2289話
魔法の開発……はともかく、その魔法を使う訓練を終えた頃には、既に空は赤く染まっていた。
正確には、赤く染まった空が黒く塗り潰されそうになっていたという表現の方が相応しい。
何だかんだと、レイが集落の外にいる間に夜になりつつあったのだ。
レイが一体どれだけの間、訓練に集中していたのか。
それを理解するには、十分な光景だろう。
「もしかして、怒ってるか?」
集落の方に向かいながら、呟くレイ。
何だかんだと、ヴィヘラやセトを数時間も放ったらかしにしてしまったのだ。
そうである以上、ヴィヘラやセトが怒っていても、おかしくはない。
もっとも、ヴィヘラの方はケンタウロスと訓練を……具体的に言えば模擬戦を行っているということだったので、そちらの方に集中していればレイが戻ってこないことを疑問に思わないかもしれないが。
「あ、でも魔法の訓練をしている時は色々とうるさかっただろうし、俺が何かをやってるのには気が付いていたかも? ……結局まだ使いこなせないけど」
レイが新たに開発した『焔の天輪』という魔法は、使用者の意思で自由に空を飛び回ることが出来るという、非常に有用な魔法だった。
だが……炎の魔法に特化しているレイが、両手首と両足首に炎の輪を纏って自由に空中を移動するという魔法を使うのは、無理がある。
結果として、レイが持つ莫大な魔力を常に消費し続けて強引に魔法を起動するといったような、力づくで発動する魔法で、恐らくこの世界ではレイだけしか使えない魔法となっていた。
また、魔法を操る難易度も高く、今まで練習は続けたものの、結局のところ魔法を使ったままデスサイズや黄昏の槍を使うといったようなことは出来ないでいる。
「こんなに思い通りにならないのって、いつぶりだろうな。……二槍流が最後か? もっとも、二槍流については、この魔法程に苦労はしなかったけど」
デスサイズと黄昏の槍。
大鎌と槍を両手に持って戦うというのは、思いついた時はいけると思ったし、実際に多くの者にしてみれば初めて見る戦い方である以上、非常に戸惑う戦闘方法だ。
その上、レイと戦った相手が生き残る確率はかなり低く、二槍流と戦った時の経験が他人に教えられないという……一種の初見殺しに近い。
ともあれ、二槍流に関してはレイが元からデスサイズや黄昏の槍を使っていたということもあって、双方の武器に慣れていた。
それが影響して多少はぎこちなかったが、最初からある程度使いこなすことが出来た。
だが……『焔の天輪』に関しては、そのような前もってある程度慣れておくといった手段が全く使えない為に、それをコントロールするのは非常に難しい。
レイとしては、将来的にはデスサイズや黄昏の槍を使ったまま戦えるようになりたいという思いがあった。
とはいえ、今の状況を思えばそれが具体的にいつくらいになるのかというのは、かなり難しいところだったが。
「レイ!」
集落の中に入ると、不意に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにはザイの姿があった。
どことなく嬉しそうに見えるということは、恐らく何かがあったのだろう。
そう判断しつつ、レイはザイに話し掛ける。
「どうした? 何かあったみたいだけど」
「ああ。実は、ドラゴニアスの本拠地を探す為に偵察隊を送ることが決まった」
「それは……喜べばいいんだろうけど……」
ザイの言葉を、レイは素直に喜べない。
ドラゴニアスの本拠地を見つけるのが最優先だというのは、レイも分かっている。
だが、本拠地を見つけるというのは以前に行って失敗していた。
正確には、敵のいる場所をしっかりと見つけたのだから失敗とは言わないのかもしれないが、実はその見つけた場所が本拠地ではなく拠点の一つでしかなく……その上、その拠点を見つけた偵察隊のほぼ全てがドラゴニアスに殺されるといった結末を迎えている。
ドラゴニアス相手の偵察隊となれば、最精鋭……とまではいかないが、それでも間違いなく精鋭と呼ぶべき者達が派遣されたのは間違いない。
にも関わらずこの結果となれば、その危険度は非常に高いのは間違いなかった。
だが、そんなレイの様子をよそに、ザイは真面目な表情で頷いて口を開く。
「喜ぶべきだ」
本当にそれでいいのか?
