2338話
「まぁ、明るければこんなものだよな。いや、夜であっても結果は変わらなかったけど」
林の中に倒れている多数のドラゴニアスを見て、レイはそう呟く。
そこで行われたのは、昼と夜という違いはあれども昨夜と全く同じ光景だった。
ドラゴニアスはヴィヘラの身体を求めて――食欲的な意味でだが――殺到し、林に生えている木々によって身動きが取れなくなった。
指揮官役のドラゴニアスは今日もきちんと来ているのか、木々によって身動き出来なくなったドラゴニアスはそのまま大人しくなってしまう。
それをレイは黄昏の槍を使い、背後から仕留めていく。
ヴィヘラはある程度広くなっている場所……具体的には昨夜ドラゴニアスが木々を折った場所で複数のドラゴニアスと戦っていた。
唯一違ったのは、ドラゴニアス達を殲滅する前に指揮官役のドラゴニアスが倒されるといったことがなかった為か、通常のドラゴニアスが暴走するようなことがなかったことだろう。
それはつまり、まだ指揮官役のドラゴニアスがまだどこかに潜んでいるということを意味していた。
(昨夜は集落に突っ込んでいってセトに負けたらしいけど……今回はそうならなかったのか? 集落の方からも、戦闘音は聞こえていたから戦闘があったのは間違いないんだろうが)
幾らレイとヴィヘラが突出した強さを持っていても、結局のところ二人であるというのは間違いようがない。
そうである以上、集落を守って林の中での戦いとなると、どうしても完全に集落を守るといったようなことは難しい。
これがせめて、林ではなく草原にある集落であれば敵を見逃すといったような真似をしなくてもいいのだが。
そんな訳で林の一方向からやって来るのではなく、林を囲むようにして進んでくるドラゴニアスの群れと戦う場合は、どうしても集落の中に敵を通してしまう。
だが、昨夜の戦いではレイとヴィヘラが集落の外で戦っている時に銅の鱗のドラゴニアスが集落に現れ、それは結局セトが倒した。
今回も同じようにレイ達とは遭遇しないようにして林に侵入し、セトに倒されるのではないか。
そう考えていたのだが、今回の戦いでは最後までドラゴニアスが暴走するといったようなことはなく……それはつまり、まだ銅の鱗のドラゴニアスが、もしくはそれ以外の特殊な個体がまだどこかにいるということを意味していた。
「にしても……ヴィヘラにかかれば、普通のドラゴニアスも全く意味がないな」
「あら……そう?」
レイの言葉に、ドラゴニアスとの戦いを満喫した様子のヴィヘラがそう言ってくる。
本来なら、ドラゴニアスはその鱗の色によって特定の属性に対して強力な防御力を備えている。
それこそ、赤い鱗を持つドラゴニアスの場合、レイの使う魔法であっても殺すことが出来ないといったような、圧倒的なまでの防御力が。
だが、戦った相手がヴィヘラだったのは、ドラゴニアス達にとって最悪だったのだろう。
浸魔掌という、相手の防御力を無視するような、まさに必殺の一撃を持つヴィヘラが相手なのだから。
また、ヴィヘラは浸魔掌以外にも関節技も当然のように使える。
幾らちょっとやそっとの攻撃では傷つけることも難しいドラゴニアスであっても、動かなければならない以上関節は鱗に覆われていない。
ヴィヘラの実力があれば、あっさりと関節を折るような真似も難しくはない。
「結局最後まで昨夜みたいに暴れ出さなかったってことは、やっぱまだどこかに銅の鱗のドラゴニアスがいるんだろうが……出て来ないな」
「そうね。小さいからって弱いってことじゃないんだから、攻撃を仕掛けてきてもいいと思うんだけど」
「いや、そういうことじゃなくてな。……まぁ、出て来ればヴィヘラが戦うんだから、その判断は決して間違ってはいないんだろうが」
銅の鱗のドラゴニアスとの戦いを楽しみにしているヴィヘラに、レイはそれ以上言うのは止めておく。
それよりも、今はどこから銅の鱗のドラゴニアスが襲ってくるかを、警戒する必要があった。
……だが、そのまま五分程が経過しても、一向に敵が姿を現す様子はない。
(おい、これもしかして……逃げたんじゃないか?)
