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レジェンド  作者: 神無月 紅
商隊護衛
232/3865

0232話

 既に朝の6時の鐘が鳴ったというのに、まだ完全に太陽が現れておらず薄暗い中、レイとセトはギルムの街の正門前にいた。

 いくら冬だとはいっても、この時間になってもまだ薄暗いのは空に蓋をしたかのようにどんよりと広がっている雲のせいだろう。気温もここ数日に比べると低くなっており、レイの周囲にいる者達の吐く息も白い。

 そんな中でコート等を羽織らずに、ローブだけのレイは酷く目立っていた。何しろ周囲にいる者達はローブやコートを重ね着して寒さを凌いでいるのだ。だというのに、ローブ以外に何も防寒具の類を身につけていないにも関わらず、全く寒さを感じていない様子のレイは悪目立ちするのも仕方が無かったのだろう。おまけに、そのレイの側には2mを越えるグリフォンのセトが甘えるように喉をグルグルと鳴らしながら顔を擦りつけているのだから、周囲の視線を集めるのも無理はなかった。

 それでも、周囲の商人達の目にはそれ程嫌悪感や畏怖といったものは無い。何しろ数日前にアイスバードの群れに襲われた時、自分達が救われたのを知っている為だ。そしてそれは冒険者の方も同然であり……


「君がレイだよね? この前は救助に来てくれて助かったよ。ありがとう」


 そんなレイへと、ハルバードを持った女冒険者が近付いて声を掛ける。

 その手にはハルバードを持っており、いかにも扱い慣れているという風な様子はそれなりにベテランの雰囲気を醸しだしていた。


「グルルゥ?」


 見覚えのある女冒険者達に、セトが喉を鳴らしながら小首を傾げる。その巨体とは思えない程に愛くるしい仕草に、ハルバードを持っていた女の後ろの弓を持っていた女冒険者がフラフラと近付いていく。


「ああ、可愛いわー」


 そう呟きながら、弓を持っていない方の手をそっと伸ばす女。


「ちょっと、ルイード! 可愛い物好きなのは分かるけど、せめてきちんと挨拶してからにしなさいよ!」

「でも、タエニアー」

「語尾を伸ばさない! 私の名前はタエニアであって、タエニアーじゃないんだから。まったく……」

「ちょっとちょっと。タエニア、素が出てる、素が」


 パーティメンバーのルイードへと、いつものように怒鳴りつけるタエニア。そしてそんなタエニアへと剣と盾を持っていた女剣士が呆れた様に呟く。そして、タエニアとしてもようやくそのことに気が付いたのだろう。慌てて取り繕うにようにして咳をする。


「ん、コホン。私のパーティメンバーが騒がしくしてしまったようね。ご免なさい。それで早速だけど自己紹介と護衛の件に関しての相談をしたいんだけど……構わないかしら?」

「ああ、そうしてくれると助かる。既に知っているようだが、俺はレイ。この前のアイスバード戦で見たと思うが、魔法戦士だ。こっちのグリフォンはセト」


 ルイードに撫でられているセトへと視線を向けて自己紹介するレイ。

 タエニアはそれを受け、小さく頷いてから口を開く。


「私はランクDパーティ、麗しの雫のリーダーを務めているタエニアよ。見ての通りハルバードを使う戦士で、基本的には主に中衛。あるいは前衛を務めているわ。そしてこっちが……」


 タエニアが、横にいる剣と盾を持った女へと視線を向ける。


「私はファベルよ。見ての通り、基本的な武器に関してはオーソドックスに剣と盾。ただ、装備を見て貰えれば分かると思うけど、基本的には壁役がメインで剣はあくまでも補助ね」


 自分の着ているハーフプレートアーマーへと視線を向ける。盾はいつでも取り出せるように背中に背負っており、その腰には剣の収まった鞘が下げられている。

 動きの身軽さを重視する冒険者の戦士としては、珍しく重装備だと言えるだろう。とは言え、フルプレートアーマーのような身動きするのにもある程度の力がいるものを着ていない辺りはまだ冒険者らしいと言える。


「そして最後に……」


 タエニアが最後にセトと遊んでいるルイードへと視線を向けるが、本人はそんな視線に全く気が付いた様子も無くセトを撫でながら至福の表情を浮かべていた。

 ピクリ。そんなパーティメンバーを見ていたタエニアの頬が不愉快そうに動く。ファベルはそれを見て思わず顔を手で覆うが、ルイードはそれにすらも気が付かずにセトを撫でていた。そしてさすがに我慢の限界に達したのか、タエニアは大きく息を吸い……


