2330話
集落の採掘作業が始まる。
取りあえず、集落の全体をいきなり掘るといったようなことをすれば、野営地として使える場所もなくなってしまうし、何よりも掘る側の手が足りない。
林の中ではあったが、集落の面積はそれなりに大きいのだから当然だろう。
また、それ以外にも具体的にどれくらいの深さを掘ればいいのか分からない以上、一ヶ所に労力を集中した方がいいという結論にもなる。
その結果として、集落を六分割してその一ヶ所で採掘作業を始めることになったのだ。
デスサイズの持つ地形操作のスキルの有効範囲が決まっているというのも、この場合は関係しているのだろうが。
……尚、元々集落にあった財産の類や、まだ無事なテントは取りあえずレイのミスティリングに収納されている。
中にはそれなりに高価そうな宝石の類もあり、本当にそれを自分が預かってもいいのかと思いもしたのだが、集落の生き残り達からレイなら信頼出来ると言われればレイとしてもそれを断るなどといったような真似は出来ない。
実際、その手の物をどこか一ヶ所に置いておけば、それが邪魔になるというのもあるし……偵察隊の中には宝石の類をこっそりと盗むような者もいる可能性がある。
勿論、本当にそうなのかどうかは、この集落の生き残り達には分からない。
まだ偵察隊に会ってから、一日も経っていないのだから。
それで偵察隊を完全に信用しろという方が無理だろう。
何故そのような状況でレイを信じられたのかという問題はあったのだが、偵察隊全員はともかく、レイは死体を魔法で浄化してくれたということで、信頼出来る相手と映ったのだろう。
レイとしては、自分がそんなに信頼出来るのかと言われても、素直に頷くような真似は出来なかったが。
それでも向こうがそう言うならと……そして、現在の状況では荷物の類は出来るだけミスティリングに収納しておいた方がいいだろうと判断して、相手の要望に従う形になったのだが。
「よし、ならまずはここから行くぞ……地形操作」
デスサイズの石突きを地面に突き刺し、スキルを発動する。
すると次の瞬間、レイの認識していた場所が百五十cm程地面に沈む。
(地面に沈むってことは、もしかしたら上にあった地面がそのまま下に移動しているってことで、もし地下に何かがあっても、その何かも最初よりもっと下に沈むんじゃ? ……それとも、地下に沈んだ土砂はどこか他の場所に移動でもしてるのか。まぁ、その辺を詳しく考えても、意味はないな)
元々、魔法やスキルといったものがある世界なのだから、その辺りを細かく考えてもあまり意味がない……ように、レイには思えた。
であれば、今回の一件においてはそこまで詳しいことを考えなくても、取りあえずそういうものだと、そう思っていけばいいと自分に言い聞かせる。
そしてレイがそんなことを考えている間に、地形操作の効果は完了した。
「これは……」
初めて地形操作を見る、この集落の生き残り達は驚きの声を漏らす。
まさか、これ程広範囲の地面をいきなり沈下させるなどといったような真似が出来るとは、思ってもいなかったのだろう。
だが、レイの地形操作を見たことがある者は、改めて驚きこそすれ、衝撃は初めて見た者達程ではない。
地面の沈下が終わると、すぐに掘削作業に入る。
……ただし、掘削作業を行うとはいえ、土を掘る道具がある訳でもない。
なので、集落にあった物資を利用して、簡単なスコップやツルハシのような道具を作り、地面を掘っていく。
また、当然のように地面を掘るとなれば、掘った土砂が邪魔になる。
そんな土砂の類を運ぶ者も必要だった。
「グルルルルゥ!」
そんな採掘作業の中、かなり活躍しているのはセト。
金属並……あるいはそれ以上の硬さを持つ爪で地面を掘ったり、それで出来た土砂を運んだり。
まさに縦横無尽の活躍だった。
「レイ、こっちに土の入った箱が溜まったから、頼む」
ケンタウロスに呼ばれ、レイはそちらに向かう。
土だけが盛られている状態では、それをミスティリングに収納することは出来ない。
だが、箱か何かに入れてしまえば、ミスティリングに収納するのも容易なのだ。
