2337話
「うー……おー……あー……」
そのような、それこそゾンビか何かの呻き声としか思えないような声を上げながら、採掘作業を行うケンタウロス達。
それでも一番大変な掘るという作業はセトが主に頑張っているので、採掘作業に関わっているケンタウロス達の大半は掘り返された土砂を運ぶといった仕事に従事していた。
……そんなケンタウロス達の中でも運の悪い者達は、地面を掘り返す作業に回されていたが。
この集落の長のテントを探すという作業を二日酔いをしておらず、まともな判断力を持つケンタウロス達と行っていたレイは、そんな採掘作業をしている者達を見て、ふと思う。
捕虜とか囚人とかに、無意味に穴を掘らせて埋めさせるって刑罰とかがあったな、と。
一応現在行われている作業は、何の目的もなく行われている訳ではない。
あくまでもこの集落の地下に存在するだろう何か……今となっては予想ではなく、ほぼ確実にそうだとレイは思うようになったのだが、その何かを探してのものだ。
そうである以上、目的をもって採掘作業は行われているのだが……相応の広さを持つ集落のどこに、そしてどの程度の深さの場所にその何かがあるか分からない以上、ある意味で拷問にも等しい。
……いや、寧ろ中途半端に何かが埋まっているかも知れないという希望の光がある分だけ、余計に拷問としては厳しくなっていると思ってもおかしくはない。
もっとも、二日酔いのケンタウロス達にしてみれば、そんな拷問よりも頭痛や吐き気といった二日酔いの症状と闘いながら土砂を運んだり、地面を掘ったりといった行為をする方がよほど拷問のように思えたが。
それでもせめてもの救いは、たっぷりの水をレイが用意したことだろう。
汗だくになって働いている以上、水分補給は必須だと思ってのことだったが……実は二日酔い対策に一番効果的なのは、水分補給だ。
それこそ一リットル程の水分を摂取するのが最善だと言われている。
そういう意味では、レイのこの行動こそが二日酔いに対する治療だった。
本人は全く気にした様子もなかったが。
「ん? うおわぁっ!」
テントの残骸漁りをしていたケンタウロスの一人が、不意にそんな声を上げる。
当然のようにそんな声が漏れれば、一体何があった? とそちらに注意が集まるのは当然だった。
レイもまた、採掘作業をしている面々から視線を逸らし、声のした方を見る。
するとそこには、短剣……それもただの短剣ではなく、鞘に宝石の類が埋め込まれている物を手にしたケンタウロスがいた。
「あー……まぁ、当然だろうな。ドラゴニアスが求めているのは、あくまでも自分の飢えを満たす相手だし」
レイの言葉を聞いたケンタウロス達は、納得しながらも面白くなさそうな様子を見せる。
盗賊が集落を襲ったのであれば、それこそ今ケンタウロスが見つけたような、宝石の埋め込まれた鞘や、それに収まった短剣の類は奪ってもおかしくはない。
だが、ドラゴニアスにとって必要なのは、あくまでも自らの飢えを満たす……ケンタウロスの肉なのだ。
勿論その肉というのはケンタウロスだけではなく、他にも集落で飼育していた家畜の肉も含まれる。
そのような肉はともかく、宝石やら何やらには興味を持たないのは当然だった。
(あ、金、銀、銅の鱗のドラゴニアスなら、高い知能を持っているし……もしかしたら、宝石とかも欲しがるかも?)
