2329話
新年、あけましておめでとうございます。
今年も1年、投稿を頑張りますのでよろしくお願いします。
「グルルゥ……」
レイ達が入っていった林の外で、セトはレイの言いつけ通り、敵が来ないかどうかを警戒していた。
とはいえ、今のセトは野営の時のように寝転がって目を瞑りながら周囲の敵を警戒しているので、傍から見れば警戒しているようには見えないだろうが。
それでも、これがセトにとって一番楽な警戒態勢なのは間違いなかった。
既に敵が見えている状況なら、もっと別の警戒方法もあっただろう。
だが、今回のようにいつ敵が来るか分からないような状況での警戒となると、やはりこの体勢が一番楽なのは間違いなかった。
それでいて、この体勢は決して悪いものではない。
寝転がっている今の状況であっても、敵が近付いてくれば、聴覚や嗅覚ですぐに把握出来るのだ。
……だからこそ、セトは不意に林から誰かが近付いてくるのをすぐ把握出来たし、同時にその近付いてきた相手が自分のよく知る人物だというのもすぐに気が付いた。
「グルゥ!」
一見すると眠っているような状態だったセトだが、その人物の接近を感じた瞬間にすぐ起き上がり、嬉しそうに林を見る。
尻尾が激しく振られている様子は、まるで犬のようにも見える。
実際には、セトは獅子の下半身と鷲の上半身を持つグリフォンで、無理矢理分類するとすれば猫科なのだが。
そんなセトが嬉しそうに林を見ていると……やがて、林の中から一人の人物が姿を現す。
それが誰なのかは、既にこの時点でセトは理解していた。
つまり……レイだ。
「グルルルルゥ!」
嬉しそうに鳴き声を上げつつ、レイに近付いて行くセト。
セトとレイが離れていたのは、そう長い時間ではないのだが……それでも甘えたがりのセトとしてはレイとの再会は嬉しかったのだろう。
レイもまた、そんな風に近付いてくるセトを受け止める。
……体長三mオーバーのセトが突っ込んでくるのだから、セトにその気がなくても、実際にはかなりの衝撃なのだが。
それでも、レイはセトをしっかりと受け止める。
セトにレイを吹き飛ばすつもりがなく、あくまでもレイに甘えたいと思っていたから、衝撃そのものはそこまで大きくなかったというのも、この場合は大きいだろう。
「放って置いて悪かったな、セト。……どうやら、敵はこなかったみたいだけど」
頭を擦りつけてくるセトを撫でながら、レイは周囲の様子を確認する。
そこには、ドラゴニアスを始めとしたモンスターの死体は一匹もなく、セトがここでじっとしていたのは間違いないと、そう思えた。
もしドラゴニアスや他のモンスターが来ていれば、その死体がここに残っていてもおかしくはない。
……あるいは、リスのような小さなモンスターなら、場合によっては丸呑みにしたりといったようなことをしていた可能性もあるのだが。
一通りセトを撫でて落ち着いたところで、レイはセトに何故自分がここにいるのかを説明する。
集落の地面を掘る必要があって、それをセトに手伝って欲しいと。
そしてセトは、そんなレイからの頼みを断るなどといったことはなく、嬉しそうに喉を鳴らして引き受ける。
セトにしてみれば、レイの頼みは基本的に断るようなことはない。
ましてや、林の中にある集落に向かうとなると、そこで自分はレイと一緒に行動することになるのだ。
セトにとって、そんな好条件の手伝いを断るということは、有り得なかった。
「そうか。集落の中にはそれなりに広い場所もあるから、空を飛べばすぐにでもそこに到着出来る筈だ。じゃあ、行くぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉を聞き、セトは嬉しそうに身を屈める。
レイがそんなセトの背に跨がると、数歩の助走で翼を羽ばたかせながら空中に駆け上がっていく。
そして林の上空まで来れば、林の中央に存在するケンタウロスの集落……もしくはその跡地を見つけるのは難しい話ではない。
「こうして見ると、やっぱり林は結構広いんだな」
空から見ると、林の丁度中央付近に集落は存在している。
それはつまり、どの場所から林に入ったとしても、集落に到着するまでの時間は変わらないということだ。