銅の鱗を持つ特別なドラゴニアスとはいえ、それでもドラゴニアスはドラゴニアスだ。
そこまで知能が高いとは思えなかったが、他よりも小柄ということは、当然の話だが身体能力以外の何かで勝負する必要がある。
その一つが知恵。
特にドラゴニアスは飢えに支配されており、知恵を持つ者は少ない。
であれば、銅の鱗のドラゴニアスがいた場合、それを使っている可能性がある。
そしてこの場から逃げたということは、自分達の情報を持ち帰ったということを意味していた。
自分達の情報がドラゴニアスに知られたというのは痛い。
今までは、この集落をレイ達が占拠してはいたが、それをドラゴニアスが知っているかどうかは分からなかった。
ドラゴニアス達もこの集落がレイ達に占拠されているのかは、明確には分からなかった筈だ。
だが、もし銅の鱗のドラゴニアスがこの場から逃げてしまったら、今度は確実に多数の戦力で攻めてくるだろう。
(いや、今回の一件を考えると、もう向こうはこの件を知っていてもおかしくはないのか。とはいえ、それでも恐らくといったような感じだったのが確実といったようになったんだろうし)
そうなると、結局は今の状況と変わらないのか? と思わないでもなかった、そもそも今の状況そのものがかなり厳しいのは事実だ。
レイ達はともかく、ケンタウロス達が特に大きくその辺についてしみじみと感じている筈だった。
「レイ? どうするの?」
「この林だと、俺達だけでドラゴニアスを見つけるのも難しいだろうしな。……セトも難しいし」
セトの嗅覚なら、逃げ出しただろう銅の鱗のドラゴニアスを見つけるのもそう難しくはないだろう。
だが、この場合問題になるのは林に生えている木だ。
林の木は、体長三m以上のセトにとっては移動するのが非常に難しい。
だからこそ、今回の一件においては迂闊にセトに頼る訳にはいかなかった。
(そうなると……林の外に飛んで貰って、そこからセトに臭いで追って貰うか? いや、けど銅の鱗のドラゴニアスを直接見た訳じゃない以上、それを追うのも難しいだろうし)
一応昨夜の戦いで銅の鱗のドラゴニアスを倒しているセトだったが、それでも同じ種類の敵だからといって、臭いが同じとは限らない。
そうである以上、今はまずしっかりと考える必要があった。
「取りあえず集落に戻るか。この林の死体は、多分夜か……最悪でも明日の朝にでもなれば、多分もう風化してるだろうし」
昨夜の死体がもう風化している以上、今この状況で何を言っても意味はない。
そう予想するのは難しくはない。
……単純に、今の状況で林の死体を片付けるのが面倒だからという理由もあるが。
ヴィヘラもレイの意見には賛成だったのか、やがて二人は集落に戻る。
「あら、今回はこっちまで来た敵はそんなに多くなかったのね」
集落の中にある、ドラゴニアスの死体を見てヴィヘラが呟く。
実際、その死体の数はそこまで多くはなく……昨夜の戦いよりも楽だったのは間違いない。
……楽だったのは間違いないのだが、戦闘要員の多くが二日酔いだったこともあり、多くの者が疲れ切っており、嗅覚の鋭いレイやヴィヘラは、酸味のある異臭に軽く眉を顰めたが。
起きてから襲撃してくるまでの時間で、ある程度二日酔いは治っていたとはいえ、とてもではないが万全の状態ではなかった。
そんな状態で命懸けの戦いを行ったのだから、それこそ吐くといった行為をする者が出て来るのは当然だろう。
当然ではあるが……それでも、そのすえた臭いを好意的に受け取ることが出来る筈もない。
せめてもの救いは、すえた臭いがするのは外で、集落の中に風が吹けばその臭いを消してくれるということか。
……もっとも、吐いたものがそこにある以上、そちらを処理しなければどうにもならないのだが。
「しっかりと片付けなさいよ。片付けない場合……分かってるわよね?」
満面の笑みでありながら、迫力のある笑みを浮かべてヴィヘラがそう告げると、それを聞いたケンタウロス達は二日酔いの状態で戦闘をした後にも関わらず、急いで自分達の吐いたものの後片付けを始める。
それだけ、ヴィヘラが恐れられているのだろう。
