2323話
最初にドラゴニアスに突っ込んでいったのは、偵察隊に参加しているケンタウロスの中でも恐らく最強だろうザイ。
槍を振り回し、ドラゴニアスに向かって牽制するように攻撃する。
そんなザイに続くように、他のケンタウロス達も攻撃を行う。
勿論、攻撃をするだけではない。
背後からは何人かが弓を使ってドラゴニアス達を牽制する。
射られた矢は、大半がドラゴニアスの鱗によって弾かれるが、それでもドラゴニアスにとって無害という訳ではない。
攻撃をしようとしたところに機先を制するように矢が射られ、それによって攻撃のタイミングが遅れ、結果としてドラゴニアスの牙や爪はケンタウロスの身体に届くよりも前に回避される。
また、本当にたまにだが、矢が鱗に覆われていないような眼球を貫いたりといったことも起きる。
幾ら飢えに支配されているドラゴニアスであっても、痛覚が麻痺している訳ではなく、痛いものは普通に痛いのだ。
そんなドラゴニアスだけに、眼球を貫かれれば混乱して周囲にいる仲間にすら攻撃を行ったりもする。
さすがに同じドラゴニアス同士であれば攻撃も通るのか、何匹かのドラゴニアスは仲間の攻撃によって小さくないダメージを負っていた。
(矢で射貫かれた自分の眼球を食うってのが三国志か何かであったけど……飢えに支配されているドラゴニアスなら、同じような真似をしてもいいと思うんだけどな)
背後にいるケンタウロス達……現在ザイ達が戦っているドラゴニアスから逃げてきた者達を守りながら、レイはそんなことを思う。
そんなレイとは裏腹に、守られているケンタウロス達は驚きの視線で戦いを眺めていた。
複数のケンタウロスがドラゴニアスと戦っているのは、見慣れた光景ではある。
だが、見慣れた光景ではあってもその安定感とでも言うべきものは、自分達の集落で戦っていた者達と比べても、こちらの方が圧倒的に上だった。
「これって、一体……」
ケンタウロスの一人が呟くが、それに答えることが出来る者はいない。
偵察隊に参加しているケンタウロス達はドラゴニアスと戦っているし、レイとヴィヘラはそんなケンタウロス達の戦いをじっと見ているのだから。
そして……実際にドラゴニアスと戦っているケンタウロス達は、自分達の様子にただ唖然とするしか出来ない。
以前までなら何とか回避出来ていたような攻撃を、余裕で回避出来る……だけではなく、そのカウンターとして反撃をすることすらも可能になっている。
また、放たれた攻撃の殆どが鱗によって弾かれているのは変わらないが、それでも鱗の上から相手に与えている一撃の重さは、明らかに上がっていた。そして何より……
「ヴィヘラに比べれば、弱い、弱い、弱い!」
ケンタウロスの一人が、ドラゴニアスと戦いながらそう叫ぶ。
実際、ヴィヘラとの模擬戦を繰り返していたケンタウロス達にとって、ドラゴニアスの攻撃は遅く、単純で読みやすい。
野営地で偵察に出ていたケンタウロスの中には、ヴィヘラとの模擬戦が殆ど出来なかった者もおり、そのような者達はドラゴニアスを相手に以前までと同様に苦戦していたが。
だが、客観的に見ると人数の差もあり、ケンタウロス側が優勢なのは間違いなかった。
「凄い……ドラゴニアスとこんなに互角に……」
後ろから聞こえてきたその声に振り返ると、その声を発したのは二十代半ばくらいのケンタウロスの女だった。
唖然という言葉が相応しいくらい、じっと視線の先で行われている戦いを眺めていた。
いや、そのようにして戦いを眺めているのはその女だけではない。
他のケンタウロス達も同様に、自分達と同族のケンタウロスがドラゴニアスを圧倒している光景を眺めている。
「そんなに意外?」
驚きの声を上げている女にそう話し掛けたのは、ヴィヘラ。
自分が戦闘訓練を行った者達が戦っている光景を見て、それが褒められているのが嬉しかったのだろう。
弟子……と呼ぶには大袈裟だったが、それでも何度も模擬戦を行ってきた者達なのだから。
声を発した女は、ヴィヘラのその言葉に何かを言おうとして、驚く。
……ヴィヘラの格好はいつも通りの踊り子や娼婦が着るような、向こう側が透けるような薄衣を身に纏っていたのだから、驚くのも当然だろう。
