2326話
「ふぅ……取りあえず終わったな」
呟くレイは、周囲を見回す。
その視線の先には、百匹近いドラゴニアスの死体が地面に転がり……それ以外にも、ケンタウロス達が限界を超えて戦いを続け、疲労困憊といった様子で地面に倒れていた。
下半身が馬のケンタウロスでも、やっぱり地面に倒れるんだな。
そんな思いを抱くレイだったが、以前から何度か同じような光景は見ているだけに、その驚きは今更だろう。
……特にヴィヘラとの訓練においては、疲労の限界を超える者も珍しくはない。
そのような者達は、模擬戦が終わった後に現在視線の先に広がっている状況になっているのを見ることもあった。
とはいえ、模擬戦と違って現在地面に倒れている者達の近くにはドラゴニアスの死体が大量に存在している。
今は疲労からその辺をあまり気にしていない様子だったが、それでもいずれ……それこそ疲労がある程度収まれば、そのことに気が付き、嫌な表情を浮かべるだろう。
(まぁ、それまでは取りあえずゆっくりとしていればいいだろ)
それだけを思い、レイは疲れ切っているケンタウロスはそのままに、集落の中を見て回る。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、集落の中にケンタウロスの生き残りがいるという可能性が否定出来なかったからだ。
「あら、どこに行くの?」
そんなレイに声を掛けたのは、満足そうに笑うヴィヘラ。
百匹のドラゴニアスという敵は、ヴィヘラをある程度満足させるには十分だったのだろう。
……あくまでもある程度であって、本当の意味で心の底から満足している訳ではないのは、レイにも理解出来たが。
それでもひとまず落ち着いているのは、レイとしては助かる。
「ちょっと集落の中を見てくる。もしかしたら、生き残りがいるかもしれないし」
「そう?」
レイの言葉に対するヴィヘラの返事は、明らかに生き残りがいるとは思っていない様子だった。
ドラゴニアスの飢えを知っている者であれば、それこそ誰であってもそのように思うだろう。
レイもまた、そんなヴィヘラの言葉には理解出来るものがあったが、それでも万が一を考えると、今のうちに探しておいた方がいいだろうと考える。
「そのくらいはしてもいいだろ。……正直、俺も生き残りがいる可能性は少ないと思うけどな。ただ、俺達と合流した連中のように、集落から逃げ出したという連中が戻ってくる可能性もない訳じゃない」
それは、あくまでもない訳ではないといった程度の可能性。
レイ達と合流したケンタウロスの女達も、それこそ偶然によってレイ達と遭遇したから助かったのだ。
そんな幸運は多くの者に与えられる筈がない。
実際にレイ達と遭遇することが出来たケンタウロス達は、非常に幸運だったのだ。
(それに……この集落が特殊な理由を理解出来るかもしれないしな)
この集落は、色々な意味で特殊だった。
ドラゴニアスの本拠地の近く――少なくてもザイ達の集落に比べれば圧倒的に近い筈だ――にあるにも関わらず、何故林に生えている木はドラゴニアスに喰われてないのか。
また、林とはいえ結構な奥にあるこの集落を、ドラゴニアスは一体どうやって見つけたのか。
そしてそれなりに広い集落であるとはいえ、百匹近いドラゴニアスという、過剰な戦力を送ってきたのは何故か。
……いや、レイと遭遇したケンタウロスがドラゴニアスに追われていたのを思えば、この集落を襲ったドラゴニアスの数は百匹よりももっと多かった筈だ。
そこまでの数を揃えたのは、レイにとって疑問でしかない。
「最初は、この集落を巣分かれしたドラゴニアスが拠点にするのかと思ったんだがな」
「何? この集落について?」
「ああ。もしこの集落を拠点にするつもりだったら、銀の鱗のドラゴニアスがいてもいい筈だと思ったけど、いなかったしな」
「……そもそも、私達ならともかく、ドラゴニアスがここを拠点に選ぶ? ドラゴニアスよりも小さいケンタウロスでさえ、ここまで来るのに結構苦労したのよ?」
そう言うヴィヘラの言葉には、強い説得力があった。
実際、ここを拠点とするには色々と無理があるのは間違いないのだから。
