2315話
「銀の鱗のドラゴニアス? 勿論行くに決まってるでしょ」
銀の鱗のドラゴニアスが他のドラゴニアスを引き連れて移動しているので、それを倒しにいく。
そう言ったレイに、ヴィヘラがこう反応するのは当然のことだったのだろう。
レイもまた、そんなヴィヘラの反応を予想していたこともあり、特に驚くことはなくそれを認める。
(俺とセトが雑魚を、そしてヴィヘラが銀の鱗のドラゴニアスを。そういう役割分担をすれば、手っ取り早く戦えるのは間違いないな。それはいい。敵の拠点を殲滅した時のことを思えば、その辺は問題ないだろう。……この場合、問題なのは……)
嬉しそうなヴィヘラの様子から視線を逸らし、先程ケンタウロス達から聞いた方に視線を向ける。
銀の鱗のドラゴニアスが移動しているという情報を持ってきたケンタウロス達も、具体的にどこで遭遇したのかということは、はっきりとしていない。
いや、正確には遭遇した場所を正確にレイ達に教えることが出来ないというのが正しい。
何か明確な目印……それこそ特徴的な岩や、林になっているような場所があったら、また話は別だったのだろうが。
ただ、丘があったのでドラゴニアス達に見つかるようなことはなかったのだ。
しかし、この草原において丘というのは……大小含めて多数存在している。
レイ達が殲滅したドラゴニアスの集落も、丘の向こう側にあった。
そのように丘が複数ある以上、丘が目印と言われてもそこに到着するのは難しい。
そして何より、銀の鱗のドラゴニアスは他のドラゴニアスを率いて移動しているのだ。
それを考えれば、もし今からその丘のある場所に到着しても、もうそこからはいなくなっている筈だった。
……その丘の近くに、銀の鱗のドラゴニアスが拠点を作ろうと考えれば、また話は別だったが。
その可能性は皆無という訳ではないが、非常に低いのも事実。
そうである以上、今のレイ達にとって最も重要なのは、敵の姿を発見することだった。
(敵の姿か。戻ってきたケンタウロスのうち、一人でもいいから空を飛ぶという行為に抵抗がないと……いや、今更か。それにセト籠に乗ってとなると、案内するのは難しいしな)
ヴィヘラを初めとした面々が時々やるように、セトの足に直接掴まって移動するのであれば、意思疎通もそこまで難しくはない。
だが、セト籠の中にいるとなれば、どうしてもその辺は面倒なことになってしまうのだ。
「レイ、それでいつ出発するの?」
「そっちの準備が出来たら、すぐにでもだな」
どうやってもケンタウロスを連れていくことが出来ない以上。結局のところセトに飛んで貰って銀の鱗のドラゴニアス率いるドラゴニアス達を見つけるしかない。
なら、今は少しでも早く野営地を出て、ドラゴニアスを探した方がいい。
そう判断したレイの言葉に、ヴィヘラは嬉しそうに笑う。
(普通なら、出掛ける準備を終わらせるにはもっと時間が必要だとか、そんな風に言われてもおかしくはないんだけどな。この辺も、ヴィヘラらしいってところか)
それだけヴィヘラが冒険者気質だから、というのもあるのだろうが。
冒険者が何らかの依頼で行動している時、出掛ける準備に時間が掛かるからもう少し待って欲しい。
そんな理屈は、当然のように通じない。
もしどうしても準備に時間が必要なら、それこそもっと早く起きて他の人よりも前に準備を始めるといった必要がある。
レイがそんなことを考えている間に、ヴィヘラはすぐに準備を整え……レイはマジックテントをミスティリングに収納し、これだけで準備は完了した。
レイがミスティリングを持っている以上、準備らしい準備は必要ないというのが正確なのだが。
「さて、じゃあちょっと行ってくる。見つければ倒すのは難しくないけど、今の状況だとまず見つけるのが難しそうだから、もしかしたら戻ってくるのは少し時間が掛かるかもしれないけど、その間こっちは頼むぞ」
「分かった。……一応俺がこの偵察部隊を率いてるんだから、ちょっと今のやり取りには疑問があるが」
レイの言葉にザイがそう返す。
とはいえ、ザイもレイが……そしてセトやヴィヘラがこの偵察部隊の中でも最大の戦力であるというのは理解しているのか、本当に不満を抱いている様子はない。
