2307話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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「そろそろか」
夜……空では月が輝いており、幾らかの雲もある。
周囲は完全に闇で覆われている中、レイは塹壕の中でそう呟く。
幸いにして、日中に作ったこの塹壕はドラゴニアスに見つかるようなことはなかった。
普通なら突然地面の一部が盛り上がっているのを見れば、怪しく思うものだろう。
だが、ドラゴニアスの場合はレイが出会った金の鱗を持つドラゴニアスのような少数を例外として、基本的に知能の類は持っておらず、飢えに支配されて動き回るだけだ。
そうである以上、今の状況を思えば、ドラゴニアスが地面の盛り上がっている光景を見ても疑問には思わないのだろう。
そういう意味では、ドラゴニアスにも弱点と呼ぶべきところはきちんとあるということだ。
「そうね。ドラゴニアスが夜どうしているのかは分からないけど、そろそろ眠っていてもおかしくないんじゃない?」
既に日が沈んでから数時間。
レイの感覚的には、まだ午後九時から十時といった感じだったが、ドラゴニアスならこの時間に眠っていてもおかしくはない。
ヴィヘラの言葉に頷くと、やがてレイは塹壕にいる他のケンタウロス達に視線を向ける。
そこには、大丈夫だとそう頭では理解していても、実際にこれからドラゴニアスの拠点に直接出向いてレイがそこを魔法で殲滅するというのを、今更になって実感し、緊張しているケンタウロスの姿があった。
レイの力があれば大丈夫だと、そう理解していても、やはりドラゴニアスに対する恐怖はその心の根深いところまで染みこんでいるのだろう。
それだけ、ケンタウロスがドラゴニアスから受けた被害は大きかったのだ。
そんなケンタウロス達を見ながら、レイは口を開く。
「いいか、お前達はこれからドラゴニアスの拠点が殲滅される光景を目にすることになる。それはお前達にとって、大きな意味を持つ筈だ。……実際、それを見たザイの集落の連中はそれだけでかなり変わったと思うしな」
「それは……具体的に、一体どのように?」
ケンタウロスの一人が、怖ず怖ずといった様子でレイに尋ねる。
自分達の集落も何度かドラゴニアスに襲われた経験があったので、余計にそのように思えるのだろう。
「そうだな。取りあえず一番に分かったのは、自信を取り戻したことだな」
レイが知ってる限り、ケンタウロスの多くは誇り高く、かつては草原の覇者と呼ばれていただけの力は持っていた。
だが、ドラゴニアスという……それこそ、全く話も通じない相手との戦いで被害を出し続け……結果として、どこか諦めるようにすらなっているようにレイには見えたのだ。
だというのに、自分達ではどうしようもなかったドラゴニアスを、レイが圧倒する。
それは、見ている者にしてみれば、ドラゴニアスも決して無敵ではないと示すには十分な光景と言えるだろう。
「自信……」
レイの話を聞いていたケンタウロスの何人かが、自信という言葉を呟く。
「そうだ。自信だ。今回の一件を見たお前達は、間違いなく自信を取り戻すだろう」
そう告げるレイだったが、本当に自分がドラゴニアスの拠点を殲滅するのを見て、ケンタウロス達が自信を取り戻すかどうかというのは、正直なところ分からない。
だが、それでも今はそう言っておいた方がいいと、そう思ったのだ。
こう言っておけば、ドラゴニアスの拠点を殲滅した時に、レイの言葉を思い出して自信を取り戻す……といったようなことになる可能性は十分にあったのだから。
「さて、それじゃあ……そろそろ、行く?」
自信という言葉を聞いてケンタウロス達がやる気に満ちているのを見たヴィヘラが、レイにそう尋ねる。
折角ここまでやる気を見せているのだから、そろそろ行動を起こしてもいいのでは? と、そう態度で示したのだ。
そんなヴィヘラの言葉に、レイは少し考え……やがて頷く。
「そうだな。今ならドラゴニアス達の中にも寝てる奴が多いだろうし。そうなれば、こっちとしてはやりやすいか」
そう告げ、レイは周囲を見る。
特にケンタウロス達は、今のレイの言葉に思うところがあったのか、やる気に満ちている。