「けどここまでやって来るのが大変だというのは、防御力が高いということも意味している筈だ。それこそ、ここにいれば敵がやって来てもそう簡単に来られないし……そもそも、見つかりにくいという点もある」
壊滅したとはいえ、この集落はドラゴニアスの本拠地の勢力圏内にあるにも関わらず、今日まで生き延びてきたことを考えれば間違いない。
……だからといって、本当にここに銀の鱗のドラゴニアスが拠点を築くと思われるのかと言われれば、レイも素直に頷くような真似は出来なかったが。
そもそも、レイが知っているドラゴニアスというのは、飢えに支配されていることもあって攻撃的な存在だ。
一応、銀の鱗のドラゴニアスや金の鱗のドラゴニアスといったような知能が高く、通常のドラゴニアスに命令出来る存在がいるとはいえ、それでもドラゴニアスという存在の本質は変わらない筈だった。
だからこそ、レイはここが拠点として使えるかもしれないとは言ったが、それを言った本人が信じてはいない。
もしドラゴニアスがもっとしっかりとした知能があり、飢えに支配されていなければ、そのような真似も出来たのかもしれないが。
「けど、そうなるとやっぱりここをどういった理由でドラゴニアスが襲ってきたのかといった問題になるんだよな」
「そうね。植物をドラゴニアスが食べてないのも気になるし」
「……もしかしたら、地面に何かが埋まってるんじゃないかって考えたんだけど、どう思う?」
レイの言葉は、ヴィヘラも納得出来るものだったのだろう。
その言葉に頷きつつ、足甲で軽く地面を蹴る。
「けど、そうなると何が埋まってるのかってことにならない? そもそも、ここまでの労力を使ってまで掘り返したい何かがあったのなら、何で今まで手を出さなかったのかが疑問よね」
「だろうな。この付近にドラゴニアスの本拠地があるのなら、それこそ今まで幾らでもここを襲う機会はあった筈だ。なのに、なんで今日……俺達がここに近付いたのに合わせるようにして襲ったのか……その辺も、この辺りを掘ってみれば明らかになるかもしれないが……いい顔はしないだろうな」
そうレイが呟いたのは、この集落から逃げてきてレイ達が助けた相手の反応を予想してだ。
この集落の地下に重要な何かが存在している……かもしれない。
そんな理由で掘り返させて欲しいと言われても、到底納得出来るようなことではないだろう。
レイが聞いた話では、ドラゴニアスの脅威から逃げる為にこの林の中に集落を移したという話であった以上、この集落そのものにはそこまで強い執着の類はないだろうが、それでもここがこの集落に住んでいた者達最期の地となったのは事実だ。
それだけに、今のこの状況で地面を掘り返したいと言われても、素直に頷いて貰えるとは思わなかった。
「私もそう思うわ。けど……私達、正確にはケンタウロス達はドラゴニアスのことを殆ど何も分かっていない。だとすれば、ここを掘ることによってドラゴニアスの目的が分かるのなら、それはどうしてもやらなければならないことじゃない?」
「それは……まぁ……ん?」
ヴィヘラの言葉に頷いたレイだったが、不意にその動きを止める。
視線の先にあるのは、ドラゴニアスとこの集落を守っていたケンタウロスが戦った時に壊れたのか、それともこの集落を占拠した後にドラゴニアスが壊したのかは分からないが、テントがそこにあった。
……それだけであれば、レイもそこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、そのテントの中から呻き声のようなものが聞こえたとなれば、話は別だった。
「ヴィヘラ!」
「え?」
レイの言葉に、ヴィヘラは急にどうしたの? といった様子で声を上げる。
アンブリスとの融合によって強化されているヴィヘラだったが、今の声を聞くような真似は出来なかったのだろう。
それを理解したレイは、声の聞こえてきた方に向かいながら口を開く。
「今、呻き声が聞こえた。恐らく生存者がいる」
「……本当……?」
ヴィヘラの口から訝しげな声が漏れたのは、ドラゴニアスの飢えを知っている者としては当然だろう。
だが、その声はしっかりとレイの耳に聞こえている。
セトがいれば、レイよりも早くその呻き声に気が付いていただろう。
