2288話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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現在レイとお婆は集落から出て草原にやって来ていた。
とはいえ、集落からそこまで離れている訳ではない近場だが。
「この前の約束を覚えて貰っていたというのは……嬉しいですね」
その言葉通り、本当に嬉しそうな笑みを浮かべるお婆。
ただでさえしわくちゃな笑顔が、更に笑みによって顰められているその様子は、見ている方も嬉しくなるような、そんな笑みだ。
「ケンタウロスが使う魔法がどういう魔法なのかは、俺にも分からないし。見せて貰うのを非常に楽しみにしてたんだよ」
「そうですか? では……まず、やってみましょうかね」
レイの言葉に、お婆は特に気にした様子もなく笑みを浮かべ……やがて短い杖を手に、呪文を唱え始め……やがて、その身体が浮く。
(空を飛ぶ呪文?)
一瞬レイはそう思ったが、その予想は似ているようで違った。
実際には、お婆の身体は地面から浮いてはいるものの、その高度は一定以上のものにはならない。
それこそ、地面から三十cm程浮かんでいるだけだ。
そのように浮かび上がりながら、お婆は楽に動く。
……地面を歩いている時は、年齢から来る衰えにより決して移動速度は速くなかった。
だが、空中に浮かんでいる今の状況は、それこそ地面を滑るように移動を可能にしていた。
(ホバー移動? ……いや、別に風の力で浮いてる訳じゃないし、それは違うのか?)
ふとホバー移動という言葉を思い浮かべたレイだったが、レイが知っているホバー移動――当然のように日本にいた時に漫画やアニメ、ゲームで得た知識――というのは、空気を噴射して地面のすぐ上を浮かんで移動するというものだった。
現実でもホバー移動する乗り物はあるという話を聞いたことはあるが、残念ながらレイはそれについては具体的にどのようなものかは知らない。
ともあれ、お婆が地面から少し上に浮かんで移動しているのは間違いなく、それはレイにとっても驚きの光景だった
レイにとって空を飛ぶというのは、あくまでもセトに乗って空を飛ぶということだったのだから。
あるいは、スレイプニルの靴を使えば空中を蹴るといったような真似も出来たが、それはあくまでも一時的に空中を蹴るということが出来るだけであって、空を飛んだり地面の上に浮かんだりといったような真似とは違う。
お婆の魔法とは、全く違うものなのは間違いない。
(空気とかを噴出してる訳じゃないし、改めて考えればホバー移動って訳でもないのか? けど、地面のすぐ上に浮かんでいるのを見れば、やっぱりホバー移動って印象が強いんだよな)
地面の上を滑るように移動していたお婆だったが、やがて五分程も経過するとレイの前にやって来て地上に降りる。
「ふぅ。すまないね。今の私ではこのくらいでもう限界だよ」
「いや、いいものを見せて貰った」
レイが感謝の気持ちを口にすると、お婆はそれで満足したと嬉しそうに笑って、集落に戻っていく。
ホバー移動のように空中に浮かぶのではなく、自分の足で。
年齢の影響もあるのか、お婆の歩く速度は普通のケンタウロスに比べるとかなり遅い。
とはいえ、レイから見てもまだ足取りはしっかりとしていた。
そんなお婆を見送ったレイは、たった今、自分の目で見た魔法を思い出す。
そして……魔法を思い出していると、ふと別のことを思い出した。
今の今まですっかり忘れていたが、以前空を自由に飛ぶ魔法について考えていたことがあったのだ。
実際にはそこまで昔の話ではないだろうが、レイがエルジィンに来てから体験し……そして巻き込まれた各種トラブルを思い出せば、それこそかなり昔に考えたことだったような気すらする。
だからこそ、それを思い出したレイとしてはお婆の魔法を見たということもあり、妙にわくわくとしていた。
それこそ、今この状況で一体自分に何が出来るのかと……空を飛ぶ魔法が出来るのかと、そんな風に思いながら。
(とはいえ、一体どういう魔法にする? 簡単に思いつくのは翼だけど)
やはりレイにとって空を飛ぶという現象で最初に思い浮かべるのは、セトだ。
セトの移動速度を考えると、それこそ高速飛行という言葉が一番似合う。