「ルイード! グリフォンと遊んでないで、しっかりと自己紹介しなさい!」

「わきゃぁっ!?」


 その怒声により、驚きの声を上げるのだった。


「タエニア、いきなりそんな大声を出さないでよー」


 間延びした声で抗議するルイードだったが、タエニアは目つきを鋭くしてルイードへと視線を向けている。

 タエニア本人としてはパーティリーダーの威厳を醸しだしているつもりなのだが、端から見るとその様子は怒っている母親と聞き分けのない娘のようにしか見えなかった。……年齢自体は同年代の2人なのだが、それでもそのように見えるのはやはりお互いの性格が由来しているのか……もしくは、これまで共に歩んできた年月がそうさせるのだろう。


「だったら、きちんと自己紹介しなさい。ほら、グリフォン……セトから手を離す!」

「あーん、セトともっと遊びたいのにー」


 セトへと手を伸ばすルイードを無理矢理に引っ張り上げ、レイの前へと立たせる。


(……ミレイヌと相性が良さそうな奴だな)


 セトに対する可愛がりようを見て、思わず内心でそう呟くレイだった。


(いや、似た者同士ということであるいは絶対に仲良くなれないようなタイプかもしれないが)


 そうも思ってしまうのだが。

 自分がレイの中でそんな扱いを受けているとは思ってもいないルイードは、タエニアに促されるようにして頭を下げる。


「ルイードと言いますー。武器は見ての通り弓で、弓術士ですー。この前は、助けてくれてありがとう御座いましたー。今回の護衛は一緒に頑張りましょうねー」

「あ、ああ。よろしく頼む」


 語尾を伸ばす独特の口調で自己紹介をし、その口調に戸惑ったように返すレイを見ると、もう用は済んだと判断したのだろう。再びセトの方へと向かって歩み寄っていく。


「ごめんなさいね。ああ見えても弓の腕はそれなりに立つのよ。……もっとも、とてもそうとは思えないでしょうが」


 パーティメンバーの様子に、恥ずかしさを覚えたのだろう。頬を赤くしながらフォローするようにタエニアが説明する。


「だろうな。あの時の戦いでは結構的確に矢を放っていたしな。安心してくれ、性格と冒険者としての腕が等しいという訳でないのは十分に理解しているつもりだ」


 タエニアを安心させるようにそう告げ、脳裏に雷神の斧のリーダーでもあるエルクの姿が過ぎる。

 悪戯小僧がそのまま大人になったような性格をしており、良く言えば豪快。悪く言えば大雑把極まりない男。そんな人物でもランクA冒険者になれるのだから、冒険者の腕と性格がイコールであるとは最初から思ってもいないレイだった。

 もっともそのレイにしても、何か騒動があればその騒動の中心にいたり、あるいはギルドで他の冒険者に絡まれたりした時には受け流すということをせずに、平気で力で叩き潰す。他にも年長の者に対する口の利き方を知らないといった風に、ランクC冒険者として相応しい性格かと言われれば疑問符が付くというのを自覚していなかったのだが。


「あ、あは。あはははは。そう言ってくれると助かるわ。……それよりも、あの時は大きな鎌を使ってたけど今日は持って無いの? ローブの下に入るような大きさじゃないだろうし」


 何かを誤魔化すかのように笑い声を上げ、同時に気になっていたことを尋ねるタエニア。そんなタエニアに向け、思わずレイは首を傾げてすぐに頷く。レイの中ではアイスバードのように倒したモンスターはまずミスティリングへと収納するのが癖となっている。だが、あの時はバスレロが泣き止んだ後でもドラゴンローブをしっかりと握りしめていただけに、街へと向かう途中でようやく落ち着いて来た時にミスティリングの中へと収納したのだ。その為、恐らくあの時に一緒にいた者達は殆どがミスティリングのことを知らなかっただのだろうと納得する。


「ああ、俺はアイテムボックス持ちだからな。ほら」


 呟き、ミスティリングからデスサイズを取り出す。


「ええええええええええっ!?」

「ちょっ、ファベル。声が大きいっ!」


 何食わぬ様子で2人の会話を聞いていたファベルが、突然何も無い場所から姿を現したようなデスサイズを見て大声を上げる。

 そしてその声を耳元で食らったタエニアは、当然耳を押さえながら兜越しにファベルの頭を叩くのだった。


「痛っ! ちょっと、タエニア。兜をかぶっていても衝撃は通るんだからもうちょっと手加減を……じゃなくて! アイテムボックスだよ、アイテムボックス! なのになんでそんなに落ち着いていられるのよ!」