「本当だ。とにかく、一緒に来てくれ」
本来なら、レイだけでさっさと向かってもいいのかもしれないが、何か一人では対処出来ないことがあった場合、ヴィヘラの協力が必要だった。
そんな理由もあって声の聞こえてきた方にヴィヘラと共に移動していたのだが……
「あら、本当に声がするわね」
声のした場所に近付いたことによって、レイだけが聞こえていた呻き声がヴィヘラにも聞こえるようになったのだろう。
ヴィヘラの表情が、言葉とは裏腹に厳しいものに変わる。
そんな二人が到着したのは、レイが予想していた通り潰れたテントの一つ。
戦いの中でか、戦いが終わった後で破壊されたのかは分からないが、崩れているそのテントの中から間違いなく声が聞こえている。
「これは……取りあえず、テントを壊すか」
「そうね。ただ、テントの中というか下から声が聞こえてきてるということは、適当にテントを壊して移動させるような真似をすると、中にいるケンタウロスにも被害を与えてしまうかもしれないから、注意して」
ヴィヘラからの忠告にレイは頷き、残骸となっているテントを上の方から移動させていく。
テントとはいえ、それはエルジィンの冒険者が使うような普通のテントではなく、ケンタウロスの使うテントだ。
言ってみれば、簡易的な家に近い。
当然のように骨組みも相応に立派なもので、それにぶつかれば痛いではすまないだろう。
それでもテントの中から呻き声が聞こえてくるということは、中にいるケンタウロスは偶然柱の隙間にいたり、もしくは他の柱や布が盾代わりになって直撃を避けた……といったところか。
ともあれ、レイとヴィヘラは慎重にテントの残骸を移動していく。
残骸はどれもレイが容易に持つことが出来たが、ヴィヘラが言う通り慎重に取り除かなければ、残骸を動かした影響でその下にある別の残骸が崩れそうになる。
それをヴィヘラが抑えるなり、レイが残骸を動かしてからすぐにヴィヘラが持っている残骸を動かしたり……そんなことをしながら十分も経過した頃、テントの残骸の下にいたケンタウロスを発見した。
「いたぞ!」
「ええ、どうやら……意識はないみたいね。それでも呻き声が聞こえてきたということは、怪我をしてるのかしら?」
「どうだろうな。とにかく、今は生きてるんだから……この集落出身の連中を呼んできてくれないか? この様子なら、残りは俺だけで何とかなるし」
テントの残骸は、既にその殆どが片付けられており、残りはレイだけでどうにか出来るというのは間違いではなかった。
「分かったわ」
そう言い、ケンタウロス達のいる方に走っていくヴィヘラ。
戦闘が終わってそれなりに時間も経っているので、疲れ切っていた者達もそれなりに回復している筈だった。
……もしそれでもまだ疲れたと言って動かない者がいれば、その時は体力不足ということで後日再びヴィヘラの訓練が待っているだろう。
実際には、ヴィヘラの訓練を殆ど受けていない者も多いので、そのようなことになってもおかしくはないのだが。
そんなヴィヘラを見送ったレイは、残りの残骸を片付ける。
出て来たのは、子供。それもまだ十歳にもなっていないような年齢だ。
ケンタウロスの生態を詳しく知っている訳ではないので、もしかしたら十歳に見えてももっと年上だったり、年下だったりするのかもしれないが。
ともあれ、子供であることは間違いないケンタウロスを助け出し……怪我がないのかを一応確認するが、レイが見たところでは怪我らしい怪我は見えない。
「どうやら、問題はないみたいだな。……ケンタウロスだから、もしかしたら俺が思いも寄らないところを怪我しているかもしれないけど」
意識を失いつつも、呻き声を口にしていたのを思えば、もしかしたら肋骨の一本でも折れている可能性はある。
だが、それは今のレイでは判断出来ない。
ヴィヘラがケンタウロス達を連れて戻ってくれば、その辺もはっきりするだろう。
そう判断し……気絶している子供を抱き上げようとして、迷う。
これが人間の子供なら、すぐに持ち上げることも出来るのだが、ケンタウロスの場合は下半身が馬となっており、どうやって抱き上げればいいのか分からない。
分からないので……取りあえず、ヴィヘラが誰かケンタウロスを連れてくるのを待つのだった。