林そのものが結構な広さを持っており、改めてドラゴニアスがこの林の中にある集落のある場所までやって来たことに疑問を抱く。
集落の地下に何かがあるという可能性が高い以上、それを求めてドラゴニアスがまたやって来る可能性は高い。
「グルルゥ?」
もう降りてもいい? と喉を慣らすセト。
いつまでも空を飛んでいても楽しいのだが、何かやるべきことがあるのなら、そちらを早く片付けた方がいいだろうと、そう考えたのだ。
レイもまた、そんなセトの言葉に否とは言わず、集落に降りてくれるように頼む。
そうしてセトが集落に向かって滑降していくと、当然ながら集落にいる面々も上空から降りてきたセトの姿に気が付く。
最初、それがセトだと判断出来なかったケンタウロスの何人かが騒ぐも、すぐに近くにいる別のケンタウロスから、それがレイとセトだと教えられて驚き、納得する。
ケンタウロスにとって、空を飛ぶというのは半ば本能的に受け付けない。
勿論、中にはドルフィナのような例外も存在するが、基本的にはザイのように空を飛ぶということに嫌悪感を覚える者の方が多かった。
そんな中で、いきなり上空からセトが降りてきたのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
もっとも、実際に空を飛んでいるセトは……そしてセトの背に乗っているレイも、そんなことを全く気にした様子はなかったが。
ともあれ、そうして地面に降りたセトは、興味深そうに周囲を見回す。
空からこの集落の様子を見ることは出来たが、こうして地面に降りて見るというのは、また違うのだろう。
「グルルゥ……グルゥ」
周囲に漂っている臭いを嗅ぎ、ここで何があったのかを何となく理解して喉を鳴らす。
そして、レイはそんなセトの背から降りると、急ぎ足でやって来るザイの姿に気が付く。
「レイ、この集落の……その、死体を並べた。向こうの方にあるから、浄化してやってくれ」
「分かった」
本来なら『弔いの炎』を使って、ドラゴニアスとケンタウロスの死体……この集落に存在する、全ての死体を燃やしてしまおうかと、レイは最初そう考えていた。
だが実際には、この集落出身の女達からケンタウロスの死体とドラゴニアスの死体を一緒にして欲しくないと、そう懇願されたのだ。
この集落の辿った運命を考えれば、女の言葉も十分に理解出来るものなので、レイもそれを受け入れる。
集落の生き残りにしてみれば、この集落を守って死んでいった者達と襲ってきた者達を一緒にするという方が無理だと、そう理解したのだ。
また、浄化の炎によって燃やされるにしても、地面に死体が散らばったままで燃やされるというのには思うところがあったらしく、集落の生き残り……そしてヴィヘラの訓練に運よく巻き込まれなかった者達が、集落の中央にある広場に死体を集めた。
そうして準備が整ったから、燃やして欲しいと言ってきたのだろう。
レイもそれに異論がないので、セトと共に集落の中央に向かう。
そこでは、この集落の生き残りのケンタウロス以外に、偵察隊の者達も集まっていた。
(そう言えば、ケンタウロスの葬式とか、死生観とか、そういうのって知らないけど……いやまぁ、別に無理に知る必要はないか)
死体が……正確にはドラゴニアスに食い残された死体の破片が集められている場所を眺めながら、レイはそんなことを思う。
少し慣れない様子を見せている者がいるのは、集落によって葬式や死生観の類も違うからなのだろう。
もっとも結局のところ同じケンタウロスである以上、そこまで違うとは思えなかったが。
「お願いします」
そう言い、頭を下げてくるケンタウロスの女。
そんな女の言葉にレイは頷き、デスサイズを取り出して呪文を唱え始めるのだった。
「ありがとうございました。これで、皆もアンデッドとして現れるようなことはないでしょう」
浄化された死体――その大半はドラゴニアスによって喰い千切られていたが――が消えたのを見て、女がレイに向かって深々と頭を下げる。
女にしてみれば、一緒に生活していた仲間達がアンデッドにならないようになっただけでも、嬉しいのだろう。
本来ならもっときちんと供養をしてやりたいと思ってはいたのだろうが……残念ながら、今の状況でそのような真似は出来ない。