それを眺めつつ、レイは満足そうに頷くとミスティリングから取り出して、デスサイズの石突きを地面に突いてスキルを発動する。
「地形操作」
使ったのは、この塹壕を作る時にも使ったスキルだ。
当然のようにスキルは問題なく発動し、地面の沈んでいた場所は上がり、上がっていた場所は地面に沈む。
数秒で、二十人が楽に入ることが出来た塹壕は消滅した。
そんな中でも、特にケンタウロス達は自分のいた場所が盛り上がる感覚という……普通なら感じることが出来ない感覚を味わい、何人かは戸惑う。
レイにしてみれば、エレベーターで慣れた感覚なので、特に不安はなかったが。
「よし、問題ないな。……じゃあ、行くぞ。ドラゴニアスがいる場所はあの丘の向こう側だから、そんなに離れていない。後はとっととドラゴニアスの拠点を殲滅して、野営地まで戻るだけだ」
レイの口調には真剣さ……悲壮さといったものがない。
それだけ、ドラゴニアスの拠点を殲滅するのは難しくはないのだろう。
ケンタウロス達の中には、この期に及んでも……いや、実際にその時が迫ってきたからか、緊張している者もいた。
だが、そのような者もレイの軽い様子を見れば、自然と緊張も解ける。
それどころか、何故自分が今までドラゴニアスをそこまで恐れていたのかといったような思いすら抱く。
これには、レイの地形操作を間近で見たということや、ミスティリングを使っている光景を目の前で見た……というのも、影響しているのだろう。
レイがいれば、ドラゴニアスを相手にしても絶対に負けることはない、と。
もっとも、その思いが強まればレイが懸念しているように、レイがいれば何があっても大丈夫だと、そう思ってしまうので、度がすぎるのは問題だが。
「よし、行くぞ」
ケンタウロス達にそう告げ、レイは丘に向かって歩き出す。
そんなレイの左右をヴィヘラとセトが当然といった様子で進む。
少し遅れて、ケンタウロス達がレイを追う。
丘のある場所までは、塹壕を作った場所からそう離れてはいない。
また、丘というだけあって、そこまで急な道のりでもないので、一行はあっさりと丘の上まで到着する。
そうなれば、当然丘の向こう側にはドラゴニアスの拠点を見ることが出来た。
レイにとっては予想通りなことに……そしてケンタウロス達にしてみれば驚くべきことに、そこでは多くのドラゴニアス達が眠っていた。
眠ることで、少しでも飢えを忘れたいのだろう。
「予想通りだ。問題はないな。……お前達はここで待ってろ。セトは俺と一緒に。ヴィヘラは……」
「当然一緒に行くに決まってるじゃない」
レイに最後まで言わせず、ヴィヘラはそう告げる。
ヴィヘラにしてみれば、金の鱗のドラゴニアスと戦いたいが為にここまで来たのだから、それを思えばここで置いていかれるという選択肢は存在しない。
レイも、そこまで本気で言っていた訳ではないので、ヴィヘラが来るのなら、それはそれで構わないと判断する。
(問題なのは……どんな魔法を使うかだな。火災旋風は、この前の拠点に比べるとかなり小規模だから、手間の方が多い。だとすると。普通に炎の魔法で構わないか? ただ、金の鱗を持つドラゴニアスがいた場合、ヴィヘラが戦いたいって言うのは間違いないんだよな)
レイにしてみれば、ドラゴニアスを倒すのなら手段を問うつもりはない。
金の鱗を持つドラゴニアスも、魔石の類があれば話は別だが……その辺りを心配しなくてもいいのなら、それこそヴィヘラが戦いたいのならそれに任せればいいと思う。
そんな訳で、レイはヴィヘラの言葉に特に異論を挟まず、ある程度ドラゴニアスの拠点に向かって近付いていく。
丘を降りていくという行為そのものに気がつかれるのでは? と思ったレイだったが、ドラゴニアスの多くは眠っており、起きている個体はあまり多くはない。
そのようにして起きている個体も、丘の方には特に注意を向けることなく、それぞれ適当にうろついているだけだ。
(多分、空腹を紛らわしてるんだろうな)
空腹を紛らわすのなら、眠るというのが一番手っ取り早い。
実際、多数のドラゴニアスは眠っており、恐らくそれによって一時的にせよ空腹を忘れているのだから。
