2341話
地面にいる、銀と銅の斑模様のドラゴニアスに向かって、真っ直ぐに飛んでいく黄昏の槍。
レイが地面に足をつけている時に比べれば、その威力は幾らか劣るだろう。
だが、それでもレイの身体能力と、その身体能力を十分に活かす身体の動かし方により、放たれた黄昏の槍は空気そのものを斬り裂きながら、真っ直ぐ地上にいる標的を貫かんと向かう。
そんな黄昏の槍に対し、斑模様のドラゴニアスは指を向け……次の瞬間、そこから体内の圧力によって圧縮された血を放つ。
原理その物は、それこそ水鉄砲とそう変わらない。
だが、体内の圧力を使うことによって放たれた血液は、それこそ水鉄砲とは比べものにならないだけの効果を生み出し……血のレーザーとでも表現するのが相応しい威力だった。
とはいえ、例え血のレーザーであろうとも、自分に向かって飛んでくる黄昏の槍をどうにか出来るだけの威力はある筈がなく……それこそ血のレーザーそのものを砕きながら、黄昏の槍は斑のドラゴニアスに向かって飛ぶ。
黄昏の槍を投擲したレイも、相手の攻撃方法には驚いたものの、これで倒した……もしくは倒せなくても、ある程度のダメージを与えることは出来たと、そう思った。
だが……斑模様のドラゴニアスは、本能から行動したのか、それとも偶然だったのか。
それはレイにも分からなかったが、斑模様のドラゴニアスから放たれた血のレーザーは、黄昏の槍を迎撃するような真似は出来なかったが、代わりに軌道を逸らすことには成功する。
そして気が付けば、黄昏の槍は斑模様のドラゴニアスのすぐ横の地面にその穂先を突き刺していた。
「何? まさか……最初からこれを狙ってたのか?」
予想外……そう、あまりに予想外の光景に、レイは驚きの声を上げつつも、自分の手元に戻ってくるという黄昏の槍の能力の一つを使い、回収を終える。
そして、セトに斑模様のドラゴニアスの周囲を飛ぶように頼み、再び黄昏の槍の投擲を狙う。
先程の斑模様のドラゴニアスの攻撃が、必ずしも狙ったものだったのかどうかを確認しようと思っての一撃を狙っていたのだが……こうして空を飛んでいるセトに対して、手を向け続けているのを見れば、先程の攻撃が全くの偶然といった訳ではなく、狙っていたのは明らかだ。
とはいえ、それでも念の為といったように確認する意味を込め……再び、レイは黄昏の槍を投擲する。
同時に、斑模様のドラゴニアスから放たれる血のレーザー。
二度目だからだろう。
血のレーザーは先程よりも素早く、そして的確に黄昏の槍に命中し、その軌道を逸らす。
「グルルルゥ」
「そうだな。どうやら、向こうは狙ってこっちの攻撃を迎撃出来るらしい。とはいえ、攻略手段は幾つか考えられるが」
一番の弱点と思われるのは、やはり血のレーザーを連続して放つようなことが出来ないことだろう。
また、血を体内の圧力によって発射している以上、当然のようにその血の量は限定されたものになる。
最悪、怪我をしていないのに失血死……という可能性だって存在するのだから。
だからこそ、レイは相手の様子に驚きつつも、そこまで警戒は強くない。
(とはいえ、実際にあの攻撃が命中したら、一体どれくらいのダメージを受けるのか……それくらいは知っておきたいな)
そう思うも、かといって自分でその攻撃に当たったり、ましてやセトにその攻撃に当たってみろといったような事は考えてない。
黄昏の槍を左手に持ち替え、右手にはもう一本の槍を取り出す。
ただし、こちらの槍は以前にレイが購入した、それこそいつ壊れてもおかしくはないような、そんな槍だ。
黄昏の槍を入手してからも、レイはこの手の槍は時々購入している。
基本的に投擲は黄昏の槍を使えばそれで十分だ。
しかし、黄昏の槍で触れたくない相手……それこそ、ゾンビやスライム、もしくはヘドロのような場所に投擲する場合は、気分的に黄昏の槍を使いたくはない。
そのような時に使うのが、このいつ壊れてもおかしくはない槍だった。
「セト、ゆっくりあの斑模様のドラゴニアスに近付いてくれ。そして血を飛ばしてきそうだったら、回避してくれ」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