そう思わないでもなかったが、ザイがそう言い切るのであればと、レイもそれ以上は不安を口にせずに頷く。
「分かった。……けど、この集落に偵察に出せるだけの戦力的な余裕はあるのか?」
「レイやヴィヘラの訓練で、多少なりとも以前よりは強くなってると思う。だが……幾ら何でも、訓練してからすぐに強くなるとはいかない」
「だろうな」
レイやヴィヘラがケンタウロスに訓練をしてから、数週間、数ヶ月……数年と時間が経った後なら、当然のようにケンタウロスの実力も上がっているだろう。
あるいは、一人でドラゴニアスに勝てるようなことになる可能性も十分にあった。
だが……訓練を始めたばかりの今は、そこまで急激に強くなるといったようなことはない。
「だから、この集落だけではなく、他の集落にも声を掛けるつもりだ」
「いや、だが……それで話を聞くのか?」
そもそも、現在でもザイの集落に合流していない集落というのは、基本的に何らかの問題があるか、もしくは既得権益にしがみついている者がいるといった理由が大きい。
そのような集落の者達が、ドラゴニアスの本拠地を探そうとしても、それを受け入れるとは到底思えなかった。
しかし、そんなレイの様子とは裏腹に、ザイは特に問題を感じていないといった様子で口を開く。
「俺は何とかなると思う。この集落に合流するというのなら反対するかもしれないが、ドラゴニアスの本拠地を探すとなれば、一人や二人は派遣してもおかしくはない、この集落と合流していない者も、ドラゴニアスの情報は欲しいと思ってるだろうし」
「……そう言われれば、そうなのか?」
何らかの理由でこの集落に合流していない集落であっても、自分達だけでドラゴニアスに勝てるとは思っていない。
そうである以上、ドラゴニアスの情報を集めようとするのは当然だった。
(とはいえ、自分勝手な奴はそうなっても自分達の集落からは偵察隊に参加しないで、情報だけ寄越せとか言ってきそうだけど。……そういう場合はどうするんだ?)
そんなことを聞いてみたいと思ったレイだったが、今のザイの様子を見る限りでは、何を言っても無駄のように思えた。
ともあれ、偵察隊が出るというのは、レイにとっても悪い話ではない。
多くの場所に行くということは、この世界で行方不明になっているアナスタシアとファナを見つけられるという可能性も十分にあるのだから。
(となると、もしかして俺もそれに参加するべきか? いや、けどそうなるとドラゴニアスが襲って来た時に集落を守る戦力がいなくなるしな。ヴィヘラは……多分俺が行くって言えば、一緒に来るって言うだろうし。いや、俺が行かなくても自分から行くって言うか?)
ドラゴニアスとの戦いを存分に楽しんでいるヴィヘラにしてみれば、この集落で敵が襲ってくるのを待っているよりも、自分で直接ドラゴニアスを探した方がいい。
ドラゴニアスの本拠地を探すのであれば、それに参加しないという選択肢は存在しなかった。
だが、レイとしてはあまりそれを認めたくはない。
何しろ、もし……本当に万が一にもドラゴニアスの本拠地を見つけた場合、ヴィヘラが突っ込みそうな気がするからだ。
普通なら有り得ない。
だが、その有り得ないことをするのが、ヴィヘラなのだ。
そうである以上、レイとしてはヴィヘラには偵察隊に参加しないで欲しいのだが……
(難しいだろうな)
迷うまでもなく、そう断言する。
「ちなみにその件、ヴィヘラには?」
「言ったが……駄目だったか? 本人はかなり喜んでいたんだが」
「だろうな。ただし、ザイも実感してるだろうが、ヴィヘラは戦闘を好む。それこそ戦闘狂という言葉が相応しいくらいにな」
そんなレイの言葉に、ザイも思うところがあったのか納得の表情を浮かべる。
ヴィヘラと模擬戦を繰り返せば、その辺りの事情は嫌でも分かるようになってしまうのは当然だろう。
「そんな訳で、出来ればヴィヘラは探索隊に入れたくなかったんだが……難しいか?」
「恐らく」
ヴィヘラの様子を思い出し、即座にそう返事をするザイ。
ザイにしてみれば、ヴィヘラを止めるなどということは全く考えられないのだろう。