だが、こうして動き回っているドラゴニアスは、当然のように空腹……いや、そのような生易しいものではなく、飢えに悩まされているのだ。
「もしかして、あの起きて動き回っているドラゴニアスは見張りなのかしら? だとすれば、普通のドラゴニアスがそんなことをするとは思えないから、この拠点には指揮官がいるということよね?」
ヴィヘラのその疑問に、レイは少し迷った後で頷く。
「多分いると思うけど、ドラゴニアスのことは殆ど分かってないしな。それを考えると、もしかしたらいない……という可能性も否定は出来ない」
そんなレイの言葉に、ヴィヘラは不満そうな様子を見せる。
ヴィヘラにしてみれば、指揮官が……それも、出来ればレイが戦った金の鱗を持つドラゴニアスよりも強力な敵がいて欲しいと、そう思うのだろう。
戦闘を好むヴィヘラにしてみれば、そのように思うのは当然のことだった。
レイとしては、魔石も素材も楽しみに出来ない以上、強力な敵がいてもあまり嬉しくないというのが正直なところなのだが。
「取りあえず、指揮官がいたら魔法を使えば出て来ると思う。前の拠点の時もそうだったし」
そう言い、レイはデスサイズを手にドラゴニアスの拠点を見る。
相変わらず、ドラゴニアスはレイ達の存在に全く気がついた様子がない。
(あのくらいの規模なら……そうだな、久しぶりにあの魔法でいいか)
使う魔法を決めると、レイは呪文を唱え始める。
『炎よ、踊れよ踊れ。汝らの華麗なる舞踏にて周囲を照らし、遍く者達にその麗しき踊りで焼け付く程に魅了せよ』
その呪文と共に、デスサイズの周囲には炎が生み出される。
本来なら、この魔法で生み出される炎の数は百。
だが、今回は魔力の量を増やし、生み出される炎の数を増やす。
その数は、六百。
敵の数が約五百と聞いていたし、実際に見た感じでもそのくらいの数だったこともあり、炎の数を増やしたのだ。
……もっとも、ドラゴニアスの中でも赤い鱗を持つドラゴニアスを相手にした場合は、炎の魔法が効かないというのは既に実証済みだったが。
具体的にこの拠点にどれだけの赤い鱗を持つドラゴニアスがいるのかは、レイにも分からない。
だが、日中に丘の上から偵察した時は、それなりの数がいたように思う。
この魔法は、炎がある程度の判断で敵を攻撃するという魔法だ。
それだけに、赤い鱗を持つドラゴニアスを相手に、どう攻撃するのかというのはレイも興味があった。
攻撃しても意味がないと判断され、赤い鱗を持つドラゴニアスにはちょっかいを出さないか……それとも、どうしても倒そうと延々と攻撃をするか。
『舞い踊る炎』
そして、魔法が発動する。
当然のように、夜空に六百もの炎が浮かんでいれば、見張りの類を特にしていないドラゴニアスであっても異常に気がつく。
そして異常に気がつけば、半ば直感的に餌が来たと、飢えを癒やす相手が来たと、そう判断して真っ直ぐ炎のある方に向かって走り出す。
周囲でそのような動きがあれば、当然のように眠っていたドラゴニアス達も起きる。
……起きるのが間に合わず、炎による攻撃で焼き殺されるドラゴニアスも続出したが。
次々と襲ってくる炎を相手に、普通のドラゴニアスではどうすることも出来ない。
そもそも実体がないのだから、ドラゴニアスにどうにか出来る筈もない。
炎に噛みつき、そのまま顔を燃やされるドラゴニアス。
必死に爪の一撃を放つが、攻撃が命中するどころか、手を燃やされるドラゴニアス。
そんな光景がドラゴニアスの拠点のいたるところで見られる。
「やっぱり駄目か」
ほぼ全てのドラゴニアスにとって、まさに地獄と呼ぶべき光景。
そんな中で平然としているのは、赤い鱗を持つドラゴニアスだった。
何をされても全く気にした様子がなく、それどころか自分達は一体何をしているのかといったような、ドラゴニアスにしては珍しい戸惑った様子。
炎に噛みつくも、当然喰い殺すことは出来ない。
同時に、炎もドラゴニアスを燃やすことは出来ない。
まさに千日手と呼ぶべき膠着状態に陥っていた。
レイにとって予想外だったのは、赤い鱗を持つドラゴニアスに、多くの炎が集まっていくことだ。
炎の数が六百ある以上、それでも他のドラゴニアスは攻撃を受けていたが……
「ギャガガガガアアアガガガガアガガガ!」
と、不意に戦場にそんな聞き苦しい大声が響き渡るのだった。