最初こそ、セトは何故レイがそんなことの頼んできたのかと疑問を抱いた様子だったが、それでもレイの頼みならということで、ゆっくりと斑模様のドラゴニアスに向かって降下していく。
当然の話だが、斑模様のドラゴニアスにしてみれば、普段のセトの飛ぶ速度ではなく、ゆっくりと……それこそ自分の遠距離攻撃によって狙いを定めることが出来るというのは、攻撃する方としてはありがたい。
セトの行動はあからさまな挑発ではあったのだが、斑模様のドラゴニアスはそんなセトの行動に理解を示したのか、それとも何も思わなかったのか……ともあれ、一気に攻撃を仕掛けてくる。
斑模様のドラゴニアスの手が動いた。
そう思った瞬間、セトは翼を羽ばたかせてその場から移動し、セトの姿のあった場所を血のレーザーが通りすぎ……レイが伸ばした槍の柄に命中すると、それを砕く。
「へぇ」
血のレーザーの予想以上の威力に、レイの口からは感嘆の声が上がった。
レイが使った槍は、穂先こそ欠けていて槍として使うのは難しかったが、柄の部分は特に傷はない。
槍としては無理でも、柄の部分を打撃武器としてなら十分に使える筈だった。
にも関わらず、血のレーザーはその柄の部分を砕いたのだ。
ウォーターカッターのように斬り裂くのかと思っていたので、まさか砕けるというのはレイにとっても予想外ではあった。
しかし、その攻撃を自分の目で見ることが出来たというのは、十分な収穫と言えた。
「取りあえず、あの攻撃は斬り裂くんじゃなくて打撃的な……銃弾的と表現した方がいいのか? とにかく、そんな武器らしいな。だとすれば、それはそれで対処のしようはある。というか、当たらなければ意味はないし」
放たれる一撃が強力なのは、間違いない。
だが、それでもレイやセトにしてみれば致命的といった程ではない。
(柄から伝わってきた反動から考えると、この程度の威力なら命中しても致命傷にはならないな。もっとも、だからといってその攻撃に当たってやるつもりは全くないが)
柄の半ばから折れた槍を、斑模様のドラゴニアスに向かって投擲する。
普通なら、柄の半ばから折れた槍などというのは武器として使い物にはならない。
だが、それはあくまでも普通ならではの話であり……それを投擲したのがレイであれば、話はまた違ってくる。
黄昏の槍程ではないが、その速度は鋭い一撃と呼ぶに相応しいものがあった。
だが……斑模様のドラゴニアスは、そんな槍の柄の一撃を、あっさりと受ける。
命中しても大きなダメージにならないと判断したのか、それとも単純に速度に反応出来なかったのか。
レイが見た感じでは、恐らく前者。
実際、命中しても特に傷らしい傷はなかったのだから。
これが、左手に持っている黄昏の槍であれば、また幾らか違ったのかもしれないが。
「試してみるか。……はぁっ!」
鋭い声と共に、黄昏の槍を投擲するレイ。
だが……予想通り、斑模様のドラゴニアスはレイが黄昏の槍を構えた瞬間に素早くその場から移動する。
(銅の鱗のドラゴニアスの知能と、銀の鱗のドラゴニアスの強さを併せ持っているのか? それはそれで厄介だけど……そういう意味なら、金の鱗のドラゴニアスがそんな感じだったんだけどな。いや、寧ろ遠距離攻撃の手段を持っている分だけ、この斑模様のドラゴニアスは厄介だな)
レイやセト、そしてヴィヘラであれば、この斑模様のドラゴニアスに対処するのは可能だろう。
だが、それをやるのがケンタウロスとなると、話は違ってくる。
ヴィヘラとの模擬戦を繰り返すことによって強くなってきているとはいえ、それでもまだこのような強敵との戦いではとてもではないが勝つことは出来ない。
唯一、ケンタウロスの中では最強のザイなら、防戦に徹すればある程度の時間は持ち堪えることが出来るだろうが。
だが、それはあくまでもある程度であって、最終的に負けてしまうのは確実だ。
(となると、問題なのはこの斑模様のドラゴニアスがどれくらいの頻度で出て来るか、だな。銅の鱗のドラゴニアスとかと同じくらいなら、まだ俺達で対処出来るんだろうけど)