「じゃあ、セト。行くか」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは身を屈めてレイが乗りやすいようにする。
そしてレイが背中に乗ると、野営地の中でも構わずに数歩の助走の後で翼を羽ばたかせながら上空に駆け上がっていく。
そして翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下していき、ヴィヘラのすぐ上を通り……次の瞬間、ヴィヘラは跳躍してセトの前足に掴まる。
空を飛んでいるセトは、ヴィヘラが足に掴まっても全くバランスを崩すことはなく、翼を羽ばたかせて上空に向かう。
何人ものケンタウロスは、そんなセトの一行をただ唖然とした様子で見る。
「凄い……よく飛べるな……」
ケンタウロスの一人が小さく呟くと、周囲にいた他のケンタウロス達がそれに同意するように頷く。
大地と共に生きるケンタウロスにとって、空を飛ぶというのは、とてもではないが信じられない。
だというのに、レイはセトの背にあっさりと乗って空を飛んだし、ヴィヘラにいたってはセトの背に乗るのではなく前足に掴まるといった手段で空を飛んだのだ。
正直なところ、とてもではないが自分達に同じような真似が出来るとは思えなかった。
そのまま数分が経過し……やがてザイが口を開く。
「そろそろぼけっとしてるのは終わりだ。レイ達がいなくなった以上、この野営地を守るのは俺達だ。それにレイ達がいつ戻ってくるか分からない以上、これまでのようにセトに頼る訳にはいかないぞ」
そんなザイの言葉に、空の向こうに消えていったレイ達を見送っていたケンタウロス達が我に返る。
これからの一件で一番大変なのは、やはり見張りだろうと打ち合わせを始めた。
これまでは、セトがいたので夜の見張りに関してはほぼ完全に任せていた。
だがセトがいない以上、これからは夜の見張りも自分達でやらないといけないのだ。
「……レイ、早く戻ってきてくれないかな。出来れば今日にでも」
小さく呟いたケンタウロスの言葉に、他の者達も同意するように頷いた。
それだけ、夜の見張りは大変なのだ。
草原に暮らしているだけあって視力はいいし、夜目の利く者もいる。
だが、セトのように嗅覚や聴覚、もしくは気配を察知するといったようなことが出来ない以上、夜の見張りをする場合は野営地の真ん中にセトがいるだけのような真似は出来ない。
野営地の外側にそれぞれ散らばり、多くの者が見張りをする必要がある。
人数的にも、セトがいた時と比べるとかなりの人数が必要となってしまう。
時間があれば、色々と詳細を決めることが出来たのだろうが、今回の一件はかなり急な出来事だった。
それを考えれば、今こうしている時の見張りもそうだが、特に夜の見張りはしっかりと決める必要があるだろう。
自然と偵察部隊を率いているザイの周囲にケンタウロス達が集まり、今のこの状況をどうやって乗り越えるのかを話していく。
幸い既に偵察部隊が二つ戻ってきているし、この辺りの集落の者達も合流してきている者がいる。
それを思えば、今回の一件はどうにか対処出来る筈だった。
(問題なのは、見張りではなく……実際にドラゴニアスが襲ってきた場合か)
今回の一件において、一番厄介なのは当然のようにそれだった。
ドラゴニアスの強さは、普通ならケンタウロス一人でどうこう出来るものではない。
つまり、複数のケンタウロスが協力してドラゴニアスと戦わなければならない以上、その辺りの連携についてもしっかりと話し合っておく必要があった。
レイが口にしたように、いつ戻ってくるのか分からない以上、そのような状況がいつまで続くか分からないのだから。
……尚、もしザイがレイやセトの方向音痴ぶりを知っていれば、恐らく飛ぶ前に止めていただろう。
もしくは、ヴィヘラがいるからそのまま行かせたという可能性も否定は出来なかったが。
ザイが野営地の守りを固めようとしている時、レイ達は空を飛んでいた。
この世界に来てから、もう何度も見るどこまでも広がる緑の絨毯。
だが、見慣れている――という程に空を飛んでいる訳ではないが――レイとは違い、ヴィヘラは一面の緑の絨毯に目を奪われている。
「これは……凄いわね」
呟くその声は、当然のようにレイの耳にも聞こえる。