その上、同じ女ですら目を奪われる美貌の持ち主となれば尚更に。
それでも嫉妬の気持ちが湧かなかったのは、やはりケンタウロスではなく、二本足の種族だったからだろう。
「え、ええ。ドラゴニアスの強さはよく知ってるわ。私の集落の男達も、大勢喰い殺された。……そう考えれば、こんなに強いなんて……」
とてもではないが信じられない。
そう告げる女に、ヴィヘラは自慢げな笑みを浮かべて口を開く。
「あそこで戦っているケンタウロス達はね、私が鍛えたのよ。……時間の関係上、全員を鍛えるといったことは出来なかったけど」
「……貴方が?」
女にしてみれば、ヴィヘラがそこまで強いとは思えなかった。
あるいは、女が戦士としての訓練を積んでいれば、ヴィヘラの強さを知ることが出来たかもしれないが。
だが、幸か不幸か女はそんな訓練を積んでいない普通の女だった。
その為、ヴィヘラがあのケンタウロス達を鍛えたと言われても素直に頷くことは出来ない。
「ええ。……意外かしら? でも、その辺は戦いが終わったら聞いてみればはっきりとするでしょ?」
ヴィヘラの言葉は、間違いのない事実だ。
ここで嘘を吐いても、それは後であっさりと明らかになるだろう。
そんな真似をするとは思えず、だとすれば目の前の女が口にした内容は本当なのか? と疑問を抱く。
女が戸惑っている間にも戦いは続き既にドラゴニアスの数は半分近くになっている。
本来なら、ドラゴニアスの数が半分になれば、敵を倒して手が空いている者がそちらに協力してもいい。
だが、今はあくまでも自分達の実力を確認する意味で行われている戦闘だ。
そうである以上、自分達の戦っている敵を倒したからといって、仲間に協力をするということは行わずに様子を見ていた。
もちろん、仲間がドラゴニアスに殺されそうになれば手を出すことに躊躇うつもりはなかったが、今のところ倒すのに手間取っている者はいても、ドラゴニアスによって危機に陥っている者はいない。
「皆が協力して戦え! 仲間に攻撃が当たりそうになったら、それを援護するんだ!」
ザイの叫びが周囲に響く。
……ちなみに、ザイは自分だけでドラゴニアスと戦っていたが、最初に倒して仲間達の応援を行っている。
元々、ザイは一人だけでドラゴニアスと戦うことが出来るだけの実力を持っていたが、それでも倒すのにある程度の時間は必要としていた。
しかし、そんなザイはヴィヘラとの模擬戦を一番多く行っていたこともあってか、飛躍的に実力を伸ばしている。
銀の鱗のドラゴニアスと戦っても、勝つことは出来ないが防御に徹すればある程度時間を稼げるといったくらいには。
「うん、やっぱり元々の才能というのも関係はしてくるんだろうな」
「それは当然でしょ。才能の差が絶対……とは言わないけど、才能というのはどうしても存在するわ」
才能の差があると言いながらも、若干悲しそうな表情を見せていたのは、自分にとっての才能と他の人にとっての才能に大きな差があると、そう理解していたからだろう。
もっとも、そんなヴィヘラと互角に戦えるだけの実力を持ったレイやエレーナ、マリーナといった面々がいるので、今となってはそこまでヴィヘラも自分の才能に対して思うところはなかったが。
「終わったな」
ヴィヘラの気分転換をさせよう……などと思った訳ではなかったが、それでも戦いが終わったと、レイが告げる。
最後まで生き残っていたドラゴニアスが、ようやく地面に沈んだのだ。
その目には既に光はなく、死んでいることは確実だった。
「本当に……一人も死なないで、ドラゴニアスを……」
レイの後ろにいた女が、驚愕の声と共にそのような呟きを漏らす。
怪我をした者はいても、死んでいる者はいない。
女の集落では、ドラゴニアスを倒すのに死ぬ者が出ないというのは非常に珍しい。
それこそ、よほど運がよくなければ一人や二人の死者は出る。
……戦士の技量が低いと言ってしまえば、それまでなのだが。
「さて」
びくり、と。
レイが呟きながら後ろを向いたのを見た女は、緊張する。
そして今更になって、レイの手に握られていた大鎌と槍という二つの武器がいつの間にか消えていたことに気が付く。
