2285話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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ざわり、と。
戦いを見ていたケンタウロス達は、目にした光景を信じられないといった様子でざわめく。
レイとの模擬戦で、文字通りの意味で一蹴されたケンタウロスは、この近くにある集落の中でも腕の立つ戦士として知られていた。
それだけに、まさかこうもあっさりとレイに倒されるとは思ってもいなかったのだろう。
レイがドラゴニアスを倒せる……どころか、蹂躙するだけの実力は持っているというのは、ザイ達の集落から情報を知らせる為に来た者から聞いていた。
また、この地にて草原の風と呼ばれる双頭の山羊と友好関係を築いているように見えたことからも、その力を認められているというのは予想出来た。
だが……それでも、やはりレイという存在は見た限りでは、どうしても小柄で、そこまで強そうには思えなかったのだが……その実力は、間違いなく一級品と呼んでも間違いないだけに、それだけの実力を持っていたのだ。
それを目の前で見せられたケンタウロス達は、声も出ない。
レイにしてみれば、仲間の仇だといったようなことで襲い掛かってくるような相手がいなかったのは、非常に助かったのだが。
基本的に誇り高いケンタウロスだけに、自分達が負けたままでは我慢出来ないと、そんな風に思う者がいてもおかしくはないのだ。
勿論、そのような者が本当にいた場合は、レイもしっかりとその実力を発揮してみせるつもりだったが。
そのようなことにならないですんだのは、双方にとって幸運と言ってもいいだろう。
「さて、俺の勝ちである以上、ドラムが長の集落まで俺を連れて行くという約束は果たして貰うけど、いいよな?」
手に持っていたデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納しながら、レイは自分が吹き飛ばしたケンタウロスに尋ねる。
吹き飛ばされたケンタウロスは、レイが相応に手加減をして攻撃したので、大きなダメージはない。
それこそ、ケンタウロスにその気があるのなら、まだ十分にレイと戦うことが出来るだろう。
だが……レイと戦った……いや、先程の一件を戦ったと表現してもいいものかどうか、吹き飛ばされたケンタウロスにも分からなかったが、ともあれ自分と違う圧倒的な実力の片鱗を感じる程度のことは、容易に出来た。
そもそも、ケンタウロスを吹き飛ばしたデスサイズの重量は百kg程だが、ケンタウロスの重量は四百から五百kg程もある。
にも関わらず、圧倒されたのを思えば、レイという存在が一体どれだけ規格外なのか、それを感じられない筈もなかった。
「わ、分かった。すぐに案内する」
レイに吹き飛ばされたケンタウロスが起き上がりながら、そう言う。
派手に吹き飛ばされはしたものの、レイも手加減をしており、ケンタウロスもそれなりの実力者だったということもあってか、すぐに起き上がることが出来たのだろう。
レイと戦ったケンタウロスは、近くにある集落の中でも結構な人望のある者だったのか、心配そうな顔をしていたケンタウロス達が安堵の表情を浮かべる。
それ以外にも、自分達の慕っている相手が吹き飛ばされたということでレイに敵意の視線を向けていた者も、多少はそれが緩む。
「それは俺としても助かるな。出来るだけ早く向こうに戻りたいし。……それで、ここからドラムの集落まではどのくらい掛かる?」
「どのくらいと言われても……俺達が走れば、そう遠くはない」
起き上がりながらレイの言葉にそう返すケンタウロス。
その言葉で、レイは一体向こうが何を考えているのかというのが理解出来た。
(ケンタウロス達は当然走るのが得意だ。けど……今の俺の様子を見る限りでは、とても走るのが得意なようには見えないのか。いやまぁ、当然かもしれないけど)
普通ならレイのような二足歩行の者と、ケンタウロスのような四足歩行のどちらが走るのに向いているのかというのは、考えるまでもなく明らかだ。
ケンタウロスとしても、レイの実力は認めたものの、走る速度であれば自分達の方が勝っているという自信があるのだろう。