実際にはこの世界に来てからヴィヘラがセトに掴まって空を飛んだのはこれが初めてではないが、それはドラゴニアスとの戦いの時で、今のようにゆっくりと地面を見たりといったことを出来なかったのを考えると、こうしてゆっくり飛ぶのは初めてと言ってもいいだろう。
レイはその言葉を聞き、ヴィヘラには見えていないだろうと理解しながらも、同意するように頷く。
とはいえ、レイの場合は草原に目を奪われている以外にもやるべきことはある。
(巣分かれ……まぁ、本当にそうなのかどうかは分からないけど、多分そんな感じで間違いないドラゴニアスを見つける必要があるんだよな。……まさか蟻とか蜂とか、そっち系の習性を持ってるとは思わなかった。今にして思えば、そんな感じなのは何となく理解出来たけど)
飢えに支配され、自我の類はない……もしくは、あっても外からは分からず、淡々と自分のやるべきことを行う。飢えを満たす為に相手を喰い殺すといったようなこともしているが。
それはあくまでもレイのイメージではあるが、それでも納得出来るものではあった。
「ねぇ、レイ! どうやってドラゴニアスを見つけるつもり!?」
セトの前足に掴まりながら草原を見ていたヴィヘラだったが、数分が経過して十分に満足したのか、レイにそう尋ねる。
「セトが進んでるのは、銀の鱗のドラゴニアスを見つけて戻ってきた連中の来た方だから、取りあえずそっちに移動してみる。もしかしたら、上空からならあっさりと見つけることが出来るかもしれないし」
結局のところ、ドラゴニアスの集団は移動している以上、こうして空を飛びながら探すというのが一番手っ取り早いのだ。
「そう。なら頑張って探さないとね」
そう告げるヴィヘラの言葉は、非常に真剣だ。
戦いを楽しむヴィヘラだからこそ、その戦いの準備には手間暇を惜しまないのだろう。
(これは、意外と早く見つかるか?)
そう、レイは思う。
自分やヴィヘラは常人よりも目がいいし、セトにいたってはそんなレイやヴィヘラをも超える視覚を持つ。
そして上空からなら、かなり遠くまで見ることも可能だ。
崖のある場所だったり、極端に高低差があるような場所であれば、見つけるのが難しい可能性はある。
だが、この草原において空を飛び、常人離れした視力を持つ者が二人と一匹。
それは、敵を見つけるのにこれ以上ない程に適していた。
(問題なのは、それでも見つからない場合だよな)
何らかの目印でもあればともかく、ドラゴニアス達が一体どこにいるのか、レイには具体的に分からない。
自分達の索敵能力を考えれば、進行方向にドラゴニアスがいれば見逃すようなことはないと思うが、進行方向以外の場所にドラゴニアスがいた場合は、それを見つけるのはどうしても難しくなる。
「ヴィヘラ、ドラゴニアスが見えるか?」
「残念ながら見えないわね」
下から聞こえてくる声に、レイもそうだろうなと納得する。
セトが見つけることが出来ていないのだから、自分やヴィヘラでもそう簡単に見つけることは出来ないだろうと。
(結局のところ、ドラゴニアスを見つけるのは……半ば運なんだよな。それこそ、もし偵察に行ったケンタウロスが見張りを残してきても……結局その見張りを見つけることが出来なければ意味はなかっただろうし)
草原を眺めつつ、レイはしみじみとそんな風に思う。
「グルゥ?」
不意にセトが喉を慣らす。
だが、それは敵を警戒する……探していた銀の鱗のドラゴニアス率いる集団を見つけたといったものではなく、疑問の色が強い。
何があった? そう思いながらセトの視線を追ったレイが見たのは、ケンタウロスの集団。
もしかして、また別の集落から来た連中か? と思ったが、その中の一人にレイは見覚えがあった。
「ドルフィナ?」
そう、それはドルフィナ率いる偵察隊だった。
ケンタウロスとしては珍しく魔法を得意とする一族。
そんなドルフィナがこちらに……野営地のある方に向かって移動しているのを見れば、レイとしても疑問を抱くのは当然だった。
「よし、取りあえず向こうに接触するか。……セト、頼む」
「グルゥ!」
「ヴィヘラ、ドルフィナを見つけたから接触するぞ」
「分かったわ」
セトとヴィヘラにそう声を掛け……レイ達はドルフィナのいる方に向かって降下していくのだった。