 がーっとばかりにタエニアへ向かって言い募るファベルだったが、タエニアは溜息を吐きながら口を開く。


「落ち着くも何も、あんたが思いきり驚いたから私の驚く機会が無くなったんじゃない。それに、見てみなさいよ。ルイードだって驚いてないわ」


 タエニアの視線の先には、こちらの騒ぎは全く関係無いとばかりにセトを撫でているルイードの姿があった。セトも、撫でられるのは嫌いではない……むしろ好きなので、喉を鳴らしながらルイードの自由にさせている。


「ルイードは元々子供の時からあんなんじゃない。さすがにもう慣れたわよ」

「まぁ、確かに。けど実際にアイテムボックスを見たのは初めてなんだから、驚いたのかと言われれば十分驚いたわよ」


 そんな2人の話を聞いていて、ふと気になることがあったレイはタエニアに向かって口を開く。

 ここでファベルへと尋ねない辺り、接した時間は短いながらもそれぞれの性格の違いをよく分かっているといえる。


「子供の時からって話が出たが……3人とも同じ出身か?」

「え? ええ、そうよ。同じ村で過ごした幼馴染みかしらね」

「幼馴染みでパーティを組んでいるってのは珍しいな」

「そうかしら? 同郷の出身でパーティを組むのなんて、そう珍しくもないわよ?」


 レイの言葉にそう告げるタエニアだったが、これに関してはそれぞれの基準が辺境であるギルムの街であるレイと、辺境ではない街のギルドであるタエニアとの違い故のものだった。辺境の冒険者は平均的にレベルが高いため、同郷の者達だけ……という風にパーティを組む者はそれ程多くはない。いい意味でも悪い意味でも、実力主義が罷り通っている。もちろん全くいないという訳でも無いし、実際にギルムの街には同郷の者で組まれたパーティもある程度の数が存在しているが、基本的に他の冒険者とあまり関わりを持たないレイはそんな情報に疎かった。


「まぁ、自己紹介はこれくらいにして。護衛に関することなんだけど……レイは、これまで護衛をしたことはある?」

「正式な護衛というのは無いな」


 その言葉に脳裏を過ぎったのは、エレーナ達とダンジョンへと向かった依頼。しかしあの依頼は色々と政治的な理由があり、さらにはセイルズ子爵家が亡命するという騒ぎにまでなっている為に迂闊に口に出せるようなことではない。


「困ったわね。……じゃあ悪いんだけど、この護衛の指揮は私がとってもいいかしら? 本来ならランクCであるレイが取るべきなんでしょうけど、正式な護衛の経験が無いとなると……」


 どこか言いにくそうにタエニアが言葉を紡ぎ、申し訳なさそうな視線をレイへと向けてくる。

 タエニアにしてみれば、自分よりもランクの高いレイから指揮権を奪ってもいいのか? という思いと、それなりに護衛の依頼をこなしてきた自分達の方がより上手く指揮を執れるという自負がある故の提案だった。

 自分よりもランクの高いレイが護衛の指揮を執ると言い張ったらどうしよう。そんな不安もあったタエニアだったが……


「そうか。なら任せた」


 レイは躊躇すら無く、平然と頷いてタエニアが護衛の指揮を執ることを了承する。


「……え?」


 自分の提案が、拍子抜けする程簡単に受け入れられたことに思わず声を上げるタエニアだったが、レイにしてみればこの提案は色々な意味で渡りに船だったのだ。何しろ、レイ自身は基本的にソロで行動していることが多い為、指揮を執るというのは得意ではない。それなら慣れている者に指揮を任せ、自分はその指揮に従っていればいい。そう判断しての行動だったのだが、タエニアにしてみれば一瞬何か裏があるのでは? と疑ってしまったのも無理はなかっただろう。


「レイ、本当にいい……」


 いいの? そう問いかけようとしたその時、背後から唐突に声を掛けられる。


「レイさん、タエニアさん、おはようございます。今日から護衛の方はよろしくお願いしますね」


 ガラガラ、という荷車が進む音と共に聞こえてきたその声は、アレクトールのものだった。声を掛けられた2人や周辺で話を聞いていた者達が振り返ると、そこには予想通りに恰幅のいいアレクトールの姿と、そして数人の人足が運んでいる荷車があった。


『……』


 その荷車を見た途端、周囲にいた商隊の者達や麗しの雫の2人が黙り込む。

 ちなみに、麗しの雫最後の3人目は相も変わらずセトを撫でるのに集中していてアレクトールの登場にすら気が付いていなかったのだが。

 そして周囲の者達が驚いた理由。それは、荷台の上に100本近い槍が載せられていたからだ。それも、どう見ても錆び付いているような、鍛冶屋や武器屋で手入れをしなければ碌に使えもしないような大量の槍が。

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