……実際には、レイの身体能力を考えれば普通にケンタウロス達と同じか、もしくはそれ以上の速度で走れるのだが。
「その辺は心配するな。俺はセト……そっちのモンスターに乗って移動するからな」
「……翼を持っているということは、空を飛ぶのではないか?」
「空を飛ぶのが得意なのは間違いないが、普通に走っても十分に速いぞ」
ザイ達だけではなく、目の前にいるケンタウロス達も空を飛ぶのに忌避感を抱いているように見えたレイは、そう告げる。
同時に、空を飛ぶのに忌避感を持つのは個人で違うという訳ではなく、ケンタウロス全体としての、種族的特徴なのかとも思う。
「走る……そうか、走るのか。なら問題はないだろう。それで、一体どれくらいで到着するかだったな。そうだな。太陽が真上に来るまでには到着出来る筈だ」
その言葉に、レイは微妙な表情で頷く。
取りあえず太陽が真上に来るくらいだということで、昼付近だろうと。
(いや、考えてみれば当然なのか? この世界そのものに時間を測るという方法がないのか、それともこの草原にいる者達だけなのか。その辺は正確には分からないな。後でザイにでも聞いてみるか)
そう判断し、目の前の相手にはそれ以上突っ込むようなことはなく、早速目的のザイの集落に向かうべく準備を進める。
とはいえ、レイ達にしてみれば特に何か準備をする必要もなく、レイと戦ったケンタウロスも仲間が持っていた保存食を貰い、ドランのいる集落に向かうと言伝を頼むくらいだ。
レイにしてみれば、ザイの集落という言葉が一番分かりやすいのだが、ケンタウロスにしてみれば集落の長の名前を出した方が分かりやすいのだろう。
そうしてすぐに準備が終わると、レイはセトの背に乗り、ケンタウロスに尋ねる。
「じゃあ、行くか?」
「ああ。……そう言えば、今更だが自己紹介がまだだったな。俺はアスデナだ。短い間だが、よろしく頼む」
「アスデナか、俺はレイ、こっちはセト。そっちは……俺が言うまでもないか」
草原の風を見て、レイはそう告げる。
そもそも、草原の風という名前――寧ろ異名と言うべきだが――を知るのはアスデナから聞いて、初めて知ったのだ。
そうである以上、レイが紹介する必要はなかった。
「そうだな。……ともあれ、急ごう。草原の風を待たせる訳にもいかないし」
アスデナが草原の風を見ながら、そう告げる。
ただ、そのように言われた草原の風は、そんなアスデナの様子を特に気にした様子もなく、ただ黙って周囲を見ているだけだ。
草原の風にしてみれば、目の前で行われた模擬戦は、特に気にするべきものではなかったのか、特に気にした様子はない。
草原の風にしてみれば、レイは自分よりも強者だと思える相手だ。
そんなレイと、明らかに自分よりも弱いと思えるアスデナが戦っても、その結果は考えるまでもなく明らかだった。
ましてや、双方共に本気で戦っている訳ではない以上、見るべき場所がないと判断してもおかしくはない。
もっとも、アスデナは草原の風が何を考えているのかというのは、全く分かっていなかったようだったが。
「よし、出発だ。アスデナ、道案内を頼む」
「分かった。……どのくらいの速度で移動すればいい?」
「アスデナが走って無理のない程度で、出来るだけ速く」
レイの要望は無理のあるものだ。
だが、アスデナはそんなレイの要望に自信に満ちた笑みを浮かべて頷く。
「分かった。適当に調整しながら、向こうの集落まで連れていくよ」
そう言い、最初はゆっくりと走り出すアスデナ。
レイを背中に乗せたセトと、そんなセトを追うように草原の風も走り出す。
そんな一行を、他のケンタウロス達は見送る。
どこか唖然としているのには、この短時間の間に自分達にとっては全く理解出来ないことが多数起こったからだろう。
自分達の集落の中では最高峰の腕を持つアスデナがあっさりと負けたり、草原の風を間近で見たり。
この短時間で起きたとは思えないくらい、驚くべき出来事。
「って、この一件を長に知らせないと!」
ケンタウロスの一人が我に返ってそう叫ぶと、他の者達も同様にその言葉に納得して集落の方に戻っていく。
……もっとも、アスデナが模擬戦を行ってあっさりと負けたと言っても、それを信じる者がどれだけいるかは疑問だったが。
