが、同時に林の中を自分の乗っていた鹿が移動するのは難しいというのも理解しているのか、林を見ながら悩んだ様子を見せる。
「セトはどうしてるの? 鹿よりもセトの方が大きいんだから、セトもこれくらい木が密集している林だと、中に入れないんじゃない?」
「セトは空からだな」
「……ああ、なるほど」
「グルゥ!」
レイの言葉に納得した様子を見せるアナスタシア。
そんなアナスタシアに、凄いでしょう! 褒めて褒めてといった様子で喉を慣らすセト。
アナスタシアはそんなセトを撫でながら、改めて林の方を見る。
自分やファナであれば、特に問題なく林の中を進むことは出来るだろう。
だが、立派な……いや、立派すぎる角を持っている鹿だけに、林の中に生えている木々を通り抜けることは難しい。
「困ったわね」
「鹿がセトに掴まえられて空を飛んでも暴れないのなら、何とかなるだろうが……」
「無理ね」
「だろうな。……アナスタシアの精霊魔法でどうにかならないのか?」
精霊魔法を使えば、生えている木を少し移動させるくらいは出来るのでは?
そうレイが思ったのは、やはりマリーナという精霊魔法の使い手を知ってるからだろう。
勿論、レイもマリーナが精霊魔法の使い手としては優れた……いや、優れたという言葉では言い表せない程の、圧倒的な才能と実力の持ち主であることは知っている。
アナスタシアからも、以前似たようなことを言われたこともあった。
だが、それでも木を動かすくらいなら出来るのではないかと、そうレイは思ったのだが……
「無理よ」
アナスタシアはそう断言する。
「別に林の木を全部動かせって言ってる訳じゃなくて、鹿が通る場所だけだぞ? それでも無理か?」
「それでも無理よ」
レイの言葉にそう答えるアナスタシア。
そこまで難しいのか? と言おうとしたレイだったが、アナスタシアが何故か厳しい表情で林に視線を向けているのを見て、疑問を抱く。
「何かあったのか?」
「この林……普通の林じゃないでしょ?」
アナスタシアの口から出た言葉は、レイにとって予想外であり……同時に、納得も出来た。
この林に生えている木は、普通の木ではない。
何しろ、ドラゴニアスすら、木々を破壊しないように命令されているのだ。
それを考えれば、この林に生えている木々が普通でないのは明らかだった。
その辺りも、レイに集落の地中に何かがあると思わせた理由の一つだったのだが……
(これは、当たりか?)
予想外の行動ではあったが、棚からぼた餅といった感じで嬉しく思う。
「この林にある集落の地中には、ドラゴニアスが欲しがってる何かがあると思われる。現在、集落ではケンタウロス達がそれを採掘してるんだが……アナスタシアを連れて行けば、その辺は分かるか?」
「それは……どうかしら。実際に行ってみないと分からないわね。ただ、何かがあるのなら、多分分かると思うわ」
マリーナ程に規格外でなくても、アナスタシアは精霊魔法の使い手としてかなりの実力者だ。
また、エルフであるということもあり、土の精霊に対しての親和性も強い。
だからこそ、アナスタシアを集落に連れて行くのは大きな意味を持つとレイには理解出来た。
「取りあえず、鹿の件は後回しだな。アナスタシアがこの林に対して何かがあると感じた以上、出来るだけ早くアナスタシアを集落に連れて行く必要がある」
「……そうね。けど、あの子達を逃がすような真似はしないわよ?」
鹿の存在は、アナスタシアにとっても大きいのだろう。
そんなアナスタシアの様子に、レイは頷く。
「分かっている。最悪、気絶させてセトに運んで貰うさ」
それは、本当に最後の手段だった。
そのような真似をすれば、当然のように鹿はレイに対して敵意を抱くだろう。
これから一緒に活動していくうえで、鹿に敵意をもたれるというのは、レイにとっても面白くはなかった。
……とはいえ、アナスタシアを集落に連れていく必要が大きくなった以上、その程度のことで戸惑ってはいられないというのも、事実なのだ。
「私も、何か別の方法を考えておくわ」
アナスタシアも、自分の可愛がってる鹿のことだけに、色々と思うところがあるのは、間違いなかった。
レイはそんなアナスタシアに頷くと、林の中では使いにくいデスサイズをミスティリングに収納し、黄昏の槍だけを持って歩き出す。
だが……林の中に入っても、ドラゴニアスの姿はない。
元々林の側にいたドラゴニアス達が、姿を現したレイ達――正確には腹を満たす為の巨大な肉のセト――に向かって襲い掛かったのだが、その全てはレイとセトによって殲滅された。
そして、林の外側付近にいなかったドラゴニアスは、集落に向かったのだろう。