なら、自分もそのように移動出来ればと思う。思うのだが……
「駄目だな」
数分の間、集中してみたものの、どうしても翼を思い浮かべるとセトの姿を思い浮かべてしまい、自分の背中に翼が生えているという光景を思い浮かべることが出来ない。
これは、翼とセトがイコールで結ばれていることの……そして強く印象に残りすぎていることの悪影響だろう。
それが分かったからこそ、レイはこのまま新たな魔法……自分に炎の翼を生やして空を飛ぶといった魔法を構築することを諦める。
普通の魔法使いと違い、レイの場合は新たな魔法を生み出す際に一番重要なのは、イメージだ。
そのイメージを骨子として、魔力によって肉付けしていき、魔法を構築していく。
それは、この世界の魔法使いにしてみれば驚愕……それこそ、信じられない出来事だと言ってもいい。
だが、レイにしてみれば、この世界にやって来てからずっとそのようにしてやって来たのだから、今更の話だろう。
とはいえ、そのようにして新魔法を作っている以上、レイにとってはイメージこそが非常に重要になる。
そして今のレイは、自分が翼で空を飛ぶといったイメージを持てない。
どうしても、翼を持つ存在となるとセトが思い浮かぶのだ。
だからこそ、もし空を飛ぶ魔法を新たに作るとすれば、別の方法にするしかない。
だが……ここで、イメージによって魔法を生み出すという方法がレイの足を引っ張る。
一度翼を使って空を飛ぶといったように認識してしまった以上、そう簡単に次の魔法を思いつくといったような真似は出来ない。
「これは……どうしたもんかな」
呟きながら、草原に横になる。
背中……ドラゴンローブの下にあるのは、土ではなく草だ。
それも柔らかな草で、レイの体重をしっかりと受け止めてくれる。
そうして草原を背にして上を……空を見上げる。
そこには、どこまでも高く存在する青い空が浮かぶ。
見ているだけで意識を奪われそうな、そんな空。
雲の一つでもあれば、多少は違った印象を受けたのだろう。
しかし、今の状況でレイは何も思いつかないまま、ただじっと空を見上げる。
今のレイの頭の中には、魔法については存在しない。
それどころか、アナスタシアとファナについてもすっかりと忘れていた。
無我の境地……そのような言葉が今のレイにあっているのかどうかは分からなかったが、レイは頭の中を空っぽにして、ただひたすらに青い空を見ていた。
そのような真似をして、一体どれだけの時間が経ったのか。
十分、二十分……もしくは一時間か、二時間か。
何も考えずに空を見上げていただけに、レイも一体自分がどのくらいの間、空を見上げていたのかは分からなかった。
だが……そんなレイの頭の中に、一つの映像が思い浮かぶ。
両手首と両足首に腕輪と足輪を身につけた男が、それを使って空中を自由に飛び回って戦っている光景。
「っ!?」
その映像が頭の中に思い浮かんだ瞬間、レイは寝転がっていた状態から一気に起き上がる。
「あれは……確か……そう、日本にいた時に見たアニメだった筈だ」
不意に頭の中に浮かんだ映像をどこで見たのかを思い出す。
そして、不思議なことに……本当に不思議なことに、現在のレイの中には最初に魔法を作ろうとした時に頭の中に思い浮かんでいた、炎の翼については、綺麗さっぱりとなくなっていた。
それこそ、今まで自分が悩んでいたのは一体何だったのかと、そう思うくらいに。
「これは……? いや、けどこれならいける」
何故か分からないが、現在のレイにはそんな絶対的な確信があった。
意識を集中し、頭の中に降って湧いたイメージを決して逃さないようにしながら、魔法式を組み立てていく。
それで問題がないと判断すると、魔法発動体のデスサイズをミスティリングから取り出して、呪文を唱え始める。
『炎よ、汝は全てを燃やす物、そして……我が身体の四肢に宿りて、空を征く物。炎は輪となり、我が手足に宿る』
呪文を唱えると同時にデスサイズの刃の先端に炎が生み出され、やがてその炎はレイの四肢……両手首と両足首に纏わり付いていく。
どっとレイの体内から魔力が減る。
それは、レイにとっても覚えのある感覚だった。
浄化という、本来ならレイの炎には向いていない属性を無理矢理に魔法に宿した『弔いの炎』という魔法でも、レイの魔力は普段使う魔法と比べても圧倒的な程に消耗した。