ましてや、アスデナに勝ったのは同じ種族のケンタウロスではなく、二本足の相手なのだから余計に信じるのは難しいだろう。
とはいえ、それを説明しなければいけないというのは……なかなかに難易度の高いことだった。
ケンタウロス達が集落で事情の説明に四苦八苦している頃、レイ達は結構な速度で草原を走っていた。
周囲一帯、どこまで見ても……地平線全てが緑に覆われているその景色は、見る者の意識を奪うには十分だ。
もっとも、ドラゴニアスの拠点を潰す為に移動している時も、同じような光景は見ていたのだが……それでも、何度見ても素晴らしい景色と呼ぶに相応しいのは間違いなかった。
「どうした?」
そんなレイに向かって、案内役として前を走っていたアスデナは不思議そうに尋ねる。
結構な速度で走りながら、それでいて上半身は背後にいるレイを見ているのだが、それで走るコースを間違えたり、転んだりといったようなことをする様子は一切ない。
ケンタウロスにしてみれば、このくらいのことは当たり前なのだろう。
アスデナの強さは特に気になるところはなかったが、こうしてケンタウロス特有……あるいはこの草原で育ってきたからこその能力を見せられると、素直に凄いと思えてしまう。
「いや、この景色は凄いと思ってな」
「……そうか?」
レイの言葉に、そう首を傾げるアスデナ。
それは謙遜でも何でもなく、本気でそのように思っているというのが分かる様子だった。
レイにしてみれば、それこそこの草原は壮大と呼ぶに相応しい光景だ。
そんな中で、更にもっと時間が経過して夕方になれば、草原全体が夕日によって赤く染まる。
それこそ見る者が圧倒される光景なのだ。
だというのに、小さい頃からそのような光景だけを見ているからか、あって当然のもの、特に気にするようなものではない景色であると、そう思っているのは、レイには凄く勿体ないように思える。
もっとも、観光地として有名な場所であっても、そこで生まれ育った者にしてみれば、その光景はあって当たり前なのだから、レイが驚いているのを疑問に思ってもおかしくはないのだが。
あるいはレイのようにこの草原で育っていない者がいれば、レイの意見に同意する可能性もある。
だが、残念なことにこの草原にいるのはヴィヘラ……そしてどこかにいるだろうアナスタシアとファナを除けば、ほぼ全てがこの草原で生まれ育った者なのだ。
つまり、レイの意見に賛同してくれる者がほぼ皆無となる。
「アスデナにとって、ここは慣れた景色かもしれない。けど、俺から見ればもの凄く珍しいというか、壮大というか、そんな景色なんだよ」
「……そうなのか?」
レイの言葉が全く理解出来ないといった様子で、アスデナは呟く。
そんなアスデナに突っ込みたい気持ちで一杯のレイだったが、アスデナも別に何かの意図があってそのような真似をしている訳ではない。
本当に自然な気持ちで、そう言葉を返しているのだ。
だからこそ、レイの言葉を軽く受け流し、話題を移す。
「それより、二本足のお前が何でそこまで強いんだ?」
「いや、足の数は関係ないだろ。ザイと初めて会った時もそうだったけど、お前達はちょっと足の数を気にしすぎじゃないか? 別に足の数で強さが決まるって訳じゃないんだし。……まぁ、足の数が多ければしっかりと地面を踏み締めたり出来るだろうし、安定感もあるだろうけど」
そう考えれば、足が四本あるのは決して間違いじゃないのか?
そう思うレイだったが、それはあくまでもその強さの一要素であって、絶対的な代物ではない。
レイの持つ魔力のように、圧倒的という言葉でも言い表すのに不足するようなだけの魔力を持っているのなら、また話は別だろうが。
「取りあえず訓練はしてる」
「それは俺も当然している」
アスデナも集落を守る戦士である以上、当然のように訓練をしている。
だが、それでもレイと戦った時は一蹴されたのだ。
本気を出させる以前に、あそこまであっさりと倒されるというのは、アスデナにとっても完全に予想外だった。
それだけに、訓練だけでそこまで差が出るとは思わない。
ましてや、レイは年齢的に明らかに自分よりも下なのだから。
「そうだな。そうなると……強敵とどれだけ戦ったのかってのは、大きいと思うぞ」
エルジィンに来てから、多くの騒動に遭遇してきたレイは、強い実感を込めてそう告げるのだった。