「木が折られてないってことは、ドラゴニアスには指揮官がいるな。どんな鱗のドラゴニアスなのかは、俺にも分からないけど」
指揮官は基本的に通常のドラゴニアスよりも強い。
そんな相手がいるということは、恐らくヴィヘラは喜んでいるのだろうと思いながら、林の中を進み……不意にドラゴニアスと戦っている人影を発見した。
一瞬ヴィヘラが戦っているのか? と思ったレイだったが、すぐにそれを却下する。
ヴィヘラには集落の守りを頼んでおり、そうなると指揮官のドラゴニアスが襲ってきた場合、ヴィヘラでしか対処出来ない。
そうである以上、林の中で戦っているのがヴィヘラであるとは思えなかった。
守るとヴィヘラが言った以上、戦闘に熱中して守りを疎かにするとは、思えなかったからだ。
……実際、戦っていた人影はケンタウロスのものであり、レイにとって見覚えのある人物でもあった。
「アスデナ」
レイがその名前を呼ぶのと、アスデナの放った槍の一撃が肉を喰い千切らんと開いた口を貫くのとは、ほぼ同時。
以前ドラゴニアスが指揮官の影響力を失い、木を折りながら暴れていたその場所には、既に五匹分のドラゴニアスの死体が転がっている。
それに続く六匹目のドラゴニアスの死体を地面に生み出したアスデナは、荒い息を吐きながらも、周囲を見回し……そしてレイの姿を見つける。
「レイ? 戻ってきてたのか?」
「ああ。取りあえず林の外側にいたドラゴニアスは、片付けたけど……残りはどれくらいいるんだ?」
「数そのものはそこまで多くはない。……俺がこうして集落の外に倒しに来ることが出来るくらいだしな」
「……そもそも、何でこんな危ない真似をしてるんだよ?」
レイの言葉は、心の底からの疑問。
事実、アスデナが何故ここにいるのかはレイにも分からなかった。
アスデナはケンタウロスの中では突出した強さを持つ。
恐らくは偵察隊に参加しているケンタウロスの中でも、突出した力を持つ者の一人だ。
だが……それでも、ヴィヘラに比べれば当然のようにその実力は劣る。
少なくても、ヴィヘラがやってるように一人で林の中に向かい、ドラゴニアスを相手にするというのは、かなりの危険が伴う。
「何故と言われれば、実力を高めたいからとしかいえないな」
「アスデナはケンタウロスの中では十分に強い方だと思うが」
元々、アスデナはケンタウロスとしては十分に強かった。
そんな中で、ヴィヘラとの模擬戦を繰り返し……その結果、以前とは比べものにならないだけの力を手に入れた。
「そうだな。けど……ザイには勝てない」
そう呟く言葉には、強さに対する憧憬がある。
アスデナも十分に強いが、上にはまだ上がいる。
レイ達のような規格外の存在はともかくとして、ケンタウロスの中だけでもザイという存在がいる。
偵察隊を率いており、偵察隊のケンタウロスの中では最強の相手。
アスデナも、ザイがそこまでの強さを持っているのは知っており……だからこそ、そこに憧れるのだ。
自分もそれだけの強さを手にしてみたい、と。
だからこそ、こうした無茶をしたのだ。
細かいところまでは分からないレイだったが、取りあえずアスデナが無事でいるのはいいことだと認識して口を開く。
「それで? 一応聞くけど、集落の方は無事なんだろうな?」
「当然、無事だ。ドラゴニアスはヴィヘラにとってはいい遊び相手のようなものだしな。……銀の鱗のドラゴニアスとかがいれば、違ったんだろうけど」
その言葉は、レイを安堵させるには十分だった。
「取りあえず、林に入ってきたドラゴニアスをとっとと殲滅するぞ」
「……何をそんなに急いでいる?」
レイの様子に、アスデナは疑問を抱いて尋ねる。
アスデナのそんな疑問に対し、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「そうだな。色々とあるが……一言で言えば、この林の謎を解決出来そうな人物を見つけてきた」
「っ!?」
その言葉は、アスデナにとっても完全に予想外だったのだろう。
目を大きく見開き、口を開く。
「本当か?」
「ああ。取りあえず、この林を見て違和感があったくらいには、期待出来ると思う」
「それは……本当かもしれないな」
アスデナは、ドラゴニアスが木を折らないようにしているこの林が特別だというのは分かる。
だが、特別なのは分かっても、具体的にどのような意味で特別なのかは分からなかった。
それが分かる者が現れたのなら……
そして何より、その秘密が分かれば延々と行われる採掘作業もすぐに終わるのではないかと、そんな期待からアスデナは笑みを浮かべるのだった。