とはいえ、浄化というのは炎と関係性が強い。
それでも大量の魔力を持っていかれるのだが、今回は空を飛ぶという属性を半ば無理矢理魔法の効果に入れている。
それがどれだけの魔力を持って行かれるのは、容易に想像出来るだろう。
だが……レイはその莫大な魔力に物を言わせて無理矢理魔法を発動させる。
『焔の天輪』
魔法を発動させたところで、四肢に纏わり付いていた炎が輪の形となって固定される。
しっかりと物質化している訳ではなく、炎が輪の形になって両手首と両足首に装備されているといったような表現が正しい。
そして意識を集中し……
「ぬおおわあああああああああああああっ!」
意識を集中した途端、レイは立っていた場所から真上に十m程吹き飛ぶ。
悲鳴を上げながらも、空中での動きを止め……
「なあああああああっ!」
今度は次の瞬間、急激に地面に落ちていく。
さすがにこの速度で地面に墜落すると、ドラゴンローブを着ていても致命傷を負いそうなので、何とか落下速度を落とそうとし……
「ぬおっ!」
何を間違ったのか、今度は右の方に吹き飛んでいく。
その後、十分近くそこら中を行ったり来たり、上がったり下がったりと繰り返していたレイだったが、それでも次第に天輪の操作に慣れてくる。
……慣れてくるまでに致命傷の類を負わなかったのは、運もあるが、それだけレイの危機対応能力が強かったのだろう。
地面にぶつかりそうになれば、慌てて上昇するようにコントロールしたりといった具合に。そして……
「ぜはぁっ!」
魔法を解除し、四肢に存在した天輪を消した瞬間、レイは草原に倒れ込む。
持っていたデスサイズも、近くの地面に落ちる。
これは体力的な問題ではなく、急激に……それも大量に魔力を消耗した悪影響だ。
元々今回の魔法は、本来なら発動出来ない魔法式であったにも関わらず、レイの持つ莫大な魔力を使って半ば無理矢理発動した形だ。
それも発動の時だけ魔力を消耗するのではなく、魔法が発動している間は継続的に魔力を消耗し続けているのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……厳しい、な」
炎帝の紅鎧を使っている時と同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上に魔力を消耗している。
炎帝の紅鎧は、発動するまでに大量の魔力を必要とするが、発動してしまえばそこまで魔力は消耗しない。……あくまでも、発動するまでに比べたらの話だが。
それに比べると、『焔の天輪』は発動し続けている間、炎帝の紅鎧を発動する時と同じくらいの魔力を延々と消費し続けるのだ。
能力的に空を自由に飛べるという点ではかなり優れている魔法だが、それが消費する魔力に見合っているのかと言われれば、レイは一瞬の躊躇もなく首を横に振るだろう。
本来全く関係のない能力を、炎の魔法で無理矢理使えるようにした代償。
「そう思えば、納得するしかないのか。……にしても、使い所が難しい魔法になったな」
普通なら、魔力の消耗が大きい場合だったり、その魔法に何らかの欠点があった場合は、発動させる魔法式を改良することによって、対処することが出来る。
だが、それはあくまでも普通の魔法の場合であって、レイが今回作った『焔の天輪』は、炎を使って空中を自由に浮かぶといった、本来なら無理な魔法を魔力で強引に発動させている形だ。
そうである以上、魔力の消耗を抑えるといったような真似は到底出来ない。
その上、まだ魔法の行使に慣れていないというのも影響しているのか、『焔の天輪』を発動している時はそのコントロールで精一杯だ。
とてもではないが、空を飛びながらデスサイズや黄昏の槍を使った攻撃は出来ない。
もしそのような真似をしようとすれば『焔の天輪』のコントロールを失い、最初と同様あらぬ方に向かって吹き飛んでいくだろう。
「元から色々と無茶なのは分かってたけど、問題なのはこれをどう使いこなすかだよな」
折角作った魔法だし、何よりも空を飛ぶといった能力は非常に希少だ。
それだけに、レイの中には使わないという選択肢はない。
どれだけ苦労しようとも、必ず使いこなしてみせる。
そう思いつつ、息が整ったところで再び近くに倒れているデスサイズに手を伸ばし、呪文を唱え始めるのだった。