もしヴィヘラを止めるのであれば……と、ザイの視線はレイに向けられる。
レイもザイが何を言いたいのかは理解しているが、首を横に振る。
「俺が行く以上、ヴィヘラだけをここに残るようにしろってのは無理だろ」
「え? レイも行くのか?」
「は?」
レイとしては、正直なところ偵察に自分が行く気満々だった。
何しろ、この草原で今まで行ったことのない場所に行くのだ。
アナスタシアとファナを見つけられる可能性は非常に高い。
また、何よりもレイが自分で行くべきだと判断した理由は……
「俺がいないと、偵察隊の荷物が多くなるぞ。一体どれくらいの人数で行くのを想定しているのかは分からないが、荷物が多くなればなる程に偵察隊の動きもどうしても鈍くなる。それこそ、ドラゴニアスに見つかった時とか、対処するのに遅れたりするだろ」
「それは……」
レイの言葉は図星だったのか、ザイはそれに対して何も言えなくなる。
実際、荷物の有無というのは移動速度に大きな違いをもたらすというのは、レイと一緒にドラゴニアスの拠点を潰しに行った時、これ以上ない形で実感したのだから。
何より、偵察隊というのは当然敵の本拠地を探している訳だから、ドラゴニアスと遭遇する可能性が高い。
そうである以上、レイのような実力者が同行していれば、偵察隊が一人を残して壊滅した以前の二の舞は防げるだろう。
レイにとっても、ケンタウロス達にとっても、双方共に利益があるのだ。
「そんな訳で、俺が参加するのは決定でいいな? セトがいるから、夜の見張りもそこまで気にしなくてもいいし。それに、セトがいれば空を飛んで偵察も出来る」
偵察の偵察と表現すべきかは微妙なところだが、その言葉はザイにとっても非常に助かるものだ。
自分が空を飛ぶのは絶対にごめんだが、レイとセトが空を飛んだ時に得られる情報というのは、非常に大きい。
そう考えれば、レイが偵察隊に同行してくれれば、非常に大きな力になるのは明らかだ。
だが、そうなると次に問題になってくるのは、レイが偵察隊に同行するのであれば、ザイもそちらに入らなければいけないということだろう。
二本足のレイとヴィヘラは、間違いなく他の集落から集まってきたケンタウロスが友好的に接するとは思えない。
そうなると、誰かが橋渡しをする必要があるが……他の集落からも精鋭が集まる以上、その橋渡しをする者も相応の強さを必要とする。
この集落の中では、それだけの力を持っているのはザイとドラットの二人。
そしてドラットは、お世辞にもレイと友好的な関係を築いているとは言えない。
そうである以上、余計な問題を起こさないようにする為には、ザイが一緒に行く必要があった。
……何より、ザイから見てレイもヴィヘラも非常に好戦的だ。
相手が好戦的である場合、間違いなく大きな騒動になってしまう。
(仕方がないか)
そう思いつつ、ザイの中には少しだけだが嬉しい思いがあるのも事実だ。
集落の中で、自分の腕が立つのは知っている。
だからこそ、ドラゴニアスが襲ってきた時の為に残らなければならないと思っていたのだが、レイが行く以上は自分も行かなければならないと。
「だが、そうなると……集落の守りをどうするかだな。ドラットには残って貰うとして……」
この集落で、ザイとほぼ同等の強さを持つドラットだけに、レイ、ヴィヘラ、セト、ザイといった面々がいなくなる以上、最低でもドラットには残って貰う必要があった。
レイとの関係が決してよくないドラットなら、レイと一緒に行動しなくてもいいと言われれば、寧ろ自分から望んで残ると言いそうだったが。
「ザイも行くのか?」
「レイとヴィヘラが行く以上、俺が行かないという選択肢は存在しない」
「そんなものなのか?」
レイとしては、ザイがそう言うのであれば恐らくそうなのだろうと、そう納得する。
「色々と事情があるのは事実だ。……ともあれ、今回の一件についてはレイがヴィヘラにも話して欲しい。答えは決まってるだろうが」
そんなザイの言葉に、それはそうだとレイも頷くのだった。