すぐに却下するようなことを考えつつ、一応ケンタウロスが見つけた短剣を見せて貰う。
だが、レイから見ても短剣は鞘を含めてただの装飾品のようにしか思えず、この集落について何らかの手掛かりとは到底思えない。
手掛かりではないということを確認してから、一応ラーリエを呼ぶ。
「ラーリエ、この短剣に見覚えはないか?」
「え? うーん……見た覚えはないですね。多分誰かが隠し持っていたんじゃないかと」
「隠し持っていた、か。それはそれで、後ろ暗いところがあった奴なのかもしれないな」
この草原において、宝石というのが具体的にどれだけの価値を持っているのかは、レイも分からない。
だが、それでもレイが持っている宝石……ダスカーから活動費用として貰った宝石を見せた時のケンタウロスの反応を考えれば、それなりに価値のある物と認識されているのは間違いなかった。
そんな宝石が埋まっている鞘と短剣だ。
普通に貨幣代わりとしても十分使い物になるのは間違いなかった。
何より、そのような物があるのなら他人に見せてもおかしくはないだろう。
だが、ラーリエは見たことがないと言う。
これは単純に短剣を持っていた人物とラーリエの接点があまりなかったのか、それとも単純に嫌われていたという可能性もあり……それ以外で考えられる最大の理由としては、やはり単純に短剣を隠しておきたかったから、誰にも見せなかったというのがある。
「そうなると、この短剣は見つけた奴が貰ってもいいか?」
「ええ、構いません」
レイの言葉にあっさりと頷くラーリエ。
相応の価値がある物なので、もしかしたらラーリエがこの集落にあった物だということで所有権を主張するのかとも思ったのだが、ラーリエはあっさりとそれを渡した。
ラーリエにしてみれば、ここで自分の欲望を主張するのは自殺行為でしかない。
自分だけではなく、他にも何人かいるこの集落の生き残り。
当然の話だが、その生き残りだけで集落を再建するといったような真似はまず不可能である以上、今回の一件が解決した後はどこかの集落に身を寄せる必要がある。
その際に、自分がどのような扱いになるのか。
ラーリエがここであっさりと短剣を譲ったのは、その辺の考えもあるのだろう。
「他にも何か怪しいものがあったら教えてくれ」
そう告げ、レイも再びテントの残骸の中から何らかの手掛かりを探し出す。
……とはいえ、この集落について何らかの手掛かりがあるかどうかというのは、あくまでもあったらいいなという程度の予想でしかないのだが。
それでも何らかの手掛かりを求めて、レイはテントの残骸を調べていく。
だが……そのようにゆっくりしていられるような暇は与えないと、ドラゴニアス達は次の行動に移っていた。
「グルルルルゥ!」
採掘作業をしていたセトが、不意に警戒の鳴き声を上げる。
それが一体何を意味しての鳴き声なのかは、レイにとって考えるまでもなく明らかだだった。
「ちっ、また来たのか。ドラゴニアス達も少しは休めばいいものを! ヴィヘラ!」
「分かってるわ」
レイの呼び掛けに、少し離れた場所でテントの残骸を漁っていたヴィヘラが、素早くそう返事をする。
当然のように、ヴィヘラも今のセトの鳴き声が何を意味しているのかを理解していた。
そして駄目押しとばかりにレイが声を掛けたのだから、現在何が起きているのかはすぐに理解出来る。
(けど……昨日の今日でこれか。今日はいい。明日もいいだろう。明後日も問題はない。だが……それ以上となると、ケンタウロス達の体力が保つか?)
レイが知ってる限り、ドラゴニアスというのはかなり数が多い。
一つの拠点ですら、千匹以上いたりするのだから、そんな拠点の多くから何度となくこの集落に向かって戦力を送られてくれば、どうなるか。
レイ、ヴィヘラ、セトであれば、ドラゴニアスと比べても圧倒的な強さを持っていることもあってか、疲労はそこまで気にならない。
だが、ドラゴニアス一匹に対して数人で対処しているケンタウロスにとって、延々と送られていくるドラゴニアスの戦力というのは脅威以外のなにものでもなかった。
このような戦いが続けば、体力的には勿論のこと精神的な疲労も蓄積していくのは間違いない。
セトに乗って空を飛び、好きなように移動しながら自分達が攻撃をする側に回っているのなら、それこそレイとヴィヘラ、セトといった面々がいれば、どうとでも対処出来るのは間違いなかった。
だが、今はこの集落を守る必要があって動くことは出来ない。
ましてや、ドラゴニアスよりも戦闘力では劣っているケンタウロス達……表現は悪いが、足手纏い達を引き連れているのだ。