また、二日酔いで戦闘が終わったばかりの今の状況で、ヴィヘラとの模擬戦を行いたいと思う者は当然のようにいない。
であれば、まずはヴィヘラの機嫌を損ねない為に自分達が吐いたものを処理した方がいいと考えたのだろう。……それも全員。
普段なら、二日酔いで機嫌が悪いといった理由でヴィヘラの指示に従うのも嫌だと言う者もいそうなのだが。
「ザイ、ちょっとこっちに来てくれ」
そんな中、自分も後始末をしようとしていたザイをレイが呼ぶ。
二日酔いのことでまた何か言われるのかと思ったザイだったが、レイの表情は真剣なもので、とてもではないが二日酔いの件について何かを言おうとしている様子ではない。
そんなレイの様子に微妙に嫌な予感がしながらも、ザイはレイに近付いていく。
そしてザイの抱いた嫌な予感は当たる。
「嘘だろ、銅の鱗のドラゴニアスを逃がしたのか?」
「どうやらそうらしい。……一応聞くけど、昨夜のようにこっちには来なかったんだよな?」
「ああ。来たのはドラゴニアスが数匹だ。……随分と手こずったが」
二日酔いの状況で戦うのは、やはり厳しかったのだろう。
とはいえ、ザイは採掘作業で二日酔いも大分治っていたのか、微妙に視線を逸らしながらの言葉だったが。
当然のようにレイもそれに気が付いたが、今はその件について話している場合じゃないだけに、話を元に戻す。
「俺達の方にも銅の鱗のドラゴニアスは来なかった。……それでいて、ドラゴニアス達はしっかりと命令に従っていた」
この場合、判断するのは難しい話ではない。
ドラゴニアス達は、何故かこの林の木を折らないようにしている。
正確には、飢えに支配されていない命令を出せる立場にいるドラゴニアスが、だが。
それだけに、こういう時に便利なのは間違いなかった。
「それってつまり……どういうことだ? もしかして、次からはもっと多くのドラゴニアスが来るってことか?」
「逃がしたのが、銅の鱗のドラゴニアスだった可能性があるのは痛い。銅の鱗のドラゴニアスは、多分金や銀の鱗のドラゴニアスよりも知能は高いだろうし」
それはまだ確定した内容ではなく、あくまでもレイの予想でしかない。
だが、それでもレイは恐らく間違っていないと思っている為に、そう告げた。
そんなレイの言葉に、それがもし真実であれば一体どれだけ厄介なことなのかを理解し、二日酔いの件で視線を逸らしていたことなど既に忘れたかのように真面目な表情で口を開く。
「どうする?」
「どうするもこうするも……こういう風に言ったのはともかく、実際には俺の予想に予想を重ねた感じだしな。もしかしたらまだ銅の鱗のドラゴニアスは林の中にいるという可能性も否定は出来ない」
自分自身、全く信じていない口調でそう告げるレイ。
ザイもそんなレイの様子から、とてもではないがその言葉を信じるといったようなことは出来ないだろうと判断する。
「で? こっちの情報がドラゴニアスに持ち帰られるのが大変なのは理解しているが、それでこれからどうするんだ?」
「幾つか選択肢はある。その中で一番手っ取り早いのは……俺とセトが空からドラゴニアスの本拠地を探すことだな」
方向音痴気味のレイとセトだったが、この草原で林という目印があるのなら道に迷うといったことはない。
だからこその意見だったが、そんなレイの意見にザイは難しい表情を浮かべる。
「そうなると、セトがいなくなるから採掘作業が滞ると思うんだが……そっちはどうするんだ? それに、戦力の問題もある」
「お前達の方でやって貰うしかないな。それと、戦力という意味ではヴィヘラを置いていく」
そんなレイの言葉に、ヴィヘラは不満そうな表情を浮かべる。
だが、それでも実際に不満を口にしないのは、レイ、ヴィヘラ、セトの中から誰かがこの集落にいなければ、ドラゴニアスが襲撃してきた時に指揮官と戦える実力の持ち主がいないと理解しているからだろう。
……また、ドラゴニアスが襲ってきた時に、林の中で戦える人物であり、何よりも敵を引き寄せる白く柔らかな肢体を持っているという点も大きい。
「……分かった。すぐには答えられないが、少し考えてみる」
ザイはレイの提案に、そう答えるのだった。