だからこそ、レイの魔法によって浄化されたことに満足するしかなかった。
「ああ、気にするな。この集落を守る為に戦ったんだ。そんな連中がアンデッドになるのは、俺もあまり見たくないしな」
グリムのように知性のあるアンデッドならまだしも、基本的にそこまで高い知能を持つアンデッドというのは、かなり希少だ。
それだけに、ケンタウロス達もしっかりと浄化の炎で燃やすというのは、レイにとっては当然だった。
それでも感謝の視線を向けてくる女。
そのすぐ側には、先程レイとヴィヘラがテントの下から助け出した少女の姿もあった。
「あの……私を見つけてくれて、ありがとうございました!」
そう言い、深々と一礼する少女。
まだ十歳になるかどうかといったような子供だけに、その仕草はどこか愛らしいものを感じる。
だが同時に、愛らしいだけではなく真剣にレイに向かって感謝の言葉を口にしているのも、間違いのない事実だった。
レイはそんな少女に何と声を掛ければいいのか迷う。
今回の一件において、この少女は両親を……それ以外にも親しい相手を多く亡くしたのだ。
それもただ殺された訳ではなく、ドラゴニアスに喰い殺されるといった形で。
実際に喰い殺されている光景を、少女が自分の目で見たのかどうかは、レイにも分からない。
せめて、少女が両親のそんな最期を見ていなければいいと、そう思うだけだ。
「ああ。せめてお前が無事でよかった。……さて、取りあえず野営地をここに作って、それからどう掘っていくか決めるか」
「あら、それならどう掘るのかを決めてから、野営地を作った方がいいんじゃない?」
少女から感謝されたことの照れ隠しで野営地を作ろうと口にしたレイだったが、そんなレイに対してヴィヘラが笑みを浮かべながらそう告げてくる。
「……そうだな」
レイとしても、その意見に反対するような真似は出来ず、そう答えるしかない。
実際、もしレイの言葉に従って野営地を作った後で集落のある場所を掘る準備を整えた場合、その野営地にあるテントの類が邪魔になるという可能性は十分にあったのだから。
「採掘の件だが、取りあえずある程度までは俺のスキルで掘ることが出来る。それでも何も出て来ない場合、全員で協力して本格的に掘るしかないけど」
半ば無理矢理に話題を採掘作業に戻したレイだったが、それでも聞いていたケンタウロス達は皆が真剣な表情でこれからどうすればいいのかを考え、相談する。
そんな中でも中心になっているのは、やはり偵察隊を率いているザイだ。
また、そんなザイの横ではこの集落の生き残り達が色々と意見を求められては、それに答えている。
この集落を掘り返す以上、やはりこの集落で生活していた者の意見は色々と為になるのだろう。
「ふふっ、運がよかったわね」
「あのな……」
からかうように言ってくるヴィヘラに、レイは何と言うべきか迷う。
ここで何を言っても、それは一種の負け惜しみにしか聞こえない。
そう理解しているのだろう。
レイとしても、それは理解してるので何も言えなくなってしまったのだが。
「レイなら、今まで感謝されることはあったでしょ? なら、そこまで照れるようなことはないと思うんだけど」
ヴィヘラの言葉は、間違いのない事実でもあった。
実際に今までレイは何人もの相手から感謝されたことはあるし、その中には今回の少女と同じ年齢の子供もいた。
それでも今回レイが照れたのは……本人も、正直なところその理由は分からなかった。
「さぁ、何でなんだろうな」
そう呟くレイに、ヴィヘラは仕方がないなといった笑みを浮かべる。
普段の戦闘に飢えた獰猛な笑みではなく、愛する男に向ける笑み。
「とにかく、この集落を調べて何か見つかればいいんだけどな」
「そうね。……でも、レイは何かがあると、そう確信してるんでしょ?」
「否定はしない。実際、ドラゴニアスの行動を見れば、ここに何かないと、あんな数を送ってくるとは思えないし」
「そうね。……けど、そうなると……やっぱり、ドラゴニアスの本拠地からやって来たのかしら」
「この近く……もしくは、こっちの方面にドラゴニアスの本拠地があるのは間違いない以上、その可能性はあると思うけどな。単なる拠点という可能性も否定は出来ない」
ザイ達が話している間、レイとヴィヘラはそんな風に会話を続けるのだった。