だからこそ、レイは掘り返した土が溜まったら、それをミスティリングに収納するという仕事を繰り返す。
掘削作業において、掘り返した土はかなりの邪魔者となる。
そんな土を一ヶ所に纏めればレイがそれを収納してくれるのだから、ケンタウロス達にとっては非常に楽な仕事だった。
(スコップか。……場所によってはスコップとシャベルが俺の知ってるのと逆に呼ばれてるとか何とか、TVで見た記憶があるな)
東日本――レイが住んでいたのは北日本だが――においては、工事に使うような大きな物をスコップ、園芸用に使う小さな物をシャベルと呼ぶ。
それに対して、西日本では工事に使う大きな物をシャベル、園芸用に使うような小さな物をスコップと呼ぶ。
日本にいた時、レイがTVで見て驚いたことの一つだった。
「おーい、レイ! こっちも土が溜まったから、処分を頼む!」
別の場所で働いているケンタウロスに呼ばれ、レイはそらに向かって土砂の詰まった入れ物をミスティリングに収納する。
「どうだ? 何かそれらしいのが発掘出来そうか?」
「いや、駄目だな。見た感じでは、とてもではないが何もない。……掘り返すのも大変だしな」
「だろうな」
ここが畑のような場所であれば、掘り返すのもそこまで難しい話ではないだろう。
だが、ここはあくまでも集落だ。
つまり、この地面の上で生活していたのだ。
それも人間より体重のあるケンタウロス達がだ。
当然のように、その蹄に踏み固められた場所も多くなる。
レイの使った地形操作のスキルによって、一番硬い場所は掘り返さなくてもよくなったが……それでも、それなりに長時間ここで生活していた以上、かなり下の方も地面を踏み締められている。
また、ケンタウロスよりも大きく、重量もあるドラゴニアスが百匹近くも暴れた以上、その地面の硬さはケンタウロスにとってもかなり掘り返すのは難しいだろう。
「どうしても硬い場所なら、セトに頼んでくれ。セトの力なら、多少硬い程度の地面はどうとでも出来る筈だ」
「ああ、そうさせて貰うよ」
そう言い、ケンタウロスの男は再び自分の仕事場に向かう。
(どのくらいの深さに目当ての物が埋まっているのかが分からないってのが、痛いよな。せめて、どれくらい深い場所にあるのかが分かれば、対処することも出来るんだが)
それが分からないというのが、今回の場合は大きかった。
あるいは、レイが土系の魔法を使えれば、地面を掘るのがもう少し楽になったのかもしれないが。
一応、ドルフィナを初めとして土系の魔法を使える者は何人かいたのだが、その魔法は基本的に土を使って攻撃するといったようなものが大半で、穴を掘る……例えば落とし穴を掘るといったような魔法は存在しないと言われてしまった。
これがレイなら、新しい魔法を開発すればいいと判断もするのだが……ドルフィナは、レイのようにそう簡単に魔法を開発したりといったような真似は出来ない。
(デスサイズとか黄昏の槍の攻撃で土を……正確には地面を吹き飛ばすといったような真似は止めて欲しいって言われたしな)
それもザイを含めた何人もから。
そうである以上、レイとしても無理は出来ない。
結果として、レイは何かいい手段がないかと考えつつ、採掘された土砂をミスティリングに収納するといったような仕事をしていた。
尚、この土砂の入った袋は相当な重量なので、セトに乗って上空でミスティリングから取り出すといったようなことをすれば、それだけでかなり強力な武器になったりする。
それこそ、ドラゴニアスを相手にしても、いつもセトが飛んでいる高度百mからこの土を落とした場合、その威力は凶悪でドラゴニアスを相手にしても一撃で首の骨を折る……もしくはそれに留まらず、身体中の骨を砕き、内臓を破壊するといったようなことになるだろう。
唯一の難点としては、上空から落下させるだけである以上、命中率はそこまで高くはないといったところか。
また、風で落下軌道が逸れたり、地上のドラゴニアスが移動して別の場所に行ったりといった可能性も考えると、特定の敵を狙った狙撃――というのがこの場合正しい表現なのか、レイには分からなかったが――ではなく、ドラゴニアスが固まっている場所に上空から爆撃するかのように多数落とすといったような使用方法が相応しいように思えた。