当然ながら、レイ達にとってこの状況でドラゴニアスに物量戦を仕掛けられるのは厳しい。
(このままだと、厄介な事になるな。出来れば、そうなる前にこの集落の秘密……地下に埋まってるだろう何かを掘り出して、それを持ってここから離れた方がいいんだが。……いや、もっといいのはさっさとドラゴニアスの本拠地を叩くことか)
結局のところ、ドラゴニアスの本拠地があれば延々と援軍がやって来るのだ。
そうならない為には、元となる場所からどうにかする必要がある。
(もしくは、援軍を送ってきている拠点を手当たり次第に潰していくか)
即効性を求めるのなら、それが一番手っ取り早い。
また、この草原には基本的に目印になるような物が存在しなかったので、前の野営地だったりザイの集落にいた時は空を飛んで偵察をするというのは控えていた。
だが、今のレイ達の拠点はこの集落だ。
草原のなかにぽっかりと存在する林の中心にあるこの集落は、それこそ目印という意味ではこの上なく大きいだろう。
であれば、レイとセトが若干方向音痴気味であっても、問題なく上空からの偵察は可能となる。
問題なのは、レイとセトがいない間は誰が集落を守るかだろう。
ヴィヘラがいれば戦力的には問題ないのだが、幾らヴィヘラが強くても結局一人でしかない。
様々な場所から林を抜けてこられたりした場合、どうしてもそれに対処するのは難しいだろう。
……ドラゴニアスは、基本的にヴィヘラを見つければそちらを狙うので、やりようによっては何とか出来るかもしれないが……と、そうレイは考えつつ、ケンタウロス達に指示を出す。
「敵だ。昨日の今日だが、多分またドラゴニアスだろう。昨日と同様に俺とヴィヘラで林の中にいるドラゴニアスを迎え撃つから、お前達も昨日と同様に集落の中で非戦闘員を守りながら戦え。二日酔いだなんだって、そんなのはドラゴニアスにとっては関係ないぞ」
酒を出したのは失敗だった。
今にして自分の行動を反省するレイだったが、まさかこうも連続して襲ってくるとは思わなかったのだ。
とはいえ、これはレイの考えが甘かった面もある。
最初にこの集落を占領したドラゴニアス達がいて、その後で更に追加のドラゴニアスが来たのだ。
それを考えれば、二度あることは三度あると言われてる通り、更に追加の戦力が派遣されてくるという可能性は十分にあった。
「分かりました!」
ケンタウロスの一人が、短く叫んでその場から走り去る。
いや、一人だけではない。
戦闘を担当している者はすぐに戦闘の準備を始め、それ以外の非戦闘員達は戦う者達の邪魔にならないようにと移動を始めた。
「レイ、私達も行きましょ」
「ああ。でも、その前にセトに指示を出していかないとな」
レイの指示には素直に従うセトだったが、それ以上にレイのことが好きだ。
そんなレイが林の中で戦うというのなら、それこそ自分も一緒に行きたいと判断するのは当然だった。
だからこそ、ここではセトに声を掛けて林の中に入ってこないように言っておく必要があった。
ヴィヘラもレイとの付き合いが長いので、セトが一体どれだけレイを慕っているのかは理解している。
レイが一体何を心配しているのかを理解し、すぐに頷く。
昨日の一件から、セトが察知してすぐに林の中から敵が現れるという訳ではなく、ある程度の時間的な余裕があるというのを知っていた、というのも大きいだろう。
「出来れば、昨日セトが倒した銅の鱗のドラゴニアスと戦ってみたいんだけど……素直に林からくると思う?」
セトのいる方に向かいながら、ヴィヘラがそうレイに尋ねる。
そんなヴィヘラの言葉に、レイは少し考え……やがて首を横に振る。
「いや、難しいだろうな。見た感じ、銅の鱗のドラゴニアスはかなり小型だった。多分、正面から戦うんじゃなくて、罠を張ったりとか、そんな風な戦い方を好むんだと思う」
これはレイの予想ではあるが、それ程間違っていないだろうと思っていた。
銅の鱗のドラゴニアスの身体は小さく、とてもではないが身体能力という点では銀の鱗のドラゴニアスに勝てるとは思えない。
特殊な個体であるが故に、通常のドラゴニアスよりは上なのかもしれないが。
そう説明したレイだったが、何故か隣を進むヴィヘラの視線には呆れの色がある。
「何だ?」
「あのね、レイも身長的には平均よりも小さいのよ? でも、デスサイズを振り回したり、黄昏の槍を一緒に使ったり……その身体能力はとてもじゃないけど一般的じゃないわよ?」
自分のことを置いておくのか?
そう告げるヴィへラに、レイは反論出来なかった。