レイの予想としては、この斑模様のドラゴニアスが姿を現したのは、ここがドラゴニアスの本拠地からそう離れていない場所だから、というのが大きい。
つまり、本拠地に近付けば近付いただけ、斑模様のドラゴニアスの数が多くなるのではないか。 だとすれば、これはレイが本拠地を見つけてもヴィヘラはともかく、ザイ達を連れていくのは難しいかもしれない。
少なくても、血のレーザーを今のザイがどうにか対処出来るとは、レイには思えなかった。
(本拠地ってくらいだから、他にももっと強力なドラゴニアスがいる可能性は否定出来ない。……厄介だな)
そう考えつつ、レイはセトの首の後ろを軽く叩き、その背から飛び降りる。
セトは背中を叩かれただけで、レイが何をしようとしているのかを理解し、その行動のフォローに入った。
ろくに言葉も交わしていないのに、こうしてレイの行動を知ることが出来たのは、長年……実際には数年だが、そのくらいの付き合いの相棒だからだろう。
「グルルルルルゥ!」
鳴き声を上げた瞬間、セトの周囲に二十本の風の矢が生み出され、その矢は斑模様のドラゴニアスに向かって突き進む。
威力そのものはそこまで強くはないが、それでも初めて見る攻撃だけに、斑模様のドラゴニアスを警戒させるには十分だったのだろう。
その間に、レイは地上に向かって降下していき……風の矢に一瞬注意を惹かれた斑模様のドラゴニアスだったが、次の瞬間には地上に落下していくレイに向かって、血のレーザーを放つ。
それは、レイに空を飛ぶ能力がないと理解しての攻撃だったのか。
もしくは、半ば本能的なものだったか。
それは攻撃されたレイにも分からなかったが……
「甘い」
斑模様のドラゴニアスが放った血のレーザーは、レイの落下速度を先読みしての一撃。
そんな一撃が来ることを、当然のようにレイは予想しており……地上に向かって降下していったレイはスレイプニルの靴を発動し、空中を踏む。
またその一歩はただ空中を踏んだだけではない。
踏んだ瞬間にその空中を蹴って、斑模様のドラゴニアスに向けて一直線に突っ込んでいったのだ。
当然のように、そんな短い間にもレイの右手にはミスティリングから取り出したデスサイズが握られている。
そんなレイの様子に気が付いたのか、斑模様のドラゴニアスは鉤爪を手にレイを迎え撃とうとする。
そんな敵の様子から、斑模様のドラゴニアスが持つ未知の攻撃方法は血のレーザーだけなのだろうと、レイは納得した。
もし何か別の攻撃手段があるのなら、この状況で使わない筈はないだろうと。
……あるいは、もしかしたら何かまだ奥の手がある可能性はあったが、それも今は使えるような状況ではないのだろうと。
急激に近付いてくる斑模様のドラゴニアスを見ながら、レイは牽制の意味を込めて黄昏の槍を投擲する。
地面に足をついている訳でも、ましてやセトの背中に乗ってしっかりと身体の捻りを加えている訳でもなく、あくまでもレイの放った一撃は手だけで放った一撃。
だが、それでもレイの身体能力によって放たれた槍は、並の矢よりも素早く斑模様のドラゴニアスを貫かんと空中を進む。
斑模様のドラゴニアスは当然のようにそんな黄昏の槍に対処すべく、鉤爪を振るう。
「ハアハタンアア!」
その聞き苦しい鳴き声は、他のドラゴニアスとそう変わらない。
とにかく、自分に向かってくる黄昏の槍をどうにかする為に鉤爪の一撃を振るったのだろう。
だが……それは、あまりにも黄昏の槍という武器と、それを放ったレイを甘く見ての行動だった。
あるいは、血のレーザーをセトが回避していたので、自分の方が有利だと思ったのか。
ともあれ、鉤爪の一撃と黄昏の槍の一撃が正面からぶつかり……
「アオアンハジザナ!」
斑模様のドラゴニアスの口から、悲鳴が上がる。
当然だろう。何しろ、振るった鉤爪はその手諸共黄昏の槍によって砕かれたのだから。
周辺に散らばる、肉片と骨片。
ドラゴニアスの口から悲鳴が上がったのは、片手を失ったからか。それとも……あまりに予想外の展開だったからか。
ともあれ、その叫びはレイにとって絶好のチャンスであり……次の瞬間には、斑模様のドラゴニアスはデスサイズによって胴体を真っ二つに切断されたのだった。