とはいえ、今の状況でそんなことを聞いても意味はないと考え、恐る恐る口を開く。
今までのやり取りから、視線の先にいる人物がドラゴニアスを相手に圧勝した集団のトップだと、そう思った為だ。
……実際には、この偵察隊のトップはザイであって、レイは助っ人的な立ち位置なのだが。
ともあれ、先程すれ違った時の圧倒的なまでの存在感と、レイがザイ達に叫んだ言葉から、女にとってレイは自分にはどうしようも出来ない相手だというのは、半ば本能的に理解していた。
いきなり怖がられたことに微妙にショックを受けつつも、レイは口を開く。
「お前達が追われていたドラゴニアスは、連中が片付けた。それで聞きたいんだが、ここを逃げていたということは、お前達の集落はこの辺りにあるのか?」
「……はい」
一瞬、誤魔化そうかと思った女だったが、レイを前に嘘を言った場合、後でそれが知られたら不味いことになる。
そう考え、素直に頷く。
「よし。なら、丁度いい。俺達はドラゴニアスの本拠地を潰しに来たんだが、何か手掛かりはないか?」
女は、まさかそんなことを聞かれると思わなかったのか、完全に意表を突かれた表情を浮かべる。
普通に考えれば、ドラゴニアスという強敵と戦ったのだ。
そうである以上、何らかの報酬を要求してもおかしくはない。
……もっとも、ザイ達が圧勝したのを見れば分かる通り、レイ達にとってドラゴニアスというのは……少なくても銀の鱗のドラゴニアスや金の鱗のドラゴニアスではない普通のドラゴニアスは、そこまで強敵ではなくなったのだが。
(次は多数じゃなくて一人でドラゴニアスに勝てるようにしないとね)
戦いを見終わったヴィヘラがそう考え……戦いが終わったケンタウロス達は、何故か急に背中に冷たいものを感じたのだった。
「それで? 本拠地は分かるか?」
何故か黙ってしまった女に、重ねてレイが尋ねる。
女は少し考え、首を横に振った。
「集落はドラゴニアス達に見つからないように隠れることを最優先にしていたので……」
その言葉を、レイは残念に思う。
隠れることを優先したのであれば、情報を得る為に偵察隊を出したりもしなかったのだろうと。
本格的に隠れるとういうのであれば、少しでもドラゴニアスの情報を手に入れ、それを活かして集落ごと隠れる必要がある。
だが、女の様子を見た限りではとてもではないがそこまで計画的に隠れるといった様子ではないようだった。
ただ闇雲にドラゴニアスを恐れ、隠れているような……そんな気がする。
(もしかしたら、女だからということで情報を聞かされていないだけかもしれないけど)
そう思うが、別にケンタウロスは男女差別が激しい訳ではない。
戦士の中には女のケンタウロスも多いし、雑用を任されている男も存在する。
だが……それはあくまでもレイが今まで寄ってきたケンタウロスの集落での話だ。
他の集落……特にこの辺りまで来ると、ザイ達の集落では全く接触したことがない集落である以上、もしかしたら極端な男女差別のある集落があってもおかしくはない。
もっとも、それをここで聞いても意味はないのだが。
「そうか。なら、逃げていた理由は?」
「集落がドラゴニアスに見つかって……戦える者は死に物狂いで戦ったんだけど、それでも……」
そう言い、首を横に振る女。
レイもその先は言われなくても何があったのかは、理解出来てしまうので、それ以上は集落の結末について尋ねるようなことはしない。
その代わりに尋ねたのは、別のことだ。
「それで、お前達の集落がある場所はどこだ?」
その集落の近くにドラゴニアス達の拠点や本拠地があるとは限らない。
だが、襲撃された以上はもしかしたらドラゴニアスが近くにいるという可能性を否定出来ないのだ。
だからこそ女の集落がどこにあるのかを聞いて、その近くを探せば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、そこにはドラゴニアスの本拠地があるかもしれないと、レイはそう考えたのだ。
実際には、あったらいいなという程度の認識でしかなかったが。
「私達の集落は……」
レイの言葉に、ケンタウロスの女は素直に自分達の集落がある場所を教えるのだった。