他にも大量の土ともなれば、使い道は幾らでも存在する。
そういう意味では、掘削作業で出た土砂の類をミスティリングに収納していくというレイの行動は、ある種補給作業……と言ってもいいのかもしれない。
(実際、いつ役に立つのかは……分からないけどな)
そんな風に思いつつ、レイは次々と自分のやるべきことをこなしていく。
そうしてある程度仕事が一段落したところで、集落の外にいるヴィヘラの下に向かう。
ヴィヘラの性格を考えると、採掘作業よりも周囲の偵察に回した方が能力を発揮出来ると考えてのものだ。
レイとセトが採掘作業に協力している以上、ヴィヘラは見張りに回した方がいいのは明らかだった。
集落にいたドラゴニアスは殲滅したが、いつ追加のドラゴニアスが来ないとも限らない。
その時、すぐにでもドラゴニアスに対処出来る人員というのは、必須だった。
……もし見張りがいなければ、最悪目的の何かを採掘した直後にドラゴニアスの襲撃を受けて採掘した何かを奪われる……といった可能性もあるのだから。
「あら、どうしたの?」
周囲の様子を暇そうに見ていたヴィヘラだったが、近付いてきたレイの気配に視線をそちらに向け、尋ねる。
どことなく嬉しそうな笑みを浮かべているのは、レイが自分に会いに来たということが嬉しかったからだろう。
「いや、ちょっと様子見にな。……それでどうだ? ドラゴニアスが来る気配はあるか?」
「残念だけど、全くないわね。来るのなら、出来るだけ早く来て欲しいんだけど」
「作業中の身としては、暫く来て貰うのは困るんだけどな」
百匹近いドラゴニアスが来ても、ヴィヘラなら負けることはないだろう。
特に木々が多数生えている林での戦いとなれば、ドラゴニアスは身動きがしにくくなるので、尚更だ。
だが……そのような場所での戦いであっても、ヴィヘラに向かわず集落に入ってくるような相手がいた場合、ケンタウロスに被害が出る可能性もあった。
そうならない為には、やはりヴィヘラ以外にも見張りを用意する必要があり……偵察隊の中から、何人かがヴィヘラと同様に周囲の見張りについている。
以前の野営地でも、見張りは基本的に必要だったのだ。
それを思えば、この集落の周辺でも見張りを必要とするのは当然のことだった。
「連中、何を考えてると思う? 正確には、この地面には何が埋まってると思う?」
この地面に何かがあるというのは、あくまでもレイの予想でしかない。
だが、これまでの経緯やら何やらを考えると、やはりそれが一番可能性が高い……いや、ほぼ間違いないだろうという予想がレイの中にはあった。
それでも、何かがあるというのは予想出来ても、実際に何があるのかと言われれば、レイとしては何も思いつかない。
ドラゴニアスを百匹も派遣してくるような場所……そして、何故かドラゴニアスに喰い散らかされていない林。
後者のドラゴニアスに喰い散らかされてない林は凄いとレイも思うが、だからといってドラゴニアスがそれを欲するかと言われれば、それはまた別の話だろう。
「そう言われても、私に分かる筈がないでしょ? でも、そうね。ザイを初めとしたケンタウロス達に、何かこの草原に伝わっている伝説の秘宝とかそういうのがないのか聞いてみたら? もしかしたら……」
「その秘宝がこの集落に埋まっているって?」
そんな夢のようなことを。
そう言おうとしたレイだったが、この世界でならもしかしたらそういうことが普通にあってもおかしくはないのか? と思い直す。
実際、今回の一件においては色々と不可解なことも多い。
(アナスタシア達も、もしかしたらこの草原の伝承に惹かれたとか、そういうのだったり……いや、ないか?)
アナスタシアの性格を考えれば、伝説の秘宝に興味を抱くかどうかは微妙なところだろう。
もっとも、レイもアナスタシアとそこまで深い関係がある訳ではない。
ダスカーから紹介されてから、まだそれ程経っていないのだから。
……実際には異世界に繋がる一件もあってか、知り合ってから随分と長い気がしないでもなかったが。
アナスタシアとファナのことを考えながら、レイはヴィヘラと会話を続けるのだった。